暇人の感想日記

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喪失を乗り越え、再生する人々【凪待ち】感想

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93点

 

 

 凪とは、風が止んで、波がなくなり、海面が静まること。本作のタイトルは、それを待つことを意味します。そこには、震災で被災した街が復興すること、ギャンブル依存症で、愛する人を失った郁男がもう一度歩き出す姿と、「新しい地図」として再始動する香取慎吾の姿が重ねられています。私は香取慎吾のファンというわけではないのですが、白石和彌監督の最新作ということで鑑賞しました。

 

 本作を鑑賞してまず感じたことは、役者の素晴らしさ。パンフレットでも宇野維正さんが書かれていた通り、登場人物全員にリアリティがあります。郁男の恋人、亜弓とか、DV夫の村上とか。皆、完全に善人というわけではなく、どこかダメな面を持っているのです。中でも、個人的に素晴らしいと感じたのが、美波(直接的には言及されないけど、この子は多分アニヲタ)の友人の翔太ですね。南の前でタバコを吸おうとして取り上げられたときの、未成年なのに「大丈夫だよ、俺社会人だから」と言って喫煙を正当化しようとしたシーンが最高でした。本当にああいうこと言う奴いたので。リリー・フランキーリリー・フランキーでした。

 

 ただ、本作で最も素晴らしかったのは、香取慎吾でした。郁男はギャンブルを抜きにしても全編通して本当にダメな奴です。引っ越し業者が来ても美波とモンハンやってるし、美波と亜弓の喧嘩のときも黙ってるだけだし。しかし、香取慎吾が持つ持ち前の愛嬌みたいなものが出ていて、おかげでそこまで憎めない存在になっていましたし、同時に「ダメなんだけど心の底では優しい奴」みたいな感じを出ていました。

 

新しい地図 join ミュージック ソングス

新しい地図 join ミュージック ソングス

 

 

 本作の主な舞台は宮城県石巻市です。言うまでもなく東日本大震災で甚大な被害を受けた場所です。郁男が移ってきたときに映される光景を見ると、「8年経ってまだこの状態かよ」と愕然としますが(オリンピックとかやってる場合じゃねぇぞ、マジで)、本作では、あの震災が重要な要素となっています。あの震災では、あまりにも多くの人間の命が奪われました。大切な人を失った人もいます。本作で出てくる亜弓の父、勝美のように。そしてその姿は、中盤、亜弓を失った郁男の姿と重なります。「自分のせいで亜弓が死んだ」と後悔する姿は、勝美の姿と同じです。脚本家を調べてみると、『彼女の人生は間違いじゃない』の加藤正人さん。なるほど。

 

 ここから郁男は、何度もギャンブルにのめり込み(この際の画面が回転する演出が見事)、積み上げたもの、他人からの助け船をことごとく台無しにしていきます。本当にダメな奴なのですが、その度に周りの人間が寄り添い、助け舟を出します。この点は都合良すぎとか思われるかもしれませんが、その点に関しては、ナベさんこと、渡邊の末路がリアル路線なので、描き方のバランスは取れていると思います。

 

 また、この郁男がナベさんのニュースを見たシーンを観て、「犯罪を犯してしまう人間」について考えさせられます。所謂、「無敵の人」ってのはこうして生まれるのだなと。事件だけを切り取ればただの暴力事件ですが、そこまでの過程を見せられている我々からすれば、あれは会社に、そして社会から見放された男が最終的にやらかした行為であり、我々とも無縁なことではありません。これを回避するためには、本当に面倒くさいのですが、郁男に周りの人間がしたように、助け舟を出すしかないのです。これには、もちろん本人の立ち直ろうとする意志が不可欠なのですが。

 

凪待ち

凪待ち

 

 

 本作の真に重要なシーンは、エンディングです。あそこに移っていたものは、かつての幸せの形であり、アレを映したことで、本作のテーマである「喪失と再生」のドラマがそのままあの震災と繋がります。

 

 「大切な人を失った人たちの再生」を描いた本作。しかし、ラストでも彼らの道筋はそこまで明るいものではありません。まだ「凪」は訪れていない。その姿は、東北の街と同じです。ただ、喪失を乗り越えて前に進むしかない彼らの姿が、少しだけ希望を感じさせます。

 

 

同じく、最低な人間達のドラマ。

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 東映と作った、アウトロー映画。

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