暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

奪還と救済の物語【タイラー・レイクー命の奪還ー】感想

タイラー・レイク -命の奪還-

 

82点

 

 

 NETFLIXオリジナルのアクション映画。配信開始時は日本では緊急事態宣言が発令され、映画館が軒並み閉館していました。そんな中配信された本作は映画ファンの間では「久々の新作映画」という扱いになり、配信時はその内容で盛り上がっていた記憶があります。私としても映画秘宝でその存在は知っていましたし、映画館で観る映画もない状況だったので、本作を鑑賞した次第です。

 

 本作のあらすじは単純明快。バングラディシュのダッカ麻薬王に誘拐されたインドの麻薬王の息子を救出し、麻薬組織の包囲網を抜けてバングラディシュから脱出する。これだけです。このシンプルな筋立てに、ドラマと新鮮なアクションを盛り込み、しっかりとした娯楽作品に仕上げていました。

 

 本作の目玉は、何と言ってもアクションです。圧倒的なフィジカルを持つクリス・ヘムズワースがその力を遺憾なく発揮しています。そしてそれに加えて、『アベンジャーズ/エンドゲーム』のルッソ兄弟作品でスタントを担当している、監督のサム・ハーグレイブのアクション演出の凄まじさが、本作を見応えのあるアクション映画に仕上げています。

 

 圧巻なのは中盤の12分間の疑似ワンシーン・ワンショットです。『1917』のような登場人物たちをずっとカメラが追っているものなのですが、本作ではアクションということもあり、状況が目まぐるしく変わります。カーアクションを寄ったカメラで撮っていたかと思ったら、手持ちのまま登場人物を追って集合住宅に入って肉弾戦、そしてそこからさらに移動してカーアクション、という感じです。これを疑似的ながらもワンシーン・ワンショットでやっているため、緊張感と臨場感が半端ではない。何でも、監督のサム・ハーグレイブさんは『アトミック・ブロンド』のあの階段のシーンを撮った人だそうです。本作はあらゆる意味であのシーンの拡張版と言えると思います。

 

 

 アクションは、ここ以外でも見所はたくさんあります。その凄まじさたるや、別次元の『ジョン・ウィック』です。ただし、向かってくるのは殺し屋だけではなく、麻薬カルテルと警察と昔の友人です。それらの人が四方八方からタイラーを殺しに来るわけです。そしてそれらを多彩なアクションでなぎ倒す姿は痛快です。

 

 また、ドラマ面でも良くて、タイラーの過去と現在がリンクして、タイラーの遺志が、1人の少年に生きる希望を与える物語だったと思います。

 

 「溺れるのは川に落ちるからじゃない。沈み続けるからだ」本作の象徴的な台詞です。この台詞と呼応するかのように、映画の冒頭とラストで「落下と浮上」が繰り返されます。しかし、その意味は違っています。最初のタイラーの落下は、人生を虚無的に生きている彼の姿を描いていましたが、ラストのオヴィのそれは、諦めから「落下する」のではなく、そこから自分の意志で「浮上」します。これはタイラーが示した姿に、オヴィ自身が感化され多結果でしょうし、タイラーの過去を考えれば、彼は本当の意味で救われたのだと思います。故に本作は、「親子の物語」とも言えるのです。

 

 

 サム・ハーグレイブ監督がアクション監督をした作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 ルッソ兄弟作品。

inosuken.hatenablog.com

 

2018年春アニメ感想⑨【ゲゲゲの鬼太郎(第6期)】

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☆☆☆☆★(4.6/5)

 

 

 水木しげる先生原作の国民的漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の6度目のアニメ化作品。1968年に第1作目が放送され、本作が放送開始した2018年はTVアニメ化50周年の記念の年となりました。制作はもちろん東映アニメーション。監督は『プリキュアオールスターズ New Stage』の小川孝治さんで、シリーズ構成は大野木寛さん。

 

 私の「ゲゲゲの鬼太郎」に対する熱意は程々でして、原作はある程度読み、TVアニメも全話しっかりと見たのは第4シリーズと第5シリーズのみです(後は「墓場鬼太郎」がありますが、これは除外します)。後の3シリーズはCSでたまたま放送されたのを見たり、Youtubeで公開されている各シリーズの1話を見た程度です。なので、今回の感想で過去のシリーズと比較する場合、4,5期と比較してものを言っています。後はWikipediaの知識。すいませんね。そんな私ですが、新作が放送されればそれは見るので、今回も視聴した次第です。

 

 結論から書けば、本作は素晴らしい作品でした。おそらく、スタッフが「今の時代に「鬼太郎」を蘇らせるならば、何を語るのか」を真剣に考えて作っていることが伝わってくる作品だったからです。今回の感想では、私が素晴らしいと感じた4つの点について、分けて書いていきたいと思います。

 

 

 まず1つ目が、「妖怪と人間の共生」というテーマの貫徹です。過去のシリーズでもそのテーマは繰り返し描かれてきましたが、それは主に各話で完結していて、最終的な結論としてはなあなあで終わっていたケースが多かったと思います。しかし、本作では犬山まなという人間側の主人公を配置して、鬼太郎が徐々に心を開いていくという過程を丁寧に描いています。

 

 本作の鬼太郎はドライ&クール。本作では初めて水木の存在が言及され、その恩返しとして人助けをやっているという設定が付加されています。しかし、過去作以上に約束を守らない、妖怪に対して何の反省もない人間には容赦なく裁きを下します。基本的には人助けをしますが、過去のシリーズよりも妖怪と人間のバランサーとしての側面が強調されています。

 

 犬山まなは、鬼太郎と初めて出会い、心を通わせていく存在です。とにかく良かったのは、まなが鬼太郎に恋心を抱かなかった点で、どこまでも対等な「友達」として共にいます(その代わり、猫娘に夢中)。

 

 今作の鬼太郎は上述の通りドライで「人間と妖怪は近づかない方がいい」と言っているのですが、徐々にまなと近づきます。そして、鬼太郎は彼女と交流することで、「妖怪と人間の共生」ができるかもしれないと思い始めるのです。ここから、本作の鬼太郎は、最初から完璧なヒーローではなく、「共生」という夢を見られない人物だったのだと分かります。本作の肝は、この鬼太郎がまなと交流し、「共生」という理想に希望を持ち始め、同時に、この点にシリーズ最高レベルで悩み通すという点です。

 

 話の基本的な流れこそ過去のシリーズと似通っていて、妖怪が起こした事件と共に、各話毎に人間の愚かしさやどうしようもなさも描かれている点も共通です。しかし本作が過去のシリーズと違うなと感じる点は、このエピソードを1話完結にせず、1つ1つ積み重ねていって、バランサーとしての鬼太郎の苦悩を描いている事です。そこには鬼太郎に対する「妖怪のくせに人間の味方ばかりして!」というこれまた繰り返し描かれてきたことに対して、真っ向から向かい合う姿勢が見られます。鬼太郎が人間を助けるのは人間の良い点を知っているからで、妖怪を助けるのも妖怪の良い点を知っているからです。しかし、双方を知らない身からすれば、「悪い人間」「悪い妖怪」という偏見が生まれ、分断が広がる。そしてそれは、今、世界中で課題となっている問題へと繋がっていきます。

 

 

 素晴らしかった点の2つ目は、「社会風刺としての鬼太郎」です。「ゲゲゲの鬼太郎」はヒーローものというイメージが強いですが、原作は風刺色が強い内容で、TVアニメも1作目、2作目はその傾向が強いそうです。ただ、ヒーロー路線に舵を切った第3作目からヒーローとしての側面が強くなったそう。4,5作目に関しては自然破壊や環境汚染はやりましたけど、そこまで風刺色は強くなかった記憶があります。

 

 しかし、本作では一転して、時事ネタをふんだんに盛り込み、風刺色をかなり強く押し出しています。そのため、各話も妖怪の特性を上手く活かして現代的にアップデートしてみせています。アベノミクスや水道民営化問題、黒塗り文書、「自衛」という名のもとの特別法案、働き方改革外国人労働者ルッキズム、戦争の記憶、等々です。そして本作(というより、TVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」全体)のテーマである「妖怪と人間の共生」に関しては、今世界で問題になっている「分断」が重ねられています。妖怪を「他国もしくは他の民族」のメタファーとして描いているのです。過去のシリーズでもこの点は描かれていましたが、ここまで突っ込んで描いたことは無かったのではないでしょうか。

 

 素晴らしかった点の3つ目は、ぬらりひょんです。4作目ではコミカルすぎて敵役というよりは「ポケモン」におけるロケット団みたいな奴で、5作目は本当に「ライバル」でしたが(「鬼太郎を殺せるのはワシだけだ」とか言っちゃうの好き)、本作ではこの2作とも違い、現代的な「悪」でした。というのも、本作のぬらりひょんは、「妖怪の復権」を目的とし、人間を排除しようとする存在で、自らは直接手を下さず、裏で糸を引いて「分断」を煽る存在だからです。秀逸なのは89話で、手の目の犠牲を上手く使って檄文をばらまくという策略を見せたときは舌を巻きました。アメリカのトランプ大統領や、日本でもこういう風に分断を煽っている奴らはいくらでもいます。ぬらりひょんは彼ら彼女らのような差別主義者と似通っています。また、彼はこういう現実にいる奴らのように、自分たちとは違う存在への恐怖や怒りを煽り、利用しているのです。この点で、本作のぬらりひょんは非常に現代的な「悪」だと思うのです。この点もテーマの補強になっています。だからこそ、憎しみや憎悪ではなく、皆の力で勝利してみせたラストにはグッとくるわけですが。

 

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 素晴らしかった点の4つ目は、「長期シリーズを見越した構成」です。「ゲゲゲの鬼太郎」シリーズは1話完結のオムニバスのため、終わるときはやや唐突に終わる印象があります。5作目に至っては長期シリーズに舵を切った途端に打ち切りにあいました。本作ではその反省を活かしたのか、最初からテーマを定め、それに沿ってストーリーを構築しているのです。それは最初の3話で既に現れていて、私見では、他のシリーズが1話でやっていることを3話かけてやっているのです。つまり、事件起きる→妖怪ポストに手紙出す→鬼太郎来る→ねずみ男が絡む→鬼太郎ファミリー勢揃い→敵をやっつけるという要素を3話に分けているのです。つまり、1話は鬼太郎と目玉の親父しか出ず、鬼太郎について掘り下げが行われます。2話では猫娘ねずみ男が話の中心に来て、3話ではファミリーが勢揃いして妖怪城を倒すのです。

 

 最初の3話が終わった後はバラエティの富んだ話が積み重ねられ、同時に章ごとに大きな目標が設置されています。「名無し篇」や、「西洋妖怪編」、「地獄の四将」、そして「ぬらりひょん篇」です。そしてこれらの中でシリーズ全体のテーマも語られます。これはこれまでのシリーズではあまり見られなかった要素なのではないでしょうか。強いて言うならば5作目でしょうが、アレは打ち切りにあってしまったし。

 

 以上のように、本作はシリーズ恒例のテーマ「妖怪と人間の共生」を現代的に描き直すことに成功した作品だと思います。ギャラクシー賞を受賞したそうですが、当然の評価かなと思います。他にも、ねずみ男の扱いが5作目よりも上がって良かったとか(特に終盤は鬼太郎とまなとねずみ男の話だったと思う。「戦争なんて腹が減るだけだ!」の水木先生リスペクトも最高だった)、本筋以外の話も良かったとかアクション演出が凝ってて見応えがあったとか(ちなみに、感心した回は全て小泉昇さんの回)、鬼太郎たちの能力が良い感じに強化されてたりとか、猫娘が素晴らしかったとか色々あります。総じて大満足です。

 

 

同じく何度もアニメ化されている作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 思えばこれも調停役の話。

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孤独な彼女の救済【ジュディ 虹の彼方に】感想

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85点

 

 

 『オズの魔法使い』にドロシー役として主演し、ハリウッドの黄金期を代表する女優であるジュディ・ガーランド。本作は彼女の伝記映画です。私が本作を鑑賞しようと思ったのは、単純に主演のレネー・ゼルウィガーアカデミー賞主演女優賞を受賞し、話題になったから。ちなみに『オズの魔法使い』は大昔に絵本で読んだことはありますが、映画を最初から最後まで通しで観たことはありません。多分。

 

 本作はジュディ・ガーランドの伝記映画ですが、内容は彼女の最晩年、イギリスのナイト・クラブ「トーク・オブ・ザ・タウン」での公演を描いたものとなっています。時代は1968年。彼女にとっての全盛期が過ぎ、今や薬に体を蝕まれて映画出演のオファーはなくなり、それでもステージに立とうとする姿を描いています。

 

 本作はジュディと観客の関係性についての映画だと思っています。それは冒頭から示されていて、本作は、いきなり子ども時代のジュディがこちらを向いていて、後ろからMGMのボス、ルイス・B・メイヤーに話しかけられているというシーンから始まります。ルイス・B・メイヤーの言葉巧みな話術でジュディは「向こう側」に行ってしまうのですが、そこから彼女の地獄が始まるわけです。スターになったは良いものの、過酷なスケジュールをこなすために薬を使って強制的に体系を維持させられたり眠らせられたり、とにかくもう滅茶苦茶です。そして回想の中で幼いジュディがいるのは全てセットの中で、ほぼ全てこのようなパワハラシーンばっかり。ジュディがケーキすらもまともに食べることができない子どもだったと描かれます。これを観てしまうと、ジュディが体を壊したのも納得してしまいます。観客はこの虐待を以て制作された作品を享受してしまっているのです(責任は無いけど)。

 

 

 ジュディは孤独です。色々な大人に囲まれて育ちましたが、本当に自分を愛してくれている人はわずかでした。親は虐待に積極的に加担し、寄ってくる大人は下心丸出し。恋人はアレな人が多く(良い人もいた)、仕方ないとはいえ子どもも取り上げられてしまいます。そんな彼女が、誰と心を通わすのか。それはファンでした。それが印象的に描かれているのがゲイのカップルとの交流と、その2人が「虹の彼方に」を歌い出すというラストです。余談ですが、ジュディはゲイのアイコンとしても扱われていたらしく、それを反映させたシーンだそう。あのシーンは、ステージを見に来ているファンは、少なくとも本当に彼女のことを愛しているんだ、ということをファン側から示したシーンで、分断されていたジュディとファンを繋いだものでした。あのシーンで、ジュディはファンからは本当に愛されていたのだと知り、それによって、辛かったであろう彼女の人生に少しだけ救いが見えたと思います。そしてこれはファンにとっても救いになることで、ファンはその人を好きで、応援することこそ、その人のためになるのだとも示されていると思います。彼女は、ステージに立っている時だけは、孤独ではなかったのです。

 

 また、本作の注目すべき点としては、やはり主演のレネー・ゼルウィガーでしょう。生前のジュディとはあまり似ていない彼女ですが、立ち居振る舞いや歌うときの姿勢で、完璧にジュディになりきっています。本作は彼女の独壇場です。


 また、映画的にも素晴らしい点が多く、冒頭の長回しとか、「虹の彼方に」を歌うまでの溜めの上手さとか、ジュディが歌っているときのカメラワークとかです。特に歌っている時が重要で、ちゃんと最初から最後まで映しているのです。ここが本当に素晴らしい。後はケーキの反復です。ジュディがラスト付近でようやくある程度心を通わせた人たちと食べる姿を観て、私は本当に感動しましたよ。

 

 

伝記映画。

inosuken.hatenablog.com

 

 イギリス繋がり。

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 ハリウッド繋がり。

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全てが「本物」だからこその凄まじさ【彼らは生きていた】感想

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99点

 

 

 『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー作品。最初は「ドキュメンタリーかぁ」と思っていたのでそこまで鑑賞意欲が湧きませんでした。しかし、例によって巷の評判の良さ、そして緊急事態宣言が発令され、映画館が休館してしまった中、Youtubeで配信されていると知り、どうせならということで鑑賞した次第です。

 

 結論として、鑑賞して良かったと思いました。こんなものが出てきては、ほぼ全ての戦争映画は無意味になってしまうのではないかと思えました。それぐらいの衝撃を持った作品でした。

 

 本作は第一次世界大戦時のイギリス軍を追ったドキュメンタリーです。つまり、アカデミー賞を獲得した『1917 命を懸けた伝令』と同じ時期を描いた作品なのです。しかし、その内実は180度違うものです。『1917』は疑似的なワンシーン・ワンショットを行うためだけに全てが整えられた感のある作品で、どことなく人工的な感じがする作品でした。まぁそれが映画的っぽいといえばそうだったのですが。

 

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 翻って、本作はドキュメンタリーであり、全てが「本物」なのです。なので、迫力や衝撃が段違いです。これは画面全体の影響があると思っていて、本作は第一次世界大戦時の映像を編集し、そこに兵士たちの証言を乗っけています。このフィルムの修復をしたというだけで既に凄まじいのですけど、本作はそれに加えて、コマ数を増やして、毎秒24コマ、つまり、我々が観ている映画と同じコマ数にして、更に着色を加え、視覚的な違和感を無くしているのです。これによって、どこか遠い時代の話だった第一次世界大戦の出来事が、私たちの世界と地続きで、しかもそこに映っている人たちが我々と変わらない人間だったのだ、と強く印象付けられてしまいます。この点は、『この世界の片隅に』っぽい。

 

 また、兵士たちの生の証言も素晴らしかったです。そこにあったのは、「戦争に行かないのは男じゃない」というマチズモ的思考。そういう思考に導かれ、戦争に行った結果待っていたのは地獄。というのはこの手の作品にはお約束ですけど、本作はそれだけではなく、戦闘以外の日常もきちんと語られている点。そしてそれが不衛生極まりない。これだけで戦場になど行きたくないです。それ以外にも、娼婦の方に変態プレイをしてもらったり紅茶飲んだり訓練風景が牧歌的だったりと、良い意味で私の戦場に対する意識が変わる内容でした。

 

ロード・オブ・ザ・リング (字幕版)

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 ただ、戦闘が始まると一転、映画でよく観る光景が繰り広げられます。しかし、映画と違うのは、これら全てが「本物」である点。ミサイルの爆撃も、地雷の爆発も、映される死体も、聞こえてくる音も、全てが本物です。戦闘のシーンはもちろん映像は無いので、イラストとナレーションで語られているのですが、それでもそこにあった狂気は伝わってきます。しかもこれ、前半で兵士たちの人間臭いところを描いた後にやっているので、かなりキツイ。我々が多少なりとも知っている「本物の人間」が死んでいっているのですから。これはフィクションでは絶対にできない領域です。

 

 兵士たちと共に戦場を追体験し、祖国に帰ってきた彼らですが、そこで待っていたのは就職難であり、日常的な生活でした。そこでの台詞が本当に印象的。戦争は、兵士以外には全く意味が無いことなのだと突き付けられた気がしました。と同時に、彼らが死ななければならなかった理由は何なんだろうか、と思い、全身の力が抜けた気分になりましたよ。このラストの台詞含め、凄まじい映画でした。

 

 

同じ時代の映画ですが、内容は正反対。

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 イギリス軍映画。

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エンタメは、イデオロギーを超える【スウィング・キッズ】感想

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93点

 

 

 朝鮮戦争時、巨済島捕虜収容所で、所のイメージアップのために結成されたダンスチームの物語。最近の韓国映画によくある実話ベースの作品です。最初はノーマークだったのですが、評判が良く、時間もあったので、上映終了ギリギリにグランドシネマサンシャインにて鑑賞してきました。

 

 本作は「分断と繋がり」の物語だと思っています。本作におけるダンスチームは5人います。しかし、皆それぞれ出自がバラバラなのです。チームの講師はブロードウェイのタップダンサーだった黒人米兵で、対立する所内のトラブルメーカーである主人公は「戦争の英雄の弟」で、4つの言語を話せる女性(おそらく、売春婦)、韓国の避難民、中国軍兵士と言った具合に。そんな、本来ならば絶対に交わらず、寧ろ敵対してもおかしくない5人が、タップダンスによって繋がるのです。しかも差別的な白人まで出てきて、中盤までは彼ら彼女らがチームとしてまとまってゆく過程が見事で、刑務所の中であるにもかかわらず、爽やかな感じが出ていました。

 

サニー 永遠の仲間たち(字幕版)
 

 

 また、「捕虜収容所」という自由が奪われている場所でダンスをすることで、身体的に解放されたいという想いを描いてみせた中盤も素晴らしかった。あの素晴らしいダンスの後に、どこにも行けない現実が突き付けられ、彼ら彼女らが置かれている閉塞感がよく出ています。ちなみに、ここでもそうなのですが、本作は基本的にダンスのクオリティが高いです。


 しかし、手足を欠損したグァングが出てきてからキナ臭くなってきます。彼は非常に排他的な男で、「鬼畜米兵!許すまじ!」を地で行く男。彼の登場で、収容所と米兵の間の戦闘が過激になっていき、双方の策謀によって、無意味な血が流されていきます。

 

 彼らをバラバラにしているものは何か。それは、「イデオロギー」です。そして、それをもとに、相対する存在を認めようとしない存在です。このような存在のせいで、本作の登場人物達は流さなくてもいい血を流し、殺し合っているのです。本作の舞台である、朝鮮半島は特にそうです。だからこそ、最後のダンスの前に「Fuckin’Ideology」にはグッときます。「イデオロギーなんて関係ない。自分たちのためにダンスをする」と言うのです。そしてそれを踊るのはバラバラで、イデオロギーなど超越して結びついている5人という。ここには、エンタメや芸術は、イデオロギーよりもよっぽど人を結びつけるのだ、というメッセージを感じました。

 

 あのダンスで終わっていれば「良い話」だったと思うのですが、本作は歴史から逃げませんでした。あまりにも残酷なラストを用意することで、無慈悲さを浮き彫りにしました。この点は賛否両論でしょうが、私は肯定派です。そして年老いたジャクソンが元捕虜収容所で確かに繋がっていたことを思い出したラスト。あそこでは、役者のダンスをしっかりと画面の中で長回しでおさめていて、ダンスの上手さと共に、「心が通っていた」ことが思い起こされ、何か感動的なシーンでしたよ。

 

 

 アカデミー賞を獲得した傑作映画。

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 分断の映画。

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2020年春アニメ感想⑤【イエスタデイをうたって】

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☆☆☆☆★(4.5/5)

 

 

 冬目景先生原作、グランドジャンプにて連載されていた同名漫画のアニメ化作品。制作はアニメファンから安定した支持を得ている動画工房。監督・シリーズ構成は「NEW GAME!」シリーズの藤原佳幸さん。私は原作は読んでいて、その内容には共感しかなく、かなり好きな作品です。なので、アニメ化するならば中途半端なことはせずしっかりと作ってほしいと思っていました。そこへ飛んできたアニメ化の報。喜びと同時に不安にもなりましたが、制作陣を見て安堵。1クールでどうまとめるのか、という不安を胸に、視聴した次第です。

 

 本作は原作に「忠実」ではありません。それは当たり前で、全11巻の内容を12話で構成しているためです。基本的な内容は1~8巻までの内容+11巻の最後の方といった感じ。なのでかなり多くのキャラクター(キャラに関しては頑張って可能な限り出してはいる)や台詞、シーンがカットされています。しかし、それでも本作は良いアニメ化でした。何故ならば、原作にあった根幹であり、私が最も共感した部分をしっかりと捉えているからです。

 

 

 ここから少し、原作についての話をします。本作のキャッチコピーは「49%後ろ向き、51%前向きに生きる」です。本作の登場人物は、基本的に後ろ向きで、同じところをグルグルグルグルグルグル回っていて、中々前進しません。主人公の陸生は大学を卒業するも定職に就けずフリーターをやっている絶賛モラトリアム中の男で、いまだに大学時代に片思いしていた品子に想いを寄せています。で、その榀子は榀子で昔好きだった男のことをまだ引きずってて心はあの時のままだから全くなびかず、陸生とは微妙な関係が続いています。この2人は年齢的には立派な大人であるはずですが、それすらも中途半端な存在なのです。原作の陸生の台詞にもあった通り、2人は「中途半端に大人」だから無駄に知識があることでそれ故に自意識が強くなってしまい、前に踏み出せないのです。特に陸生はそうです。榀子はどちらかと言えば、湧を吹っ切るために自分に嘘をついている感じ。

 

 この2人よりも若く、それぞれに好意を寄せている存在がハルと浪です。浪はメインの4人の中で最も前向きな存在で、榀子を振り向かせようと努力しています。ハルは陸生に積極的にアプローチをかけ、前向きな感じは出しています。ですが、表面的な人付き合いが得意なだけで、本質的には陸生や榀子と同じく、誰かと深く付き合うことを避けてしまう人間です。陸生に会いに行けたのも、「仕事帰り」という丁度いい理由があったからですし。

 

 本作は、こんな後ろ向きな連中が互いの考えを探り合い気を遣い合って、ぬるま湯的な人間関係に浸っているところから、本当に少しずつ少しずつ進んでいく物語なのです。ウジウジしているって言われればそれまででグウの音も出ないんですけど、これ、分かる人にはよく分かると思います。ぬるま湯に浸かっていれば心地良いけど、それでは何も解決しない。頭ではよく分かっているけど、行動を起こすほどのエネルギーもないし、関係が壊れるのが怖くて前に踏み出せない。自意識が肥大化し、何を行動するにも頭で考えて、結局諦めてしまう。作中ではこれらの状態に対し、若干批判的な台詞が頻繁に登場し、同じようなモラトリアムを良しとする考えにくぎを刺します。この点は、現在、放送されているアニメ作品の多くと比べ、逆を行く内容であると言えます。

 

 

 大分長くなってしまいましたが、ここからアニメ版の話をしたいと思います。先述の通り、アニメ版は内容を大幅にカットしており、特に後半は丸々削っています。だから雨宮がモブでしかない。しかし本作は、その「削った箇所」にあった感情の動きやストーリーを、アニメーションの演出と動画工房の卓越した日常芝居で補強してみせているのです。例えば、2話に出てきた公園を使った榀子の「結界」演出や、3話のハルが自分のことを陸生に聞かせるシーンの演出、そして「風」。吹いたとき、キャラクターの背中を押すような、何かが変わることを象徴していた演出でした。さらに、本作は「すれ違い」の物語ということもあり、登場人物の距離感を象徴するレイアウトや演出が多いです。この点も、映像媒体であることを上手く利用している点だと思います。この補強ぶりが素晴らしく、原作とはまた違った、しかし根幹的な点は外していない「イエスタデイをうたって」という作品になったと思います。

 

 原作にあった要素をとにかくぶち込んだ感があった最終話がとにかく素晴らしかったです。Aパートの榀子と陸生の会話には最終巻の後半のやり取りが凝縮されていて、原作既読者としては、情報の嵐であり、組み換えの意図と行間についてだけで相当解釈や話ができると思いました。特に良かったのが陸生とハルが再会するシーンです。原作だと電車だったのですけど、それを2人が初めて出会ったバス停に設定しなおし、「1話からすれ違っていた2人がようやく一緒になった」という意味をより強調していたと思います。また、キスする側も違うのもポイントで、原作では受動的に陸生からのキスを受けただけだったハルでしたが、こちらは能動的に陸生にキスしてます。これでハルはより報われたんじゃないでしょうか。陸生的には「ハッキリと言った」という点が大切なのだと思います。まぁ、陸生の心境変化が速すぎるという欠点を抱えていて、これまでの丁寧さと比べるとアンバランスな感じなのですが。

 

 他にも、画面のルック的に、冬目先生の絵を忠実に再現してみせた作画が素晴らしかったとか、声優さんの演技、主題歌も素晴らしかったとか、とにかく力が入っていて、全力で「イエスタデイをうたって」を作り上げるという意志を感じさせる作品でした。

 

 

藤原監督の作品。

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 動画工房最新作

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「実写版ガルパン」は伊達じゃない!【T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版】感想

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87点

 

 

 昨年公開された『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』に未公開の映像を付け足してボリュームアップして公開された本作。私は昨年公開された劇場公開版は観ていません。それでも私が本作を鑑賞した理由は、映画秘宝にあります。今年の1月に発売された映画秘宝の「2019年のベスト10&トホホ」号にて、本作がベスト10に入っていたのです。まぁ映画秘宝なのでこのチョイスも納得と言えばそうなんですけど、ベストに入るくらいの作品ですし、評判も良いですしということで、ダイナミック版の公開を機に鑑賞してきた次第です。

 

 本作を観て真っ先に連想するのは、2012年に放送され大ヒットを記録し、2015年の劇場版も深夜アニメ初の劇場アニメとしては異例ともいえる興行成績をたたき出した、アニメシリーズ「ガールズ&パンツァー(以降、「ガルパン」)」です。実際、本作の監督も日本のあらゆるインタビューで「ガルパン」について言及されたそうです。私はTVアニメしか見ていないのですけど、あの作品も戦車の造形をリアルに描写し、様々なバリエーションの戦車戦を見せてくれました。

 

ガールズ&パンツァー 劇場版

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 本作はこの「ガルパン」と同じような戦車戦を実写で見せてくれるのです。そのシチュエーションはバラエティに富み、冒頭の戦車の特性を知り尽くしているが故の逃走劇から、遮蔽物やトリックを上手く使って奇襲をかけるオーソドックスなものから市街戦、ラストの橋の上での一騎討ちまであります。そしてそれをスロー・モーションやCGといったケレン味溢れる演出の数々や、また、砲身を敵に合わせるまでの時間的なスリリングさや戦術の読み合いがキモとなる頭脳戦といったオーソドックスな演出で見せてくれます。後は砲弾が直撃したときの衝撃をしっかりと描いていたのも新鮮でした。

 

 本作の舞台は第二次大戦末期。ストーリーはハッキリと3部構成になっています。主人公が捕虜になるまでの1部、脱走し、逃走劇になる2部、そして市街戦から最終決戦までの3部です。それぞれの部で明確に目的があり、見せ場もしっかり用意されているのでとても観やすい。特に痛快なのが2部の脱出篇で、舐め切っているドイツ軍に対して反骨精神で仲間を集めて準備をし、見事に脱出するくだりは観ていてとても面白かった。

 

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 戦車映画として面白い本作ですけど、私がとにかく観ていて気になったのが適役のイェーガーです。コイツは本作における最大の適役なのですけど、全く憎めない。というか、かなり同情的に見てしまえるキャラでした。その理由は簡単で、コイツ、ずっと主人公に片想いしているのです。それは主人公が無敵だと思っていた自分を負かした男だからというのが大きいのですけど、負かされてからずっと主人公にちょっかいをかけまくるのです。しかし、当の主人公は全く気付かず、ヒロインに夢中という負けフラグビンビン状態。それが如実に表れたのが2部で主人公とヒロインと共に卓を囲んだシーン。イェーガーは主人公と「名前が同じ」と言ってめっちゃアプローチをかけまくるのですが、主人公はガン無視してヒロインの方ばかり見ているというイェーガーの片想いぶりを最も強く感じ取ることができるシーンでした。

 

 私はイェーガーの事が気になって仕方がなかったので、ラストの決着がついた後交わした握手で大変感動できました。イェーガーは自分が認めた男の手で葬り去られた。それだけが、彼にとって救いだったのかもしれないと思えたからです。ちょっと気持ちも通じたよね。

 

 以上のように、私にとって本作は、中々楽しめる作品でした。基本的にイェーガーが気になって仕方がなかったんですけど、戦車戦をエンタメとして見せたという点では、良作だと思います。

 

 

 形を変えた「マン映画」

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 同じく「友情の映画」

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