暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

「逃げた」先で見たもの【逃げた女】感想

逃げた女

 

87点

 

 

 ホン・サンス監督作品。主演はもちろん、キム・ミニ。『チャンシルさんには福が多いね』を観た関係で、ホン・サンス作品を少し観たので、どうせなら劇場で観るかと思い、鑑賞しました。
 
 鑑賞して、一番驚いたのは、ホン・サンス監督の意識の変化でした。よく言われている事ですけど、ホン・サンス監督は、「キム・ミニ以前/以後」で明確に映画の内容が分かれている作家です。「キム・ミニ以前」は、(おそらく)ホン・サンスの分身である、女性にだらしない男性監督を主人公とし、作品全体が男性視点でした。しかし、キム・ミニに出会ってからはキム・ミニしか撮らなくなり、視点が「女性視点」に変わっていきます。本作はその1つの到達点とも言える作品です。2人目の自称詩人をストーカーってハッキリ言ってるのを観て、「変わったなぁ」と思った。
 
 本作では、男性は女性の会話を遮り、女性の生活を乱す「異質な」、言ってしまえば「不気味な」存在として描かれています。男性が出るときは、基本的に背を向けて、表情を見せない演出が上手く効いていて、「よく分からない、高圧的な存在」として、無自覚にプレッシャーを与える存在に描き出しています。だから、男性との会話シーンの緊張感が半端ない。でも、その後に猫みたいに爆笑する下りを入れてくるあたりはさすがだなと思いました。
 
 私は、本作は「ガミが逃げるのをやめる」物語だと感じました。それを表しているのが、ラストの2つの「海」です。最初は白黒で、いかにも「行き止まり」な感じでしたが、意を決したように戻ったガミがもう一度観た「海」には色がついていました。私には、これら2つが、それぞれ、「絶望」と「希望」のように見えたのです。
 
 本作のタイトルは『逃げた女』ですが、ガミは寧ろ3人の女性たちに会いに行きます。そこではいつものホン・サンス印である、飯ばっか食ったり、とりとめもない、すっとぼけた会話が続くのですが、その会話の中に、或いはその家に訪れる人の境遇に、女性たちの苦労や人生における障壁が垣間見えます。そして、ガミはそれを聞き、「覗き見る」のです。
 私はこれを観て思ったのは、彼女たちの姿は、ガミのifの姿なのかもしれない、ということでした。ガミは、「夫と離れたことがない」と言います。建前上は幸せそうですが、キム・ミニの絶妙な演技によって、その言葉に、何というか、脆さというか、その中にある一種の諦めみたいなものも見えてくるのです。1人目の先輩みたいに離婚すれば泥沼ですし、2人目みたいに不倫しても問題、そして3人目、(おそらく)元彼だか何だかと一緒になっている知人を訪ねたら、「同じ話をするのは本心じゃないから」という不満が、そのままガミに返ってきます。そんな女性たちの境遇を見て、「逃げ場ないな」と感じた絶望が最初の白黒の「海」なのだと思います。つまり本作は、かなりすっとぼけてはいますが、何気ない会話の中に、女性の生き辛さや絶望感みたいなものを織り込んだ作品だと言えるのです。
 
 では、本作は「絶望」の映画なのか、というと、そうでもないと思います。それを示すのが前述の通り、2回目の「海」です。「逃げた」先にあった閉塞感。彼女の中にあったはずの閉じられた可能性。それでも、意を決して戻ります。そしてもう一度観た「海」には色がついていました。これは、逃げるのを止めた彼女の人生は、まだこれからだよと言っているような気がしました。
 

 

ホン・サンス監督のプロデューサーだった女性が作った映画。

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 韓国映画

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細田守の新たな出発【竜とそばかすの姫】感想

竜とそばかすの姫

 
82点
 
 
 『時をかける少女』から、3年おきにコンスタンスに作品を発表し続けているアニメーション監督、細田守。本作は、コンスタンスに作品を発表し続けている成果が実り、今や名前だけで客を動員できる「国民的映画監督」となった彼の最新作です。彼の作品はエンタメ作品というよりは作家の作品として観ていくと面白く、前作にあたる『未来のミライ』では、それが前面に炸裂しまくっていて、賛否両論となりました。私としては、作品の内容は批判的なのですが、アニメーションの演出は本当に素晴らしかったこと、そして、「細田守」という作家の作品としては非常に興味深い内容だったので、「ありよりのなし」な立場です。あの作品の後に発表した本作は、ビジュアルから見ても分かる通り、『ぼくらのウォーゲーム!』『サマーウォーズ』の系譜をひく作品。作家「細田守」は何を見せてくれるのか、非常に興味があったので、鑑賞しました。
 
 細田作品におけるネット描写は、本作で大きく刷新されています。『ぼくらのウォー・ゲーム!』や『サマーウォーズ』においては、ネット空間というのは「皆が力を合わせることができる」空間であり、それによって巨悪を打ち倒していました。しかし、時代は大きく変わり、現実におけるネット空間というのは、罵詈雑言とデマと同調圧力と勝手な発言が飛び交う魔窟と化してしまいました。本作のネット空間「U」は、もはやカオスとなってしまったこのネット空間を可視化してみせます。ベルがデビューしたときの反応にあった冷笑的な意見や正体に関する根も葉もないデマ、「ジャスティン」というSNSによくいる正義ヅラして特定の人間を追い詰める存在、そしてベルの存在が拡散していく様子など、良くも悪くも現代のネット空間を思わせる描写です。これは、『ぼくらのウォー・ゲーム!』や『サマーウォーズ』の時代にはまだ一部の人間のものだった匿名性を利用したネット空間(5ちゃんねるとか)が、SNSスマホの普及によって我々の生活と不可分になってしまった故の変化だと思います。要は1億総ねらー時代を反映しているわけです。
 本作はこのネット空間を、圧倒的な情報量を以て描き出しています。「U」そのものの空間デザインは、ロンドン在住のイギリス人デザイナー、エリック・ウォンさんが制作し、しかもシーン毎に違うアニメーション手法を取り入れていたりします。そしてそこに3DCGで描かれたAsと呼ばれるアバターが無数に配されています。この空間のビジュアル的な面白さもそうですが、アバターの圧倒的な数、そしてカメラワークのダイナミックさも相まって、観ている間、この「U」の世界に本当に入り込んだかのような没入感を得られます。この情報を浴びるために、本作はIMAXスクリーンでの鑑賞を強く勧めます。
 
 この「U」の空間と対をなすように、リアルワールドでは、2Dで作画がされています。キャラクターの作画監督はお馴染みの青山浩行さんで、美術には上條安里さんと池信孝さんが担当。細田作品の特徴的な、「日本の風景」を美しく描きます。また、演出においても、リアルワールドでは、地に足の着いた丁寧な演出を施し、「U」の世界との差別化を図っています。この2つの世界の描写1つとっても、本作は映画館で観る価値があると思います。
 
 また、本作では歌にも非常に力が入っていて、世界各国のクリエイターを総動員して作り上げた楽曲が素晴らしいのはもちろん、やはり中村佳穂の存在が大きいです。彼女の歌唱力なくしては説得力がなく、成り立たなかったでしょう。このように本作は、世界各国のクリエイターを総動員して、「U」の世界を説得力を持って創り出しているのです。この点は、細田守監督というビッグネームだからこそできた芸当でしょう。
 
 本作における「敵」というか、問題は「同調圧力」だと思います。ネット、現実の双方で、この点を描き出していきます。ネットに関しては、竜を巡るジャスティンとか可視化された罵詈雑言などで一目瞭然ですが、現実においてもそれは存在していて、スクールカーストだったり、周囲の人間の心ない声だったりします。すずは過去のトラウマがあって歌うことができませんが、カラオケのシーンも凄かったですね。彼女は自分の身を以て少女を助けた母親が周囲の心ない声によって批判されたことを経験し、そのため、周囲の評価を気にし、「自分の気持ち」みたいなものを押し殺している節が見られます。だから「BELLE」という仮面をつけないと歌うことができないのです。直接批判されると、その声に押しつぶされてしまうから。この点は他のキャラクターでも描かれていて、カミシンはこの圧力に鈍感で、やりたいことをやろうしている男で、ルナちゃんは「可愛い」そして「リーダー」という役割を何とかして頑張ってこなしている、と見れます。要は『桐島、部活やめるってよ』的な側面もあるわけです。
 本作は、細田監督もインタビューで答えている通り、『美女と野獣』が大きなモチーフとなっています。すずのAsである「BELLE」なんてそのまんまですし、竜の城のシーンになると、手描き時代のディズニー作品のようなタッチになります(ここは、『ウルフウォーカー』等でお馴染みのカートゥーンサルーンが制作したそう)。また、『美女と野獣』の名シーンであるダンスシーンなんて臆面もなくそのままオマージュを捧げています。また、『美女と野獣』のテーマ(外見の奥にある心こそが大切)に関しても、それを「顔が見えない」匿名性の高い空間の物語に置き換える、という内容は、現代にふさわしい変換だと思います。しかも、『美女と野獣』も結局は「外見で危険だと思われていた存在を排除しようとする」存在がいる話でもあり、そこにはジャスティン的な「正義」の執行思想があり、それをネット空間における同調圧力と置き換えています。
 
 だからこそ、ラストですずが「仮面をとる」ことが重要になってきます。匿名ではなく、今困っている人間のために、同調圧力の恐怖を払いのけ、素顔で自分の声を届けることこそが、大切なのだと言うわけです。そしてこれはおそらく、作品内の主張とはまた別に、細田守監督にとっての宣言にもなっています。つまり、すず=細田守とすると、「作品に対する罵詈雑言とか批判とか、全部吞み込んで、それでも私は作りたいものを作る!」という宣言です。そしてその意志こそが、世界中の人間に勇気や感動を届ける方法である、とラストのすずの歌唱シーンで示してくれます。私は、この宣言を観たとき、不覚にも感動してしまいました。『未来のミライ』ほどではないにせよ、ここまでパーソナルな宣言を、東宝の夏休み大作でできるなんて。まぁ、自分の作品で感動している人がいる!点を映像にしてみせたあのシーンは、ちょっとキモいなと思いましたけど。
 とまぁ、ここまでは感動できたんですけど、かなり批判されている終盤はダメでしょう。やりたいことは分かります。すずの母がやったことの意図を理解したすずが、現実で「手を差しのべる」わけです。ここは、ネット上で言いたいことだけを言っているだけではなく、実際に行動に移し、人と人が結びつくことが重要、という点を体現したシーンですが、あまりにもフワッとしすぎている。解決方法はすずが毅然とした態度をとってDV父がビビって終わり。しかも、被害にあった恵に「強く生きる」と言わせているのです。これは、DVという犯罪を「個人のせい」に矮小化しかねないと思います。せめて、児相に連れて行ったとか描写があれば良かったんですけど、それもなく、最後はすずが満足してるだけで終わった感がありました。あれだけ「助けるって言うだけで助けてくれないだろ!」と言っていた恵君が(ちなみに、あの台詞は観客にも言ってたと思う)、最終的にあの台詞を言うのもモヤモヤします。
 
 すずの物語としては、ラストで皆で川を歩いていたシーンが示す通り、決着がつきます。細田守監督は繰り返しの人なので、これまで1人で川の土手を歩いていたすずが、皆で歩いている。そして、皆と一緒に歌い出す。これだけで、すずが人と繋がり、トラウマを克服したことが分かります。こういう描写力は本当に上手い。細田監督も、すずのように、仮面をつけず仲間と一緒に作品を作れるようになったのだなと思うと、『オマツリ男爵』の頃と比べると良かったなと思いますが、特大のモヤモヤは残りました。しかし、本作を経た細田監督が、次作で何を描くのかは気になります。
 

 

細田守監督作。

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 ちょっとだけ似てるなと思った。

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自滅していく男たち【ライトハウス】感想

ライトハウス

 
78点
 
 
 『ウィッチ』にて鮮烈なデビューを飾ったロバート・エガース監督の最新作。最初は観るつもりはそんなになかったのですけど、映画館でかかっていた予告が面白そうだったので鑑賞を決めました。ついでなのでNETFLIXにあった『ウィッチ』も予習として鑑賞しました。
 
 『ウィッチ』はかなりヤバい映画でした。16世紀を舞台にし、魔女伝説を元にして作り上げた作品で、家という限定空間に閉じ込められた家族が1人、また1人と消えていき、家族が精神的に追い詰められていく様を描いたホラーでした。撮影が素晴らしく、バシッと決まりまくっているショットの連続であり、終始不気味な雰囲気を出していて、それが作品全体のホラー感を倍増させていました。ただ、最終的には「家」という閉鎖空間からの、アニャ・テイラー=ジョイ演じる長女が脱出する物語になっていたと思います。つまりは、家父長的な環境からの脱出の物語だったわけです。
 
 『ライトハウス』は、『ウィッチ』と幾つか共通点があります。本作の舞台は灯台。ここに赴任してきたウィンスローとトーマスが主人公です。ここで、①限定空間、②限られた登場人物が見つけられます。そして、この登場人物のうち、トーマスは非常に高圧的な態度をウィンスローにとります。『ウィッチ』でも、父親や母親は長女を抑圧する存在でした。これが共通点③。また、パンフレットや監督インタビューによれば、本作には実際に起きた事件や、人魚の民話もモチーフになっているそう。この点が共通点④です。ザッと観ただけでも、これだけの共通点が見受けられます。また、音の使い方も健在。劇中、何度も鳴るフォグホーンの「五月蠅さ」、そして、大自然の大音量など、映画館で観ると、灯台守2人と同じく、気が狂いそうになるサウンドデザインがなされています。

 

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 しかし、本作には『ウィッチ』とは違う点も見受けられます。それは結末です。『ウィッチ』は前述の通り、抑圧されてきた長女の解放の物語だったと思っているのですが、本作では、2人は悲劇的な結末を迎えてしまいます。その違いは何故起こったのかというと、舞台に問題があると思います。監督は、舞台である灯台を「男根」のメタファーだとしています。そして、こうも語っています。「巨大な男根の中に2人の男が囚われたとき、ろくなことが起こらない」と。本作では、ウィンスローとトーマスの2人は限定空間の中で、自身の立ち位置を巡るパワー・ゲームを繰り広げ、それが悲劇に繋がります。つまりは本作は、「巨大なマチズモ感情に囚われ、それ故に脱出できなかった哀れな男たち」の物語であると解釈できると思います。私はそう思いました。そしてその感情を呼び起こしたのが、「灯台」という不気味な限定空間だったのです。
 
 本作は、『ウィッチ』のパワー・アップ版としての側面も持っています。『ウィッチ』は「限定空間にいる家族が1人、また1人と消えていく」という分かりやすい展開があったので良かったのですが、本作は基本的に2人の男のパワー・ゲームと抽象的なシーンの連続。ただ、パワー・アップだと言えるのは、それらには、膨大な引用元があるということです。分かりやすい点で言うと、『シャイニング』だとか、ベルイマン。映画以外にも、クトルゥフ神話や、絵画、メルヴィルの「白鯨」、ギリシャ神話(プロメテウス)など、それらは膨大な数にのぼると思います。思いますと書いたのは、私にはよく分からなかったから。そもそも、本作のアスペクト比は1.19:1という、フリッツ・ラングとか、映画の初期時代で採用されていた比率です。監督はこの比率で窮屈な感じを出したかったと言っていて、実際それは成功しているのですが、それ以上に、本作そのものを「古典映画を観ているような」錯覚に陥らせることにも成功していると思います。ちなみに、音楽も監督曰く「バーナード・ハーマン風」だそう。つまり、本作は基本的な設定は同じながら、監督の趣味趣向が露骨に反映された、闇鍋のような映画になっているのです。
 
 余談になりますが、以上の点から私が思い出したのは、アリ・アスターでした。同じくホラー映画の監督で、1作目がまだ普通のホラー映画だったのに、2作目からカルトっぽくなって、シネフィル的な引用をしている、という点、そして、マチズモに対する痛烈な嫌味、という点が共通しているなと思います。というか、最近の映画監督は、古典映画からの引用を隠そうとしませんよね。アスターベルイマン信者だし、その他に作られている作品も、古典映画のサンプリング的な内容が濃いものが多くなっている気がします。
 
 以上のように、本作は『ウィッチ』と共通点はありながら、結末は真逆でした。そしてそこには、有害な男性性への痛烈な嫌味があるように私には思えます。アリ・アスターと並んで、次作が楽しみです。
 
 

 同じくパワー・アップ版。

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 A24作品。

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居場所を巡る物語【サウンド・オブ・メタルー聞こえるということー】感想

サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ

 
82点
 
 
 Amazon Prime Videoにて配信中の本作。聴力をほぼ失ったドラマーが、同じような聴覚障害を持つ人々との交流を通して生きる希望を見つけていくヒューマン・ドラマ。アカデミー賞にて6部門にノミネートされ、編集賞と音響賞を受賞。アカデミー賞受賞作ということで、鑑賞しました。
 
 本作を観て、一番印象に残るのは、何といっても「耳が聞こえない」ことを疑似体験させる演出でしょう。主人公・ルーベンの視点から世界を見た時、世界そのものが静寂とは違う異質な感じに包まれたことを観客にも体験させる音響がなされているのです。おそらく、この点が音響賞を獲得した理由でしょう。この点で、本作は映画館で上映すべき作品だったのですが、それだけに配信となってしまったことは残念です。だから観るときはヘッドホン推奨。時折、ルーベン以外の視点に転換し、「外部から見た主人公」という客観的な視点を入れている点も上手い。
 
 本作は、「再生」の物語ですが、同時に、「居場所を巡る物語」でもあります。この「聴こえない」ことを疑似体験させるという演出は、本作の持つこのテーマ性とも合致しています。ルーベンは最初は根無し草としてパートナーの女性・ルーとトラック生活を送り、自由な日々を過ごしていました。しかし、聴覚に異常をきたしたことでルーといったんは離れ、同じような人々と交流を深めていきます。ここで重要なのが、ルーベンのいる世界は、もうルーがいる世界とは違うという点です。それを際立たせているのがルーベンを取り巻く「音」です。彼はルーの元に戻りたいと思っているものの、彼女は「聴こえる世界」の住人であり、「聴こえない世界」の住人である彼は、もう彼女とは音楽では交われないのです。それが痛々しい形で出てくるのが、後半に補聴器をつけたとき。周囲の音は雑音が入り、それまで「聴こえない世界」を描いていたことも相まって、とても騒々しい。それでも我慢してルーの家に行くと、ルーは何か成功してて、彼女の歌声さえも雑音が入ってしまう。このときのルーベンの表情が切ない。これで、2人は「自分の居場所」が全く違う場所にあったことに気付くのです。だからこそ、ラスト、ルーベンは補聴器を外し、「自分がいるべき世界」に帰還します。つまり本作は、聴覚障害をテーマにしてはいますが、その実は2人の男女の別れと自立の物語なのだと思います。
 

 

リズ・アーメッド出演映画。

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 音楽繋がり?

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2021年春アニメ感想③【オッドタクシー】

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☆☆☆☆★(4.6/5)
 
 
 最初は軽い気持ちでした。「2021年春アニメ視聴予定作品一覧」でも△(一応見る)をつけましたし。キービジュアルが動物だらけだったこと、主人公がタクシー運転手だという情報だけ見て、「アレか、「かいけつゾロリ」的な動物が人間の格好してる設定で、「ミッドナイト」的な1話完結の人情物でもやるのか」と思っていたのです。しかし、見始めて数分でそれは打ち砕かれました。本作は、「練馬の女子高生失踪事件」を軸にし、人間の心の闇と我々視聴者の精神を抉りに来るダーク・ミステリーだったのです。
 
 本作はまず脚本が素晴らしい。脚本を担当するのは「セトウツミ」の此元和津也さん。恥ずかしながら「セトウツミ」は未読です。これから読みます。はい。本作は群像劇の体裁をとっているのですが、小戸川というタクシー運転手を主人公にし、彼のドラレコを何故か手に入れようとする裏社会の人間やバズりたいユーチューバー、スマホに課金しすぎて人生転落寸前の男、小戸川の友人で金なし彼女ナシのダメ人間、地下アイドルの物語が並行して語られます。このバラバラの物語が最後にきれいに収束し、「練馬の女子高生失踪事件」の一応の解決、そして矢野、ドブと決着をつけます。
 
 伏線とその回収の見事さも素晴らしいのですが、物語が進むにつれて、本作そのものの印象も変わってくる点も上手い。私は、見る前は上述の通りだったんですけど、見始めてから作品そのものの印象も変わりましたし、話数を経るごとに変わる登場人物の立ち位置や印象もどんどん変わっていきます。これによって、作品そのものも、謎が明かされているにもかかわらず、話の闇がどんどん深くなっていくという不穏極まりないものになっていきます。最初は人情物だと思っていたのに、人情なんて少ししか無いです。
 そして、最大のどんでん返しが、小戸川自身に隠されていた謎です。謎というよりは病気なんですけど、これが明らかになったとき、心の底から「やられた!」と思いましたよ。「かいけつゾロリ」などに慣れ切っている我々の心理を完璧に利用したトリックでしたし、これはアニメだからこそできる大どんでん返しです。しかも、このどんでん返しが「どんでん返しのためのどんでん返し」になっていない点も素晴らしくて、これがあったことで、本作の謎であった「小戸川自身」の解決にもなってるし、小戸川の救済の話にもなっています。更に言うと、人間を動物化させたことで、視聴者に登場人物を分かりやすくさせるという機能もつけられてる。また、伏線は話の中に張ってあったんですよね。両親とは違う動物の子供がいるとか、動物なのに相手のことを「人間」って言ってるし。これには本当にやられた。
 
 本作の雰囲気を作っている要因に会話のテンポの良さがあると思います。本作には声優だけではなく芸人や俳優、ラッパーなど、実に多彩なキャスティングがなされ、彼ら彼女らの会話のアンサンブルがとても良い。具体的には、ボケとツッコミのテンポの良さが最高で、会話は何てことないのに、あの食い気味のタイミングだけで笑わせられました(イチオシはミスチルの下り)。
 
 正直言って、本作の終わり方には不穏なものがあり、先が非常に気になります。オーディオドラマも全部聴いたんですけど、あれはあれで伏線を本編の補強的に張ってて最高だったんですが、最終話で精神抉られました。もうこれは漫画を読むしかないのかもしれない。ということで、オッドタクシー、素晴らしい作品でした。
 

 

「動物擬人化?」アニメ。

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2021年冬アニメ感想⑨【BEASTARS(2期)】

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☆☆☆(3.4/5)
 
 
 板垣巴留先生原作の「BEASTARS」を基にし、オレンジが制作したTVアニメーション作品。2019年に放送された1期の続篇となります。1期は見ていたので、付き合いで視聴した次第です。
 
 原作は3巻くらいまでしか読んでいないのですけど、描いていることはとても面白いなと思っていました。動物の擬人化ものでありながら、そこで描かれていることは動物をメタファーとした人間ドラマであり、そこには男女関係や「男らしさ」や「女らしさ」といったジェンダーとか、捕食者/被捕食者の対比を人間関係の強弱に当てはめていたからです。そこでレゴシは草食獣であるハルと付き合うために特訓を重ね、この壁を越えていこうと努力していました。私はこの物語がどこに向かうのか、非常に興味がありました。
 しかし、上記のようなテーマは最後の方で割かし脇に追いやられてしまい、代わりにどことなく「食う/食われる」関係をBL感漂う内容にした帰結に持って行かれ、うやむやのまま終わってしまった感がありました。一応、1話からフックとして存在していた食殺犯との決着は着くには着きますし、それを打ち倒すことがレゴシが自分の中の肉食獣としての本能に打ち克つことのメタファーになっているのかなとは思いましたが、本作では複雑な人間ドラマを描いてみせていた点を考えれば、若干安易というか、無理やりまとめた感が強い結末だったかなぁと思いました。
 
 オレンジの3DCG技術は本作でも健在。前作でも見せた「動物の毛並みや動き」の見事な映像化、毎回密度の濃い画面作りは素晴らしかったです。また、アクションになっても、「動物ごとの動き」はしっかりと差別化がされていて、そこも面白かったなと思いました。
 
 本作では、「階段」が何度か出てくるんですけど、これは多分、モラトリアムから大人への成長過程のメタファーなんじゃないかと思うのですけど、最終話ではレゴシは退学し、自分の道を歩み始めました。彼はまだ階段の途中にいるのかもしれませんが、確実に上ってはいるわけです。でも、それはまだ途上という事で、モラトリアムから脱却したわけでもないので、やっぱり中途半端な感じは否めないなと思いました。
 

 

1期感想です。

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2021年春アニメ感想②【SSSS.DYNAZENON】

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☆☆☆☆(4.4/5)
 
 
 「SSSS.GRIDMAN」から続く、「GRIDMAN UNIVERSE」シリーズの1作。元ネタは「電光超人グリッドマン」に登場するダイナドラゴン。前回は「電光超人グリッドマン」を見事にアニメ化してみせた作品でしたが、本作は趣向を変えて合体ロボットもの。「SSSS.GRIDMAN」とは、「合体」という点で差別化が図られていた作りになっていたなと思います。
 
 雨宮哲監督もインタビューで語っていた通り、本作の主題は「仲間」になるかと思います。前作にあたる「SSSS.GRIDMAN」はあくまでも「グリッドマン」という超人とアカネの物語で、グリッドマンの正体が明らかになると並行して、アカネの内面を掘り下げていく内容になっていたと思います。そこから翻って本作は、対照的に、合体ロボットものということで、複数のキャラに焦点を当てられるようにして、群像劇のような内容となっています。要はこれまで全く接点のなかった男女5人がダイナゼノンに導かれて出会い、仲間となり、成長し、個人にとって最善の選択をしていく物語になっているのです。この点はEDからも明らかですし、「SSSS.GRIDMAN」でも時折見られた、視点が微妙にずれる画作りが多かった前半から、各キャラが自分のトラウマや後悔に折り合いをつけて「仲間」として「一緒」になるシーンが多くなってゆく後半のような画面作りからも分かると思います。
 「SSSS.GRIDMAN」はアカネという存在を閉じこもった世界から救い出す話だったんですけど、本作はそこからさらに一歩進んで、「悩みを1人で抱えている個人が仲間を得て、共に成長していく」物語であるという違いも面白いなと思います。アカネは閉じこもっていましたが、本作のキャラは悩みは抱えながら、現実を呑み込み、「上手くやってはいる」わけです。しかし、そこから仲間を得て、最善の選択をしていく。これは、「自分の殻から出る」という点では一緒なんですけど、オチの部分で「SSSS.GRIDMAN」は結局アカネ1人の物語になってしまった点と比べると、本作のこの「個人の繋がり」を描いた点は、続篇として、テーマ的にも順当なものだなと思いました。その分、前作のようなメタ的な展開は無くなってしまいましたが、まぁあれは「グリッドマン」という題材だからこその展開だったので、本作のような王道のロボットものではこれでいいのでしょう。
 
 「特撮とアニメの融合」という、「SSSS.GRIDMAN」で達成した点は本作でも踏襲。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でも見られた、OP映像(サビのあたりがめっちゃそれっぽい)ミニチュアのビル破壊描写や爆破演出、ダイナゼノンの「合体ロボットっぽい動き」という特撮的な映像作りに加え、超合体竜王カイゼルグリッドナイトの合体バンク、オーバーパースが決まりまくった決めシーンというアニメ的なケレン味も完備。「SSSS.GRIDMAN」に培ったものをより洗練させている感じがあります。とりあえず、次作が決まっているそうなので、楽しみに待ちたいと思います。
 

 

シリーズ前作。

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トリガー作品。

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