暇人の感想日記

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2020年春アニメ感想⑤【イエスタデイをうたって】

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☆☆☆☆★(4.5/5)

 

 

 冬目景先生原作、グランドジャンプにて連載されていた同名漫画のアニメ化作品。制作はアニメファンから安定した支持を得ている動画工房。監督・シリーズ構成は「NEW GAME!」シリーズの藤原佳幸さん。私は原作は読んでいて、その内容には共感しかなく、かなり好きな作品です。なので、アニメ化するならば中途半端なことはせずしっかりと作ってほしいと思っていました。そこへ飛んできたアニメ化の報。喜びと同時に不安にもなりましたが、制作陣を見て安堵。1クールでどうまとめるのか、という不安を胸に、視聴した次第です。

 

 本作は原作に「忠実」ではありません。それは当たり前で、全11巻の内容を12話で構成しているためです。基本的な内容は1~8巻までの内容+11巻の最後の方といった感じ。なのでかなり多くのキャラクター(キャラに関しては頑張って可能な限り出してはいる)や台詞、シーンがカットされています。しかし、それでも本作は良いアニメ化でした。何故ならば、原作にあった根幹であり、私が最も共感した部分をしっかりと捉えているからです。

 

 

 ここから少し、原作についての話をします。本作のキャッチコピーは「49%後ろ向き、51%前向きに生きる」です。本作の登場人物は、基本的に後ろ向きで、同じところをグルグルグルグルグルグル回っていて、中々前進しません。主人公の陸生は大学を卒業するも定職に就けずフリーターをやっている絶賛モラトリアム中の男で、いまだに大学時代に片思いしていた品子に想いを寄せています。で、その榀子は榀子で昔好きだった男のことをまだ引きずってて心はあの時のままだから全くなびかず、陸生とは微妙な関係が続いています。この2人は年齢的には立派な大人であるはずですが、それすらも中途半端な存在なのです。原作の陸生の台詞にもあった通り、2人は「中途半端に大人」だから無駄に知識があることでそれ故に自意識が強くなってしまい、前に踏み出せないのです。特に陸生はそうです。榀子はどちらかと言えば、湧を吹っ切るために自分に嘘をついている感じ。

 

 この2人よりも若く、それぞれに好意を寄せている存在がハルと浪です。浪はメインの4人の中で最も前向きな存在で、榀子を振り向かせようと努力しています。ハルは陸生に積極的にアプローチをかけ、前向きな感じは出しています。ですが、表面的な人付き合いが得意なだけで、本質的には陸生や榀子と同じく、誰かと深く付き合うことを避けてしまう人間です。陸生に会いに行けたのも、「仕事帰り」という丁度いい理由があったからですし。

 

 本作は、こんな後ろ向きな連中が互いの考えを探り合い気を遣い合って、ぬるま湯的な人間関係に浸っているところから、本当に少しずつ少しずつ進んでいく物語なのです。ウジウジしているって言われればそれまででグウの音も出ないんですけど、これ、分かる人にはよく分かると思います。ぬるま湯に浸かっていれば心地良いけど、それでは何も解決しない。頭ではよく分かっているけど、行動を起こすほどのエネルギーもないし、関係が壊れるのが怖くて前に踏み出せない。自意識が肥大化し、何を行動するにも頭で考えて、結局諦めてしまう。作中ではこれらの状態に対し、若干批判的な台詞が頻繁に登場し、同じようなモラトリアムを良しとする考えにくぎを刺します。この点は、現在、放送されているアニメ作品の多くと比べ、逆を行く内容であると言えます。

 

 

 大分長くなってしまいましたが、ここからアニメ版の話をしたいと思います。先述の通り、アニメ版は内容を大幅にカットしており、特に後半は丸々削っています。だから雨宮がモブでしかない。しかし本作は、その「削った箇所」にあった感情の動きやストーリーを、アニメーションの演出と動画工房の卓越した日常芝居で補強してみせているのです。例えば、2話に出てきた公園を使った榀子の「結界」演出や、3話のハルが自分のことを陸生に聞かせるシーンの演出、そして「風」。吹いたとき、キャラクターの背中を押すような、何かが変わることを象徴していた演出でした。さらに、本作は「すれ違い」の物語ということもあり、登場人物の距離感を象徴するレイアウトや演出が多いです。この点も、映像媒体であることを上手く利用している点だと思います。この補強ぶりが素晴らしく、原作とはまた違った、しかし根幹的な点は外していない「イエスタデイをうたって」という作品になったと思います。

 

 原作にあった要素をとにかくぶち込んだ感があった最終話がとにかく素晴らしかったです。Aパートの榀子と陸生の会話には最終巻の後半のやり取りが凝縮されていて、原作既読者としては、情報の嵐であり、組み換えの意図と行間についてだけで相当解釈や話ができると思いました。特に良かったのが陸生とハルが再会するシーンです。原作だと電車だったのですけど、それを2人が初めて出会ったバス停に設定しなおし、「1話からすれ違っていた2人がようやく一緒になった」という意味をより強調していたと思います。また、キスする側も違うのもポイントで、原作では受動的に陸生からのキスを受けただけだったハルでしたが、こちらは能動的に陸生にキスしてます。これでハルはより報われたんじゃないでしょうか。陸生的には「ハッキリと言った」という点が大切なのだと思います。まぁ、陸生の心境変化が速すぎるという欠点を抱えていて、これまでの丁寧さと比べるとアンバランスな感じなのですが。

 

 他にも、画面のルック的に、冬目先生の絵を忠実に再現してみせた作画が素晴らしかったとか、声優さんの演技、主題歌も素晴らしかったとか、とにかく力が入っていて、全力で「イエスタデイをうたって」を作り上げるという意志を感じさせる作品でした。

 

 

藤原監督の作品。

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