暇人の感想日記

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世の中はもっと「シンプル」である【his】感想

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94点

 

 

 今泉力哉監督の、今年2本目の監督作。1本目の監督作である『mellow』は観られなかったのですけど、本作は時間もピッタリ合ったので鑑賞できました。ちなみに観たのは2月です。最近こんなんばっか。

 

 本作は基本的にはLGBTQを題材にした映画です。本作はそれに法廷モノをプラスし、更に「子ども」の視点を加えることで、より普遍的な物語へと仕上げていたと思います。

 

 本作では、LGBTQ映画として、やはりゲイの生き辛さを描いています。迅が都会の職場で受けたセクハラ発言や、ゲイであることを隠して生きている様子などは、同じ社会に生きている人間として、観ていてキツかった。まぁこれは、私自身がこういう発言をした&黙認してきた可能性が十分にあるからそう思うのですけどね。迅はこの生き辛すぎる社会から逃げるように生きています。

 

 そんな中、元彼である渚がやって来ます。彼は迅と別れた後に玲奈という女性と結婚し、子どもまで設けています。しかしゲイであると発覚し、娘をかけて親権争いをしています。この渚というキャラは中々の曲者で、本心が見えず、身勝手で、迅を振り回します。この辺は今泉監督っぽいです。

 

 この2人とは別の意味で「生き辛さ」を抱えているのが渚の妻である玲奈。彼女は親が押し付けた「従来通りの女性の生き方」に反発している存在です。だから彼女は自分の弱みも出そうとしない。ここに女性の生き辛さも入ってくるわけです。

 

愛がなんだ

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 それぞれに生き辛さを抱えているわけですが、彼ら彼女らの主張がぶつかり合うのが法廷なわけです。本作において法廷は、互いが互いを罵り、揚げ足をとるために存在している感があって、ここで直接的なやり取りがなされます。「実際はこうなんだろうなぁ」と思わせる泥沼ぶりです。

 

 本作の特異な点は、ここにさらに「子どもの視点」を入れている点。それが渚の娘である空です。彼女の視点から来る素朴な疑問が、大人たち、ひいていは社会そのものの「常識」に対する疑問へと繋がっています。子どもから見れば、「好き合っているから」男同士でキスしても何の疑問も持たないし、法廷での醜いやり取りも、「ごめんなさい」と謝れば済む話なのです。それが大人にはできない。社会的な常識やプライドがあるから。子どもから見れば世の中はシンプルなのに、大人と社会がそれをややこしくさせてしまっているという視点がここで立ち上がってくるのです。

 

 「好き」という気持ちや、LGBTQとは、「普通」である。少し数が違うだけ。このメッセージは2018年の日本映画『カランコエの花』を彷彿とさせます。あれは高校が舞台でしたが、本作ではそれを大人の社会でやってのけています。「自分を傷つけているのは自分自身」であり、社会そのもの。それに気づいた迅はカミングアウトをするわけです。その迅を受け入れたあの田舎は、1つの理想郷なのでしょう。

 

 泥沼を経てのラストシーンが非常に感動的です。迅、渚、玲奈、空の4人が公園という同じ空間に入って一緒に遊んでいる。玲奈に至っては自分の「弱み」を迅に曝け出して。あの、登場人物が全員が何の衒いもなく一緒に遊んでいるシーンこそが本作のゴールであり、世界のゴールなのだと思います。そしてそれは、「子ども」のようにシンプルな視点に立てば簡単に実現できることなのです。まぁそれが難しいんですけどね。とにかくね、素晴らしい作品でした。

 

 

 直近で見た今泉作品。

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