暇人の感想日記

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「自分」に誇りをもって生きる【37セカンズ】感想

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93点

 

 

 出生時に37秒間呼吸が止まったことで脳性麻痺を持って生まれた女性の物語。監督は大阪に生まれ、アメリカで映画について学んだHIKARIさん。この手の「障碍者もの」というのは健常者の理想込みの描写とかお涙頂戴展開になるのが嫌なのですけど、本作に関しては前評判が非常に高く、今年は日本映画をなるべく観ていこうと思ったので、鑑賞しました。

 

 本作の最大の魅力は、主演の佳山明さんです。彼女の存在があったから脚本を大幅に書き換えたらしく、それ故に本作は彼女の映画になっています。とにかくあの今にも消えそうなくらいの儚げな声もあるのですけど、儚げなのにとにかく存在感が凄い。

 

 本作は大きく2つのパートに分かれています。ユマの障碍者としての生き辛さを描いた前半と、自分を取り巻く環境から脱出し、外の世界へ羽ばたく後半です。

 

 前半は、冒頭からギョッとさせられます。ユマのお母さんがユマを全裸にして「お世話」をしているのです。対してユマはされるがまま。ここから、この2人のちょっと常識からは外れた関係性が垣間見えます。そして続くシーンでは、ユマが外出し、仕事をしに行くのですが、そこでの電車内のシーンがかなりキツい。ユマが、如何に社会から抑圧されているかを視覚的に描いています。しかも彼女は終始帽子を被って、俯いている。HIKARI監督は舞台を東京にした理由について、「街そのものが優しくないから」とインタビューで仰っていましたが、それをしっかりと映像化しているわけです。本当に申し訳ない気持ちです。ちょっと、優しくなるように努力します。

 

 また、ユマの仕事も友達のサヤカに事実上乗っ取られている状況だしで、良いように搾取されています。そこに対する鬱屈も本作はしっかりと描写していて、ユマのちょっとした表情とか、会話の間とか、後はサイン会での2人の視線の交錯とそのときユマが着ていた服ですね。こういう演出をしっかりと行っていた点も凄く良いなと思います。

 


映画『37セカンズ』予告編

 

 鬱屈していたユマが徐々に変わり始めるのが中盤、自立するためにポルノ漫画雑誌に原稿の持ち込みを行ったところからです。そこで「体験がないからリアリティがない」と言われたユマは、「性体験」を求めて外の世界へ1人で出ていきます。しかし最初は全く上手くいかない。絶望していたところへやってきたのが舞さんと熊篠さん。ここから本作の後半が始まります。

 

 後半は障碍者だからという理由で管理され、抑圧されてきた彼女が、親から離れ、1人の人間として自立して生きようとするまでの物語になります。この点で、本作は「障碍者の話」だけではなく、1人の人間の自立についての物語で、普遍的な物語になっていきます。誰しも庇護下にいた時期があり、そこから自分の意志で脱却して、1人の人間として自立する。これは誰もが経験したことだからだと思うからです。そしてその過程で自分のルーツを辿り、「自分が自分である」というように、胸を張って生きることを決意するのです。そこに気付いたからこそ、ラストでユマは前を向いて、胸を張ってのだと思います。

 

 また、障碍者の作中での扱いもとてもいいなと思っていて、「特別な存在」ではなくて、「健常者と比べ、ハンディ・キャップを背負っただけの人」として描き、お涙頂戴の道具にしていない。ラストの「怖くない」というユマの言葉も、素晴らしかったです。本当はこれ、我々健常者こそ思わなければならない事なんでしょうけど。努力します。

 

 以上のように、本作は素晴らしい作品でした。障碍者の方を健常者の理想を押し付けた存在として描くのではなくて、あくまでも1人の人間として描いている点もそうですし、何よりこの物語を普遍的な物語にまで昇華させた点もとても良かった。そして何より演出力の素晴らしさと、日本映画の中でも群を抜いたクオリティの作品でした。NETFLIXでも観られるので是非。

 

 

こちらもマイノリティの物語。

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 苦しいかもですが、女性の自立ものとして。

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