暇人の感想日記

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「非凡さ」を手に入れようとした末路【アメリカン・アニマルズ】感想

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89点

 

 

 2004年、ケンタッキー州トランシルヴァニア大学で起こった時価1200万ドルの画集窃盗事件を題材にした作品。私は新宿武蔵野館で『THE GUILTY/ギルティ』を観た時に予告を観て存在を知りました。ただ、最初はそこまで見るつもりはなく、スルーするつもりだったのですが、アトロクで特集が組まれていて、そこで三宅隆太監督と三角絞めさんが絶賛されていたので掌返しで鑑賞した次第です。

 

 題材とあらすじから、予想されるのは『オーシャンズ11』的なケイパーものでしょう。しかし、本作はただのケイパーものというよりは、誰しもが1度は考えたことのある、「特別になりたい」という欲求と、それに対する葛藤と焦りを描いた青春映画であり、その独特な手法も相まって、とても面白い作品でした。

 

オーシャンズ11 [Blu-ray]

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 「青春映画」とはいえ、本作の大筋は窃盗事件です。平凡な大学生、スペンサー(バリー・コーガン)が、悪友のウォーレン(エヴァン・ピーターズ)の誘いに乗って窃盗事件を計画するところから本作は始まります。

 

 これだけ聞けば「やっぱりケイパーもの?」と錯覚してしまいそうですが、問題なのは本作で計画を実行するのは口ばかり達者なトーシロであり、大学生なのです。だからダニー・オーシャンみたいに豊富な人脈を使ってプロフェッショナルを集めるでもなく、その場しのぎで無計画に仲間を集めますし、知識も皆無なのでネットのブログと映画で「勉強」をしていきます。

 

 こんなグズグズな計画が上手くいくはずもなく、案の定本番では妄想の中で描いていた犯罪は実行できず、見るに堪えない失笑レベルの、映画史上最低の犯行を見せてくれます。特に嘔吐のシーンは爆笑ものでした。現実は非情であり、映画みたいに上手くいかないのです。

 

 こんなグズグズな計画を立ててまで、何故彼らは画集を欲しがったのか。金のため?それは少し違います。彼らは確かに金も欲しがっていましたが、特段困っていたわけではありません。彼らがそれ以上に欲しかったのは、「非凡さ」だったと思います。彼らは、自身の下らない、平凡な人生にうんざりし、風穴を開けたいと強く願っていました。スペンサーは言います。「偉大な人間は、特別な人生を歩んでいる」と。確かに、偉人のwikipediaや自伝、評伝を読んでいると、事実は小説より奇なり、を地で行くような壮絶な人生を送っていることが分かります。彼らは、この「非凡さ」を窃盗事件を起こすことで手に入れようとしたのです。

 

ファン・ゴッホの生涯 上

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 しかし、多くの人間は理解しているように、偉人と言われるような人間は、凡人には想像もつかない気力を以て、それ相応の努力をしており、その結果として壮絶な人生を歩んでいるにすぎないのです。ラストの司書さんの言葉にもありましたが、それを簡単に手に入れようとしたことが、彼らの最大の過ちだといえます。

 

 ただ、窃盗事件を起こしたことはどうしようもないのですが、この「特別になりたい」という、ボンヤリとした欲求は分かります。私だって評伝を読んで、その壮絶な人生に憧れたことはあります。この点を共有している時点で、私にとって、本作はただのケイパーものではありません。

 

 さて、本作の最大の特徴は、「ザ! 世界仰天ニュース」のような本人映像と再現ドラマを融合させた今までにない独特の手法です。これが本作に、実際の事件への距離感というか、客観性を持たせていると思います。

 

www.ntv.co.jp

 

 「実話の映画化」は昨今の流行りです。体感として、最近は3本に1本はそうなのではないかと錯覚するくらい毎年大量に制作されています。その多くは実際の事件をベースに多少の脚色を加え、俳優が演じるというものです。直近で鑑賞したものだと、『僕たちは希望という名の列車に乗った』が該当します。その対極にいるのが昨年公開されたクリント・イーストウッド監督作『15時17分、パリ行き』です。これは話は実話通り、俳優は皆当事者など、実話を本当に「そのまま」映画化した革新的作品でした。

 

 本作は、この両者を合わせた作品と言えます。これにより、「映画の中のフィクション」と「実際の証言」の食い違いが強調され、客観性、批評性を生んでいると思います。

 

 『僕たちは希望という名の列車に乗った』は実話をベースにしていますが、脚色は加えています。『15時17分、パリ行き』は当事者の話を「そのまま」映画にしています。それぞれにはそれぞれの良さがありますし、これはこれで面白いです。しかし、映画の中に一種の「客観性」みたいなものはあまりないと思っています。本作は、当事者の証言を間に挟むことで、「映画」と「現実」の齟齬を鮮明にし、客観性を持たせ、「本当は違うかも」と考える余地を残しています。そしてその上で、彼らが間抜けな犯罪で犯したことの顛末を見せることで、1本の映画としてまとめているのです。これは、結構誠実な作りな気がしないでもないです。

 

 このように、本作は実験的ながら、かなり普遍的な内容を描いている、とても面白い作品でした。

 

 

イーストウッド監督作。賛否はありますが、私は好きです。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じ学生でも、ここまで違うのか・・・。

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