暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

この社会の「上」と「下」【パラサイト 半地下の家族】感想 ※ネタバレあり

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98点

 

 

 最近はちょっと忙しくて、映画は観ているのですが感想を書く時間があまりとれず、昨年分だけで10数本感想、今年に入ってから数えても9本の作品を鑑賞するも、感想が書けていません。ちょっとずつ数を減らしていこうと思っています。というわけで、今年鑑賞した作品の感想を初めて書きたいと思います。感想1本目にしてはやけにカロリーが高いなと思うのですが、作品は『パラサイト 半地下の家族』です。1月は素晴らしい作品が大量に公開されているのですけど、個人的には、本作は頭1つ抜けて素晴らしい作品でした。ちなみに、ポン・ジュノの作品を映画館で観るのはこれが初めてです。

 

 福沢諭吉は「天は人の上に人を作らず」と言いました。これは「学問のすすめ」に出てくる有名な文章です。諭吉は同書の冒頭で、「天は人間を平等に作った。だから人間は本来平等であるはずなのに、何故そうではないのか」と問い、その答えを「勉学をしているかの違い」としました。つまり、学がある人間は良い職に就け、お金を多く稼ぐことができる。しかし、学のない人間は諭吉曰く「心を用い、心配する」必要のない仕事に就くしかなく、そうなればお金を稼ぐことはできず、貧しくなるというのです。要は「勉強しろ。そうすれば良い職に就けてお金を稼ぎ、豊かになれる。人間は本来、平等なのだから」ということです。

 

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

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 日本では古くからこの考えが浸透し、昔は本当に勉強さえできれば、ワンチャン出世して、豊かになる事ができたそうです。そうですというのは、今はそう単純にはいかないからです。いくら勉強ができてもその家庭が貧乏だったりすれば大学に行くこともできない。大学に行けなければ良い職にも就けない。そうなれば給料ももらえない。貧困の中にいる人間は貧乏のままなのです。奨学金を借りてよしんば行けたとしても、卒業後に待っているのは奨学金の借金地獄ですし、そもそも大学に行っても就職できるかどうかも怪しい時代です。

 

 この流れは日本だけではありません。本作の舞台である、韓国も同じみたいです。昔は上述のような「計画」があれば何とか生活が上手くいったそうですが、アジア通貨危機IMFの介入があってから、韓国は極端な格差社会への道をひた走っているそうです。つまり、富める者は富み、貧困の最中の人間はそこから抜け出せないという、「上と下」の構造がはっきりと出来上がってしまったのです。天ではなく、社会が「人の上に人を」作ってしまっているのです。

 

 本作はこの構造をハッキリと可視化します。その舞台となるのが、「家」であり、「街」です。本作はこの家が本当に素晴らしい。インテリアが凄く凝っていて、それを観ているだけでも楽しめます。また、「金持ちのリアル」もきちんと反映されているそうなので、変な意味で勉強にもなりました。

 

 話が逸れましたが、本作は「家」と「街」で「上と下」をハッキリと描きます。主人公であるキム一家が暮らしているのは、街の下の方にある家の、更に下にある「半地下」です。家族は全員失業中で、ピザのケースを作ったりして日銭を稼ぎ、消毒が来ても「家の中が綺麗になるからいい」とか言って敢えて窓を閉めず、上の階のWi-Fiに勝手に接続したりと、極貧生活を営んでいます。翻って、キム家が「寄生」するパク家はキム家が住む町のさらに上に住んでいます。「人間以下」の位置にいるキム家からすれば、パク家は殿上人です。このキム家がパク家に「寄生」していく下りは一種ケイパーものの様相で、テンポも良くとても面白い。ここでこの家族に対して、「こんなに能力があるなら就職口なんてどっかにあるだろ」と思われるかもしれませんが、金もコネもない家族にこの熾烈な学歴社会で就職できる場所はないと思いますよ。

 

貧困クライシス 国民総「最底辺」社会

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 中盤までは貧乏一家が金持ち一家に寄生するケイパーものですが、中盤以降、パク家にある地下室のさらに下が出てきたことで、急展開、この「家」こそが格差社会の縮図なのだとハッキリします。つまり、「上」では金持ち一家が何にも気付かずに優雅な暮らしを送っていて、その「下」では貧乏人がひしめき合い、互いに互いの足を引っ張っているという構造をハッキリと可視化させます。残酷だなと感じたのはパク家の「下」に住んでいた「リスペクト!」のあのお方で、この社会の構造に慣れ切ってしまい、金持ちを勝手に「リスペクト!」しているのです。しかし悲しいかな、金持ちの人間は下々のことなど(悪意なく)意に介しません。それがあのモールス信号で、死が迫っている時でも何ら変わりません。下々の人間は気付かれずに死に、「上」の人間は普通に暮らしているのです。それをさらに規模を大きくしたのがあの大洪水で、あそこではこの構造がさらに拡大されて描かれます。

 

 苦しんでいる「下」の人間とそれに無頓着な「上」の人間。それはまるで、「別世界」のことのように。残酷な構造ですが、現代は「人の上に人を作っている」のです。それが最悪の形で現れたのが、終盤の凄惨な事件です。あそこでは「下」と「下」が互いに争い合い、「上」の人間は「下」ではなく、同じ「上」の心配しかしません。ラストのソン・ガンホの行動も、それまでの「匂い」の演出の積み重ねのおかげで、なるほどと思えるものです。ただ、ここで大切なのは、パク家はそんなに悪くないという点。あの騒動の最中にいたならば自分の子供を最優先させるのは当然だし、そもそもキム家が家族だということも知らないわけですから、あの対応は責められるべきものではないと思います。

 

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 しかし、それが故に、格差社会の残酷な構造が明らかにされます。それは「誰も悪くないのに互いに互いを憎しみあう」という分断の構造です。そしてそこでは本当の意味での悪である社会の格差という構造には立ち向かってはいかないという点も世の中の縮図だなと思いました。さらに、あの事件はおそらく「狂人の無差別殺人」として処理されるのかと思うと、よりやりきれない気分になります。この辺は昨年の大ヒット作『ジョーカー』を彷彿とさせます(階段が象徴的に使われている点も同じ)。

 

 他にも、全編画面がバシッと決まりまくってるなとか、パク・ソダムが最高に良いとか、凄まじいクオリティの映画であるにも関わらず、気取らずにギャグで外しにかかっている点が好印象とか、ドロップキックがなくて残念とかでも鑑賞後の感触はそんなに悪くないという口当たりの良さとか、色々と凄まじい映画でした。

 

 

1人の青年が、孤独の中で「ジョーカー」になる話。

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 イギリス版経済格差告発映画。

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