暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

「自分」に誇りをもって生きる【37セカンズ】感想

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93点

 

 

 出生時に37秒間呼吸が止まったことで脳性麻痺を持って生まれた女性の物語。監督は大阪に生まれ、アメリカで映画について学んだHIKARIさん。この手の「障碍者もの」というのは健常者の理想込みの描写とかお涙頂戴展開になるのが嫌なのですけど、本作に関しては前評判が非常に高く、今年は日本映画をなるべく観ていこうと思ったので、鑑賞しました。

 

 本作の最大の魅力は、主演の佳山明さんです。彼女の存在があったから脚本を大幅に書き換えたらしく、それ故に本作は彼女の映画になっています。とにかくあの今にも消えそうなくらいの儚げな声もあるのですけど、儚げなのにとにかく存在感が凄い。

 

 本作は大きく2つのパートに分かれています。ユマの障碍者としての生き辛さを描いた前半と、自分を取り巻く環境から脱出し、外の世界へ羽ばたく後半です。

 

 前半は、冒頭からギョッとさせられます。ユマのお母さんがユマを全裸にして「お世話」をしているのです。対してユマはされるがまま。ここから、この2人のちょっと常識からは外れた関係性が垣間見えます。そして続くシーンでは、ユマが外出し、仕事をしに行くのですが、そこでの電車内のシーンがかなりキツい。ユマが、如何に社会から抑圧されているかを視覚的に描いています。しかも彼女は終始帽子を被って、俯いている。HIKARI監督は舞台を東京にした理由について、「街そのものが優しくないから」とインタビューで仰っていましたが、それをしっかりと映像化しているわけです。本当に申し訳ない気持ちです。ちょっと、優しくなるように努力します。

 

 また、ユマの仕事も友達のサヤカに事実上乗っ取られている状況だしで、良いように搾取されています。そこに対する鬱屈も本作はしっかりと描写していて、ユマのちょっとした表情とか、会話の間とか、後はサイン会での2人の視線の交錯とそのときユマが着ていた服ですね。こういう演出をしっかりと行っていた点も凄く良いなと思います。

 


映画『37セカンズ』予告編

 

 鬱屈していたユマが徐々に変わり始めるのが中盤、自立するためにポルノ漫画雑誌に原稿の持ち込みを行ったところからです。そこで「体験がないからリアリティがない」と言われたユマは、「性体験」を求めて外の世界へ1人で出ていきます。しかし最初は全く上手くいかない。絶望していたところへやってきたのが舞さんと熊篠さん。ここから本作の後半が始まります。

 

 後半は障碍者だからという理由で管理され、抑圧されてきた彼女が、親から離れ、1人の人間として自立して生きようとするまでの物語になります。この点で、本作は「障碍者の話」だけではなく、1人の人間の自立についての物語で、普遍的な物語になっていきます。誰しも庇護下にいた時期があり、そこから自分の意志で脱却して、1人の人間として自立する。これは誰もが経験したことだからだと思うからです。そしてその過程で自分のルーツを辿り、「自分が自分である」というように、胸を張って生きることを決意するのです。そこに気付いたからこそ、ラストでユマは前を向いて、胸を張ってのだと思います。

 

 また、障碍者の作中での扱いもとてもいいなと思っていて、「特別な存在」ではなくて、「健常者と比べ、ハンディ・キャップを背負っただけの人」として描き、お涙頂戴の道具にしていない。ラストの「怖くない」というユマの言葉も、素晴らしかったです。本当はこれ、我々健常者こそ思わなければならない事なんでしょうけど。努力します。

 

 以上のように、本作は素晴らしい作品でした。障碍者の方を健常者の理想を押し付けた存在として描くのではなくて、あくまでも1人の人間として描いている点もそうですし、何よりこの物語を普遍的な物語にまで昇華させた点もとても良かった。そして何より演出力の素晴らしさと、日本映画の中でも群を抜いたクオリティの作品でした。NETFLIXでも観られるので是非。

 

 

こちらもマイノリティの物語。

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 苦しいかもですが、女性の自立ものとして。

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「止まっていた時が動き出す」傑作青春映画【サヨナラまでの30分】感想

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87点

 

 

 青春音楽映画です。普段ならば絶対に観ないタイプの映画で、公開直後もノーマークでした。公開後、高評価の感想を読んだりする機会はありましたが、普段ならばスルー案件。だって興味ないんですよ、こういうの。何が青春だよ、みたいな感じに思ってしまうんです。私は。それでも鑑賞した理由は、今年のキネマ旬報ベスト10号にあります。今年からベスト10号だけは買うことにしたのですけど、そこで日本映画のベスト10を見て愕然としました。批評家が選んだベスト10のうち、4本を観ていなかったのです。外国映画は1本を除いて観ていたことを考えると、如何に私が日本映画にノーマークだったかを思い知らされました。なので今年はなるべく日本映画を観るよう決心し、その一環として本作を鑑賞した次第です。

 

 鑑賞してみると、素晴らしい作品でした。基本的には根暗で人とのかかわりを避けているいつもの北村匠海が真剣佑の幽霊に出会って、そこから周囲の人間の時が動き出す!というありきたりなものなのです。しかし本作は、そのありきたりな物語を極めて完成度の高い脚本とずば抜けた演出力で描き、1級品の作品に仕上げていました。

 

 本作の演出は、本当に映画的なものだなと思いました。まず素晴らしかったのは、冒頭。説明台詞一切なしでアキ達が一番楽しかった時期を描き出しています。そして次は、「入れ替わり」のルール説明。これはカセットテープが回っている30分だけ入れ替われるというものなのですが、それをこれまた説明台詞なしで完璧に観客に理解させている。しかも「入れ替わり」も北村匠海という演技力の鬼の力をフルに活用させていて、同じショットの中で「普通の演技」と、「真剣佑が入った演技」を完璧に演じ分けさせているのです。

 

サヨナラまでの30分 (初回生産限定盤) (特典なし)

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  • 発売日: 2020/01/22
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 本作のメインストーリーは颯太の成長物語です。人間関係の構築が不得手な根暗な颯太が、幽霊のアキと出会って彼と二人三脚で就活を上手くこなしていこうとするも、人と触れ合い、アキから自立していきます。この辺はバディものの様相を呈しています。そして同時に、本作はアキという大きすぎる存在の喪失によって時が止まってしまっていた人たちが、もう1回動き出す物語にもなっています。本作はこの2つの物語の接続が上手い。これは脚本の力が大きいと思います。また、きちんと最初のシーンと最後のシーンが対になるように作られていて、物語そのものがそこへ結実するように動いています。そしてそこでの演奏が「颯太の自立」と「遺された者たちの自立」の二重の意味を持っているのもスマート。後、曲の歌詞とアキが消えるタイミングが完璧に一致していて、途中から、「自分たちの物語」になる点も素晴らしい。

 

 以上のように本作は、「ありきたりの極み」の物語を素晴らしい演出と完成度の高い脚本で作り上げた映画として非常に完成度の高い作品だと思います。興味のないジャンルなので、ストーリーそのものにはそこまでのれなかったのですけど、それでも感心しまくって観ていたことがその証左だと思います。あ、ただ、マジで苦言を呈するとしたら、颯太がECHOLLの皆と打ち解けていく下り。あんな陰キャが他人を下の名前で呼ぶような陽キャとあんなすぐに打ち解けられるわけないだろ。

 

 

 

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ダメな奴のハイスピード犯罪映画【アンカット・ダイアモンド】感想

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72点

 

 

 NETFLIX独占配信の映画。監督はサフディ兄弟で、主演はアダム・サンドラー。批評家からの評価が非常に高い作品だったこと、新型コロナウイルスの影響で映画館が休館してしまっていたこともあり、自宅にて鑑賞しました。

 

 本作を観てまず感じたことは、「うるさい」ということ。本作は、いきなり観客を宝石商の世界に引きずり込みます。そこでは常にアダム・サンドラーがブチ切れて誰かを怒鳴っていて、それだけでもうるさいのに、そこにさらに別の人物の怒鳴り声や会話が重なり、加えてハワードは常にスマホをいじくって何かをしていて、物語が動いている。本作は1つの画面にいくつもの情報が重なっていて、ストーリーのスピードも速く、しかも声が反響してうるさいので観ていて非常に疲れます。これは登場人物達が置かれている状況のカオスぶりを体験させるという意味では良い演出なのですけど、ちょっとやりすぎ。吹き替え版だと声の反響がないのでうるささは半減されていましたけど。

 

神様なんかくそくらえ

神様なんかくそくらえ

  • メディア: Prime Video
 

 

 本作は、カリスマ宝石商であるハワード(アダム・サンドラー)のダメダメぶりを描いた作品です。カリスマ宝石商だけど、金の宝石を盗まれて借金まみれ。それを返す金が手に入ってもすぐにギャンブルに使ってしてしまい、磨ってしまう。そして最終的には大金を手にした幸福の中で死んでしまいます。要は本作はこのハワードの狂気的な、エキセントリックな行動を観るものなのです。この辺を楽しめるかどうかで本作の評価は大きく変わってきます。別に感情移入できたかとかではなく、この狂気ぶりを楽しめるかどうか、ダメな奴らが自滅していく様を観られるかどうかが重要なのだと思います。だからカタルシスなどないのです。

 

 で、私はと言えば、「好きか嫌いか」で言えば「好き」なんですけど、その程度も「嫌いじゃない」くらいなものです。つまり「ナシ寄りのアリ」みたいな。主人公のエキセントリックな感じとか、冒頭の「地元の人間の労働力を搾取して獲得した鉱石が体内で一体化している」という演出とかは興味深く観ました。冒頭の解釈をもう少し深く考えてみると、本作は「欲望にまみれた人間の末路」という因果応報的な内容に捉えることも出来なくもないと思います。でもハワードは欲望の絶頂で死ぬので、彼にとってはこの上ないくらい幸福だったと思いますが。この悪趣味なくらいのダメっぷり描写は一周回って面白かったなと、今になってみて思った次第です。

 

 

 これも因果応報的と言えばそう。

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 別の意味でのダメ集団映画。

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2020年春アニメ感想①【BNA ビー・エヌ・エー】

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☆☆☆☆(☆4/5)

 

 

 「キルラキル」『プロメア』等で知られるTRIGGER制作で、NETFLIXと提携しているフジテレビの+Uitra枠で放送のアニメ作品。NETFLIXでは1~6話と、7~12話がまとめて配信されました。TRIGGER作品は基本的には見ることにしているし、しかも今回はNETFLIXと組んで全世界へ配信する作品ということで、今年最も期待していた作品の1つでした。

 

 本作は我々「人間」と、「獣人」という身体的に動物の特徴を色濃く残した存在との共生の物語です。これは世界的に見れば「差別、偏見からくる分断」のメタファーであることは明白です。この点で、本作は、昨年公開され、実は未だに公開されている『プロメア』の姉妹作品となっていることに気付かされます。どちらも「異人種との共生」をテーマにした作品でしたが、本作は、『プロメア』では尺の都合上描写不足だった「共生」の側面により焦点を当てた作品となっています。これは主人公が女性であるという点にも表れていると思います。

 

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 本作では「人間と獣人の問題」を「人間から獣人になった」存在であるみちるの視点を通し描いています。1話は、みちるがアニマシティに到着し、お祭りに遭遇するところから始まります。視聴者としては何が何だか分からないのですが、それはみちるも同じ。そこからみちるのアニマシティでの生活が始まっていきます。このみちるの視点はイコールで視聴者の視点であり、我々はみちるの成長を追っていくことになります。

 

 ここで描かれる問題というのは、獣人に対する差別や偏見。獣人というだけで差別され、ロクな職にも就けず、政府からの補償が出れば「不公平だ」とデモが起きる。要は現実の世界で起こっていることがほぼそのまま描かれているわけです。本作のミソは、このような「どの世界にも起こっている問題」に、ある日突然、みちるという普通の女子高生が差別される側の「当事者」となってしまう点。獣人であるから人間にも差別されますが、人間だとバレたら獣人に何をされるか分からないので、人間であることも隠さなくてはならない。「遠い世界の出来事」だと思っていたことの当事者となってしまったことで、問題に真剣に向き合って、経験を以て本当の意味で相手を知り、成長していく姿を描いているのです。つまりこれは、「みちるの物語」であると同時に、我々のような「普通の人間」の物語でもあるのです。

 

 さらに良い点としては、この主人公のみちるに関しても完璧ではない点。まぁ成長物語なのだから最初から完璧ではないのは当然なのですが、この主人公は自分の思い込みだけで突っ走ることがあります。それを指摘されたのがなずなのエピソードです。ここで、主人公のみちるですら他の人間と変わらない「偏見」を持っていて、それをもとに独善的になってしまうという点を描いています。こうした「普通の人間」であるところのみちるが成長する物語だからこそ、本作は『プロメア』とは違った意義があります。

 

 

 そんなみちると一緒に活躍するもう1人の主人公が大神士郎。彼は「人間絶対許さないマン」であり、人間側に対して(理由はあれど)憎悪を抱いている人物。「獣人の怒り」を代表している存在ですが、彼もみちると出会い、「アニマシティも変われるかもしれない」と成長していきます。

 

 翻って、本作の「敵」は純血であることを誇りとする存在。選民思想&差別主義者なわけですが、そんな存在に打ち克つのが「雑種」であるところの士郎。「単一ではなく、多様性こそが重要である」というそのままのメッセージです。これは敵が示した問題の「解決方法」に対するカウンターにもなっています。終盤で明かされる陰謀は「人種が別れているなら統合しちゃえばいいじゃない!」というマジョリティ側の独善的過ぎる提案であり(しかも、こういう提案はマジョリティ的には問題ないため、「良い事」として捉える人間も多いと思う)、みちるが望んだものです。しかし、みちるはそれを拒否し、自分たちからとれる血清を使って事態を収拾させます。マジョリティ側に都合のいい「解決」を望まず、自分たちの出自を明らかにし、共生していくことを選び取ったのです。

 

 ここから浮かび上がるメッセージは、やはり、「相互理解」の大切さなんですよね。相手のことを知らず、上辺だけの情報(獣人だとか女だとか男だとか)だけで判断するのではなく、お互いに互いの理解を深めること。この地道な積み重ねでしか真の意味での「共生」はやってこないという。極めて現代的なメッセージです。

 

 他にも、TRIGGERらしい勢いのある展開やアニメーションもありつつ、今石監督ほどぶっ飛んでない吉成監督の地に足ついた演出が良かったとか、アニメーションではそこまで描かれない「女性の生き辛さ」にも少しだけ斬り込んだ点も良かったとかですね。後、本作は基本的に一気見した方が良いと思います。

 

 

 TRIGGER作品。本作の姉妹作品でもある。

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 TRIGGER×特撮。

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世の中はもっと「シンプル」である【his】感想

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94点

 

 

 今泉力哉監督の、今年2本目の監督作。1本目の監督作である『mellow』は観られなかったのですけど、本作は時間もピッタリ合ったので鑑賞できました。ちなみに観たのは2月です。最近こんなんばっか。

 

 本作は基本的にはLGBTQを題材にした映画です。本作はそれに法廷モノをプラスし、更に「子ども」の視点を加えることで、より普遍的な物語へと仕上げていたと思います。

 

 本作では、LGBTQ映画として、やはりゲイの生き辛さを描いています。迅が都会の職場で受けたセクハラ発言や、ゲイであることを隠して生きている様子などは、同じ社会に生きている人間として、観ていてキツかった。まぁこれは、私自身がこういう発言をした&黙認してきた可能性が十分にあるからそう思うのですけどね。迅はこの生き辛すぎる社会から逃げるように生きています。

 

 そんな中、元彼である渚がやって来ます。彼は迅と別れた後に玲奈という女性と結婚し、子どもまで設けています。しかしゲイであると発覚し、娘をかけて親権争いをしています。この渚というキャラは中々の曲者で、本心が見えず、身勝手で、迅を振り回します。この辺は今泉監督っぽいです。

 

 この2人とは別の意味で「生き辛さ」を抱えているのが渚の妻である玲奈。彼女は親が押し付けた「従来通りの女性の生き方」に反発している存在です。だから彼女は自分の弱みも出そうとしない。ここに女性の生き辛さも入ってくるわけです。

 

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 それぞれに生き辛さを抱えているわけですが、彼ら彼女らの主張がぶつかり合うのが法廷なわけです。本作において法廷は、互いが互いを罵り、揚げ足をとるために存在している感があって、ここで直接的なやり取りがなされます。「実際はこうなんだろうなぁ」と思わせる泥沼ぶりです。

 

 本作の特異な点は、ここにさらに「子どもの視点」を入れている点。それが渚の娘である空です。彼女の視点から来る素朴な疑問が、大人たち、ひいていは社会そのものの「常識」に対する疑問へと繋がっています。子どもから見れば、「好き合っているから」男同士でキスしても何の疑問も持たないし、法廷での醜いやり取りも、「ごめんなさい」と謝れば済む話なのです。それが大人にはできない。社会的な常識やプライドがあるから。子どもから見れば世の中はシンプルなのに、大人と社会がそれをややこしくさせてしまっているという視点がここで立ち上がってくるのです。

 

 「好き」という気持ちや、LGBTQとは、「普通」である。少し数が違うだけ。このメッセージは2018年の日本映画『カランコエの花』を彷彿とさせます。あれは高校が舞台でしたが、本作ではそれを大人の社会でやってのけています。「自分を傷つけているのは自分自身」であり、社会そのもの。それに気づいた迅はカミングアウトをするわけです。その迅を受け入れたあの田舎は、1つの理想郷なのでしょう。

 

 泥沼を経てのラストシーンが非常に感動的です。迅、渚、玲奈、空の4人が公園という同じ空間に入って一緒に遊んでいる。玲奈に至っては自分の「弱み」を迅に曝け出して。あの、登場人物が全員が何の衒いもなく一緒に遊んでいるシーンこそが本作のゴールであり、世界のゴールなのだと思います。そしてそれは、「子ども」のようにシンプルな視点に立てば簡単に実現できることなのです。まぁそれが難しいんですけどね。とにかくね、素晴らしい作品でした。

 

 

 直近で見た今泉作品。

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不誠実極まりない映画【Fukushima50】感想

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30点

 

 

 2011年3月11日。東日本大震災が起こったその日、福島第一原子力発電所で未曽有の事態が起こった。本作は、そこで事態の収束のために奮闘し、世界で「フクシマ50」と呼ばれた人たちの物語です。原作はノンフィクション作家の門田隆将さんで、監督は『沈まぬ太陽』や『空母いぶき』などの若松節朗さん。今年は日本映画をなるべく観たいと思っていたため、本作に関しては観るかどうか迷っていました。しかし、キネマ旬報で大酷評されたらしいこと、SNS上で賛否両論の論争を呼んでいることを知り、「ちょっとこれは自分の目で観なければならないぞ」と思ったので、鑑賞しました。ただ、新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令され、その影響で映画館が閉まってしまったため、Youtubeでのストリーミング配信にて鑑賞しました。

 

 鑑賞してみると、確かにこれは酷評されても仕方がない内容だと思いました。描き甲斐のある、そして同時に描くべき題材であり、これをエンタメ映画として上手く撮ることができれば、まだまだ日本映画にも希望はあると思えました。しかし、出来上がったものは、ぶっちゃけ政府が原発で奮闘した方々をダシに使ったオリンピック推進のためのプロパガンダ映画になっており、それを抜きにしても映画としての出来もあまり良くないものでした。あ、お涙頂戴映画としては良いんじゃないですか。

 

 

 まず良い点を書きます。それは実際に取材して作ったという福島第一原子力発電所や、事故当時を再現したセットです。細部までこだわって作ったそうで、これで少なくとも視覚的な意味での現場の再現はできていたと思います。私も初めて観た時はその作り込みに感心してしまいました。

 

 また、ストーリー的にも、序盤は素晴らしかったです。地震が発生し、津波が押し寄せ、原発が呑み込まれてしまうという下りをいきなりやっており、我々観客を一気に劇中の状況に引きずり込みます。そしてそこから、訳も分からずにとにかく未曽有の事態に対処する現場の人々の姿を描いていきます。この展開は日本映画ならば『シン・ゴジラ』を彷彿とさせられ、とても良い選択だったと思います。

 

 そして原発の状況と、何がどうしたら危険なのか、という解説を総理へ説明するという形で観客に説明している下りもスマートだなと思いました。そしてその総理も、少なくとも最初の30分くらいはSNS上で言われているような描かれ方ではなく、東電の無能采配と現場との「報・連・相」が全く出来ていないが故のテンパりなのだと解釈できました。

 

 このように、少なくとも序盤は「悪くないじゃん」と思えるくらいには楽しんで観ることができていました。しかし、中盤以降、どんどん失速し、同時にキナ臭くなっていきます。

 

 まずはストーリー面での失速。中盤、現場だけでは話を回せなくなったためか、『シン・ゴジラ』がやらず、それ故に評価された「主人公の家族の物語」を入れてしまうのです。しかもそれが明らかに「吉岡里帆のために用意した」としか思えない心底どうでもいいシーンで辟易しました。あのシーンが何か後で効いてくるかと言えばそこまで重要なものでもなく、あれでは吉岡さんがかわいそうです。まぁ市井の人々も、ぶっちゃけアメリカ軍を活躍させるためだけにいた感ありますしね。

 

 そして同時に、話も「現場と上層部」がいがみ合っているだけという展開が続くため飽きてきます。この「現場とそれを理解しない上層部」の軋轢という描き方も、テンプレートが過ぎ、申し訳ないですが『踊る大捜査線』の頃と何も変わっていません。さらに、「総理」の描かれ方もどんどん雑になっていき、ただの「悪」としてしか描かれません。

 

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 話の焦点を「上層部VS現場」にし、そして「総理」を悪のように見える描き方にしたおかげで、本作における「責任の所在」が極めて曖昧になってしまっている印象を受けます。確かに、現場で本当に命を懸けている人たちに命令しているのは安全な場所にいる上層部です。しかしその描かれ方は上述のようなテンプレートで、『踊る大捜査線』でしかなく、本質的なところ、つまり、「現場の人たちに「死ね」と言っているに等しい」という点がかなり希薄なのです。これは現場側のヒロイックな描き方にも問題がありますけど。言っては何ですが、この状況下では、彼らの命は上層部ら言えば捨て駒と言ってもいい。その面を総理の安っぽい演説とか台詞じゃなくて上層部にも持たせてほしかったです。HBOの『チェルノブイリ』は出来てたぞ。

 

 そしてこの「責任に所在の曖昧化」は、ラストの吉田所長の手紙にも表れています。事故が起こった原因を「自然を舐めていた」とし、だから「2度と起こしてはならない」としています。確かにそれは、抽象的な意味ではそうでしょう。でも、大切なのは、「自然を舐めていた」から「誰(or組織)が、何をして」その結果「事故が起こったか」ではないでしょうか。本作ではこの点が抜け落ちていて、不誠実極まりない。少なくとも、吉田所長は津波の危険性や東電のザルな調査(この辺は添田孝史さん著の「原発と大津波 警告を葬った人々」に詳しい)も知ってた可能性が高いわけですし。こんな風に物事の原因を抽象的なもののせいにして「2度と起こしません!」と言うのって、反省してない人間の常套句ですよ。私も使ってたからわかる。

 

 しかも、原発に対する批評的な視点もない。『チェルノブイリ』では放射能をあれだけ「恐ろしいもの」と描いてみせたのに、こちらはまだ「未来のエネルギー」と言ってはばからない。

 

原発と大津波 警告を葬った人々 (岩波新書)
 

 

 かくして責任は「自然のせい」になり、ラストではまるで復興が完了したor未来は明るいと言わんばかりに桜が咲き、日本の国土が映されます。ここまでは私も呆れつつも観ていました。しかし、そこで「2020年東京オリンピックの聖火は、福島からスタートします(うろ覚え)」の文言が。そしてエンドクレジットでは美し~い日の丸ですよ。要はこの映画、「Fukushima50」という「英雄」にちょうどいい人たちをダシにした政府主導のオリンピックプロパガンダ映画だったのです。真剣に震災のことを考えているなら、未だに『シン・ゴジラ』的なラストの方がいいと思いますよ。いや本当、最低です。

 

 本作を好意的に解釈すれば、「フクシマ50」のおかげで日本は守られた。復興もした。だから、オリンピックが開催されるんだととれます・・・って、好意的に解釈しても最低だった。一応、キネマ旬報の監督インタビューを読めば、監督なりに原発へのメッセージを込めてはいるようです。終盤の「原発は未来のエネルギー」の文字が空虚に見える演出とか。でもそれは抽象的で、やはり上述の「誰(or組織)が悪いのか」が曖昧になっています。ただ、それにしても、我々のような、東北にも住んでおらず、当事者でもなく、原発のエネルギーを享受している人間が、このような出来事を事実の検証を抜きにしたお涙頂戴の物語として享受し、「良かったね」って涙するって、凄く醜悪だと思う。『永遠の0』と何が違うんだろう。

 

 最後に。感想の中で何度も引用してきましたけど、これとほぼ同じテーマを扱った『チェルノブイリ』について。あのドラマを見ていると、あそこで起きていることのほとんど全てが日本でも起こっています。組織の隠蔽、対応の遅さ、そして被害に遭う人々、権力者の恣意的な思惑で犠牲になる人々。あのドラマはそれらを極めて誠実に描いていました。本作ではこの視点が圧倒的に足りてない。『パラサイト』がアカデミー賞を獲ったとき、「日本映画はダメだ」と言われました。そこで、「いや、そんなことはない」という自己肯定感に溢れた声が上がりましたが、こういう点がダメなんだよ。描き甲斐のある題材でも、どうしても情緒の方に軸が行ってしまったり、多方面に配慮し、政府のプロパガンダを作ってしまう。大作はこれで、小規模作品でも出てくるのは『新聞記者』ですからね。色々と絶望した次第です。本作を観て感動した人、観ようと思っている人は、悪いことは言わないのでHBOの『チェルノブイリ』観てください。私からは以上です。

 

 

同じく東日本大震災の映画。こちらは道半ばの復興に寄り添った物語。

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 アメリカの方が原発事故の驚異をキッチリ描けてるってどういうことだ。

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2020年冬アニメ感想⑨【ID:INVADED イド:インヴェイデッド】

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☆☆☆☆(4.3/5)

 

 

 「Fate/Zero」「放浪息子」などで卓越した演出力を見せつけた、あおきえいによる最新作。今回は「ディスコ探偵水曜日」などを代表作に持つ舞城王太郎。とりあえず、あおきえい監督にはハズレがあまりないこと、そして脚本は舞城王太郎さんを加えてのミステリということで、気になって視聴しました。

 

 本作はジャンルとしてはSF込みのミステリに分類されるかと思われます。基本的には事件の現場に赴いて捜査をし、犯人を割り出します。特異なのは、ミヅハノメという犯罪者の殺意を感知するシステムです。本作はこの点が凄く面白い。ワクムスビという機器で殺意を検知・採集して、それを元に犯罪者のイドを形成します。このイドというのは犯罪者の潜在意識をより具体的な世界にしたようなもので、中には必ず「カエル」が死んでいます。この「カエル」の死の原因には犯罪者の謎を解くカギが隠されており、それを解くのが「名探偵」です。名探偵がイドの中で解いた謎を元にミヅハノメの課員たちが推理をし、現場の刑事に犯人についての情報を伝え、確保してもらう、というのが基本的な流れです。つまり、本作の「ミステリ」部分は「カエル」の死因を推理する、という部分となります。

 

 以上のように、本作の構造は非常にややこしいのですが、導入となる1話ではこの3重構造を「イド」からミヅハノメ、そして現場と、「縦」の構造で視覚的に理解させるよう演出していました。この辺はさすがだなと思った次第です。

 

 

 「潜在意識の中で推理をする」ということは、非常に面白い設定です。名探偵たちが主に推理するのは「カエル」の死因ですが、他にも、イドの世界そのものがヒントになっています。例えば、第6話の「円環の世界」では、何故円環なのか、が大きなヒントですし、「バラバラの世界」ではバラバラの住人がおり、世界そのものがバラバラです。その世界の構造を解くということと、犯罪者を理解するということはイコールなのです。

 

 他のエピソードについても、そのイド毎に毎回シチュエーションが違うため、その時々でどのように攻略していくのか、という点でも楽しむことができます。つまり、本作はミステリ的な側面と同時に、与えられたシチュエーションをどのように乗り越えていくか、という側面もあるわけです。これによって、画的に地味になりがちなミステリ作品にも関わらず、しっかりとアクションも盛り込むことに成功しています。この「潜在意識の中で活躍する」作品は『パプリカ』や『インセプション』、『マイノリティ・リポート』を彷彿とさせます。

 

 また、謎と同時に鳴瓢の過去も明かされていきます。彼が何故殺人を犯したのか、を追った9~10話は本当に素晴らしく、同時に感情移入してしまうものでした。つまりは少しだけ危険ということ。この話以外にも、本作は基本的に各話のクオリティが高く、見応えがあります。

 

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 本作の注目すべきポイントとして、「名探偵は連続殺人犯しかなれない」という点があります。主人公の鳴瓢も過去に強い恨みから殺人を犯し、現在は拘束され、名探偵として活躍しています。この「犯罪者が警察と協力して犯罪者を捕まえる」という設定自体は面白い。そして、本作では本堂町という刑事が「連続殺人犯」としての異常性を指摘され、途中から名探偵として活躍していきます。私はこの点と鳴瓢の過去で、「普通の人間が犯罪というダークサイドに落ちる」ということを描こうとしているのかなと思っていました。だとすれば「殺人犯の潜在意識に潜れる」という、ともすれば「殺人犯の深淵に触れられる」設定にも納得ですし、「マインドハンター」のような、アニメーションではあまり描かれないかなり深淵なテーマを描くことができたと思います。

 

 しかし、話は最初から示されていた、敵である犯罪者製造人間ジョン・ウォーカーを倒すという点に集中していきます。この人は全ての元凶であり、最終話では彼を封じ込めて万事解決、というエンディングです。この点には、私は独自の解釈を持ちました。つまり、このジョン・ウォーカーというのは、人間の中に潜む、殺意のメタファーなのではないか、という点です。つまり本作は、最終的にジョン・ウォーカーを封じる=殺意を封じ込めるということで、鳴瓢の復讐の終わりであり、同時に過去を清算する話でもあったということです。これはこれでいいのですけど、私はこれによって、上述のようなサイコスリラー的な側面が薄れてしまった感があります。この辺は惜しい。

 

 ただ、問題点としては、これは私の理解不足もあると思うのですが、最終話に至るまでの終盤の畳みかける展開にちょっと無理があったということです。一応理屈としては理解できるのですけど、「終わらせるべきこと」が多すぎ、スタッフもかなり苦慮して詰め込んだ感があります。だからテーマをもっと深掘りできるという意味も込めて、2クール欲しかったなというのが正直なところです。1話ごとのクオリティが高いだけに、この辺は本当に惜しい。

 

 

変則的ミステリ。

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 同じくミステリ。

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