暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

NETFLIXオリジナルアニメ【攻殻機動隊SAC_2045】感想

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☆☆☆★(3.5/5)

 

 

はじめに

 神山健治監督が、『APPLESEED』の荒牧伸志監督とコンビを組んで、NETFLIXでもう一度「攻殻機動隊SAC」を作る。これを聞いたとき、喜びを期待を感じたことを覚えています。神山監督が制作した「SAC」はTVシリーズ2作、長編アニメーション作品1作が作られており、3作とも超がつく名作です。10年以上前の作品でありながら今見ても古臭さは全くなく、寧ろテーマの先見性や、アニメーションとしての純粋なクオリティの高さなどは、今放送されている作品と比べても全く見劣りしません。というか、未だにこの作品レベルのTVアニメだってそうそう出てこない。それは「攻殻」シリーズでも同じで、「ARISE」シリーズは見るべき箇所はあるにはあるのですけど、全体として「惜しい」作品でした。そんな中、神山監督が再び「攻殻」を作る。しかも声優が同じ。これは嬉しいニュースでした。特報で公開されたCGの出来を残念に思いながらも、視聴した次第です。

 

 全体の感想として、本作は「普通」です。まだシーズン1ということで、話が思いっきり途中で終わっていて、何とも評価しづらいのですが、今放送されている分だけならば「普通」です。しかも、この評価は特報のCGのクオリティと、既に視聴を終えた方々からの感想を見たりした後で期待値を下げた上での評価で、「「SAC」を作った神山監督の最新作」として見てしまうと、肩透かしもいいとこでした。

 

 「攻殻機動隊SAC」が素晴らしかった点は、非常に先見性のある未来を舞台にして、そこに現代的な問題をブチ込み、1話ごとの圧倒的な情報量と、エンタメとして非常に完成度の高いストーリー・演出で見せた点だと思っています。ですが、本作にはその先見性やスマートさは皆無。よく言えば「分かりやすく、スッキリした」、悪く言えば「薄い」作品です。

 

サスティナブル・ウォー

 本作における重要な要素は「サスティナブル・ウォー」です。これは作中で解説された通りだと、「死にゆく経済を持続させていくための、必要悪としての戦争」です。神山監督と荒牧監督のインタビューによると、このサスティナブル・ウォーというのは現実のメタファーなのだそう。神山監督の発言を引用します。

 

「今って弾が飛んでこないだけで、戦争状態だよね」って話してたんですよ。今の日本は戦争をしているわけでもないし、日常的に武器を目にすることもないけど、軍事費はどんどん上がってるじゃないですか。つまり、われわれも戦争産業には相当加担しているわけです。税金という形で。

(中略)

今は見えないその戦争を可視化した世界が、この『SAC_2045』の舞台ですよ。*1

 

  この意味だと、前半の6話は、このサスティナブル・ウォーを直接見せるためのパートということになります。確かに、日本をメインの舞台にして「サスティナブル・ウォー云々」の話をしていても実感がわいてこないため、この構成はありということにしておきましょう。しかし、それにしても、話が回りくどく、薄い。このパートは基本的に素子達が傭兵をしている下りがメインで、本作の核となる「ポスト・ヒューマン」が出てきて、その内容が明かされるのが6話なのです。そしてそこから「ポスト・ヒューマン対策のため」9課が再編されるため、ものすごく回りくどく感じます。

 

CG

 本作は全編フルCGです。この姿勢は応援したいですが、クオリティが初期のプレステレベルなんですよね。これは慣れればいいですが、問題はこれで何かプラスに働いた点があまり無いんですよ。モーションキャプチャーをしてるから、アクションが現実的なものになっているのが特に問題です。一応、2Dのアニメでは見れないカメラワークとかはあるのですけど、それにしたって「SAC」のスタイリッシュさやカッコよさの足元にも及ばない。インタビューで荒牧監督が「神山監督の作品は実写寄りだからモーションキャプチャーにしたら相性がいいのでは」と語られていましたが、そういうことじゃないんだよ!「アニメで実写の海外ドラマみたいな作品を作った」ことが重要なんだよ。

 

全体的な「薄さ」

 さらに問題なのは、本作には「SAC」3作にあった「チーム感」も全くない点。前半の傭兵にしても、後半の公安9課としての捜査としてもです。TVシリーズは「10の力で1の事件を捜査する」を地で行く内容で、このチーム感が魅力でした。特に「SAC」の最初の3話は今見ても素晴らしい。しかし、本作ではこれが希薄。前半はまだ良かったのですが、後半に入ってからが酷い。基本的に「個」の力で捜査しているのです。若しくは捜査しているキャラの描写を入れない(特にパズは今回ほとんど台詞すらない)。基本的に描かれるのが素子、荒巻、バトー、トグサなので、チーム感が無いのです。特に問題なのは後半に出てくる江崎プリンで、彼女が出しゃばって捜査をするのですけど、それによって9課メンバーの活躍の場を奪ってるのです。特にイシカワとボーマの。というか、あのような勝手な行動を荒巻は許すのかな?

 

 さらに、作中全体の問題提起もありきたりです。バトー回である7話の年金問題を基にしたと思われる話や、「シンクポリ」での「民主的な」リンチなどは、他の作品で結構扱われた題材です。本作はそれを「ありきたり」なまま描いていて、しかも核となるのがよりにもよって「PSYCHO-PASS サイコパス」と同じ「1984年」ですからね。既視感しかない。

 

「1984年」

 ただ、「PSYCHO-PASS サイコパス」と違う点は、本作では「1984年」をそのまま現実世界にリンクさせようとしている点。特に「サスティナブル・ウォー」は作中で言及されている、「世界を維持させるための戦争」そのままの理屈です。そして「1984年」は「全体と個」の話で、オセアニアに住んでいるウィンストン・スミスが「ビッグ・ブラザー=(体制)」という全体に疑問を持ち始め、「個」として目覚めていくものの、最終的に「全体」と同化させられてしまうという内容です。

 

 この点に注目すると、面白い点に気付きます。それは、本作では「1984年」におけるウィンストン・スミスと体制側の立ち位置が逆転しているという点です。

 

 本作におけるポスト・ヒューマンとは、スミス曰く「既存の社会を破壊するために生まれた」とされ、更には「彼らのせいで全世界同時デフォルトは起こった」と言われています。これはどこまで真実かは分かりませんが、1984年を下敷きにしているのであれば、「既存の社会を破壊する」というポスト・ヒューマンは、「1984年」における「ウィンストン・スミス」の役割になります。そしてポスト・ヒューマンを追っている9課は「体制側」なのです。

 

 「全体と個」は、「SAC」シリーズにおいて重要なテーマです。本作は「1984年」の体裁を借りて、同じ内容を描こうとしているのだと思います。こう考えると、ラストでトグサが失踪したのも、「普通の人」代表であるトグサに、「全体」から独立した「個」であるシマムラタカシか「全体」かという選択を迫る展開につなげるためなのか、とか考察できます。ちなみに、あの下りも「1984年」っぽい。

 

結論

 結論として本作は、「1984年」の体裁を借りて「攻殻機動隊」を描こうという姿勢があって、それは買いたいし、成功すれば別の側面から「攻殻」を描けると思います。しかし、本作は全体的に「それありき」であって、全体的に過去作にあった密度はすっかり無くなり、かなりあっさりとした作品になってしまいました。現時点では、全体としては「普通」ですが、「攻殻」としてはかなりイマイチな内容です。こんな薄くなって、私は悲しい。これが「攻殻」初見という方は悪いことは言わないから「SAC」見て。NETFLIXにあるから。

 

 

同じく「1984年」モチーフの作品。「同じ題材」と書いてしまうのが少し悲しい。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じタッグの作品。

inosuken.hatenablog.com

 

2019年秋アニメ感想⑥【無限の住人 IMMORTAL】

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☆☆☆☆(4.2/5)

 

 

 月刊アフタヌーンにて、約20年間連載された、沙村広明先生のデビュー作にして代表作のアニメ化作品。2017年にはキムタク主演で実写映画化されました。実はアニメ化は2度目で、前回はAT-Xにて放送されたそう。そりゃそうだ。今回はAmazonのオリジナル作品として制作されます。制作会社は「はねバド!」や「ロクでなし魔術講師と禁忌教典」のライデンフィルムで、監督は「STEINS;GATE」の浜崎博嗣。原作も読んでいたし、Amazonのオリジナルということで、視聴しました。

 

 私が原作を読んだのはちょうど実写映画が公開されたあたりでした。結局実写映画の方は観なかったのですが、沙村先生の趣味が前面に出ている作品で、色んな意味で面白く読みました。この「趣味」こそが本作の最大の肝であって、問題点です。原作を読めば分かるのですが、おそらくこの沙村先生というのは性癖的にはドSだと思います。本作にはNTRとか女性に対する性的な暴行とか人体唐竹割りとか首チョンパとか普通に出てくるし、話の筋的に関係ないのに百林姐さんへの拷問を1話かけてじっくりやってたり(しかも方法が超マニアック)、そもそも万次さんの「不死」設定だっておそらく思考的には尸良さんと同じで、「不死身ってことはいくらでも斬れるじゃん!」ってとこから来てると思うんですよ。後は「歩く18禁」尸良さんの性癖とか。全部憶測ですけど。そんなものを忠実に映像化したものを地上波で流せるわけがない。ということで出てきたのがAmazonです。ネットの配信動画ならばレイティングを気にする必要はない。ということで、全話のアニメ化がようやく成されたわけです。

 

 

 本作の良い点はいくつかあるのですけど、まずは原作の諸々の倫理的にヤバい行為、描写をしっかりと描いている点。「無限の住人」という作品はこの点が本作全体における殺伐とした、一歩間違えれば酷い目に遭う、という雰囲気を出すことに多大な貢献をしていたと思うので、この点をぼかされると興醒めでした。また、万次さんの「肉を切らせて骨を断つ」を地で行く戦闘スタイル的にも、このグロは必要不可欠。本作ではこの点をしっかりと描いており、加えて沙村先生の絵をかなり上手く再現しているため、「無限の住人」という作品をビジュアル的に忠実にアニメ化できています。

 

 次には、「原作をかなり上手くまとめた」脚本です。原作は全30巻あり、本作は全24話です。1巻1話もない。こう書くとかなり悲惨なことになりそうですが、本作ではかなり上手く端折り、重要な点はしっかり描いて、という風に描き方にメリハリをつけて満足いくくらいにはきちんと描いていました。まぁおかげで偽一のキャラがちょっと掴み辛くなった感もありますけど。

 

 本作のメインは両親を殺された凛の復讐劇です。彼女が両親を殺され、天津影久を追うために用心棒として万次さんを雇うところから物語は始まります。始めこそは逸刀流VS凛&万次さんという簡単な構図だったのですが、第3勢力の無骸流が絡んできてから物語がややこしくなり、「滅びゆく剣客」としての天津影久が主人公みたいになっていきます。こうなると面白いのが万次さんです。天津は「武士の再興」を目指したものの、武士は太平の世では必要無くなった存在。逸刀流はいずれは滅びゆく存在のその最後のあがきです。そのあがきを、悠久の時を生きる「無限の住人」である万次さんが見届けるという構図が出来上がるのです。つまり万次さんは「新世紀エヴァンゲリオン」の旧劇で言うところのユイの魂を入れた初号機であり、万次さんが彼らを忘れない限り、逸刀流は生き続けるのです。つまり本作は、「滅びゆく武士」の物語でもあるのです。

 

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 凛の復讐劇としては、私は「憎いから殺す」から「全部わかって、納得した上で殺す」に至るまでの話だと思っています。最初は憎いから殺そうとした天津を、最後は「憎しみの連鎖を断ち切る」ために殺します。凜は天津がどのような意思を持って逸刀流を率いていたのか、全てを理解した上で天津を殺しました。これは負の感情からではなく、いくらか前向きな姿勢で殺す、という思考の変化だったのかなぁと思います。また、上述の文脈から書くと、「古き存在に女性が引導を渡す」という風に見えなくもない。だからラストの「握手」は感動的でした。

 

 以上のように、本作は長い原作を上手くまとめ、良さもしっかり出すことに成功した作品でした。若干展開が急だったり、アクションもそこまで動かないとかのちょっとした不満はありますが、概ね満足のいく作品でした。尸良さんの最期も素晴らしかったな。

 

 

 動画配信&グロ。傑作です。

inosuken.hatenablog.com

 

 設定的に似てる作品。

inosuken.hatenablog.com

 

対等に認め合うことはとても大切【ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋】感想

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78点

 

 

 実は本作、新年1発目の外国映画です。1月3日に観ました。感想を書くのがだいぶ遅れたのは私の怠慢です。存在を知ったのは町山智浩さん経由。そういえばロマコメはあまり観ないなと思ったし、正月にそんなに重い映画観ても仕方がないので鑑賞した次第です。

 

 2020年(アメリカでの公開は2019年みたいですが)、ポリコレ、#MeTooが盛んな今、ロマコメという正反対な要素がてんこ盛りなジャンルの作品を公開する。ということならば、思い至るのが現代的にアップデートされた現代版「ロマコメ」です。それは本作の予告とかポスターでよく分かります。だってセス・ローゲンシャーリーズ・セロンですよ。完全に『プリティ・ウーマン』の逆ですよ。これはつまり、男にとっての妄想が具現化したということなのか、そういうことなのか?と思いながら鑑賞してみると、さすがはアメリカ。単純な「男女逆転シンデレラストーリー」で終わらず、『プリティ・ウーマン』からかなり進歩した内容で、正しく2020年版のロマコメ映画でした。

 

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 本作で特徴的なのは、主演の2人とも、自立している存在だということです。ロマコメの場合、どちらかが立場上優位に立っていて、その優位な方が下位の方を「引き上げる」形が一般的です。何度も例にあげますが、『プリティ・ウーマン』や『マイ・フェア・レディ』はその典型みたいな作品です。しかし本作では、「下位」にあたるセス・ローゲン演じるフレッドも、記者として一応成功はしています。問題なのは癇癪持ちってだけ。その癇癪のせいで会社をクビになって、シャーリーズ・セロン演じるシャーロット国務長官の下で働き始めます。

 

 そして、この自立した人間2人が「パートナー」として互いを認め合うまでを描きます。ここで重要なのは、フレッドは非常に偏狭で、(主に容姿のコンプレックスで)屈折していて、不寛容な人間だということ。ちょっとでも自分と違う意見を持っていたりすれば、長年の友人ですら「お前とは絶交だ!」と言ったります。これは今の世界で頻繁に起こっている事です。本作では、そうではなく、その「違い」すらも受け入れて付き合うことが大切なのだと説きます。相手の事情を最大限に理解してやることが大切なのです。

 

 もちろんロマコメとしても身分が高い側(本作の場合はシャーロット側)にお付きのアドバイザーがいたり、フレッド側にアドバイスをくれるノリの軽い友人がいたりというお約束な配置があったり、笑えるシーンも多い。つまり、本作は下敷きとして、古典的なロマコメがあるのです。後はシャーリーズ・セロンが凄く美人で、『ゲースロ』とか『ウィンター・ソルジャー』を観ている姿が可愛いのが印象的でした。古典的なロマコメを下ネタとドラッグと共に描いた快作で、新年に観る映画としては、素晴らしく丁度良い作品でした。

 

 

日本の恋愛映画。

inosuken.hatenablog.com

 

 これも

inosuken.hatenablog.com

 

国家と法に裏切られた男【リチャード・ジュエル】感想

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90点

 

 

 御年90歳のクリント・イーストウッド監督作品。前作『運び屋』から1年を待たずに公開されました。相変わらずの驚異的なスピードです。しかもそれで少なくとも映画作品としての出来はいいのだから本当にイーストウッドは映画の神に愛されてるなぁと思いますね。本当に「息をするように」映画を撮っている感があります。私もこの偉大な映画人の作品は可能な限り観たいと思っているので鑑賞しました。

 

 本作は最近のイーストウッド作品の流れを汲んだ、「アメリカ合衆国映画」です。彼はここ数年、実話をベースにし、「アメリカ合衆国」という国を様々な側面から描き出しており、2018年に日本で公開された『15時17分、パリ行き』では遂に本物の当事者を使い、「映画」を撮ってしまうという離れ業をやってしまいました。最近の『ハドソン川の奇跡』と『15時17分、パリ行き』の2作は「善良なアメリカ国民」を描いた作品で、アメリカの良心的な側面を描いていました。翻って本作は、この2作、とりわけ『15時17分、パリ行き』のifルートともいえる作品でした。

 

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 本作はリチャード・ジュエルという、アメリカ合衆国と法を信じていた男が、それに裏切られる話です。例によって1996年に起こったアトランタ爆破事件を基にしています。このリチャード・ジュエル、デブで定職に就いてなくてガンマニアという、世間一般的に「ヤバい奴」とレッテルを貼られそうなキャラで、実際、ちょっと異常なくらい「法」に憧れを持っています。しかし、彼は執行官を目指していただけあって頭は良い。彼は爆破の被害を最小限に抑えることに成功し、一時は「英雄」として祭り上げられます。しかし、FBIの捜査とマスコミの報道によって一瞬で「容疑者」として扱われてしまいます。

 

 「デブで定職に就いていない。ついでに母親と暮らしてる」これは偏見を持たれるには十分な要素です。思えば、『ハドソン川』と『15時17分』では、主人公たちはちゃんとした職に就いていましたし、ぱっと見「普通」です。「偏見」とは恐ろしいもので、外見だけで人間は他人をレッテル貼りしてしまいます。中盤、偏見にさらされ続けたリチャードが「もう諦めている」と激昂する下りが本当に痛々しいし、感情移入してしまいました。私も無職のとき色々言われたので。本作は、たとえ英雄的行動をとっても、偏見だけで国は平気で個人を裏切ることを描いた作品と言えます。

 

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 この点で、主演にポール・ウォルター・ハウザーを起用したことは完璧な配置だと思います。『アイ、トーニャ』や『ブラック・クランズマン』で強烈な印象を残し、「陰謀論者」ならお手の物な彼ならば、我々観客にも「偏見」の刷り込みができているからです。でも、あの2作品での彼の役も、「どうしようもない現実逃避」の結果としてのアレだったので、こちらもリチャードのifルートと言えなくもないです。そして彼は本物のリチャード・ジュエルにそっくり。そしてサム・ロックウェルキャシー・ベイツも素晴らしい。

 

 本作は全体的に素晴らしいのですけど、FBIを一方的に悪く描きすぎなのと、女性記者の扱いでちょっと惜しい作品になっています。100歩譲ってFBIは作劇上必要な描き方だったにせよ、パンフレットによれば女性記者の下りは100%偏見であのシーンを入れていて、私はアウトだと思いました。「偏見を告発した映画」で「偏見で個人を貶めている危険性がある」というのは、やっぱまずいと思いますよ。

 

 

 ポール・ウォルター・ハウザー出演作。

inosuken.hatenablog.com

 

 ポール・ウォルター・ハウザー出演作その2.

inosuken.hatenablog.com

 

 ifルート映画。

inosuken.hatenablog.com

 

「好奇心」VS「好奇心」【劇場版「メイドインアビス」 深き魂の黎明】感想

 

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87点

 

 

 WEBコミックガンマで不定期連載中の漫画「メイドインアビス」を原作とする劇場アニメーション作品。2017年にTVアニメが放送され、本作はその直接的な続篇です。私はTVアニメは視聴していまして、そのクオリティの高さとあまりに陰惨な展開に驚愕した記憶があります。しかし大変面白かったのは事実なので、更なる地獄が待っているであろうこの劇場版も「装甲騎兵ボトムズ」よろしくリコたちと一緒に地獄に付き合う気持ちで鑑賞してきました。

 

 本作でまず素晴らしいのはアクションシーンの迫力もそうなのですが、やはり背景美術です。スタジオジブリ出身の増山修さんが最高の仕事をされていて、「アビス」という世界観そのものを完璧に作り上げています。これはTVアニメ版からもそうでしたけど、世界観がしっかりと作り込んであることはとても大切だと思います。

 

 この「メイドインアビス」という作品はそのグロさや陰惨さが注目されますが、その中身は立派なファンタジーであり、アドベンチャーです。「アビス」という大穴に入り、遺物を回収する単窟家達の物語で、初心者単窟家であるリコが偶然拾ったレグと共に母親がいるであろう最深部へ旅をします。この「アビス」という穴が設定上の肝で、アドベンチャーゲームよろしく下へ潜れば潜るほど貴重かつ強力な遺物が手に入る仕組みになっています。しかし、この「アビス」には「上昇負荷」というルールがあり、下へ行けば行くほど、帰るとき、つまり出口へ上がるときに負荷がかかり、軽い場合では嘔吐、眩暈レベルですが、次第に自傷行為、意識混濁、そして人間性の喪失(ミーティ)へと至ります。

 

 この設定が何を指しているのかと言えば、「好奇心を追求していくためには、それ相応の代償を払わなければならない」ということだと思います。この「好奇心の追求」についての物語がこの劇場版なのです。「グロさ」はこのテーマの残酷さを際立たせるためのものに過ぎません。後は作者の性癖。

 

 

 本作の敵はアニメ史上に残る鬼畜キャラ、ボンドルド。自らの好奇心を満たすために人体実験を平気で行い、その結果としての「子どもを重要な部分以外を削ぎ落して箱詰めにした」カートリッジを用い、上昇負荷を肩代わりさせていたりします。作中でも言及されるように正に外道なキャラですが、彼に悪意はなく、全ては「好奇心」故の行動なのです。だから質が悪い。

 

 しかし、この「好奇心」はリコも持っています。そしてボンドルドからは「似ている」と評されます。彼女とボンドルドの違いは何でしょうか。それはベクトル違いの純粋さだと思います。ボンドルドは狂った純粋さで他の物を犠牲にして「アビス」の謎を追い求め、リコはそうではない、本当の意味で「知りたい」という好奇心だけで動いているのです。そして本作はその2つの「純粋さ」が真っ向からぶつかり合い、リコたちの「好奇心」が勝つ物語なのです。この意味で、本作は実に「メイドインアビス」という「好奇心」の物語であると言えるのです。

 

 

同じく世界観が凄い作品。美術はStudio4℃木村真二さん。

inosuken.hatenablog.com

 

 こっちも「純粋な異常性」を持った映画。

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「コントロールする」女性たち【ハスラーズ】感想

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83点

 

 

 最初はノーマークだったのですけど、アトロクで特集されてて興味が湧き、調べてみたら一番近い映画館でやっていることが判明したので鑑賞してきました。感想として、想像以上に面白くて本当にびっくりしました。

 

 本作は題材とキャッチコピーを見れば『オーシャンズ8』などに代表され、昨今量産されている「女性が男性をとっちめる」系の女性のエンパワメント映画に見えます。もちろんその面もあります。本作の主人公は低賃金で働く女性たち。その女性たちがカモにするのは「男社会」であり、経済の根幹である「金融」をコントロールする人間。最初はストリッパーとして貢がせていた彼女たちですが、絶頂期は過ぎ、金融危機が起こってしまいます。この金融危機とは、もちろんこの金融界の男どもが引き起こしたリーマン・ショック。そして主人公たちはそれを受け、職を失くしてしまいます。しかしそれを起こした連中はのうのうと生きている。これは許せない。ということで違法な手を使ってこの危機を起こした男どもから金を毟り取っていくのです。この点は「女性の逆襲」という展開で、素直にこの手のジャンルの映画として楽しめます。

 

オーシャンズ8 [Blu-ray]

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 しかし、問題はここからです。本作は「男どもに逆襲してスカッとして終了!」ではなくて、その後の「報い」を受けさせ、「現実」の話にしているのです。彼女たちが行ったことは理由はどうあれ犯罪であり、裁かれるべきものです。しかし、あの手段以外に彼女たちが現在の生活から抜け出す方法があったのでしょうかという話なんです。自分たちが全く関知していない金融危機のせいで職を失い、就職難で職を得ようとも前歴の問題で雇ってくれない。これを「自己責任」で片づけるのは乱暴だと思いますよ。だから彼女たちは違法な手段に手を染めるしかなかった、とも言えるのです。この辺が凄くモヤモヤするけど、彼女たちを結局は「犯罪者」として描いていて、それ故に誠実な作り方だと思います。

 

 この「社会の底辺で、持たざる者」という点では、本作は『ジョーカー』と非常に近い内容の作品と言えます。しかもなす術もなく逮捕される。結局、彼女たちはどうあがいても「持たざる者」でしかないのです。つまり彼女たちは、自分たちが抗おうとしていた「社会」の掌の上で踊っていただけだったと言えるのです。最初のポール・ダンスのようにね。舞台の上でポールダンスを踊っている彼女たちを見ている観客という劇中の構図は、本作を観ている私たちそのものだと言えなくもないと思います。

 

 ただ、彼女たちが『ジョーカー』のアーサーと違うのは、彼女たちには絆があったということ。ラスト、ディスティニーがラモーナとの想い出を思い出すシーンは、彼女たちには仲間がいたということを示した名シーンで、あそこで少しだけ救いがありました。

 

 

同じような映画。こっちはエンタメ寄り。

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 金融危機映画。

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2020年冬アニメ感想⑧【空挺ドラゴンズ】

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☆☆☆(3.4/5)

 

 

 「good!アフタヌーン」にて好評連載中、桑原太矩先生原作の漫画「空挺ドラゴンズ」のアニメ化作品。制作は「BLAME!」やアニメ版「GDZILLA」シリーズのポリゴン・ピクチュアズで、監督は「BLAME!」にて副監督を担当した吉平"Tady"直弘さん。脚本は「蒼き鋼のアルペジオ」の上江洲誠さん。私は原作は「知っていたけど読んでいなかった」枠の作品で、今回のアニメ化を機に触れてみようと思い、視聴した次第です。

 

 本作は、龍が生息する世界観を舞台に、龍捕りと呼ばれる、龍を捕獲し、生計を立てる人々の活躍を描きます。主要な舞台は主人公たちが乗っているクィン・ザザ号で、主にこの船員達で物語が動くという群像劇の様相を呈しています。

 

 

 本作は、基本的にはハイファンタジーに該当すると思うのですが、複数のジャンルが組み合わさっているような内容で、「龍捕り」という本作独自の設定を全12話かけてしっかりと描いていました。私はそこが面白いと思いました。まず、物語の基本には「龍捕りの日常」があると思っていて、船員たちの「龍を捕って、食って、売って、飲んで騒いで」というサイクルを描いています。だから「龍を捕る」という集団アクションの要素と、その龍を調理して食べるという飯テロアニメとしての側面と(余談ですが、「飯テロアニメ」に重要な「料理が美味そう」というビジュアル的な合格ラインをしっかりと押さえているのもポイント高い)、クィン・ザザ号で起こる小事件(空賊に襲われたり)や何でもない日常を描くという日常系の側面もあります。これらが全てひっくるめられて、「龍捕りの日常」が描かれています。そこがとても面白かったのです。

 

 そこに加えて、メインキャラである4人の物語が展開されます。そのうちの1人のミカは狂言回し的な存在ですが、他3人は、「何故龍捕りをするのか」若しくは「何故ここにいるのか」という点を掘り下げて描いています。中でも抜きんでてドラマ性があったのが新人のタキタで、メタ的なことを言えば彼女は新人という設定を有効に活用され、作品の設定説明をスムースに行うための存在でもありました。しかし、新人故に本作の物語的な締めの役割を任され、終盤で龍の子供と交流することで、「自分たちがいただいている命」を自覚し、龍捕りとして成長するという展開が用意されました。「龍の回廊」のスケール感も相まって、このエピソードは最終回にふさわしいものだったなと思います。

 

 

+Ultra枠の作品。こっちも面白かった。

inosuken.hatenablog.com

 

 こちらも+Ultra枠。

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