暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

ぶつかる正義【レイジング・ファイア】感想

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73点

 

 「香港のマイケル・ベイ」に異名?を持つ、ベニー・チャンの遺作。全ての悪を憎むボン刑事を、ドニー・イェンが熱演。彼の元弟子だが、道を違ったンゴウをニコラス・ツェーが演じます。最初はそこまで興味が無かったのですが、映画秘宝で加藤よしきさんが「人生は苦難の連続だが、『レイジングファイア』を観れば何とかなります」と言っていたので、俄然興味が湧き、鑑賞した次第です。

 

 熱血刑事ボンは、長らく追ってきた極悪犯罪者ウォンの薬物取引に踏み込む日がやってきた。ボンは直前になって外されてしまうが、取引現場に何者かが乱入。ボンの盟友を死に至らしめ、ブツを横取りされてしまう。復讐の怒りに燃えるボンだったが、やがて捜査線上に驚くべき人物が浮上する。ボンの元弟子的存在であり、元エリート警官だったンゴウ。ボンとンゴウ、2人の男の正義が、今、激突する。

 

 本作はとにかく「大仰な」映画で、BGMや演出で映画内の感情を盛りまくります。悲しいシーンでは悲しげなBGMが大音量で流れ、皆が奮起する「あがる」シーンには熱血BGMがかかります。この大袈裟な、言ってしまえば過剰な演出に乗れるかどうかが重要で、私は乗れませんでした。

 

 話はシンプルで、あらゆる悪を憎むボン刑事が、自身のダークサイドとも言えるンゴウと対峙し、正義を貫く話です。ドニー・イェンがこの熱血刑事を文字通り熱演していて素晴らしいし、対するニコラス・ツェーも、エリートさと悪に堕ちた感じが大変素晴らしかった。

 

 見どころは何と言ってもアクション。中盤の建物の中や屋根を縦横無尽に駆け回るアクションなど、アクションになると途端にスピードが上がり、フィジカル・アクションが観られます。そして何と言っても、終盤の『ヒート』にインスパイアされたと思しき市街のガンアクションと、そこから教会になだれ込んでの2人のフィジカル・アクションが最高で、あそこだけでも素晴らしかったです。まぁ、ガンアクションは、どちらも同じような服装をしているから、どっちがどっちか分からない、という問題はありますが。

 

ドニー・イェン主演作。

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迫りくる悪【ただ悪より救いたまえ】感想

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78点

 

 ファン・ジョンミン演じる孤独な殺し屋インナムと、彼に兄を殺され、執拗に追跡する殺し屋レイの激突を描いた韓国ノワール作品。監督は本作が2作目であるホン・ウォンチャン。彼はファン・ジョンミンが怪しげな祈祷師を演じた『哭声 コクソン』で脚本を執筆しています。そして撮影監督には『パラサイト 半地下の家族』のホン・ギョンピョがつきます。

 

 インナムは、日本での仕事を最後に引退を決意する。しかし、かつての恋人が殺され、インナムとの間にできた娘が誘拐された。インナムはバンコクに赴き、誘拐関係者を次々に拷問にかけて追跡を始める。しかし同時に、兄を殺された殺し屋レイも復讐のためにインナムの追跡に乗り出していた。2人の壮絶な殺し合いが、バンコクで繰り広げられる・・・。

 

 本作の監督は、ナ・ホンジン監督作『チェイサー』も手掛けていたそうで、「2人の男が追跡劇を繰り広げる」という点はよく似ています。面白いのは、この追跡が、どんどん規模が大きくなり、追跡に参加する組織が増えていく点。最初はレイ→インナム→誘拐組織という感じだったのが、バンコクの警察、誘拐組織、レイが手を組み、巨大な集団となってインナムを追跡していく様は、映画のスケールがどんどんアップしていくようでした。

 

 ホン・ギョンピョの撮影も素晴らしい。特に日本の撮影は素晴らしくて、知っている、馴染みのありそうな風景を撮っているのに、全体的に冷たい印象を与える青みがかった画面は、インナムの孤独を画面で象徴しているように思えました。そこからバンコクに移ってからはギラギラした、圧倒的熱量を持った画面に切り替わり、映画のトーンもそこに合わせてどんどんボルテージが上がっていきます。画面とストーリーのトーンが一体になっていたという点で、とてもいい撮影だなぁ(小並)と思いました。

 

 ただ、不満はあって、というのも、とても惜しいと感じたから。序盤の日本のシークエンスは、画面やトーンから韓国ノワールを逸脱した何かになれそうな気配を感じたのですが、最終的に「無難な韓国ノワール」になってしまったのは、少しだけ残念でした。

 

 

ホン・ウォンチャンが脚本を執筆した作品。

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2021年新作映画感想集⑤

【クー!キン・ザ・ザ】

クー!キン・ザ・ザ

42点

 1986年にソビエト連邦にて公開され、カルト的な人気を博したディストピアコメディー・SF映画のアニメ版。監督はオリジナルの実写版と同じくゲオルギー・ダネリヤ。設定の一部に変更はありますが、基本的な内容は同じだそうです。

 世界的なチェロ奏者のウラジーミルとDJ志望の甥・トーリクは、ある日、宇宙人のテレポート装置によって別の惑星に飛ばされてしまう。星の住民の言葉は「クー」と「キュー」のみ。不思議な惑星の中で、2人の地球へ帰還する旅が始まる。

 アニメーション的に優れているとは思えないですし、話のトーンも、不思議なテンポ感ではありますが、スローで退屈。不思議な惑星ということで、その惑星独特の文化やガジェットで楽しませてくれればいいのですが、その面も弱い。ハッキリ言って、対して褒めるところがない作品でした。強いて言うなら、メインの宇宙人2人が良い感じにがめつくてムカつく感じですかね。嫌い、というほどではないですが、無味乾燥、という点で、今年ワーストの1本。

 

 

【マルコム&マリー】

マルコム&マリー

62点

 2021年2月5日よりNETFLIXで配信。主演は『TENET』のジョン・デヴィッド・ワシントンとMCUスパイダーマン』シリーズのゼンデイヤ。監督は「ユーフォリア」などの脚本家であるサム・レヴィンソン。ちなみに、ゼンデイヤとは「ユーフォリア」で仕事を一緒に行っています。

 映画監督であるマルコムは、妻であるマリーと共に、ある授賞式から上機嫌で帰ってくる。賞を獲得した喜びとアルコールに酔った勢いでどんどん話をするマルコム。一方、マリーは終始不機嫌な顔で、マルコムにハッキリと自身の意思表示をする。それが2人の、壮絶な口論の始まりだったのだ・・・。

 本作は全編モノクロで撮影されています。おかげで、授賞式で華々しい成績を収めた夫婦を撮ったとは思えないほど、画面からは冷え切った印象を受けます。それはカメラワークにも表れていて、マルコムを捉えるカメラは躍動感あふれるものなのですが、マリーを捉えるカメラは静的。つまり、この時点で2人には決定的な温度差があることが分かります。

 この妙な温度差が何故起こっているのかは、2人の口論から分かってきます。そこにあるのは、夫婦という、一筋縄ではいかない関係性であり、約100分ほどの映画の中で2人の力関係や不平不満があっち行ったりこっち行ったりする展開はとても面白く、同時にスリリング。そのため、本作は必然的に長回しが多いわけですが、ジョン・デヴィッド・ワシントンとゼンデイヤはそれにしっかりと応えており、さすがと言わざるを得ません。ラスト、2人が外で窓の淵内に収まったショットからは、私はこれからの2人の前向きな未来を感じ取れました。

 

 

【グリード ファストファッション帝国の真実】

グリード ファストファッション帝国の真実

75点

 人気ファストファッション・ブランドのTOPSHOPを擁しながらも、2020年に破産したフィリップ・グリーン卿をモデルとした作品。監督はイギリスの名匠・マイケル・ウィンターボトム。主演はウィンターボトム作品の常連であるスティーヴ・クーガン。財を成した富豪の薄っぺらさ痛烈に描いた、ブラック・コメディ映画です。

 舞台はエーゲ海のミコノス島。そこではファストファッション界で帝国を作り上げたマクリディの誕生パーティーの準備が行われていた。彼はスキャンダルで進退窮まっており、ここで一発豪勢なパーティーを行い、威厳を世界に知らしめたい、という狙いがある。それと並行して、マクリディのサクセスストーリーが痛烈な批判込みで語られる。混沌とするパーティーは、無事に開催できるのか!?

 本作に一貫しているのは、マクリディの「薄っぺらさ」でした。話の軸となっているパーティーはそもそも「自分を大きく見せたい」という虚栄心で成り立っており、円形闘技場はハリボテで、名言や格言は『グラディエーター』とかアプリから引用して、教養が無いこともバレバレ。大物ゲストからはパーティーへの出席を却下され、仕方なくそっくりさんを連れてきたりしたり、「俺は難民出身だから難民の気持ちが分かるんだ」とドヤ顔で語っていたかと思っていたら景観の邪魔とか言ってシリア難民を追い出してしまうなど、とにかく「見せかけ」だけの人物として描かれます。

 経済で利益を出す方法の1つは、安く作って多く売る、です。人件費を可能な限り安く抑え、単価を安くし、それを大量に売りさばく。それによって利益を出す。今、世界中で行われている資本主義の搾取構造です。本作のマクリディも、この方法でのし上がってきました。その過程を「サクセス・ストーリー」として皮肉たっぷりに描いてみせ、資本主義の本質を炙り出してしまいます(日本ではユニクロの社長の柳井さんとか、後は竹中平蔵が代表例)。そうして築き上げてきた帝国は、我々の社会にしっかりと根を下ろし、我々の生活の一部になってしまっています。我々自身も、この搾取構造の一角を担っているのであり、それを改善しない限り、「帝国」は終わらない。そう思えた映画でした。

 

 

【クルエラ】

クルエラ

70点

 『101匹わんちゃん』に出てくるヴィラン、クルエラのオリジン。監督は『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』のクレイグ・ギレスビー。脚本は『女王陛下のお気に入り』のトニー・マクナマラ。主演のクルエラは『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン。クルエラの最大の敵のような存在として、エマ・トンプソンも出演している。

 ディズニー初のパンク映画。だと思う。伝統的なファッションではなく、自由な服装で下剋上を図るクルエラを力強く描きます。これには、「型」にハマることなく、「私は私のままで生きる」という強い意志を感じ、凄く良いなと思う。

 『アイ、トーニャ』のような突飛な語り口は鳴りを潜めてはいますが、主人公が2人の男性と犯罪に手を染めていく、敵な話は似通っていますし(こっちは復讐劇であり、ちゃんと成功するという違いはありますが)、ファッション界のパワーゲーム的な側面は『女王陛下のお気に入り』感があります。

 ただ、「ヴィランの誕生」という割には、敵側がゲスなので、クルエラにヴィラン感があまり感じられないという問題はあります。後、少し長い。

2021年新作映画集④

【21ブリッジ】

21ブリッジ

 

77点

 

 70年代に製作されたアメリカ映画の風格が漂うクライム・アクション。チャドウィック・ボーズマンの遺作でもあります。

 監督のブライアン・カークはマイケル・マンの影響を公言しているらしく、本作にもその影響が随所に観られます。まず撮影がマン監督の『コラテラル』と同じポール・キャメロンで、ニューヨークの街並みを実に色気のある画面に仕立てています。また、1夜の物語である点も共通しています。

 作品の内容もマン監督が製作している70年代アメリカ映画の風格を持つクライム・アクションであり、『フレンチ・コネクション』のような、逃亡犯との電車乗る乗らないの駆け引きがあったり、黒人警官の話である点から、シドニー・ポワチエ主演の『夜の大走査線』を思わせます。

 しかし、本作はジャンル映画としてだけでは終わりません。現代の問題を上手く盛り込み、そしてそれがタイトルである「21ブリッジ」に繋がっていきます。この作りはとても巧みであり、息を呑みました。そしてこの問題に真摯に向き合い、自身の正義を全うするチャドウィック・ボーズマンの姿には、『ブラックパンサー』以降、彼自身が背負ってきたものが見えました。

 

チャドウィック・ボーズマン主演作。

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【ザ・スイッチ】

ザ・スイッチ

 

77点

 

 「私たち・・・」「俺たち・・・」「「入れ替わってる~!!!」」(BGM:RAD WINPS「前々前世」)。殺人鬼と女子高生の中身が入れ替わってしまった!という、出オチ感満載のネタ1つで約100分映画を引っ張るというもの凄い映画。とはいえ、さすがはクリストファー・ランドン、普通に楽しんで見ることは出来ました。

 本作は、これまでのホラー映画的な「お約束」をひねった形で出しています。まず、「女子高生と殺人鬼」という、狙う側と狙われる側(ファイナル・ガール)が入れ替わるという設定自体がそうです。しかもそれによって、さっきまで『ハロウィン』のブギーマンみたいな感じだった殺人鬼のおっさんが女子高生感丸出しのリアクションをしたりする面白さが生まれ、地味な女子高生は急にクールになって学園でちやほやされます。しかも、女子高生の姿で殺人を行ってくれる関係上、殺し方に創意工夫が凝らされてます。殺される連中は皆ゲスい奴らで、この辺には一種の爽快感があります。この点は、本作に学園ものを組み込んだことがかなり上手く機能していると思います。話自体はガバガバだし、時計の伏線をもう一度繰り返したときは勘弁してくれと思ったが、楽しめました。

 

 

【楽園の夜】

楽園の夜

 

78

 

 『The Witch 魔女』のパク・ジョンフン監督の韓国ノワール。ある組織より狙われた男、テグと、身を隠した先で知り合った少女、ジェヨンの物語。

 ジェヨンのオリジンみたいな映画で、どこにも居場所のない彼女がテグと心を通わせながらも引き裂かれてしまう。そして覚醒し、敵対する組織の構成員全員を血祭りにあげる展開は壮絶ながらも痛快。本作の主演は実質彼女と言っても良い。あのラストには、北野武監督の『ソナチネ』感を覚えました。

 逃走するテグだけど、味方だと思っていた人間が本性を表し、どんどんクズになっていって、逃げ場がなくなってしまう展開は辛い。面白いのは、味方だと思っていた人間がクズ化するのとは逆に、敵側のマ理事の魅力が増していく点です。しかし、彼の中にある、「生きのびる」という執念が生み出すアクションの勢いはさすが韓国映画って感じです。

 ショットも計算されていて、テグが逃走をするシーンなどは暗く、差すような冷たさが感じられ、ジェヨンと交流をするシーンでは暖かな印象を受けます。ここから、テグにとって、ジェヨンとの交流が結構かけがえのない時間であったのだと分かります。逆もまた然りです。

 

 

【JUNK HEAD】

JUNK HEAD

 

80点

 

 堀貴秀監督が個人制作で完成までこぎつけた、『DAU』プロジェクトとはまた違った、ストップ・モーションアニメでSF超大作をやってしまおうという、常識的には考えられない試みを実践してしまった狂気の作品です。

 ビジュアルはハッキリ言ってグロテスク。男性器的なデザインのクリーチャーがたくさん登場し、残虐なシーンも多いです。生理的な嫌悪を覚える箇所も多々あります。しかし、それとは裏腹に、本作のトーンそのものはコメディで、笑ってしまうシーンも多い。キャラクターが基本的に皆惚けていて、妙な愛嬌があることもこの雰囲気作りに貢献しています。そしてしっかりと最後には泣かせてくれるという素晴らしい設計。

 全てが手作りであり、全シーンがセンス・オブ・ワンダーというか、観ていて工夫が感じられて楽しい。キャラは作り物のはずなのですが、ちゃんと生命が宿っており、動いているように見えます。アクションシーンもとてもクール。本作は主人公の冒険ものの側面もあるのですが、それが世界観の紹介にもなっています。どうやら本作は『JUNK HEAD』プロジェクトの1作目であるらしく、そのためか作品そのものは途中で終わっています(この辺も『DAU』っぽい)。まだまだ広がってゆくであろう世界観が、今から楽しみです。

 

スタジオライカ作品。

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2021年秋アニメ感想③【かぎなど】

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☆☆☆★(3.7/5)

 

 Key作品のキャラが一堂に会するクロスオーバー作品。制作はライデンフィルム京都スタジオ。秋は他にも2作作っていて、相変わらず仕事のし過ぎである。Key作品は「AIR」「CLANNAD」「リトルバスターズ!」しか見たことがないのですが、それでもいいだろと思い視聴。

 

 ハッキリ言うと、特に語ることはありません。完全にファン向けに作られた作品であり、ミニキャラ化されたキャラが原作ネタを活かしたパロディや自虐ネタ、声優ネタ、原作の垣根を超えた夢の共演ばっかりやってるお祭りアニメです。私は上述の通り3作しか見たことがない(そう、ゲームすらプレイしたことがないのです)のですが、それでもネタは分かるので楽しめました。

 

 また、5分という非常にミニマムな時間もこの手のファン向け作品としては適正なもので、テンポのいい話運びな内容は見ていて飽きず、スナック感覚でポンポン見ることができました。ラスト、「Angel Beats!」の参戦で、「かぎなど」というより、「あさえだなど」になった感があり、2期を楽しみに待ちたいと思います。個人的にはヒロイン座談会をしてほしい。

 

 

麻枝作品。私はダメだった・・・。

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2021年秋アニメ感想②【先輩がうざい後輩の話】

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☆☆☆★(3.6/5)
 
 
 しろまんた先生原作、作者のTwitter上で連載され、一迅社より書籍化されたという経緯をもつ漫画が原作。一迅社Webコミック配信サイト「comic POOL」でも連載されています。少しガサツだが面倒見の良い会社の先輩である武田と、武田をうざいと思いつつも実はまんざらでもなかったり、しかし素直になれない後輩の五十嵐の関係を描きます。制作は「幼なじみが絶対に負けないラブコメ(以下、おさまけ)」で大幅に評判を落とした動画工房。監督は同じく動画工房制作の「イエスタデイをうたって」にて副監督を務めた伊藤良太。脚本は「プリキュア」シリーズや「墓場鬼太郎」の成田良美。「おさまけ」で大幅に評判を落とした動画工房がきちんと復活してくれるのか、というちょっとした緊張感をもって視聴しました。
 
 結論から言うと、動画工房はきちんと復活してくれました。日常芝居の豊かさ、レイアウトがキチッと決まっているカットの数々、そしてキャラの心情をしっかりと捉える演出、全てが、我々が期待している「動画工房」でした。「おさまけ」のファンと原作者は泣いていい。肝心の内容に関しては、まぁ、可もなく不可もなく、という感じではありますけど、それはそれ。
 
 本作は、アニメ作品としては珍しい、「会社」が舞台となっています。日本アニメは、とにかく学生が主人公の作品が多く、中でも根強いジャンルとしてあるのが「高校生に何かやらせてみた」シリーズです。これは色んな制作会社が手を出しているのですが、動画工房はその代表的な存在です。「会社」が舞台ということなら、P.A.Worksの「お仕事もの」みたいな感じなのかなぁとか思っていたのですが、はてさてその中身は何てことは無い、舞台を「学校」から「会社」に移しただけのラブコメ作品でした。本作が「会社である必然性」は特には無く、高校生の部活とか友情が会社の仕事に置き換えられただけな感じがします。本作でも会社というのは学校みたいな安全地帯の側面が強く、理想的な場所として描かれます。営業なのに直帰しすぎだろとかみんな早く帰りすぎだろとか色々と羨ましい点があります。しかも会社の中のことが具体的に描かれるのは1話と最終話くらいで、後の間の話は「お前ら高校生か!」と言いたくなるラブコメが展開されます。しかもそれはただ見てニヤニヤ出来るだけで(いやまぁ良いんだけれども)何の進展もしないし、仕事一切関係ない休日の遊びとか夏休みの旅行とかそんなんばっかです。しかも社内イベントはクリスマスだバレンタインだといったイベントを「学生か!」と突っ込みたくなるようなノリでやっているわけです。社会人になってバレンタインにあんなに一喜一憂している奴っているのか・・・?だいたい義理チョコもなく終わりだろ!
 
 つまり本作は、学校から会社へ舞台を移しただけのいつも通りのラブコメ作品であり、そこには少しガッカリしました。いやまぁ、アニメの中でも取引先のクレーム対応とか無茶ぶりばかりする取引先に殺意を抱いたりとか先輩がとっつきにくくて一緒にいるだけでストレスだとかそういうのやられても困るんですけども。でも、せめて「SHIROBAKO」の宮森みたいに冷蔵庫の中に発泡酒常備くらいはさせておけ!
 これ以外の不満点というか、常々感じているものとして、この手のアニメ作品の構成の問題があります。本作の縦軸としては、ラブコメ以外に、五十嵐の成長という要素があります。で、一応1話と最終話で対比になるような構成をとって、五十嵐の成長を描きました。これ事態は別に良いんです。ただ、問題はその間の話です。上述の通り、間はひたすらラブコメをやっているわけです。仕事の描写は何かPC弄ったり電話対応してるくらいしかないので、せっかく五十嵐の成長を描いても、それを埋める話がないため、唐突な感じが否めない。しかも、プレゼンが上手くいったってのは良いんだけれども、五十嵐が取引先の会社に入ったら次のカットでもう出てくるので、「何をしたから上手くいったのか」が分からない。この点を具体的に描いてほしかった。しかもこの話は、間で繰り広げられていたラブコメ話が一切関係ないので、ここでも乖離してしまっている。間に仕事のエピソードを入れるとか、もう少しやりようはあったんじゃないのかな、と思います。
 
 また、これは私がこの手の作品に常々感じていた不満にも直結しています。つまり、「最終話でいきなりシリアス展開をぶっ込んで、何となく終わりっぽい感じを出す」という構成です。1話は導入としてしっかりと作っているのですが、間の話が基本的に他愛もないギャグ話ばかりで大してストーリー的な繋がりもないのにもかかわらず、最終話でそれっぽいテーマとかを主人公に語らせて終わらせる、という内容の作品は、唐突でいつも違和感を覚えてしまいます。最近だと「魔王城でおやすみ」とか、後は「アニマエール」かな。まぁこれは連載途中で、ストーリーでないコメディ作品の構成をするうえで鬼門だとは思うわけですが。
 
 以上が私の感想でした。まぁ、何やかんや楽しんで見れましたよ。それと、夏美は一体何の職に就いているんだ・・・。お爺ちゃん回は大塚明夫さんの演技が素晴らしく、個人的にはベスト回。
 

2021年秋アニメ感想①【古見さんは、コミュ症です。】

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☆☆☆☆(4.2/5)
 
 
 オダトモヒトさん原作、週刊少年サンデーにて連載中の漫画を原作としたアニメ作品。人と話すことが極端に苦手な、「コミュ障」である古見さんと、彼女の理解者となる只野君を中心とした学園コメディ。総監督は「恋は雨上がりのように」『海獣の子供』の渡辺歩、監督は本作が初監督となる川越一生。脚本を赤尾デコが務めます。制作はOLM.TEAM.KOJIMA。要は「ポケモン」でお馴染みのOLMの1チーム。私が本作を視聴しようと思った理由は、もちろん渡辺歩さんが関わっているから。彼の作る作品は大体面白いので、ハズレは無いだろうと考えたのです。
 
 感想としては、少しだけ引っかかる点はあれど、楽しんで見ることができました。本作は「コミュ障」を扱っている作品ではありますが、基本的にはコメディであり、「コミュニケーション」という主題をそこまで深刻に扱ってはいません。1話こそ、古見さんがコミュ障であることでどれほど悩み、葛藤してきたかが描かれ、それがラストの黒板での「会話」に繋がっていきます。1話は彼女の苦しみを視聴者に理解させる演出がよく出来ており、そこを踏まえた上での最後の黒板は、コミュニケーションの楽しさや豊かさ、幸福感が絵的にバッチリと伝わる素晴らしいシーンでした。ここで私は本作に対する考えを少し改め、割と真摯に「コミュニケーション」を描こうとしているんだな、と思いました。これ以外にも、本作の演出は全体的にパワフルというか、ギャグ的に誇張したものと繊細な演出の緩急がついていて、この辺のメリハリも良かったなと。
 ただ、2話以降は、視聴前の私の予想通りな内容になっていきました。つまり、「コミュ障」である古見さんの奮闘をチャーミングに描き、同時に癖の強すぎるキャラ達の暴走を組み合わせることでコメディとして描くという内容です。ここのバランス感覚はとてもいい塩梅で、ともすれば「コミュ障を笑う」という倫理的に絶対に許されない内容になりそうなところを、古見さんの反応をチャーミングに描くことで中和していると思います。ハッキリ言うと、「コミュニケーション」を題材とした作品としては、キャラ達の古見さんへの好感度が100%どころか1000%くらいになっていいて、古見さんのあらゆる行動を勝手に拡大解釈して好意的にとってしまうため、古見さんが「みんなに好かれる」という努力をしなくてもいいという状態になっているのです。そのため、「相手とぶつかって絆を深めていく」的な人間関係ドラマとしては弱いのです(一応、山井には意思表示をしたけど)。というか、いちばんコミュニケーションを頑張っていたのは中々思春じゃないの?まぁ、コメディだから良いだろと言われるかもしれないし、実際私もそう思いながら見ていたのですが、最終話の最後によせばいいのに「コミュニケーションに悩む全ての人々へ」的なテロップが出るんです。1話はともかく、2話以降の上述のような内容の本作を見て、「コミュニケーションに悩む」人々のエンパワメントになるのかな、という点は疑問です。ここが少し引っかかったところです。
 
 ただ、これに関しては、私は逆の見解も持ってはいて。 つまり、古見さんはディスコミュニケーションであるという点です。つまり、皆過剰に古見さんを慕っているのですが、それは彼女の本当の姿ではなく、彼ら彼女らが勝手に抱いている幻想のもとに慕っているわけです。それはある意味では悲劇であり、「本当の古見さん」を知らないという点で、ディスコミュニケーションの極致みたいな感じです。だから、尾根峰さんのエピソードは印象的で、只野君となじみ以外で多分初めて古見さんの素の姿を知って友達になった人だと思います。まぁ、この誤解も只野君が解いてくれるんですけどね。でも、こういう誤解込みでも、古見さんみたいなコミュ障の人が問題なく過ごせるあの世界は、優しいんだとは思いますが。
 

 

コミュニケーションもの。

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川越さん演出参加作品。

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青春学園もの。

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