暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2021年冬アニメ感想⑦【Re;ゼロから始める異世界生活 2nd season(第2クール)】

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☆☆☆★(3.6/5)
 
 
 昨年の夏に放送された、「Re;ゼロから始める異世界生活2nd season」の第2クールとなります。第1クールではスバルの内面を掘り下げてゆき、自暴自棄になりかけていたスバルが「他者を信頼する」ことで目的を達成する決意をするまでを描いていました。
 
 本作では、スバルではなく、エミリアの内面を掘り下げてゆきます。これまで、割と謎だったエミリアの過去が、彼女の封印を解くことで明らかになり、第1クールにてスバルがやったような、過去と向き合い、前に進むまでを描きます。そしてそれと並行して、同じく割と謎だったロズワールの思惑と、ベアトリスの過去も明らかになります。要はこの2nd seasonというのは、各キャラクターの内面を徹底的に掘り下げてゆく話だったのです。そのため、話の規模は非常に小規模。舞台は第1クール冒頭を除けばアーラム村とロズワール邸に固定されています。
 
 これは第1クールとは対照的です。第1クールはスバルが異世界に来てから白鯨、そしてベテルギウスとの決戦までを描いていました。そこではストーリーが進むにつれて世界のシステムや都が明らかになってゆき、世界が広がってゆくダイナミズムがありました。しかし、第2クールは違います。舞台は固定され、代わりにキャラを徹底的に掘り下げてゆくという、非常にミニマムな中で物語に厚みが加えられてゆくのです。

 

Re:ゼロから始める異世界生活 1 (MF文庫J)

Re:ゼロから始める異世界生活 1 (MF文庫J)

 

 

 そしてこの点こそが、本作の最大の特徴なのかもしれません。普通、異世界転生モノでは、「世界の謎」を紐解いてゆくという展開が主流です。確かにキャラクターの掘り下げは行われますが、本作ほど深くは行いません。本作は、「ループもの」という「同じシチュエーションを何回も行える」という設定を最大限に活かし、数多くのIFストーリーを作り上げ、キャラの多彩な側面を描き出し、キャラクターを深く描いてゆきます。これは「タイムループもの」としても特異で、基本的には過去改変の術として扱われるこのループ能力を、「現状打破の手段」として用いているからこそできることだとも言えます。つまりこの「2nd season」は、「タイムループによって各キャラの内面をこれでもかと掘り下げる」という本作の最大の特長が如実に表れた作品だったと言えます。
 
 ただ、それ故に問題があるのも確かでした。これは第1クールを含めての問題なのですが、とにかく話が動かない。第1クールから通算して、20話くらいまではスバルが立ち直ったりロズワールの過去が明らかになったりエミリアが前向きになったりがよく言えば丁寧に描かれていくのですが、それ故に物語がずっと似たようなことをしているため、停滞感が凄い。第1期ではこの溜めからのカタルシスが綺麗に、短期間に決まってくれたのでエンタメとして面白かったのですが、本作では溜めがあまりにも長いため、視聴完了までに大分時間がかかってしまいました。ただ、これは既に人気を確立してるが故のスタンスとも捉えられますし、これからのことを考えるならば必要な下りでしょうし、人気がある今のうちにやっておくという選択はありだと思います。
 
 そしてもう1つは、とにかく話が入り組み過ぎということ。話の大雑把な方向性としては各キャラの過去を掘り下げ、スバルとエミリアが一大勢力を築き上げるまでの物語だと理解したのですけど、その過程において、どんどん謎が積み上げられていって、私はそれを処理できなかったんですよね。だから、ロズワールが何を企んでいるのか最後の方までよく分からなかったし、そのためにスバルや他のキャラが何を目的にして動いているのかがよく分からないまま見ていました。そのため、私の話の理解としては、「何かロズワールが企んでるっぽいからそれをスバルが何とかして食い止めようとしている」くらいの薄ボンヤリとした感じでした。
 
 何故このような感じになったのかと考えてみると、1つは私の理解力の不足があると思うのですが、もう1つは本作の特長であるループ能力があるのかなと。1つの事柄を解決するために何度もIFルートを見せられ、そしてその度に謎が深まってゆくという作りは、キャラや設定の説明、深掘りとしては良いのかもしれませんけど、どんどん話が複雑になってゆき、目的が曖昧になっていった印象を受けました。これは上述の本作の特長と表裏一体であるため、悪い意味でも本作の特長が出てしまったのかなと思いました。
 

 

第1クール。

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 ループものその2。

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出版業界版『仁義なき戦い』【騙し絵の牙】感想

騙し絵の牙

 
87点
 
 
 塩田武士さん原作の同名小説を映画化した作品。主演の速水役は、当て書きしたという大泉洋。監督は傑作『桐島、部活やめるってよ』、『羊の木』などの吉田大八監督。私にとっては吉田大八監督が監督をするということで無条件で鑑賞候補に入ります。吉田監督は原作の翻案の達人であり、原作を読んだ上で観るとより楽しめるということで、原作を読んだ上で鑑賞した次第です。
 
 原作「騙し絵の牙」は正直言って物足りない作品でした。全6章+プロローグ&エピローグから成り立っているのですが、6章までは速水が出版会社内の権力闘争に板挟みになりつつ、自分の雑誌を護ろうと奔走する姿を描いており、どことなく横山秀夫の小説に近い雰囲気の作品でした。私はタイトル的にコン・ゲーム的なものを期待していたので肩透かしで、でもまぁこれはこれで面白いか、と思いながら読んでいたのですけど、エピローグで、急に「速水の正体」が特に何の脈絡もなく語られ、タイトルが回収されてしまったのです。そのあまりにも急な方向転換には唖然としましたし、どんでん返しとしても上手くないなと思い、ちょっと期待外れな作品でした。
 
 だからこそ、映画を観て驚きました。映画は、私が小説に期待した通りの作品になっていたからです。映画本編は、出版会社内の権力抗争とキャラの名前を除き、ストーリーは全く別物になっていて、純粋なコン・ゲームとなっております。しかし、それでも原作にあった骨子の部分は吉田大八監督流のアレンジを加えた上で残してあるという、素晴らしい換骨奪胎だったからです。

 

騙し絵の牙 (角川文庫)

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 吉田監督はインタビューにて、本作を「『仁義なき戦い』みたいにしたかった」と語っています。それを読むと、多彩な登場人物が自らの利権や権力のために奔走し、蹴落としていくという姿は、なるほど、確かに『仁義なき戦い』です。『仁義なき戦い』ではヤクザ同士の抗争はそのまま戦争のメタファーとなっていましたが、本作におけるコン・ゲームは会社を舞台にしてはいますが、業界全体を舞台に進んでいる寓話としての側面を持っています。そこで大きく取り上げられるのは、「新しい時代」VS「古い時代」であり、急激に変化し続けている出版業界の隠喩です。吉田大八監督は『桐島』等でも見せたように、限定空間における寓話が得意な方で、それが今回も炸裂しているというわけです。
 
 映画で驚くべきは、その編集速度です。とてつもない登場人物が出てくる作品なのですが、小林聡美さんによる相関関係説明や、芸達者な方々が多く出ている点、そしてそれらを裁く編集により、小難しい話を見事に整理してみせています。特に編集は凄まじく、基本的に食い気味なくらいポンポン進みます。そして一瞬、スッと止まる。この緩急がとても良いです。

 

仁義なき戦い Blu-ray COLLECTION

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 映画における速水は「掴みどころのない存在」として機能しており、原作におけるような組織内での相克や中間管理職の悲哀みたいなものは特に感じられません。「根はフリーなの」の言葉通り、「よく分からない存在」として会社の中を引っ掻き回します。それはさながら、『用心棒』における桑畑三十郎のようです(映画そのものの構造も似てる)。
 
 そして、原作より大きく膨らんだ存在が、高野というキャラです。松岡茉優さんがこれまた素晴らしく演じているのですが、原作では1脇役キャラだったものを、速水と対等な存在として描き直したのです。彼女は実家が街の本屋で、本が心底好きな存在です。しかも大御所の作家に女性観の古さを指摘するという「新しい時代」の代表的な側面も付与されています。序盤こそ、まだ新米の彼女が速水というよく分からない存在にフックアップされ、速水の型破りなやり方に振り回されるという割かし王道なバディものとして進んでいきます。しかし、中盤以降、2人の関係は徐々にズレていって、最終的に速水VS高野という構図にまで持って行かれるのです。この構図まで進んだとき、速水と高野の立ち位置が原作とは逆になっています。原作ではどこまでも紙を護ろうとした速水でしたが、映画では「新しい時代」と手を組み、古いものを押しのけていきます。しかし、高野はその速水の目論見を喝破し、原作で速水が行った、「会社の外で新規の事業を始める」ということを高野が行っているのです。そしてその対立が原作にもあったエピローグの翻案にもなっているという見事なものです。
 
 そして、本作はどこまでも吉田大八監督作です。本作に出てくる人間は、「本」というものを護ろうとしています。高野は言わずもがなですし、速水も、東松も、です。本というのは、読者に夢を提供します。吉田監督は、「夢を求める者」を描いてきました。本作では、登場人物全員が本という夢、フィクションを求めている人間達であり、この点において、本作は紛れもない「吉田大八監督作」だと思うのです。以上のように、本作は原作小説を見事に換骨奪胎し、エンタメ作品に、そして「吉田大八監督作品」に仕上げてみせた良作でした。
 

 

仁義なき戦い』の感想です。

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 吉田大八監督作。

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26年の全てを終わらせた映画【シン・エヴァンゲリオン劇場版】のシン・感想

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100点
 
 
 『シン・エヴァ』という作品は、正真正銘、「エヴァンゲリオン」という作品を「終わらせる」作品だった。ご存知の通り、「新世紀エヴァンゲリオン」という作品は、「終わらない」作品だった。TVシリーズが制作が間に合わずに抽象的な自己啓発セミナーになって終わり、旧劇場版も1回完成途中で公開され「魂のルフラン」が流れ、ようやく終わったと思った『旧劇』もひたすらにシンジ=庵野秀明監督が自身の心情を吐露するだけで、大筋は描いてみせたけど着地点には様々な解釈があり得ると解され、考察が盛んに行われた。らしい。押井守監督は「エヴァ」という作品を「ファンが考察することで永遠に終わらない作品」と評したそうだが、「終わり」を明確に描かないからこそ考察が盛んになされ、それ故にもっと終わらなくなる、という袋小路に陥ってしまった作品が、「新世紀エヴァンゲリオン」という作品なのであります。
 
 だからこそ、本作は26年間積み上げられてきた「エヴァ」というアニメーションそのものを清算する作品となったのです。作品の核となっていた「父殺し」はシンジとゲンドウがようやく対峙し、お互いにようやくコミュニケーションをとることで達成されますし、また、父=神を殺し、人類の可能性を示すことでも達成がなされます。そして、ラストでシンジが選択した、「エヴァのいない世界」とは、「エヴァ」以降、大きく変換したアニメーション業界そのものの清算と捉えることができます。「エヴァ」は製作委員会体制をとり、それによって大きな成功を収めた作品ですが、それによって、よりアニメーション業界の労働環境が悪化してしまったのは有名な話です。「エヴァンゲリオン」を庵野監督の私小説とするならば、『:Q』において、ニアサードインパクトによってシンジが滅ぼしかけた世界とは、まさしくアニメーション業界のことであり、そこからの世界の復旧は、庵野監督のアニメーション業界を何とかして修復したい、しなければならないという意志の表れのように思えました。

 

新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に

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 「エヴァが生み出したもの」の清算としては、「セカイ系」へのアンサーともとれる内容になっている点も面白いです。「セカイ系」というのは「エヴァ」以降、爆発的に増えた、「君と僕」のみの閉じた世界の悩みが世界の命運に直結するという奴で、その代表的な存在が新海誠監督です。庵野監督はことある毎に「現実の社会との接続」を切望し、望んでいた方です。シンジというキャラクターは内に引きこもりがちだと言われますが、その実は人間のことが好きであり、「ハリネズミのジレンマ」を起こしてしまいます。『旧劇』でもシンジは一旦は「だからみんな死んでしまえばいいのに・・・」と他者を拒絶しますが、最終的には「他者がいるからこそ自分は自分でいられる」という実存的な答えに辿り着きます。だから「エヴァ」って、元々アンチ・セカイ系的な考えを有しているわけですが、『新劇場版:Q』はそれがより先鋭化されていて、『:破』であれだけ盛り上げてみせたラストを裏切ってみせ、徹底的にシンジを自己中心的な存在として断罪してみせます。そこには、「個人の意志で世界をどうにかしようとした」ことに対し、徹底して罰を与える姿勢が見えます。ちなみに、この姿勢へアンサーをさらに返して見せたのが『天気の子』でした。
 
 以上の点で、更に書いておきたいのが、「手」です。「エヴァンゲリオン」シリーズでは、「手」は非常に重要で、事ある毎に印象的な使われ方をします。ある時は誰かと手を繋ぎ、あるときは誰かの首を絞め、あるときは自慰行為をし、ある時は誰かを助けます。このように、「手」とは人間の関係性を象徴するものとして描かれています。誰かを傷つけ、誰かを助けるのは、いつも「手」なのです。
 
 本作では、「手」が異様なくらい多く出てきます。面白いのは、そのほとんどが、正の意味合いで使われている事です。人と人が繋がるため、シンジがゲンドウと繋がるため、マリがシンジを導こうとするとき。ここに、庵野監督の人間関係の捉え方の変化が見えます。つまり、『旧劇』で行われていたような問答は、もはや庵野監督には不要なものだということです。
 
 『:破』において、「シンジは成長した」という方が多いのですが、確かに成長はしましたが、私にはあれはアスカの言う通り、「ガキ」なんだと思います。何故かというと、ゲンドウと同じだからです。ゲンドウはユイに会うために人類全体を巻き込んだとんでもない男ですが、『:破』におけるシンジも、レイを助けるために「世界がどうなったっていい!!」と言ってみせたことを忘れてはいけません。ゲンドウと一体何が違うのか。
 碇ゲンドウというキャラは、物語が始まった当初こそはその謎に満ちた存在感によって大物感を出していた男ですが、真相が明らかになると、非常に矮小な男だと判明します。本作ではその矮小さを隠すことなく曝け出しています。ゲンドウこそ、外の世界を拒絶し、いない存在を追い求め続けた、本作最大の「ガキ」なのだと思います。『:破』におけるシンジは、一度はこのゲンドウと同じになったのです。
 
 だからこそ、シンジは1回は廃人同然になり、第三村での生活で再生していくのです。この「再生」こそが非常に大切で、ここでの暮らしによってシンジは「自分のため」ではなくて、「誰かのため」にエヴァに乗ることに目覚めるのです。思えば、シンジはTVシリーズからずっと、「自分のため」にエヴァに乗ってきましたし、それ以外では「誰かに言われて」乗ってきました。唯一『:破』のラストで「綾波を助ける」という意志を持って乗った以外は、常に受動的で、若しくは「自己の存在理由のため」に乗っていました。しかし、第三村にて成長し、「大人」になった元クラスメイトと交流して、自分の身勝手ではない、他者の想いを背負い、行動できるような、真の意味での「大人」として目覚めていきます。ここがゲンドウとの決定的な差でした。ゲンドウには理解者が冬月しかいませんでしたが、シンジには多くの友がいました。彼らとの交流があったからこそなのです。ここにも、「人と繋がる」という「エヴァ」のテーマが見えてきます。
 
 そしてシンジはゲンドウとの対話の末に父を殺し(=乗り越え)ます。更に、補完計画の中心となり、ゲンドウを始めとした、各キャラの心を補完し、「卒業」させます。それは過去のシリーズではできなかった、各キャラの救済であり、同時に清算でもありました。こうして、全ての清算を終えたシンジがやって来たのは「エヴァのいない世界(現実)」。そして繰り返されるTV第1話の冒頭、そこで目の前にいたのはマリでした。これまでは綾波(=母親)に見護られていたシンジですが、「エヴァのいない世界」を選択したことで、「虚構」であった世界から決別します(ちなみに、シンジの反対側のホームにレイとカヲルとアスカがいる)。そこでシンジは電車には乗らずにマリと一緒に走り出します。そこは現実とアニメが混ざり合った世界であり、もはや母親も、父親もいない世界。「個」としてとりあえず自立したシンジ(=庵野秀明)は、その世界で生きてゆくのでしょう。これはつまり、庵野監督の「大人宣言」であり、「エヴァからの卒業」なのだと思います。そして同時に、「何度でも助けに来てくれてありがとう」という、妻・モヨ子さんへの感謝の言葉でもあるのだと思います。
 
 以上のように、本作はあらゆる意味で「エヴァンゲリオン」という作品を「終わらせて」みせました。それしかないという意見もあるとは思いますが、これに辿り着いただけで本作には価値がありますし、中3からずっと追いかけてきた身としては、完結には感無量です。庵野監督、おめでとう。
 

 

旧劇の感想です。

inosuken.hatenablog.com

 

 『:破』へのアンサー作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 結末が似ている。

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短文感想【悪人伝】【悪の偶像】【ザ・プロム】

 2020年も映画をそこそこ観たのですけど、全く感想が追い付かず、気付けば感想書いてない映画が40本くらい積み上がっていました。なので、短文ですけど映画の感想を纏めて書いてアップします。これからも何回かアップしていきたいと思います。
 
【悪人伝】

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77点
 
 基本的には、韓国フィルム・ノワールの焼き直し的な設定のオンパレード。しかしそこにマ・ドンソクという漢を投入するだけで、ここまでフレッシュで、血沸き肉躍る内容になるとは。本作はマ・ドンソクのスター映画であることに間違いはなく、この点のみで言えば、本作は100点満点の映画です。残虐なドンソク、ちょっと優しいドンソク、お茶目なドンソク、多種多様なドンソクが観られる最高のドンソク映画が、本作です。
 
 しかし、見せ方的にはちょっと一捻りしてあるものが多く、まずは冒頭のサンドバックです。ドンソクがあの二の腕で殴っているのですが、ただ殴っているのかな、と思っていたら中から人が出てくるショック演出。これで、本作のドンソクは残虐な性格なのだと示されます。また、相手の歯を引っこ抜くという凶悪ぶりも見せてくれます。まぁ、中盤の傘の下りはドンソク的にも、ストーリー的にもあざといなとは思いましたが。
 
 また、マ・ドンソクという最強の漢を活躍させるため、ドンソクを「追う」側に設定したのもなるほどなという。つまり本作は、韓国ノワール風作品の中に、マ・ドンソクという最強がいたら?というかもしれない作品であり、陰鬱でやりきれないノワールを、悪が悪を裁くという正統派エンタメ作品にしてしまった作品なのだと思いました。そしてそれ故にドンソク映画としても100点なのです。
 
 
【悪の偶像】

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77点
 
 引き続いて韓国ノワール作品。序盤こそ、息子を轢き殺された父親・ジュンシクが、犯人を突き止めるべく奔走し、加害者の父親であり、清廉潔白なイメージで売り出している政治家ミョンフェに辿り着くという王道展開です。しかし、両者が交差した瞬間、そしてリョナが本格的に物語に参加した瞬間、物語は暴走を始め、予想もつかない展開へとドライブしていきます。それはさながらナ・ホンジンのような訳の分からなさであり、リョナは『哀しき獣』の社長クラスのバケモノであることが判明します。
 
 本作は非常に難解な作品であり、事ある毎に「偶像」のメタファーが出てきます。後半のジュンシクは完全にミョンフェの偶像になりますし、リョナも、ジュンシクにとっての「偶像」になります。そして、何度も象徴的に出てくるのがイ・スンシン像。パンフのコラムによれば、このイ・スンシンとは韓国では英雄であり、それを侮蔑するということは、日本で言うところの皇居外苑楠木正成像の首をもぎ取るにふさわしいそう。この像に代表されるように、本作では、誰もが偶像を見ています。そしてそこにある「本物」を見ていない。だから終盤でジュンシクは像を爆破したのかもしれない。偶像ばかりを見ているこの国の「病」への、せめてもの抵抗として。ただ、意欲的な作品だとは思うのだけれども、破綻気味なのは間違いないので、評価は微妙ということで。
 
 
【ザ・プロム】

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62点
 
 近年、ポリティカル・コレクトネスやジェンダー平等、LGBTQへの差別抑止の訴えが盛んに言われ始め、映画界ではだいぶ浸透してきました。これを「表現の自由を抑止する」と言ってしまうバカ者も中にはいるのですが、役者はこれらの促進に声をあげ、チャリティー活動も盛んに行っています。本作は、この点へ若干の批評的な視点を加え、その上でミュージカルとして歌って踊ってしっかりとこれらの大切さを訴えかけるという作品になっていました。
 
「ベテラン舞台俳優のディーディーとバリーは往年の人気を取り戻すべく大作ミュージカルで勝負に出たが、批評家からコテンパンに酷評され、俳優生命の危機に陥っていた。2人が起死回生の秘策を考えあぐねていると、インディアナ州に住む1人の高校生・エマに関する話が耳に入ってくる。エマは同性のパートナーであるアリッサとプロムに参加しようとしたが、保守的な土地柄もあり、PTA会長のミセス・グリーンたちから猛反対を受けて参加を禁じられたという。ディーディーとバリーは「エマを助ければ自分たちのイメージも好転するに違いない」と考え、同じく売名を目論んでいた後進の俳優・アンジートレントと共にエマが暮らす街へ向かうが・・・(Wikipediaより抜粋)」
 
 役者が凄く良いんですよね。何て言っても、メリル・ストリープですよ。彼女はリベラルの代名詞みたいな役者じゃないですか。そんな彼女が人気をとるためにとりあえずのリベラルを気取っているわけですけど、彼女らが本当に問題に直面している本人と真の意味で向き合うことで問題を再度認識し直し、売名抜きで本気で何とかしたいと思わせるという描き方は、とても誠実だなと思いました。
 
 後、校長が凄く良かった。ファンだった女優と出会ったときのミーハーな感じとか、幻滅する感じとか、何より、「ミュージカルを観に行く理由」が凄く良い。彼が思っていることは、我々映画ファンが思っている事と同じで、映画とかミュージカルがあるから救われる部分も間違いなくあるのです。だから映画館は不要不急のものだけれど、おいそれと閉めちゃいかんのだぞ。
 
 そもそもミュージカル自体がそこまで得意じゃない&この手の皆ハッピーでめでたしめでたし系の話にそもそも乗れないことも相まって点数はチョイ低めですけど、良い映画ですよ。
 

現代のアメリカ映画【ノマドランド】感想

ノマドランド

 
78点
 
 
 「ノマド」と言えば、私の中ではPC片手にスタバで仕事をしている人間を思い浮かべるのですが、本作で言う「ノマド」は家を持たず、キャンピングカーなどで車上生活をしている人々のことを指しています。日本にもこのような生活をされている方々がいらっしゃるようです。まぁ、「ノマド」という言葉には遊牧民という意味があるので、「特定の場所に拘らない」という点では2つとも共通しているのですけど。本作はこの「ノマド」の姿を淡々と捉えます。監督はクロエ・ジャオ。前作『ザ・ライダー』で一躍脚光を浴びた新鋭で、本作で第93回アカデミー賞作品賞・監督賞を獲得しました。以前より本命視されており、それならば観ないわけにはいかず、公開初週に鑑賞した次第です。
 
 クロエ・ジャオ監督という人は明確な作家性を持つ方で、『ザ・ライダー』を観てみると、それがよく分かります。『ザ・ライダー』はロデオの男性の物語で(これも乗り物の話)、頭に大けがを負い、生きる目的を無くしかけた彼が、もう一度別の生き方を見つける話でした。そしてその様子を自然光を活かしたカメラで撮り、役者も実在のロデオを使ったりして、ドキュメンタリー・タッチで描いていました。本作でもこの姿勢は一貫していて、本業の役者さんは主演のフランシス・マクド―マンドとデヴィッド・ストラザーンを除き、全員本物のノマドで、撮影は『ザ・ライダー』と同じくジョシュア・ジェームズ・リチャーズでドキュメンタリー・タッチで描いています。

 

ノマド 漂流する高齢労働者たち
 

 

 本作には、具体的なストーリーはありません。この辺も『ザ・ライダー』と共通していますが、少し違う点があるとすれば、本作はロード・ムービーであるという点。アメリカ映画のロード・ムービーと言えばニュー・シネマの『俺たちに明日は無い』とか、『イージー・ライダー』、女性のロード・ムービーとしては『テルマ&ルイーズ』などがありますが、本作も、主演のマクド―マンドが乗っているものがキャンピング・カーになっているだけで、基本的な内容はアメリカ映画伝統のロード・ムービーです。ただ、そこで描かれているのは、劇的な事件でも、既存の社会への犯行から来る逃避行でもありません。ただ、淡々とノマドの人の生活を映していきます。そこには経済的な貧困の問題提起も、搾取構造の告発も、ことさら強調されてはいません。まして、哀れみも、何も無い。ただ、彼ら彼女らの生活を映し出していきます。先に挙げた作品の登場人物は、既存の社会からの逃避行をしていましたが、本作のノマドの人々は、「社会の一部」として定住せず、旅をしているのです。そしてそこには、紛れもない「今のアメリカ」があります。
 
 アメリカ映画とロード・ムービーは切っても切り離せない関係であり、たくさんの名作が作られています。その理由としては、アメリカという国が広大であり、開拓によって発展してきたという側面があるのかもしれません。そして、本作でも少し語られていましたが、ノマドという生き方は、アメリカの伝統に返ったものとしても見ることができます。本作では、そのようなノマドの生き方を淡々と描き、物語として紡いでいく。そこには人々の連帯があるし、人生があります。この、アメリカの伝統に沿った生き方を否定せずに描き出したという点で、本作は現代の、新しいアメリカ映画と言えるのかもしれません。
 

 

最近のロード・ムービー。

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 西部劇。

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2021年冬アニメ感想⑥【SK∞ エスケーエイト】

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☆☆☆☆(4.2/5)
 
 
 ボンズ制作、内海統子監督、大河内一楼脚本によるオリジナルアニメ。この座組を見ただけで期待値はマックスでしたが、題材がスケボー。監督自身インタビューで仰っていたのですが、確かにスケボーを題材にしたアニメはこれまで無かったなと思ったので、この点でも興味があって視聴しました。
 
 内海監督は、これまでずっとブロマンスを描いてきました。初監督作の「Free!」からその姿勢は一貫していて、もはや作家性と言ってもいいレベルだと思います。本作でもこの姿勢はもちろん貫かれています。暦とランガの関係は過去の内海作品で見てきた友情のそれなのです。「Free!」を例に出しますけど、あれは1期に関しては遥と凛の話がメインになっていて、圧倒的才能を持ち、「俺はフリーしか泳がない」と言っていた遥が、自分を追いかける凜との勝負によって「皆と泳ぐ」楽しさに覚醒する話でした。本作も基本的にはこれと同じで、圧倒的な才能を持っているランガが暦と出会い、スケボーを教えてもらい、失っていた「一緒に走る」楽しさを思い起こした話でした。ただ、ちょっと違う点があるというか、面白かったのが、この2人の間にあった「才能」の描き方と、ラスボスの愛抱夢の存在でした。
 
 まず、暦とランガの間にある才能ですが、これ、2人の中を引き裂くものとしても描かれているんですよね。それが顕在化するのが7話で、あそこまで主人公の才能の無さに焦点を当てた作品も珍しいと思います。これは脚本を書いた大河内さんの力が大きいのかなと思っています。彼は「コードギアス」とか「Devilman Cry baby」のように、既にある既存のジャンルとか原作に批評的な視点を加えたというか、一捻りした展開を作ることに長けている方で、彼の視点があったからこそ、これまでの内海監督の作品とは少し違った視点を持った作品になったのだと思います。まぁこの視点も、最終的に「スケート楽しいじゃん」と「ランガと滑りたい」というお馴染みの奴で解決するんですけど。

 

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 次に、愛抱夢について。彼と菊池の関係性は、暦とランガの関係性と対照的に描かれています。愛抱夢はその並外れた実力と生い立ちから、自分と対等な誰かの愛を求めていて、故にランガに執着します(そしてランガは全く意に介さず、暦のことばっかり考えてる)。で、菊池は愛抱夢を何とかしたいと思っている。話の軸はこの4人の歪極まりない四角関係がメインなのです。そして歪な愛を求めた愛抱夢は暦とランガの友情パワーの前に敗北するという、とにかく関係性とそこから生じる友情が全てを解決していきます。これは内海監督が貫いているブロマンスものとして最高の展開です。
 
 スケボーの描写も良かったですね。暦とランガが練習している姿はおそらくYoutubeとかにある動画を参考にして作ったであろうシーンばかりで、スケボーを全くやらない私でもカッコいいなと思えました。しかし、それとは対照的に、ビーフにおいては描写が荒唐無稽で、こちらは別ベクトルで素晴らしかったです。五十嵐卓哉さんの演出・コンテによるダイナミックな滑りもそうですし、加賀美高浩さんのアクションも良かった。というか、私は本作のビーフで感じたのは「遊戯王」感で、「スケボー」と言っておきながらその実ほとんどスケボーじゃなくてただのスケボー使ったバトルアニメだよってところとか、明らかな反則使ってるのに勝負に勝ったりとか、やたらと何かを賭けたがるとか、スケボー乗るのにそのファッションにする意味ある?な奇抜なファッションとかです。そして、それを吹っ飛ばすくらい、これを大真面目でやっているところにも「遊戯王」感を感じます。ここまで振り切れると視聴者としても大真面目で見てしまうので、これはこれで大ありです。
 
 全体的には満足なのですが、後半の展開にはちょっと思うところがありました。具体的には総集編以降で、作画が崩れることが若干多くなりましたし、何よりあれだけ丁寧に進めていた話を大急ぎで畳んだ感があって、とにかく勿体なかった。上述の「才能」の葛藤も、何だかありきたりなところにボンヤリと着地してしまったし。全体としては、8話までは最高だったのですけど、9話以降はイマイチ乗り切れない点がありましたね。
 

 

内海監督作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 弓道。別に荒唐無稽ではない。

inosuken.hatenablog.com

 

素材は良いのに、完成品は残念な作品【るろうに剣心 最終章 The Final】感想

るろうに剣心 最終章 The Final

 
80点
 
 
 2012年に公開された『るろうに剣心』は衝撃的な作品でした。「漫画の実写化」と言えば、一部の成功例を除き、横たわるのは死屍累々であり、「上手くいかない」がジンクスでした。当然、『るろうに剣心』の制作発表時は誰もが思っていたと思います。「上手くいかない」と。私もその1人でした。「勘弁してくれよ」と。
 
 しかし、公開された予告を観てみれば、画面の作り込みや佐藤健の思った以上にハマった剣心の姿に感心し、怖いもの見たさに鑑賞。その結果、あらゆる面で圧倒されました。まず、漫画のキャラの実在感が凄かった。この手の実写化って、上手くいかない大きな理由に、「コスプレ感」があると思うのです。漫画のキャラは現実ではあまりないであろう恰好や言動をするため、実写にしたときに現実世界からどうしても浮いてしまいます。『るろうに剣心』はそこを完璧にクリアしていました。ドキュメンタリー出身の大友監督が「龍馬伝」で発揮した画作りが上手くハマり、剣心や薫、刃衛、斎藤を完璧に「実写化」してみせていました。
 
 次に圧倒されたのはシリーズの売りであるアクション。ドニー・イェンと共にスタント・コーディネーターを担当した谷垣健治さんの監督によるアクションは圧巻であり、「速すぎて目で追えない」飛天御剣流を実写化してみせていましたし、原作にあったトンデモ技もビジュアル的にしっかりと実写化してみせていたのです。
 
 以上のように、漫画の世界観を現実の実写に落とし込む、という意味では完璧と言ってもいい作品となった1作目に続いて公開されたのは、原作で最大の盛り上がりを見せた京都編。こちらは話のスケールを何倍にも大きくし、一大剣劇アクション映画を作り上げてみせました。

 

るろうに剣心

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 前置きが長くなりましたが、『るろうに剣心』という映画シリーズは「実写化」のハードルを塗り替えたエポックメイキング的な作品であり、私にとってはリアルタイムで追っている剣劇エンターテイメント作品です。そんなシリーズがこの度、7年振りに「完結篇」として公開されます。しかも映像化されるのは何気にこれが初となる「人誅篇」と、傑作OVAがある「追憶篇」。「追憶篇」はOVAが超が何個ついてもいいレベルの大傑作で分が悪いのですが、日本映画でこれほどのエンターテイメント作品は中々お目にかかれないので、期待を以て鑑賞した次第です。
 
 本作は「良い点」と「悪い点」がハッキリしている作品です。それぞれについて書いてみたいと思います。まず、「良い点」です。ビジュアル面は本当に素晴らしいです。グリーンバックではなくて、本当にセットを作って、そこで役者が芝居をし、アクションを繰り広げている。だからアクションをしていると本当に物が壊れるし、迫力が出ます。で、それに加えて、モブの多さですよね。コロナ禍前に撮影できたことが幸いし、今ではというか、近年の日本映画でもあまり見ないレベルの「密度」のモブシーンが見られます。この画面作りによって、一気に私は映画の中に惹きこまれました。
 
 また、アクションも圧巻の一言。白眉はモブとの大乱闘です。冒頭、掴みでいきなり縁が無双するのですが、そこが本当に素晴らしい。空間を上手く使ったアクションはもちろん、新田真剣佑の身体能力の高さを見せつけられます。そして何と言っても、終盤の大乱闘。『京都編』でも100人斬りがあったと思いますが、終盤のアレはその進化形ともいえるものでした。そもそも、飛天御剣流は、多対一を想定した剣術。漫画ではそこまで描かれませんでしたけど、本作は実写であることを活かして、飛天御剣流の本領を発揮させています。あのアクションを観るだけでも、本作にはお金を払う価値があります。他には、1対1のアクションでも前半の乙羽戦や、ラストの縁戦も素晴らしかった。縁戦はBGMは一切流さず、ひたすら2人のアクションをカメラに収めていて、2人の間の憎悪や贖罪といった感情のぶつかり合いをしっかりと描くことに注力していたのかなと思います。

 

るろうに剣心 追憶編 [Blu-ray]

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 さらに、「話の筋」も悪くはない。原作にあった「剣心の贖罪」というテーマに加え、原作の終盤にあった「新しい時代への1歩」という要素をプラスしています。それは既に冒頭から示されていて、いきなり蒸気機関車が出るんですよね。蒸気機関車といえば明治の文明開化の象徴の1つです。翻って、本作の話の主軸は、どこまで行っても「過去」です。剣心は人斬りの贖罪のために生きているし、縁は巴の敵を討つことのみに執着しています。だからこそ、巴の笑顔を取り戻し、進むべき道を見つけた剣心が最終的に「大きな1歩」を踏み出し、縁に打ち克つのです。この剣心の「1歩」が幕末から明治へ移り変わる世の中の進歩と合わさっています。また、「囚われている」物語ということならば、宗次郎が出てくるのにも納得は出来ます。そしてそれは社会だけではなく、世代についてもそう。これまで空気だった弥彦は次世代代表ということでちょっとだけスポットライトが当たり、操も蒼紫から御庭番を引き継ぎます。ラスト、「1歩」を踏み出した剣心は薫と共に肩を並べて歩いていきます。「自分たちの物語」が終わり、次世代の、新しい時代の物語が始まることを予感させられるラストシーンで、あそこは素晴らしかったですし、見事だと思いました。
 
 縁のキャラ造形も「なるほど」と思えるものでした。「人誅編」って、私闘なので、話のスケールが「京都編」よりも小さくなるんですよね。だから話としては小ぢんまりとしている。本作ではこの小ぢんまり感を少なくするため、上述のモブシーンの大乱闘や、中盤のセットを使った大規模な東京襲撃シーンを描いたりしていました。しかし、それ以上に、縁という存在に付加したメタファーに、「なるほどな」と思った次第です。大友監督は縁にテロリスト的な側面を付加させていて、個人の復讐が関係ない周囲の人間まで巻き込んでしまう姿も描いています。そして、この縁の憎しみを食い止めるためには、その憎しみを受け止め、贖罪をするしかないのだというあの決着。これによって、スケール感もそうですが、より現代的な物語になったと思います。後は新田真剣佑ですよね。前から凄いスター性があると思っていましたけど、今回も佐藤健と並ぶ圧倒的な存在感を放っていました。
 
 絶賛してますけど、ここから批判します。ハッキリ言うと、私はこの映画、全体的にダメだと思うんです。これからそれを書いていきたい。「話の方向性」「アクション」は悪くない。でもね、それ以外がガタガタなんですよ、この映画。ドラマパートの演出が酷すぎる。悲しいシーンには悲しいBGM、勇ましい時には勇ましいBGMを大音量で垂れ流す、同じ回想を事ある毎に何度も挿入する、喚き散らす役者たちと、とにかくダメ映画のダメ映画たる所以が多すぎる。だから、上述のような意図が大変伝わり辛い作品となってしまっています。
 編集も酷く、全体的にガチャガチャしている。薫が攫われたシーンを入れる必要が無いのにわざわざ挿入したり、アクションも意図は分かるけど、とにかくただ撮って繋いでるだけにしか思えない。今回は「目で追えない」のではなく、観客に追わせることを映画側が放棄しているようにしか思えなかったし、ドラマパートは(好意的に言えば)じっくり役者を映しているのでもっさりしている。だから、アクションパートはやたらスピーディなのにドラマパートがやたらもっさりとしているというアンバランスな映画になってしまっています。それでも何とか観られるのは役者や画面の贅沢さ、アクションという点で、もう何か、映画全体がこれに寄りかかりすぎなのです。
 
 後、公開の順番についても、『The Beginning』の後に公開した方が良かったのではないかと思いました。何故かというと、本作は、上述の通り、話の重心が「過去」なんですよね。つまり、『The Beginning』の内容を観てからの方が圧倒的に呑み込みやすいはずなのです。この順番の方が剣心の贖罪というテーマも浮き彫りになるし、縁の憎悪も分かりやすいと思うのですが、ダイジェストなので、その辺がボンヤリしているのですね。で、贖罪に関して言うと、上述のような話の筋にするならば、絶対に原作のあの台詞は必要だったと思います。「剣と心を賭し、この戦いの人生を完遂する」ってやつ。私はアレが剣心の縁への、巴への贖罪の意志だったと思っているし、あの台詞があったからこそ、剣心が踏み出した1歩に説得力が生まれました。本作ではこれが無いんですよ。だから、剣心の独りよがり感が増している気がするのです。まぁ十字傷があるから一生背負ってはいくんだろうけどさぁ。
 
 以上のように、本作は、意図とアクション、美術といった、素材は素晴らしいと思いました。ですが、それらを調理する監督の力量に問題があるのでは・・・?と疑わざるを得ない、大変惜しい映画でした。一応、『The Beginning』も観るよ!
 

 

実写化映画。俺は悪くないと思ってるんだけど・・・。

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 近年の「完璧な実写化」作品。

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