暇人の感想日記

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「英雄」を批評的に描いた作品。ただのチャーチル礼賛映画ではないと思う【ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男】感想

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85点

 

 原題は『DARKEST HOUR』。日本語訳すると、「最も暗い時間」。この題名の通り、主人公であるチャーチル、そしてイギリスにとっての、最も苦しい時間を描いています。それ故か、映画全体を通して、「闇」が強調された画作りになっています。チャーチルの初登場のシーンも、闇の中から光を伴って現れる、という今後の展開を示唆するものでした。この示唆というのは、つまりチャーチル自身がこの出口の見えない闇からイギリスを救う光であるということ。ここまで書くと、本作は伝記映画によくある「偉人凄い」映画ですけど、観終わった後、どうにもモヤモヤが残る作品でした。

 

 本作の最大の注目点は、やはりゲイリー・オールドマンでしょう。『レオン』のスタンスフィールドのキレた役、『ダークナイト3部作』のゴードンのような善人役など、役によって自らを豹変させる徹底した役作りで知られている名優です。そんな彼が今回演じるのは、ウィンストン・チャーチル。本作でも抜群の演技力を見せてくれます。最初こそ、「ゲイリー・オールドマンだ」と思っていましたけど、後半になると、もうチャーチル本人にしか見えません。ちょいちょい本人の写真とか出るのですが、違和感は全く無くなっています。本作は彼の豹変ぶりを観るだけでも価値ありです。

 

 目を見張るのはゲイリー・オールドマンの演技だけではありません。上述の闇を多用した演出、チャーチルの心情の変化と共に変化するよう計算されたカメラワーク、当時を再現した美術など、片時も気を抜くことが許されない濃密な映画となっています。

 

 中でも素晴らしいのは、本作をエンタメ作品へと仕上げた監督の手腕。というのも、本編のほとんどが男が突っ立って喋っているだけなので、下手な人が撮ると退屈極まりないところを、チャーチルの成長物語として魅せる内容にしているのはさすが。地下鉄にすら乗らず、国民の声も聴かず、ヒロイズムを振りかざしていた人間が終盤に地下鉄に乗って国民と同じ立場に立つシーンは、為政者に必要なものを彼が得たようで、非常に感動的です。

 

 このように、本作はチャーチルを今求められている理想のリーダーとして描いた作品のように見えます。しかし、そう感じると同時に、どこかモヤモヤが残る作品でもあります。というのも、彼が劇中で成したこと1つ1つを見ると、胡散臭さを感じるためです。

 

 まず、「決して降伏しない」と息巻いて「これ以上国民を死なせないため」和平へ持ち込もうとするハリファックスと対立しますが、チャーチルは無策なんですよね。無策なのに、ただただ「屈服してはならない」と言っているわけです。まぁ侵略者が来ていたら自分の大切な人を護るために戦いますが、ハリファックスの考えも十分理解できます。しかも、自分は演説してるだけ。これは俗に言うヒロイズムじゃないですか。また、キャッチコピーで「ダンケルクの戦いを制した」とありますが、劇中彼がやったことは案を思いついて電話しただけです。

 

 こう穿った視点で見ると、上述の感動シーンも違った意味を持って見えてきます。彼はあの行動の後、「国民の総意だ!」と言って議会を沸かせますが、聞いた人数は数人です。あの人数で「国民の総意」と言われてもな・・・。そしてここから、ひょっとしてあの行動は、議会で演説するため「国民の声を聴いたよ」というアリバイ作りだったんじゃないか、と思ってしまいます。つまり、「世論を上手く誘導した」感があります。

 

 しかし、考えてみると、本作はこの「モヤモヤ」こそが重要なのかもしれません。上のように考えて、私は1人の人間を思い出しました。そう、劇中何回も台詞で登場し、本物も一瞬だけ映るアドルフ・ヒトラーです。彼も国民をうまく誘導しましたし、チャーチルとは「演説が上手い」という共通点があります。ヒトラーは、チャーチルにとっての合わせ鏡だったのかもしれません。

 

 つまり本作は、英雄を批評的に見た作品かもしれないのです。伝記モノは、英雄の正の面ばかり取り上げ、負の面は描かれず、描写されても正の面を強調するために使われます。しかし、本作は正の面を描きつつ、チャーチルの持つ危うさも同時に描いていると思うのです。パンフレットには、「等身大のチャーチルを描きたかった」と何度か出てきます。正と負を両面併せ持つのが人間です。そして、「英雄」は見方を変えれば悪魔にでもなります。これを描くことは、まさしく「等身大」の姿を映していると思います。