点数なし(※2021年3月14日時点では冷静に点付けられないので)
点数なし(※2021年3月14日時点では冷静に点付けられないので)
55点
韓国が制作した、初の宇宙SF映画。配信はNETFLIXで、出資は香港の投資会社だそうですが、監督は『私のオオカミ少年』などのチョ・ソンヒさん。ここ最近の韓国映画のレベルの高さ、そして娯楽性の高さを目の当たりにしているので、韓国映画界が遂に宇宙SFに手を出す。しかも内容は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』みたいなもの、ということで、実は結構本気で期待していました。だからこそ、実際に観てみて、大変ガッカリしました。まさか、2021年の今、こんな大味な大作を見せられるとは、と。
先にも書きましたが、本作がやりたいことが『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』であることは明白です。宇宙のゴミを掃除することで日々何とか生きている、過去に何かありげなダメ野郎ども4人が、ディストピアとなっている宇宙を根本からひっくり返す痛快な物語です。しかし本作は基本的な設定の安っぽさ&説明不足感も問題ですが、何よりメインであるキャラの見せ方が致命的にダメな作りになっているのです。この手の作品はここがキモなのに、それが観客に伝わり辛いのは致命的だと思います。
まず、本作は、始まっていきなりメイン4人がチームを作っているのです。そしてダメな感じを前面に出し、台詞でもキムが「寄せ集め」と言っています。なので、この4人がダメな寄せ集めチームであることはすぐに「分かる」のです。ただ、そこには実感がない。チーム結成前段階のキャラクターの説明がすっぽりと抜け落ちているのです。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ではチーム結成前にしっかりとキャラ描写を行い、その上でなし崩し的にチームを結成させていました。だからこそ、キャラに愛着も湧いたし、行動にも理解ができたのです。しかし、本作にはこれが無く、既にチームは出来上がっているため、彼ら彼女らがどの程度信頼しているのかとか、何故彼らは失意のうちにダメチームを組んでいるのかとか、そもそもどうやって出会ったのか、全く分からないんですよね。で、世界の命運を握る幼女を拾ってこれまたダメ感丸出しの方法で交渉を進めていくも情が移ってしまい・・・というベタな話が進んでいきます。とりあえず、こういう話は、各キャラの背景などをちゃんと説明しきった後、続編でやるべきだと思うんですよね。
一応、4人には結構壮絶な過去があったりするのですけど、それが分かるのが後半なんです。しかもキム・テリ演じるチャン船長は本作のラスボスを暗殺しようとしていたという。前半では全く匂わせていなかったよね、これ。この辺で見せた過去が前半で匂わせるレベルでも出てくれば、彼ら彼女らへの見方もだいぶ変わったと思います。要は見せ方が下手くそ。これらの「描写不足」により、本筋である「ダメな奴らが一矢報いる」映画としても微妙なものになってしまっています。
そして、後半になると、メイン4人は前半が嘘のようなチーム・プレーを連発し、少女を守り抜きます。前半のダメっぷりとは全然違うのと、敵が中々な強敵だったりして、この辺はとても面白い。しかし、前半にこのチームプレーができるくらいの布石をきちんと張っておくべきだと思います。特にこれといった理由もなく有能になるからね。唯一あったのは序盤ですけど、あれは勝利号で突撃しただけだしねぇ。
他にも諸々突っ込みどころはあるんですけど、とにかく題材は良いのです。ただ、上述の描写不足や、敵の思想がやり尽くされたもので全く新鮮味がない&行動理念がよく分からないとか、とにかく「表面的」なんですよ、本作は。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』っぽいものを作ろうとして、その表面的な要素のみを抽出して作った映画って感じです。こんな中途半端な出来にするなら、もう脚本も出会いから描くってので同じにした方が良かったんじゃないの?あ、ただ、キム・テリは最高にカッコよかったです。
ディストピアの風景がほぼこれだった。
宇宙SFということで。
92点
H.G.ウェルズが19世紀に生み出した、ホラー界を代表するキャラクター。ユニバーサルは以前、MCUに着想を得た、「ダーク・ユニバース」を計画し、本作は確かジョニー・デップを主演に迎えて映画化が発表されたのを覚えています。
しかし、周知のとおり、ダーク・ユニバース1作目である『ザ・マミー』がコケてユニバース計画は立ち消え、代わりにブラムハウスがエリザベス・モスを主演に、監督に『ソウ』シリーズの脚本家であるリー・ワネルを迎えて制作したのが本作です。とりあえず、ブラムハウス制作ということでしたら観ないわけにもいかず、鑑賞しました。
素晴らしい作品でした。「透明人間」という、やや使い古されたテーマを、しっかりと現代的なものへと昇華させ、尚且つエンタメ作品として素晴らしいものにしていました。
これまでの『透明人間』をテーマにした映画は、主人公は男性でした。しかし、本作の主演は女性。女性を軸にしたことで、透明人間という存在を、「加害する男性」に置き換えているのです。本作における透明人間は、所謂DV男で、エリザベス・モス演じる主人公に異常な執着を見せ、暴力を以て支配しようとしています。この加害男性から来る恐怖を、本作はホラーとして見せているのです。例えば、この手の作品では被害に遭っている主人公が中々信じてもらえないという展開がありますが、本作では、それを「男性からの被害を訴えても聞き入れてもらえない女性」の問題として描いてみせるのです。エリザベス・モスの疲弊ぶりは、DVなどで精神的に疲弊し、PTSDを患ってしまっている人を彷彿とさせます(実際、本当に患ってはいるけど)。彼女と「加害男性」である透明人間との戦いは、この世の全ての女性たちに起こっている、または起こり得る戦いのメタファーとして映ります。
また、DVを行っている本人であるエイドリアンですが、彼がとても良かった。終盤で彼の姿が明らかになるのですが、パッと見は「普通」なのです。これはエイドリアンを演じたオリヴァー・ジャクソンがナイスガイという点があるのですけど、「DV夫をそれっぽく描かない」ことを意識しているそうです。これによって、この問題を「1部の人間の問題」ではなくて、全体が考えなければならない問題として提示できていると思います。地位が高い人間であるという点も重要かと。
本作は画面構成が上手い作品でもあります。画面の中に、常に空白があり、「見えないが、どこかにいる」ことを意識させる作りになっているのです。そしてこれが恐怖につながっているのです。題材が『透明人間』であることを利用した、見事なものだと思います。後、透明人間の主観と思しきショットも何度かありました。これが男性の女性に対する性的な視点のように思えたりもしました。
最後に、本作は「サプライズ」の映画でもあります。常に防戦一方であったセシリアが一発逆転をする展開があるのですが、それが冒頭から張られている伏線と、その回収が見事で、痛快な気持ちを味わえます。この点がエンタメ作品として素晴らしい点です。総じて、非常に楽しんで観ることができました。
そういえばこれも透明人間だよな。
82点
長年コンビを組んで仕事をしてきた監督が亡くなったことで無職になった女性プロデューサーが、もう一度再起するまでの物語。監督であるキム・チョヒさんは実際にホン・サンス監督のプロデューサーを務められていた方だそうです。ということは、冒頭に死んだあの監督は・・・。最初は観るつもりはなかったのですが、妙に評判が良いので、時間もあるので鑑賞した次第です。
本作は、チャンシルさんという、結婚もせず、ひたすら映画が好きでパートナーである監督と共に仕事をしてきた女性が、映画という仕事を奪われ、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまいます。そこで彼女は新しい仕事を始めようとしたり恋をしたりするのですが、結局行き着く場所は、「映画が好き」だということなのです。これは、近年増えてきた「女性の自立」の物語であると思います。で、行き着く先は男性ではなく、映画なのだと、好きなものなのだと示しているのです。そして、ラストの懐中電灯は、彼女の未来に射す希望を表しているようです。
「1人の女性にフォーカスを当てる」という作劇だと、日本の大九明子さんが該当すると思います。ただ、大九監督と違うのは、彼女の作品は、徹底して主演の女優の内面に寄り添い、それをポップに描き出しているのですけど、本作はチャンシルさんに距離をとっている点。客観的なんですよね、全体的に。
本作の監督はホン・サンス監督のプロデューサーを務めていたそうですが、本作にも、彼の影響が見受けられます。ホン監督の印象的なディープ・フォーカスや、「劇的なことが何も起こらない」作劇、そして唐突に表れる自称レスリー・チャンの幽霊などです。ただ、ホン監督の作品と決定的に違う点は、本作のキャラには、ホン監督のような、臭みがないというか、皆サッパリしてるんですよね。チャンシルさんにはホン監督にありがちな男の影みたいなのは無いし、男性も女性の尻ばっかり追いかけているわけではない。後、変なズームもしない。作中でも言及、オマージュされていますが、小津安二郎の作品のような、「日常」を描くことに焦点が置かれています。
非常に端正なショットの連続で観ていて面白かったとか、クリストファー・ノーランへの言及は爆笑したとか、色々素晴らしい点はありますが、一番効いたのは「映画が無くても生きていけますか?」というチャンシルさんの問いかけ。コロナ禍の今、我々が最も問いかけられている問題で、それを映画館という空間で、映画愛溢れる女性の口から問われることは、今しかない特別な経験でした。
日常を描く映画。
女性の自立の話。
91点
カリン・クサマ監督、ニコール・キッドマン主演のノワール作品。評論家の真魚八重子さんが褒めてたし、時間もあるので鑑賞してきました。ちなみに観たのは昨年の10月31日でした。
本作はまず、ニコール・キッドマンが凄い。ニコール・キッドマンといえば「美」の代名詞みたいな女優ですけど、本作ではその美を自らかなぐり捨てて、エリンという、長い苦難の人生を歩んできた人物を演じきっています。それは、彼女の立ち居振る舞いの全てから滲み出ているもので、強烈な印象を残します。本作は彼女の贖罪の物語としての側面もあるため、彼女の苦悩が全身から感じ取れるあの姿が彼女の「後悔と贖罪」をそのまま体現しているように思えました、
本作はネオ・ノワールを謳っています。これはもちろん、『三つ数えろ』などに代表される、フィルム・ノワールの流れを汲む作品であることを示しています。しかし、本作は、過去に制作されたどのフィルム・ノワールとも違う点があります。それは、本作は従来の作品ならば、「ファム・ファタールとされていた女性」の物語である点です。「ファム・ファタール」というのは、フィルム・ノワールの代名詞的な要素の1つで、主人公の男性を堕落させる悪女の役割を担っています。大抵はこの点だけの存在ですが、本作は「ファム・ファタールのその後」まで描いた作品なのです。
というのは、エリンという女性は、過去にずばりファム・ファタール的な役回りをしてしまい、1人の男性を死に追いやってしまうためです。本作は、このエリンの過去と現在がカットバックして描かれており、「何故彼女がこうなってしまったか」というミステリーとして進んでいきます。このミステリ的な部分をとっても面白いです。この「過去」だけとると、本作は要素だけ見れば立派な「フィルム・ノワール」的作品だと思います。しかし、本作は「その後」まで描く。従来の作品でないがしろにされていた「ファム・ファタール」という存在を1人の人間として描きます。
本作が上手いのは、この構成の物語を、映画的な時間トリックで見せている点。始まりと終わりが同じと言う円環構造を取り、エリンが犯人を追い詰めるまでの下りと過去が、しっかりと中に入って閉じているのです。そしてその円環が終わったとき、彼女は最期に「昇天」するわけです。それはまるで、これまでの人生で全く救われなかった彼女が、この苦しみの円環から抜け出したようなラストでした。
このような物語的な面でも面白かったのですが、思う点もありまして。それは、本作は「自分の人生と向き合う話」なのだろうなということ。エリンは、過去を清算するにあたって、これまでメチャクチャだった人生の全てに落とし前をつけようとします。反抗期の娘のことも気にかけ(ただ、やり方がちょっとアレだけど)、過去の過ちとも向き合おうとします。これは割といろんな人にも言えることで、誰もが持っている罪に対して向き合い、過ちを清算することを描いた作品だったと思うのです。この点でも好きな作品です。
また、従来のフィルム・ノワールの逆を行く炎天下のL.Aも素晴らしかったですし、中盤のアクションも緊張感が凄くて良かったですとか、褒める点は多々あります。一応、2020年のベストに入れた作品です。
超変なフィルム・ノワール(?)。
ニコール・キッドマンが母親役で出てましたよね。
☆☆☆(3/5)
現在、ジャンプSQにて連載中、竹内良輔さんが構成を務め、作画を三好輝さんが務めています。コナン・ドイル原作のミステリー小説の古典(というか原点)「シャーロック・ホームズ」に出てくる、ホームズ最強の敵、モリアーティ教授を主人公にした作品。本屋で原作はよく見かけていましたが、そこまで興味は出ず、今回視聴を決めたのはアニメーション制作がProduction I.Gで、監督が「風が強く吹いている」「ジョーカーゲーム」の野村和也さんだったから。クオリティ的には保証されているので、視聴しました。
本作の主人公であるモリアーティ教授は、イギリスの貴族社会を憂い、差別が横行する社会を「矯正」しようとするダーク・ヒーローとして描かれています。「犯罪コンサルタント」として暗躍し、数々の「完全犯罪」を人々に与え、許しがたいクズである貴族たちを粛正していきます。この辺は「必殺仕事人」みたいだなと思って見ていました。漫画だと(これは完全な後継キャラですが)高遠遙一。原作だと完全な悪として描かれていたモリアーティですが、「ジャンプSQ」で連載されるうえではこうなるのも致し方なしでしょう。1つの解釈だと思って割り切る必要があります。
序盤こそダーク・ヒーローとして毎回ドン引きするレベルのクズ貴族を無残に殺していく様を描いていました。しかしそれは、カタルシスはあるけれどもやってることが目的に対してみみっちくて気にはなりました。しかしホームズが出てきてからは原作のエピソードを利用しつつストーリーが進行していって、この改変にはなるほどなと思った次第です。しかも原作だと完全に後付けだった「モリアーティ教授との因縁」を最初期から絡めているので、この辺もなるほどなと。
ただ、モリアーティがダーク・ヒーローであるとすれば、肝心のホームズはどうなるのか。まだ内容が序章なので何とも言えないのですが、現状はモリアーティとライバル関係になることを示唆していました。どうやら、モリアーティは彼を「計画」のために利用しようとしている様子。となると、本作におけるホームズは「コードギアス」におけるスザク的なポジションになるのか、それとも、もう少し違う立ち位置になるのか。とにかく、ただ利用されるだけということは無いと思います。とにかくまだ序章なので、書くことがないです。あ、各話のクオリティは高く、演出やライティング、画面構成が的確で、この点では楽しめました。
野村監督の作品。これは傑作だった。
変則ミステリ。