暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

ポップカルチャーにまみれた煉獄【アンダー・ザ・シルバーレイク】感想

f:id:inosuken:20181030132045j:plain

 

77点

 

 

 インディーズ映画『アメリカン・スリープオーバー』で注目され、『イット・フォローズ』の大ヒットにより、一躍ヒットメーカー的な存在となったデビット・ロバート・ミッチェル。順調にホップ・ステップをし、今最も注目されている監督である彼がジャンプとして次に放ったのは、古典的なフィルム・ノワールを彼が好きなポップカルチャーで埋め尽くした頭がおかしいとしか言えない映画でした。

 

 本作は、とりあえずはフィルム・ノワールに分類されると思います。無職で家賃も払えない青年サムが、失踪した女性、サラを探していくうちに、シルバーレイクにある陰謀を突き止めてしまう、というものです。

 

 しかし、本作を異様なものしているのは、劇中に出てくる膨大な数量の引用です。冒頭はヒッチコックの『裏窓』ですし、筋立ては『ロング・グッドバイ』、そして『めまい』です。『めまい』に関しては中盤でサムが女性3人組を車で追跡するシーンが『めまい』のそれと酷似していたり、作品を象徴する「めまいショット」も1回使われます(←使いどころが最悪(笑)!)。また、劇中で映される映画も過去の名作ですし、サラがプールで泳ぐのはマリリン・モンローの映画『女房は生きていた』です。さらに、引用は映画だけに止まらず、音楽、都市伝説、同人誌、ゲーム等、多岐にわたります。ちなみに、劇中の音楽もヒッチコックっぽいです。これだけで頭がクラクラしてきます。

 

 ただ、ポップカルチャーにまみれた世界は、この映画だけではありません。現実だってそうです。本作がそうであるように、今、世界で上映されている映画は、必ず過去の何らかの2次、3次、4次創作的なものですし、他のカルチャーも同じです。中盤で出てくる「ソングライター」が言っていたように、ひょっとしたら「自分」なんてものはなく、今自分が感じている「自分らしさ」とは、周りのカルチャーによって操作された結果なのかもしれないのです。

 

 「煉獄へようこそ」サムが訪れたパーティで言われる台詞です。煉獄とはダンテの神曲にあるカトリックの教理で、小さな罪を犯した霊魂が天国に入る前に魂を浄化される場所であり、天国と地獄の間にあるものです。終盤で明らかになる「陰謀」を絡めて考えると、この台詞は意味を持ってくる気がします。彼らは、「天に召される」のを待っていました。しかも、それらは全て富豪とか成功者です。天が煉獄で魂が浄化された後、辿り着く場所だとすれば、煉獄はあの世界そのものではないでしょうか。カルチャーにまみれ、自分も定かでない世界。これを煉獄と言わずに何といえるでしょう。金持ちは、こんな煉獄とおさらばできるのです。

 

 しかし、サムは、この煉獄の中で、「生きること」を決意します。事実を知ったサムは、ホームレス王に連れられ、地下に監禁され、秘密を口外しない約束で解放されます。解放された彼は、家賃対策として、何と冒頭で覗き見ていた部屋に転がり込みます。そしてそこで、彼が元居た部屋に管理人を警官がやってくるのですが、そこにはホーボーのあの暗号が。もちろん、彼らには分かりません。しかし、サムには分かってます。サムはシルバーレイクの秘密を知り、この世界が煉獄であることにも気づきました。そんな彼が、以前覗き見ていた部屋から「何も分かってない」人を見る。サムが少しだけ「あっち側」にいったということを示すシーンだと思いました。

 

 タイトルは、『アンダー・ザ・シルバーレイク』です。翻訳すると、「シルバーレイクの下」。サムは、「この街の下には陰謀がある」と信じ、実際にホームレス王に連れられて地下に潜ります。ですが、サムが部屋で最後に観た『第七天国』で、ジャネット・ゲイナーは言います。「上を見なきゃね」と。「気づき」を得たサムは、「上を見て」これからこの煉獄を生きていくのだと思えるラストでした。

 

 このように、本作は相当カオスな作品でしたが、「ポップカルチャーにまみれた自分」が生きていくことを肯定するような映画だったと思います。それに気づくことが、サムの奇妙な道中のゴールだったのでしょうね。