暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

僕はこう生きた。君たちも好きに生きなさい【君たちはどう生きるか】感想

85点

 
 「僕はこう生きた。僕は少しだけ世界に痕跡を遺した。しかし、僕が遺したものを継承する必要はない。あなたたちは好きに生きなさい」
 
 話自体は非常にシンプル。「大本」とされている「失われたものたちの本」のような、実の母を亡くし、ふさぎ込んでいる少年が異世界を冒険し、現実世界で生きる決意をして帰還するまでの物語で、物語の構造としてはこれまでの宮﨑作品の中ではいちばん児童文学感がある。彼の作品のなかでいちばん近いのは『千と千尋の神隠し』です。ただ、『千尋』はダメな両親のもとで育った千尋を油屋での労働によって鍛えなおす作品だったのに対し、本作は、説教臭くはなく、寧ろ、メチャクチャ力が抜けている作品でした。
 
 「力が抜けている」と思ったのは、まずはアニメーション。現状、最強のアニメーターである本田雄さんが作画監督をやっており、更に、参加しているアニメーターが同じく神みたいな凄腕揃いであるため、アニメーション的には現状最強なのは間違いない。昨今、「作画がいい」アニメが増えたが、宮﨑駿の作品はそれらの作品とは次元が全く違うことを改めて見せつけられたほど(ギリギリ食らい付けるのは京アニか?)。しかし、それでも、過去の作品にあったような、「アニメーションで観客を殺しにいく!」みたいな気迫は感じられず、あれだけのスタッフを揃えても全盛期の宮﨑駿に適わないのか・・・という思いと、それを出せないくらい宮﨑監督も老いたんだな、と思わざるを得なかった。まぁ82の爺さんだしね。
 
 もう1つは、ストーリー。『ハウルの動く城』あたりからストーリーに合理性をつけることを放棄してたけど、本作もそう。特に後半にいくにつれ、整合性が全く無くなり、宮﨑監督の脳内映像を見せられている気持ちになる。序盤も結構変で、日常の描写が30分くらい続き、ヒロインが出てくるまで1時間くらいかかる。しかもシンプルなはずの物語に監督の教養と人生観に基づく妄想を付け足し、「難解」に見える作りにしてしまっている。
 
 宮﨑駿という監督は、終始「この世界に生きる」ことをテーマにしてきました。しかし、決して世界そのものを無批判に描いたことはなく、寧ろ、この世界が如何に生き辛いか、を克明に描き、それでも「生きろ」というメッセージの作品を送り出してきた作家です。この点は本作においても顕在であり、真人の父はおそらく工場で軍事関係の仕事で儲けているし、そもそも時代は戦中という過酷な時代。真人が迷い込む異世界宮崎駿自身ともいえる大叔父が創り出した「世界」で、そこも悪や矛盾が満ちている。真人は冒険を通し、この矛盾に触れていく。そして大叔父から「悪なき世界を創ってほしい」と継承を迫られても、現実世界で生きることを選び取ります。本作においても、矛盾や悪が満ちた現実の世界で生きなければならないと示されます。しかし、例え辛くても、友人を作り、自身の強い意思があれば、道を切り開くことができる、と言っているのでしょう。
 
 そしてこれは、宮﨑監督自身の話でもあります。本作の真人少年は宮﨑監督の自己投影であるのは明白ですが、同時に、大叔父も宮﨑駿なのも明白です。真人少年が辿った道は宮﨑駿が辿った道だし、大叔父が創り出したあの世界はどう考えてもジブリで、「今の」宮﨑駿と言えます。つまり本作は宮﨑駿監督自身の人生を圧縮させた映画であり、「僕はこう生きた」と言っているわけですね。そして同時に、あの世界を崩壊させたことから、「僕の創り出したものを受け継ぐ必要はない」とも言っていると思います。さらに、真人少年にはこれから生きていく子供の姿も重ねているはずなので、少年たちにこうも語っていると思います。「君たちも好きに生きなさい」と。最後に流れる「地球儀」が、これからの真人少年、ひいては、全ての人間の人生の門出を祝う内容になっていて、そこも併せてちょっと泣いたよね。
 
 宮﨑駿は児童文学を愛していて、それは、「子どもにとって現実から逃れる場所が必要だから」とのこと。本作はまさにそんな映画で、異世界から帰ってきた真人は異世界での経験を忘れてしまうことが示唆されますが、それに悲観的になることはない。フィクションは一瞬だけ現実を忘れ、「生きる」ことに前向きにさせるだけで、内容まで事細かに覚える必要はないのだから、という監督の意思を感じました。
 
 本作には、エンディング後、これまでの宮﨑駿の作品に必ずあった「おわり」がありません。これはおそらく、宮﨑監督の、「僕の人生はもう少しで終わる。でも、「君」の人生はこれから始まるのだ」という意図故だと思います。
 
 つまり本作は、宮﨑駿監督が「最後」とした『風立ちぬ』に1点だけ加えた補足のような映画だと思いました。この点で非常に『クライ・マッチョ』感ある。ただ、パンフはアレは詐欺だぞ。