暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2023年7月に見た新作映画の感想②

 7月に見た新作映画の感想です。2つ目は『ソフト/クワイエット』、『CLOSE/クロース』、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PARTⅠ』、『イノセンツ』の4作です。

 

No.68『ソフト/クワイエット』 78点

 

 映画は現実の社会問題や個人の悩みに対し、1つの回答をくれる。そこには個人にとって癒しだったり、救いがあります。しかし、映画は、その逆、「最悪」を描くこともできます。本作はまさしく、「最悪」を描く映画です。

 本作は、おぞましいヘイトクライムを92分の長回しで一気に描きます。この長回しというのが実に効果的で、感情の流れが観客に伝わるし、何よりずっとシーンが続くので、観客に精神的に休む暇を与えない。そのため、他の映画ならば「悪」として他人事として見れる差別主義者たち(そしてそれらはだいたい戯画化されている)を半強制的に「自分事」にさせられる。つまり観客は差別主義者たちと一体化させられるという最悪の鑑賞体験をすることとなる。

 そしてこれは監督の意図通りで、こういう差別主義者たちは「悪」としてではなく、「普通の人」として存在しているのだと突き付けてくる。ちなみに、あそこで彼女たちが話していた内容は、日本でも日々SNSでよく見る内容と類似しているものも多く、白人至上主義者ではなく、形を変えて存在しているという事実に空恐ろしくなった。

 

No.69『CLOSE/クロース』 79点

 思春期のときにずっと友達だった人に辛く当たってしまうことがあります。本作のレオのように、ずっとレミと一緒であることをクラスメイトにからかわれ、嫌だから距離を置く。しかし、レミはそこを理解してくれなくてずっとかまってくる。それがウザい。だから突き放す。普通なら後でレオが謝れば全て解決するはず。しかし、本作ではある悲劇が起こってしまい、レオは罪の意識を背負い生きることとなります。

 本作は思春期の少年が学校という集団で過ごす描写がとてもリアル。レミとは別の友達の影響でアイスホッケーをはじめ、そのコミュニティに属したことで若干マッチョなノリになっていくところとか正にそうで、あの時代は、それまで普通に仲良くしていた存在が全く違うコミュニティに属することで疎遠になっていく、みたいな点をちゃんと描いていた。普通ならば、ここで適切な距離を学び、あの2人は元のような大親友ではないかもしれないけど、顔見知りくらいにはなれたはず。しかし、不意の永遠の別れにより、それすら叶わなくなった。

 レオ役のエデン・ダンブリンが素晴らしい。レミが亡くなり、罪の意識と喪失を抱えつつ、それをため込んでいるのが演技で伝わる。だから途中から、見てて本当にいたたまれなくなってくる。特にアイスホッケーに打ち込んでいるくだりは、自分を痛めつけているようにも見えた。また、最後、本当の意味でレミと別れ、こちら側を見る姿を見たとき、大人になった瞬間が捉えられていたと思う。ようやく前に進むんだな、と思ったし、こういう傷を経て前に進むのが人生だよなとも思った。

 本作は撮影も素晴らしかった。画面の配置や撮り方でレオとレミの関係性に微妙に変化が起きていることが分かるようになっていたし、天候すら味方につけて彼らの心情を表現していたと思う。

 

No.70『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』 87点

 「映画はアクションやってなんぼ!ストーリー?知らん!!」を前作以上に突き詰めた快(怪?)作。本作において、ストーリーはほとんど無いに等しい。いや、一応、AIが敵ということで、今ハリウッドで起こっているストライキと重ね合わせてタイムリーな内容ではあるし、これはシリーズを通して相手を欺きミッションを達成してきたIMFの最後の敵としてうってつけという点でもちゃんと中身はある。しかし、それでも、やってることはいい年した大人がオモチャみたいな鍵2つを真剣に追いかけ、すった!すられた!奪われた!奪い返した!の繰り返し。そこにトム・クルーズが体をはりまくった大アクションが挟まれる。いや逆か。アクションの合間にストーリーがあるのか。とにかく、相当に狂った映画です。

 しかし、これは「映画」の先祖返りとも言えます。というのは、本作が目指したと思われるものは、バスター・キートンであることは明白なためです。キートンの映画も体をはったアクションと、そこに挟まれるコメディがメインの映画でした。本作は過去作と比べ、コミカルなシーンが多めで、それを台詞ではなくて、アクションの中でやっている。しかもそのアクションは荒唐無稽(でも実写)。つまり本作は、予告で何回も見せられた崖から飛び降りるのをはじめ、「いや、そんなんあるかい!!」という観客のツッコミ込みで抱腹絶倒する映画なのです。しかもちゃんと最後に列車でアクションした上で橋爆破して川に落としてるし・・・。完全にキートン。だから真面目にストーリーを追ってると頭がおかしくなると思います。ただ、トム・クルーズの「これが映画だよね!」というメッセージが伝わってくるため、悪い気分はしないし、寧ろ親指立てながら見てた。

 私は結構序盤からこれに気付けたため、真面目に見るのをやめました。おかげで終始大笑いして映画観ることができ、大変楽しむことができました。後編も今から楽しみです。

 

No.71『イノセンツ』 86点

 大友克洋の『童夢』にインスピレーションを受けたという映画。監督は『テルマ』『わたしは最悪』で脚本を務めたエスキル・フォクト。団地が舞台、少年少女が超能力に目覚める、悪意ある存在が執拗に主人公を付け狙う、など類似する点は多いものの、中盤までは「確かに似てるけど、そんな言うほどでもないよな・・・」と思って見ていましたが、終盤のサイキックバトルがまんま「童夢」でビックリした。だからトータルではめっちゃ「童夢」。これは原案クレジット必要では?

 本作は結構厭な映画ですが、同時に、少年少女の物語でもあります。子どもが持っている無垢な加虐性が描かれます。これが結構きつく、大なり小なり身に覚えがある(さすがに猫は殺さないけどアリの巣穴に水突っ込んだりはしてたし)のが辛いところ。そして、超能力を得たことでそれが加速していくのがベンです。彼が執拗に「邪魔」と判定した人間を排除していく下りは、正に「童夢」のチョウさん。アナを付け狙っているところなどはかなりホラー演出が上手い。反対に、序盤で結構えげつない加虐性を見せつけたイーダは、中盤以降、アナを護るために奮闘します。本作はここに至るまでの描写が丁寧で、「童夢」より少年少女のジュブナイルSFとしての側面が強いと思います。

 最後のサイキックバトルは最高でした。言ってしまえばまんま「童夢」のエッちゃんとチョウさんなんですけど、あの漫画にもあった「そこで凄まじい戦いが行われているのに誰もそれに気づいていない」描写が上手すぎる。派手なCGは使わず、必要最低限の描写と、役者の演技力でそれを描き切ってて、そこは凄いと思った。また、始まる前も、アナがベンの存在を感知して1人決戦に向かうところがカッコよくて上がるし、しかもそれが団地にある「池」を挟んで行われている、というロケーションもいいし、何より、最終的にイーダとアナの姉妹が協力して打ち倒すという決着も素晴らしかった。

2023年7月に見た新作映画の感想①

 7月に見た映画の感想です。1回目は『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』、『Pearl パール』、『君たちはどう生きるか』、『ヴァチカンのエクソシスト』、『カード・カウンター』の感想です。

No.63『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』 70点

 見て思ったのは、『インディ・ジョーンズ』というシリーズは、スピルバーグのシリーズだったんだな、ということだった。本作でもシリーズのお約束や、ジェットコースターのように連続するアクションをやってはいるが、スピルバーグじゃないので妙に固いというか、生真面目さが先に立ってしまっている印象だった。

 本作のテーマは「老い」。かつてヒーローであったインディは、もはや時代に取り残され、子どもも、妻も失ってしまった枯れ果てた老人となってしまった。冒頭の若いインディのアクションから一転、「現在」のインディの老いた体を見せつけたところから、そこは明快だと思う。そして、彼の十八番の鞭も大して役に立たないし、当時最先端の武器を使ってくる敵に対し、インディは西部劇よろしく馬を駆り、過去のものを使う。ハリソン・フォードの年齢を考えると、この路線変更は悪くないと思った。とはいえ、わざわざインディの終活を映画にする必要はあったのだろうか・・・とは思ったけど。

 この「老い」というか、「黄昏時のヒーロー」というテーマは、実にマンゴールド的。『LOGAN』とか思いっきりそういう話だったし。撮影なども基本的にマンゴールド組で固めていて、ルックとかがマンゴールドなんですよね。そんな中で「インディっぽい」ことをやろうとしているため、余計に差異が目立ったのだと思う。ただ、ラストはちょっと感動してしまった。それはシリーズの積み重ねというよりは、マンゴールドの堅実な演出がもたらしたものだと思ってます。

 最後の超展開については、さすがに驚きましたが、それ以上に疑問だったのが、インディってあの時代にそこまで関心があったっけ・・・?って話で、過去作見てもそこまで関心があったとは思えず、そこにまず疑問を感じました。あの時代に留まったらどうしよう、と割と本気で考えていたので、ヘレナがぶん殴ってくれてよかったです。正直、本作には見過ごせない点がたくさんあり、ダメな点も多いのですけど、なんか嫌いにはなれない作品でした。

 

No.64『Pearl パール』 83点

 前作の『X』同様、ミア・ゴス無双映画。本作では、前作で主人公一行を襲ったパールが何故あのようなシリアル・キラーになったのかが描かれる。前作で示されたとおり、本作のパールは前作主人公の映し鏡であり、同じく女優になりたいと願っている。しかし、その結末は正反対で、「ここではないどこか」を願いつつも、最終的には彼女はその田舎に縛られてしまう。それ以外にも、前作からのレファレンスに満ちている。

 本作最大のホラーはパール自身。抑圧的な母親と閉鎖的なコミュニティのせいで徐々に狂っていく・・・と見せかけて、実はこの女、最初からかなりおかしい。自己中心的で、卑屈で、生物を殺害することに快楽を覚え始めているという、本編が始まった時点ですでにシリアル・キラー1歩手前。つまり本作は夢見るシリアル・キラーの少女の話であり、それが爆発してから映画が加速度的に狂っていくのが最高だった。

 前作同様、スプラッターはかなり頑張っているし、往年の映画へのレファレンスも十分。特に本作は画面作りが全体的に70年代テイストだった前作よりもミュージカルっぽく、色がはっきりしたものになっていて、監督曰く『オズの魔法使い』を意識したそう。全然ポップじゃないけど。私はとても楽しんで見ました。3作目も楽しみ。

 

No.65『君たちはどう生きるか』 85点

感想はこちら(↓)からどうぞ。

inosuken.hatenablog.com

 

No.66『ヴァチカンのエクソシスト』 67点

 監督が『オーヴァーロード』の人なので気になったから鑑賞。大変景気のいいホラーアクション映画でした。

 実在のエクソシスト、ガブリエーレ・アモルト神父の回顧録を原作にしている本作ですが、多分だいぶ話を盛り、彼を『007』のように描き、見事にエンタメにしています。これに貢献しているのがアモルト神父役のラッセル・クロウ。彼の貫禄のおかげで、「確かにコイツなら悪魔祓いできるのでは・・・」と思わせる謎の説得力がありますし、そのでかい図体から繰り出されるユーモアやどう考えてもサイズ感があってない原チャリに乗ってたりなど、ギャップ萌えも完備しています。これはキャラクターとしてかなり上手い。

 話的にも、オーソドックスな『エクソシスト』の系譜にある内容で、ちゃんと「とり憑いてたやつがヤバい霊だった・・・」展開もあるし、人間ドラマも程よく描かれていて非常に見やすい。後、血の量が異常に多かったり、派手な爆発も起こったりして、いちいち景気がいいのもポイントが高い。傑作というわけではないけど、ジャンル映画的な楽しみが詰まっている、いい作品でした。シリーズ化しそうなので続編作られたら見るかな。

 ただ、唯一不満があるとしたら、過去にキリスト教が犯した愚行を「悪霊のせい」にしていたことかな。そこは人間の罪として向き合った方がいいよ、と思った。

 

No.67『カード・カウンター』 82点

 ポール・シュレイダー脚本・監督作。1人罪を背負い、苦悩の中、ただカードカウンティングをして生きている男が、その罪を償うため、最後にカチコミをかけ、少しだけ救済を得る物語。『タクシー・ドライバー』はもちろん、これまで彼が手掛けてきた作品と同じ内容。このブレ無さは本当に敬服します。

 本作でオスカー・アイザックが背負う罪は、アメリカの闇、アブグレイブ刑務所。これは実際にあったことで、イラク戦争の際、イラクを占領したアメリカ軍が核兵器の場所を聞き出すべく捕虜を拷問した。もちろんこれは人道的に許されることではなく、この事実が暴かれ、関与した何人かは刑務所送りとなった。本作のアイザックはその1人というわけです。しかし、そこで幹部が裁かれることはなかった。本作でアイザックが背負う罪はアメリカの欺瞞でもあります。本作ではここにアイザックが個人として落とし前をつける話です。

 話はいつものポール・シュレイダーですが、特筆すべき点としては、落とし前を付けた後、少しだけ救済がある点。ラスト、刑務所にいる彼の前に、ティファニー・ハディッシュが現れる。そして、ガラス越しに指をつける。あのシーンに、アイザックの未来への希望が見えた気がして、少し感動しました。後は撮影が素晴らしい。全ショットが決まってる。そこにオスカー・アイザックの魅力上乗せで画面がさらに凄いことになってる。本作のアイザックはキャリアベストだと思う。これ、次回作で『魂の行方』から始まる三部作になるらしいので、今から楽しみ。

2023年6月に見た新作映画の感想

 6月に見た映画の感想集です。今回は『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』、『怪物』、『M3GAN』、『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』、『ザ・フラッシュ』の感想です。6月は見た映画少なかったです。

 

No.57『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』 76点

 良くも悪くも、「TVドラマの映画化」な映画。一応、映画ということでルーヴル美術館で撮影を行ったり、音楽面で力を入れていたりはする。だけど、せっかく「黒い絵」という、映画館にピッタリな要素があるにもかかわらず、「黒」についてはそこまで画面上拘りが感じられなかった。その上、撮影に関してはTVドラマと特に変わっていない。また、全体的な展開も鈍重なところがあり、倉庫に入ってから脱出するまでが妙に間延びしていたり、最後の過去篇についてはもう少しテンポアップをしてほしかったと感じた。

 しかし、高橋一生と飯豊まりえの2人は相変わらず素晴らしくて、変わらない2人の掛け合いは最高だった。他には木村文乃が良くて、奈々瀬という、本作最大にミステリアスな人物を好演してた。なにわ男子の人はそんなに上手くなかったけど。また、脚色もTVの頃から変わらず上手く、原作をもとに、かなり上手に膨らませている。特に上手いなと思ったのは、絵画のすり替え泥棒を中心に持ってきて、ミステリ的な構造にした点。

 総じて、「TVドラマの劇場版」として結構楽しんで見ました。

 

No.58『ウーマン・トーキング 私たちの選択』 77点

 実在の事件を基にしているけど、本作は寓話なのだと思う。つまり、この世界で、性暴力にさらされながらも、声をあげられず、そして主体性すらも奪われてきた女性たちが自らの意思を表明するという話。撮影によって、色彩が抑えられた画面で統一されていることもこの寓話性を高めていると思う。この点で、本作は『SHE SAID』、『プロミシング・ヤング・ウーマン』などと同じ映画だと思う。

 「限られた時間の中、登場人物が室内で議論を行う」と聞いて、映画ファンならば真っ先に『12人の怒れる男』を思い出すと思う。しかし、本作はあの作品ほどスマートに結論まで出ない(というより、『12人の怒れる男』こそ、本作で批判されていた「男性だけで規則を決める」ことそのものの映画。これは時代の問題で、傑作という点は変わらないけど)。登場人物たちは互いの感情をぶつけ合い、理解し合い、結論を出す。この過程を本作はちゃんと描こうとする。タイムリミットはあるので、そこへ向かうスリルはあるが、肝心なのは結論に至るまでのプロセスで、そこには、これまであの集落で無視されていた女性たちの「意思」がある。

 冒頭にも書いたとおり、本作は寓話で、ある村だけの話ではない。近年、ようやく女性の声が可視化されるようになってきたけど、#MeToo運動まではそれらの声は無視されてきた。本作で教育すら受けられなかった女性たちは現実の女性たちの隠喩なんだと思う。

 本作は冒頭からある女性が自身の娘へ語り掛けるナレーションが入る。そこには次世代の子どもたちのためにこの不当な世界を変えていこうという意思がある。本作では「教育」によって次世代の子どもたちに希望を託している。教育と、知性こそ世界を良くしていくものなのだと思った。

 

No.59『怪物』 89点

 是枝裕和×坂元裕二×坂本龍一という、夢のタッグが実現した日本映画。是枝監督が自分で脚本を書かないのは『幻の光』以来。坂元裕二とのコンビでどのような作品が出来上がるかと思っていましたが、思っていた以上に是枝裕和監督の作品でした。

 本作は羅生門スタイルと言われる構造で、3幕に分かれており、それぞれ視点が違う。1つの出来事を多角的に描く映画になっている点は同じですが、他作品と毛色は結構違います。最近の作品だと『キャッシュトラック』がいい例ですけど、あの作品は1つの事件を多角的に描いて、それぞれの視点で不明瞭だった点が他の視点でカチッとハマり、真相が分かるというミステリ的な面白さがありました。本作も一応、それぞれの視点で「真相」が分かるという作りにはなっていますが、各章で繋がる点は、ミステリ的な面白さよりも、「他人の何気ない常識や言動」が、如何に他者を傷つけているか、を可視化させることに特化しています。そして最終的に浮かび上がる真相は、マイノリティである彼らにとって、この世界が如何に生き辛いかというものでした。

 私が本作を見て連想した是枝作品は2作あって、『三度目の殺人』と『万引き家族』でした。『三度目の殺人』は真相を追いかける法廷劇かと思いきや、「人間は主観でしか世の中を見ていない」と結論付ける映画であり、『万引き家族』には社会にある「常識」及び我々のような普通の人によって、如何に困窮している人間が追い詰められているのか(安藤サクラの取り調べシーン)、を描き出した作品でした。『怪物』は坂元裕二の脚本でありながら、この2作の延長のようなテーマを持った作品と感じて見ていました。

 また、本作は『誰も知らない』以降、是枝監督が撮ってきた「子ども」についての映画でもあると思います。つまり、マイノリティの子どもにとって、この世界はどう見えているのか、どう感じているのか、を描いた映画です。だから、本作は結構是枝監督感のある作品に仕上がっています。ただ、作品全体の雰囲気は坂元裕二で、台詞回し、キャラの造形などはかなり依ってる印象。特に瑛太のキャラは完全にそれだった。

 本作への批判として、ラストでこれまで掲げてきた問題をぶん投げている、というものがあります。確かに、私はラストに感動したのですが、それは坂本龍一の音楽と是枝監督の演出が素晴らしかったからで、別に話の流れで泣かされたわけではないなと思います。映画的に素晴らしいから余計に有耶無耶になってしまうというか。

 しかし、少し考えて思ったのですが、やはりあれも是枝印の「考える余地を残す」終わり方なのではないでしょうか。あのラストであの2人は完全に「別の世界」に行ったわけで、そこで初めて彼らは心の底から楽しそうにしている。つまり、彼らにとっての「安心できる居場所」は我々の社会にはまだ無いということです(LGBT理解増進法がほぼ骨抜きになって「マジョリティへの配慮」とかいう訳の分からんものを政府が入れようとしている国だし)。だから、ある意味あの終わり方は苦いものだったのかもしれないとも思えます。

 

No.60『M3GAN』 72点

 『チャッキー』と同じ線上にある、「人形ホラーもの」の最新作。本作はホラーとしてはそこまで怖くはないけど(これは製作側が意図的にそう編集したらしい)、現代批評映画としてとても面白かった。

 本作のミーガンはスマホのメタファー。ケイディがどんどん依存度を高めてしまい、取り上げられたときに発狂する姿がいちばんのホラーだったかもしれない。そして、ケイディを預かることとなったジェマは仕事にかまけ、ケイディの世話をミーガンに一任してしまうという。スマホタブレットを与えれば子どもを外出先でなだめる必要がなくなる、というのはよく聞く話で、この点に注目すれば、とても批評性があると思う。また、AIが急速に発展を遂げるようになった現在、この問題はより身近に感じられると思う。

 脚本はアダム・クーパー。製作のジェームズ・ワン監督の『マリグナント』を執筆した人。順番的には今作が先みたいですが、「もう1人の自分とも言える存在が人を次々と血祭りにあげていっていることを知り、対決して最終的に離別する」という、話の内容的に結構似ていると思いました。後、予想はついたけど、最後の新旧対決にはブチ上がった。

 

No61.『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』 97点

 前作も傑作だったけど、本作も傑作だった。前作がマイルスが「スパイダーマンになる」話だったのに対し、本作は彼が「スパイダーマンの運命」に抗おうとする話。IMAX字幕と吹き替えで2回見た。

 本作は、「カノンイベント」というメタっぽい用語で示される、「スパイダーマンにとって避けられない犠牲であり、救えばマルチバース世界が崩壊する」がカギです。つまりは、「大切な人か、世界を救うか」の究極の2択を突き付けられたマイルスが、「どっちも救う」と奮闘する前編です。そもそも、スパイダーマンは、「報われない」ヒーローで、常に大切な人と別れてしまう運命にあります。『NMH』が感動的だったのは、そのスパイダーマンの運命を丸ごと救済してしまった点でした。

 アニメーションについては、もう素晴らしいとかじゃなく、凄いの一言。各バースで違うアニメーション表現を使っていて、それらが集うシーンでは、違うアニメーションが同じ画面に存在しているという凄まじいことになってるし、それでいて各キャラの表情や動きなどの演技面も実写顔負けの表現力。間違いなく世界一のアニメーションがここにある。もはやこれはアートです。これと同じくらい凄いことをやっている作品として、真っ先に思い出したのは『かぐや姫の物語』でした。

 スパイダーマンの運命と描いた作品ではありますが、本作の軸はマイルスとグウェンの物語で、グウェンは父親と和解し、自分のチームを作るまで(最後に集結したメンツが最高だった)、そしてマイルスは、これは次作へ延ばされるのでしょうが、「自分の物語」を自分で語れるまでの物語です。スパイダーマンになったのも、全て借り物だと分かった彼が、スパイダーマンとして、どう結論を出すのか、楽しみにして続編を待ちます。

 

No.62『ザ・フラッシュ』 80点

 正直、世間で言われているほどの大傑作とは思えなかったけど、良作だったことは間違いないと思いました。

 フラッシュの初単独映画とのことですが、初心者にも分かりやすい作りになっています。まず、冒頭の人命救助で、彼の能力のルールを分かりやすくアクションで理解させ、タイムトラベルをして、能力を得る前のバリーと今のバリーを通して、彼のオリジンと「今」のバリーの物語を並行して語っています。この捌きが非常に上手いなと思いました。昔のバリーが戦う覚悟を決め、最後に大活躍する下りは上がる。おかげで、フラッシュについては「超速いヒーロー」以外の知識が無い私でも、すんなり入り込むことができました。

 また、各役者も良かったです。エズラ・ミラーは終始出ずっぱりですが、流石の演技力でしたし、ベン・アフレックも超良かった。バットマンでは、彼のベストアクトでは。同じくバットマンでは、やはりマイケル・キートンブルース・ウェインも最高でした。ウェイン邸に入っていく下りは大興奮ものでしたね。彼のアクション面も、バートン版のような感じがあって良かったです。後、スーパーガールのサッシャ・カジェも良かった。彼女はこれで終わりというのは勿体なさすぎるので、何とか継続させてやってほしい。

 本作はタイムトラベルもので、同時に作中でも言及のあった『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に対する批評的内容になっています。本作の結論は言ってしまえば、「決まっている運命」を変えることはできない、ということで、過去改変をしてハッピーエンドを迎えた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と真逆です。また、日本では同日公開だった『スパイダーバース』とも真逆の結論になっているのも興味深い。なので、本作には、実は爽快さはあまりない。

 サプライズにも満足。いちばん笑ったのは最後のジョージ・クルーニー。あんだけ黒歴史扱いしてたのに、出るんかいっ!ていう。

 不満な点もあり、まず、本作のコメディシーンがそんなに笑えなかった点、そして、作中の食事シーンが総じて良くなくて、作中に出てくる食べ物が総じてマズそうだった点。コメディな点は、昔のバリーがウザすぎたというのがある。しかし、ヒーローのオリジンとドラマを過不足なく行い、サプライズも完備するという、エンタメとしてとても面白い作品なのは間違いないなと思いました。

僕はこう生きた。君たちも好きに生きなさい【君たちはどう生きるか】感想

85点

 
 「僕はこう生きた。僕は少しだけ世界に痕跡を遺した。しかし、僕が遺したものを継承する必要はない。あなたたちは好きに生きなさい」
 
 話自体は非常にシンプル。「大本」とされている「失われたものたちの本」のような、実の母を亡くし、ふさぎ込んでいる少年が異世界を冒険し、現実世界で生きる決意をして帰還するまでの物語で、物語の構造としてはこれまでの宮﨑作品の中ではいちばん児童文学感がある。彼の作品のなかでいちばん近いのは『千と千尋の神隠し』です。ただ、『千尋』はダメな両親のもとで育った千尋を油屋での労働によって鍛えなおす作品だったのに対し、本作は、説教臭くはなく、寧ろ、メチャクチャ力が抜けている作品でした。
 
 「力が抜けている」と思ったのは、まずはアニメーション。現状、最強のアニメーターである本田雄さんが作画監督をやっており、更に、参加しているアニメーターが同じく神みたいな凄腕揃いであるため、アニメーション的には現状最強なのは間違いない。昨今、「作画がいい」アニメが増えたが、宮﨑駿の作品はそれらの作品とは次元が全く違うことを改めて見せつけられたほど(ギリギリ食らい付けるのは京アニか?)。しかし、それでも、過去の作品にあったような、「アニメーションで観客を殺しにいく!」みたいな気迫は感じられず、あれだけのスタッフを揃えても全盛期の宮﨑駿に適わないのか・・・という思いと、それを出せないくらい宮﨑監督も老いたんだな、と思わざるを得なかった。まぁ82の爺さんだしね。
 
 もう1つは、ストーリー。『ハウルの動く城』あたりからストーリーに合理性をつけることを放棄してたけど、本作もそう。特に後半にいくにつれ、整合性が全く無くなり、宮﨑監督の脳内映像を見せられている気持ちになる。序盤も結構変で、日常の描写が30分くらい続き、ヒロインが出てくるまで1時間くらいかかる。しかもシンプルなはずの物語に監督の教養と人生観に基づく妄想を付け足し、「難解」に見える作りにしてしまっている。
 
 宮﨑駿という監督は、終始「この世界に生きる」ことをテーマにしてきました。しかし、決して世界そのものを無批判に描いたことはなく、寧ろ、この世界が如何に生き辛いか、を克明に描き、それでも「生きろ」というメッセージの作品を送り出してきた作家です。この点は本作においても顕在であり、真人の父はおそらく工場で軍事関係の仕事で儲けているし、そもそも時代は戦中という過酷な時代。真人が迷い込む異世界宮崎駿自身ともいえる大叔父が創り出した「世界」で、そこも悪や矛盾が満ちている。真人は冒険を通し、この矛盾に触れていく。そして大叔父から「悪なき世界を創ってほしい」と継承を迫られても、現実世界で生きることを選び取ります。本作においても、矛盾や悪が満ちた現実の世界で生きなければならないと示されます。しかし、例え辛くても、友人を作り、自身の強い意思があれば、道を切り開くことができる、と言っているのでしょう。
 
 そしてこれは、宮﨑監督自身の話でもあります。本作の真人少年は宮﨑監督の自己投影であるのは明白ですが、同時に、大叔父も宮﨑駿なのも明白です。真人少年が辿った道は宮﨑駿が辿った道だし、大叔父が創り出したあの世界はどう考えてもジブリで、「今の」宮﨑駿と言えます。つまり本作は宮﨑駿監督自身の人生を圧縮させた映画であり、「僕はこう生きた」と言っているわけですね。そして同時に、あの世界を崩壊させたことから、「僕の創り出したものを受け継ぐ必要はない」とも言っていると思います。さらに、真人少年にはこれから生きていく子供の姿も重ねているはずなので、少年たちにこうも語っていると思います。「君たちも好きに生きなさい」と。最後に流れる「地球儀」が、これからの真人少年、ひいては、全ての人間の人生の門出を祝う内容になっていて、そこも併せてちょっと泣いたよね。
 
 宮﨑駿は児童文学を愛していて、それは、「子どもにとって現実から逃れる場所が必要だから」とのこと。本作はまさにそんな映画で、異世界から帰ってきた真人は異世界での経験を忘れてしまうことが示唆されますが、それに悲観的になることはない。フィクションは一瞬だけ現実を忘れ、「生きる」ことに前向きにさせるだけで、内容まで事細かに覚える必要はないのだから、という監督の意思を感じました。
 
 本作には、エンディング後、これまでの宮﨑駿の作品に必ずあった「おわり」がありません。これはおそらく、宮﨑監督の、「僕の人生はもう少しで終わる。でも、「君」の人生はこれから始まるのだ」という意図故だと思います。
 
 つまり本作は、宮﨑駿監督が「最後」とした『風立ちぬ』に1点だけ加えた補足のような映画だと思いました。この点で非常に『クライ・マッチョ』感ある。ただ、パンフはアレは詐欺だぞ。

2023年5月に見た新作映画の感想②

 2023年5月に見た映画の感想②です。『TAR/ター』、『ワイルド・スピード/ファイアー・ブースト』、『ライオン少年』、『THE WITCH/魔女-増殖-』、『aftersun/アフターサン』、『クリード 過去の逆襲』の感想です。

No.51【TAR/ター】 94点

 

 冒頭、オーダーメイドのスーツに身を包み、「完璧な」リディア・ターが登壇する。本作はこの完璧な彼女が凋落していく物語です。映画自体もこの彼女の精神状態に沿った演出が施されており、前半は長回しが多用されたり、1つのシークエンスを途切れることなく見せる。しかし、ターの精神が病んできてからは、ジャンプカットが多くなり、映像的に錯乱しているような感じになる。また、徐々に正体不明の「音」が聞こえてくる。つまり、冒頭の対談で「音」をコントロールしてみせていたターが、音をコントロールできなくなる映画であるとも言える。ちなみに、本作のケイト・ブランシェットは最強。

 本作は肝心な点がぼかされています。それはリディアの出自だったり、彼女がクリスタにした仕打ちだったりです。それ故に、観客の他者の見方を揺さぶる内容になっています。そして、そこに気づくための多くの「謎」が仕掛けられています。そこを考察するのが楽しい映画であるため、本作は2,3回見る価値があります。しかし、そここそが肝で、いくら考察しようとも、「真実」にはたどり着けない。つまりは、断片的な情報で我々は他者、もしくは社会を知っているだけなのだと分かる。この点で本作は、かなり変わった現代批評映画とも言えると思う。

 本作はラストも意外な終わり方で、考察に値する。私は肯定的なラストに捉えた。しかし問題は、かかっている曲が「モンスター・ハンター」という点である。ここも意味深で、本作は「怪物」についての映画だったのだと思った。ただ、その怪物は、リディアなのか、彼女という「虚像」を作り出した我々のような「世間」なのか・・・。正直、これは本作の表面の最初の1枚目でしかなく、いくらでも深く考えることができる面白い映画でした。

 

No.52【ワイルド・スピード/ファイアー・ブースト】 77点

 最初から最後まで「そうはならんやろ」「な・・・何ィ!?」の連続。ハリウッドが誇る超大バカアクション大作完結篇の前編。ちなみに邦題の通りファイアーでブーストします。死んだ奴らもどんどん生き返り、「そうはならんやろ」アクションが連続して起こる。挙句の果てには「車で問題を解決する時代」という超パワーワードが出てくる。いつあったんだよ!そんな時代!!ハッキリ言ってバカなんだけど、ここまで開き直られたら素直に楽しむしかない。なので抱腹絶倒、突っ込みまくって鑑賞しました。実を言うと結構面白かったです。

 バカなのは間違いないですが、実は本作は前作に比べると話が分かりやすい。ドムに恨みを持つジェイソン・モモアが復讐するという話だから。そして、ドムと彼のファミリーはそれに立ち向かう。前作はもう最後の方とか話の内容がよく分からなくなっていて、「えーっと、君たちは何が目的で宇宙に行ったんだっけ?」みたいな感じになっていた(話も磁石と宇宙しか覚えてない)が、本作では話の筋で困惑することはない。また、過去に出てきたキャラが総登場しますが、意外とそれなりに必然性はあり、前作のサイファーみたいに「コイツ何がしたいんだ?」な奴もいない。とはいえ、無意味にドツキ合いを始めたりするけど。

 また、ジェイソン・モモアとドムのファミリーの対比もしてある。モモアは手下を脅迫して操っているが、ドムは「ファミリー」として一丸となって戦うし、モモアの存在により、これまでファミリー最優先だったドムの活躍を客観的に批評している面もある・・・気がするけど、どうせ最後は皆ファミリーになるからそんなに深い意味はないと思う。ラストとミドルクレジットにはあがってしまった。悔しい。

 

No.53【ライオン少年】 80点

 昨年一部界隈で大いに話題になった中国アニメーション。『羅小黒戦記』と同じく日本語吹き替え版にて全国ロードショーされましたので、早速鑑賞しました。しかしまぁ最近の中国アニメの追い上げはすごいな。

 本作は獅子舞を扱った作品ですが、CGの動きは非常に良くて、外連味ある動きとか、アクションが結構計算されているもので、見ていてとても楽しい。また、獅子舞の質感みたいなものも伝わってきて、そこも凄い。

 本作のベースは『少林サッカー』的な「負け犬たちの物語」なわけですが(モロに『少林サッカー』を意識しているシーンもある)、本作はそれに加えて、「芸術が何のためにあるのか」までも含めて語っていて、まずそこに感動した。本作の主人公チームは最初は負け犬なわけだけど、それがどんどん成長していく。普通の映画ならばそこから一気に栄光を掴むまでを描くけど、本作は一本調子では全くなく、しつこいくらいに「障壁」がある。本作のこうした障壁は、そのまま我々の人生の壁だと思う。人生は辛いことの連続である。しかし、そんな中、我々を奮い立たせてくれるのは何か。それは映画だったり、小説だったりという、娯楽や芸術ではないか。

 チュン達は、獅子舞を通し、勝ち負けを越えたものを手に入れる。それは、自身の誇りだと思う。「自分たちはここまでやった」という誇り。たとえ優勝することは叶わなくとも、彼らは確かに、「負け犬」から「獅子」になった。この点で、本作は『ロッキー』の系譜にある作品だと思う。ロッキーはアポロとの試合に関し、「俺はこれまで、どうしようもないクズだった。でも、この試合で最終ラウンドまでたっていられたら、俺はクズじゃなくなるはずだ」と言ったけど、本作にもこの精神がある。獅子舞に熱中し、全力を出した彼らは、もはや「負け犬」ではなく、逞しい人間なのであります。

 

No.54【THE WITCH/魔女-増殖ー】 72点

 『THE WITCH 魔女』から始まる魔女ユニバース第2作。本作の主演であるシン・シアは、前作のキム・ダミから変わり、マジで何も分からないキャラとなっていて、彼女が普通の家族と触れ合い、「人の心」を得ていくドラマになっている。

 前作では断片的だった組織だけど、本作ではかなり多くの用語、設定が描かれていて、このユニバースが本格的に始動したことを感じさせる。キャラも多く登場し、特に特殊部隊の男女コンビの軽妙な掛け合いとバディ感が最高。ただ、多くの派閥と設定が描かれたことで映画そのものは冗長かつ散漫になっているなと思ったし、開示された設定などから、より漫画っぽくなったなと思った。でもこういうのは嫌いではないのでいいけど。

 本作の白眉は間違いなくラストの「無双」。これまで敵を一方的に蹂躙していた上海グループがシン・シア1人にボコボコにされる終盤はカタルシスが素晴らしい。アクションをもっと見やすくしてくれればより良かったんだけど。ラストでキム・ダミも出てくれたし、トータルとしては満足しました。

 

No.55【aftersun/アフターサン】 77点

 監督の想い出に触れる映画。撮影が素晴らしいと思った。1つ1つのショットから、この想い出の主にとって、あのひと夏がどれほど大切でかけがえのない時間だったかが分かる。そして、空港で別れるラストが本当に切なかった。多分、あれで父親とは今生の別れになったんだろうし、カメラが回って、1周したら現在の彼女の姿になってる、というのがこの切なさに拍車をかけていたと思う。このラストもそうだけど、全体的に撮影が凝っていて、平坦ながらもショットの面白さで見られる映画でした。

 

No.56【クリード 過去の逆襲】 70点

 『クリード』シリーズ3作目。前作でドラゴとの因縁が決着し、アドニスの物語、そしてロッキーの物語は終わったかに思えた。本作の敵はアドニスの忘れたい「過去」。過去からやってきたデイミアンと対峙し、過去を受け入れ、乗り越える物語でした。しかしそれは、目の前のデイミアンを倒して終わりではない。リングに上がり、デイミアンと向き合い、拳を交えて言葉を交わし、互いの過去を埋め合わせていく。書いていて「少年漫画みたいだな」と思ったが、そういえばマイケルB・ジョーダンはアニメオタクだった。

 本作にはマイケル・B・ジョーダンが影響を受けたというアニメ的演出が多々使用されています。彼自身が言及している通り、「はじめの一歩」感あるスローモーション、終盤で2人だけの空間が作られる、そしてクロスカウンターなどです。さらに、冒頭の幼いころのアドニスの部屋には「NARUTO」のグッズが(しかし、2002年なのに「疾風伝」になっていて、脇が甘いなと思ったけど)。後、クロスカウンターやるならもう少し出崎統的な間とかにしようぜとは思ったけど。

 「敵」であるジョナサン・メジャースが素晴らしかった。アドニスに対する複雑な感情を体現していた。本作のアドニスは金持ちになって、『ロッキー』1作目ではアポロが担っていた役回りをしている。デイミアンは彼の鏡像として、「持たざる者」として現れる。彼のおかげで本作はかなり救われていると思う。

 本作では、「トラウマを吐き出す」ことも重要な要素となっている。つまりは「弱さ」を見せる大切さを説いている点が現代の映画だなと思った。また、試合のシーンではIMAX画角になり、臨場感が倍増。新たな表現になっているなと思いました。

 本作の欠点は色々ありますが、いちばんはスタローンへの不義理でしょう。スタローン側の言い分だけだと判断しづらいですが、劇中で「ロッキーの現在」が全く言及されないのは納得がいかないし、アドニスはほとんどロッキーに言及しない。版権上の問題とかあるのだと思いますし、『クリード』サーガは『ロッキー』から独立したものである、と言えばそうかもしれません。しかし、それでも、ロッキーへの言及はすべきだったと思います。これに加えて、ラストのあのアニメーションなので、ちょっと私物化が酷いかなと思いました。

 なお、あのアニメ(SHINJIDAI)はネタにするくらいしかないのですが、マイケル・B・ジョーダンが日本アニメが大好きで、嬉々として作ったのかと思うと、どうにもネタにしづらいってのがある。

 

 以上です。いちばん良かったのは『TAR/ター』かな。

2023年5月に見た新作映画の感想①

 皆様。こんにちは。いーちゃんです。5月に見た新作映画の感想です。5月は12本見たので、そのうちの6本の感想です。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー VOLUME3』『ちひろさん』『ダークグラス』『せかいのおきく』『劇場版PSYCHO-PASS』『アルマゲドン・タイム』の感想です。

 

No.45【ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーVOLUME.3】 92点

 

 MCUはフェイズ4に入ってから何とも言えない作品が多くて、本作に関しても全く期待していなかったんだけど、やっぱりジェームズ・ガンですね。3部作としてちゃんと完結させてくれた最高の映画でした。

 1作目からして、「はみ出し者のポンコツ集団が銀河を救う」という、「変な奴らが一矢報いる」映画であったわけだけど、本作に関しては、それがよりジェームズ・ガンの作家性が現れる作品になってたと思う。本作のメインはロケットで、彼の過去が明かされる。これがかなり凄惨なもので、ビジュアル的にもかなりエグい。本作の敵であるハイ・エボリューショナリーは、「完璧な世界」を作ろうとし、歪な存在であるロケットたちを嫌悪する。そんな彼を、ポンコツで歪で馬鹿なガーディアンズ一味が打ち倒す。思えば、『スーサイド・スクワッド ”極”悪党集結』も虐げられてきた存在のネズミが最後に大活躍して一矢報いる話だった。シリーズお得意の疑似ワンカットアクションも健在でカッコいい。しかもその前のワイルドバンチ歩きが1作目を彷彿とさせる感じでいい。

 また、ガーディアンズ・サーガとしては、1人で音楽を聴いていたピーター・クイルが、疑似的な家族を得、音楽を皆と共有するまでの物語だったのだと思う。ラストで1作目冒頭でピーターが聴いていた「COME AND GET YOUR LOVE」を新生ガーディアンズが聴いていたくだりが良かった。シリーズものの最終回で1期のOPが流れる作品は名作の法則。ピーターはガーディアンズ以外に、様々な存在と繋がりを持ち、遂には惑星1つを居場所として手に入れた(しかもそこにいるのはだいたいポンコツ)。そして最後に、本当の家族に会いに行く。彼の物語は、あれで閉じたと思う。また、他のキャラもちゃんと語られる。その上で自分の道を歩んでいく。あれはさながら『シン・エヴァ』のキャラ卒業式みたいだった。ノーウェアは彼ら彼女らの居場所だったけど、そこに留まる必要はない。また帰ってきたければ帰ればいい、そんな場所になったのだと思う。

 ジェームズ・ガン私小説としては、最後に自分の親父出したりしてたけど、ハイ・エボリューショナリーが大企業という点に面白い点があると思う。ハイ・エボリューショナリーの社長、アイツ、①完璧な世界(すべてが正しい世界)を作りたい、②気に入らない存在を速攻で抹消する、③ガーディアンズのメンバーを奪おうとする・・・って、これ、ディ〇ニー?ガン降板騒動なども併せて考えると、これはガン自身の降板騒動の意趣返し的内容とも取れますし、ガーディアンズを自分の手に取り戻したガンが、最後に彼ら彼女らを卒業させた作品とも取れるわけです。これは結構面白いと思う。

 最後に、ありがとう、ガーディアンズ

 

No.46【ちひろさん】 73点

 

 原作は読んでいないけど、今泉力哉監督だから見た。ちひろさんを演じる有村架純の存在感が色んな意味で異質すぎた。日常の中で色んな悩みを抱えている存在に寄り添って、人々をつなぐ役割を担っている。そんな役回りなので、もちろん概念みたいな存在なのだけど、有村架純の演技が今泉作品のキャラにしては妙に芝居がかっていて、異質感が増している。しかし、見ているうちに実在感が出てくる。これは有村架純の凄さだと思う。社会に少しだけ馴染めない人々が互いにつながっていく姿には、こういう安心できる場所って必要だよなぁと思った。

 ただ、見ていて感じたのは、本作の若干のホラー感だったりする。たぶんこれは私だけだと思うんだけど、有村架純の異質な感じがサイコ感あって、周りの人に与える影響がプラスだからいいけど、不幸を振りまくサイコスリラーの主人公としても成立してるんじゃないかと思った。ラストでその場所から消えて別のところにいるところとか特にそう感じた。

 

No47【ダークグラス】 77点

 

 ダリオ・アルジェントの新作を映画館で見られるとは。ちょっと感激(『サスペリア』しか見たことない)。しかもそれが監督のルーツであるジャッロであり、これが中々面白いので、ますます嬉しい。

 脚本は大雑把だけど、各シーンが過剰かつ印象的な演出が施されていて、見ている間はあまり気にならない。「目が見えない」女性という、弱者が猟奇的な殺人者(ミソジニーに染まっている)を返り討ちにする展開は痛快であり、それが他者との信頼によって成り立っているという点もいい。ラスト、盲導犬と抱き合っている彼女がやわらかい光に包まれているショットが大変よく、彼女が真に幸福になれたような気がした。『サスペリア』と比べるとだいぶ優しい話だった。

 

No48【せかいのおきく】 73点

 

 事前情報として、「池松壮亮寛一郎黒木華が出てて、時代劇で、モノクロ」程度しか知らないで見に行ったのですが、めちゃくちゃ驚いた。こんな糞まみれの映画だったとは。

 本作の時代は幕末になると思うのですが、その激動ぶりは描かれない。言葉の中で少し出てくるだけ。代わりに描かれるのは、市井の人々、中でも、人々から蔑まれている糞尿を運搬する人や、武家を追い出された?人で、およそ身分が高いとは言えない。

 彼ら彼女らの生活と恋愛が、モノクロ、スタンダードサイズの画面で描かれる。美術も凝っている。糞尿がカラーでないのは非常に助かったし、往年の日本映画を見ているようで、とても良い。

 タイトルの「せかい」に反して、非常にミニマムな話。でも、その「せかい」の中で確かに存在していた人を丁寧に描いていた佳作でした。

 

No.49【劇場版PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE】 77点

 

 「PSYCHO-PASS」シリーズは熱心なファンというわけではなく、TVシリーズは1期からリアルタイム(もう10年前か・・・)で追っていますが、劇場版は1作目しか見ておらず、最近やった3期の続編と番外編は見ていません。そんな緩めなファンですが、一応、狡嚙と朱の話っぽいので見ました。だから3期と番外編を繋ぐ内容だと全く知らず、ラストでビックリしました(てっきり3期の劇場版とかで釈放されたのかと思ってた)。

 まず見て面食らったのが、内容からビジュアルまで、「押井守」感が満載だったこと。脚本は『パト2』もしくは「SAC」の1エピソードみたいだし、ところどころの画面は完全に『イノセンス』、もしくは『GHOST IN THE SHELL』。元々、TV1期の頃から『攻殻機動隊』との比較はされていたシリーズでしたが、ここにきてここまで寄せるか・・・と思いました。

 OPはやっぱりカッコいい。シリーズ恒例のアクションも動きが細かくて面白いんだけど、ちょっと長くやりすぎて冗長になっている感じがあった。リアル方面に突き進んでいるけれど、リアルがゆえにアニメ的な外連が無くて長く見るとそこまで面白くないというか。

 シリーズを通してシビュラシステムというシステムと人間の関係を描いてきましたが、本作では「法」とシステムの話になっている。法の廃止を訴える政府側が描かれるのだが、ちょっと待ってほしい。刑法ならばまだ分かる。だが、話の内容的に、本作で議論の俎上に乗っているのは「法全体」である。法が無くなったら、各省庁の法的立ち位置とか政治とかどうすんねん・・・。まぁ、AIの民主化が起こったといわれる現代では、図らずもタイムリーな感じはあるけれど、いくら何でもこの雑さは看過できないよなぁと思う。もとからガバガバなシリーズだったけどさ。

 ただ、本作を見ていると、好ましい点もあるのも事実。昨今、「リコリス・リコイル」とかそうだったんだけど、権力側とか、システムに対して無批判に享受しすぎな作品が多くなっている上、オタクも権力側に媚び媚びな中、本作のようにシステムそのものに抗おうとする人間の話というのは意義があると思う。そして、本作の結論に関しても、現実の社会や政治で法を軽視する向きがある中、「なぜ法が必要なのか」を、現実の諸問題と絡めて問うていて、政治性が乏しいアニメ界隈の中では貴重だと思った。とりあえず、見てない作品でも少しずつ見ていこうかな、とは思った。

 

No.50【アルマゲドン・タイム ある日々の肖像】 80点

 

 ジェームズ・グレイの自伝的作品。周囲に馴染めない少年が黒人の少年と交流を結ぶも、人種や貧富の差という社会的なしがらみによって別れる話。この社会には自分ではどうにもできない仕組みやしがらみがあり、本作の主人公はそれをほんの少しだけ知る。そして、少しだけ「大人」になる。しかし、それはただ現実をそのまま容認しろというわけではない。本作は80年代アメリカのニューヨークを舞台にしており、当時のレーガン大統領の当選、トランプ一族の影響が色濃く出てくる。主人公が転校した学校は嫌な奴らが多い。そんな中でも、主人公は祖父の言葉(そんな奴らに屈するな)を胸に人生を歩んでいく。ノスタルジーではなくて、少年が大人になる物語として、とても良かった。

 監督の作品は『アド・アストラ』しか見たことがなかったけど、「今いる場所からの脱出」という点で、本作も『アド・アストラ』と似た点が多い作品だったな。後これは余談だけど、ジェレミー・ストロングが普通の父親やってて、「サクセッション」のケンダル好きな身としてはなんか新鮮だった。

4月に見た新作映画の感想②

 4月に見た新作映画の感想その2です。後半8本分の感想です。

 

No.37『トリとロキタ』 87点

 ダルデンヌ兄弟の新作は、祖国を追われ、ベルギーへ渡るも、過酷な生活を送っているトリとロキタという2人の子どもの話。映画そのものは非常に静かで、劇伴はなく、演技も初心者を起用している。しかし、そこから、ダルデンヌ兄弟の怒りが感じられる力作だった。

 トリとロキタは、完全に「詰んで」いる。トリはビザが発行されていて、学校にも通えてはいる。しかし、ロキタ以外に頼れる人間はいない。ロキタはビザが下りず、トリの姉と偽り、何とかビザを発行してもらおうとする。彼女は祖国の家族に仕送りをしなければならないが、渡航の仲介業者、麻薬販売の仲介など、あらゆる存在から搾取されまくる。ダルデンヌ兄弟の、彼女を追い詰め、あの凄惨な結末へ追いやった原因は、彼女を搾取していた「全て」だという怒りを感じる。そしてそれが極限までそぎ落とされた演出で描かれるので、「映画」の中ではなく、「現実」を地続きの出来事として観客に突き付けられる。そしてこれは、全世界で起こっているわけで、辛い気持ちになる映画です。

 

No.38『ハロウィン THE END』 55点

 『ハロウィン』サーガの完結篇ではあるものの、実に変化球な1作。やりたいことは分かるし、前作『KILLS』からの連続性を考えると、「理解はできる」映画ではある。しかし、『ハロウィン』でこれを見たかったのか?と聞かれれば、「コレジャナイ」と断言してしまう、そんな映画。

 前作『KILLS』で「恐怖の象徴」にまでなってしまったブギーマンですが、本作の「恐怖」はハドンフィールドそのもの。この街に残る「悪意」が、コーリーという青年を如何に追い詰め、「ブギーマン」にしてしまったのかを描いていきます。ローリーはコーリーと対比されることで、自身の傷を癒し、恐怖を克服していく姿が強調されます。また、ハドンフィールド全体を現実世界と置き換えることもできます。

 試みはよく分かります。しかし、これは『ハロウィン』でやることか?とも思います。ブギーマンが背景になり、もはやスラッシャー映画ではないし、別の映画になっている。最後にローリーとブギーマンの一騎打ちがありはしますが、それまでのコーリーの物語から急に入るので、唐突な感じは否めない。正直、90分くらいまでは、「俺が今見ているのは、『ハロウィン』なんだよな・・・」と困惑しながら見ていました。

 

No.39『劇場版 名探偵コナン 黒鉄の魚影』 78点

 最近のコナン映画は、作りが圧倒的にキャラに偏っていて、もはやミステリ要素などはキャラを動かすための要素に過ぎない。前作『ハロウィンの花嫁』はこのバランスが意外と良かったのだけど、本作は100億突破をガチで目指す!ということで、「キャラ」に全振り。黒の組織、そして、灰原に大フィーチャーした作品でした。

 黒の組織が無能なのはいつものことですが、本作では、前述のとおり、「キャラを魅力的に動かすための駒」でしかないため、無能っぷりに拍車がかかっていますし、話がご都合主義を通り越し、荒唐無稽。原作でもだいぶぞんざいな感じになっているコナンの正体がばれる/ばれないについても、作中でも屈指の危機に陥るのですが、コナンが関知しない間にジンニキとベルモットが処理してくれた!っていう。いいのかそれで。

 しかしその分、キャラは魅力的。各キャラにちゃんと見せ場を用意している交通整理ぶりは、さすが、「相棒」のTVSP回などで手腕を発揮した櫻井武晴さんという感じです。中でも大フィーチャーされている灰原に関しては、彼女の想いの落としどころが完璧すぎて、ラスト20分が本当にヤバかった。つまりはコ哀映画として完璧すぎた。コ哀の過剰供給でファンは死ぬ。これが見れただけで、本作には大きな価値があると思う。ミステリ映画としては酷いです。

 

No.40『聖地には蜘蛛が巣を張る』 92点

 聖地マシュハドで起こった娼婦連続殺人事件、と聞けば、連想されるのは『羊たちの沈黙』や『セブン』のようなシリアルキラーもの。しかし、本作は、その事件を追う女性記者を通して、ミソジニーにまみれた世界を描き出す。本作はイランの話として描かれているが、どこの世界でも通じる話であると思う。

 本作は、従来のシアルキラーものとは一線を画していると思う。何故なら、かなり早い段階で、犯人が分かってしまうから。本作は、犯人と、事件を追う女性記者を交互に描く。本作で主題となっているのは、上述のように、ミソジニーに塗れた世界を描き出すことにある。そこで重要なのが、本作が女性記者を主演にしているという点。女性が男性の権力者と張り合っている姿は確かに頼もしく、カッコいいものではある。しかし、女性であるがゆえに、理不尽な差別には遭うし、街中で歩いているとき、権力者である男性と2人きりで部屋の中にいるときなど、常に緊張が画面に張り付いている。冒頭で、マシュハドをロング・ショットで捉えたショットが入りますが、あそこに象徴されている通り、あの街そのものが、女性を捕らえる「蜘蛛の巣」のようなのである。

 その「蜘蛛の巣」に捕らえられるのは、女性だけではありません。男性もそうで、犯人を通し、ミッション型の殺人が起こる過程、そして、被害者に対する差別的思想が描かれる。そして後半、如何にミソジニー的な思想が次世代に受け継がれてしまうのか、が克明になる。子供でさえ、ミソジニーという「蜘蛛の巣」に捕らえられているのだと捉えることもできます。

 日本でも、あそこまで露骨な差別はないにしても、ミソジニーは蔓延しているわけですし、程度を変えて、本作で描かれている思想は世界各国であるわけで、イランの中の話、で終わらせてはいけないのだと思う。

 

No.41『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』 80点

 ここまで傷つきやすい人を描いた映画、今まで無かったと思う。本作に出てくる登場人物は、白城を除いて、皆傷つきやすい。七森はアロマンティックだけど、自身が男性であることで女性を傷つけているのではないかと恐れているし、麦戸は後半とある理由から引きこもりになる。他にも、ぬいサーの人間は日々傷ついていて、それをぬいぐるみに喋っている。

 自分の存在や言動が他者を傷つけてしまうという恐れを抱き、そこに上手く折り合いをつけられない人間は確かに存在している。こういう人たちの悩みというのは、時折、「弱さ」とか「情けなさ」「コミュニケーション不足」みたいなところに繋がれがちで、認められにくい。キャッチコピーのように、「全然大丈夫じゃない」のである。多分、この映画を見て、彼ら彼女らの悩みが全く理解できない人間もいると思う。だから本作は、間違いなくマイノリティの話なんだと思う。

 映画は、何かしらの「回答」をくれる。「正しさ」を描いてくれるものだけど、果たして同じ局面に出くわしたとき、映画が示してくれた正しさを実践できるのか、まったく自信はない人もいると思う。そして、麦戸のように自己嫌悪に陥る。本作は、そういった点を責めることなく、肯定して見せる。映画って、そう言えば多様な人間を描けるものだよな、などと思った。

 

No.42『ヴィレッジ』 70点

 排他的な村を寓話として描き、日本の閉塞感を示して見せる。藤井道人監督の欠点(だと思っている)として、全ての映画がテーマありきで作られているところがあり、それ故に映画のキャラが記号的に見える、というのがある。それが最も酷く出たのが『新聞記者』だと思っているわけだけど、本作に関しては能の邯鄲の枕がモチーフになっていることもあり、全編「寓話」として見ることができるため、そこまで気にはならなかった。

 藤井監督は「居場所」を求める人間を描き続けている人で、本作もそう。横浜流星は村の中に居場所がなかったのを、黒木華の協力もあって、居場所を獲得する。『ヤクザと家族』も社会に居場所がないヤクザを描いていて、『新聞記者』も松坂桃李が自分の居場所を模索する話だった。これは今の日本社会に、「居場所」が全くないという閉塞感の関連していると思う。本作に関して言えば、横浜流星が居場所を獲得するも、そこから新たな地獄が始まる。終始陰鬱とした展開で、臭いものには蓋をしまり、どんどん堕ちていく。良かったのは、終盤で横浜流星古田新太に向かって「この村はクソ」とはっきり言ったこと。排他的で、どうしようもない。もはや変えることができないクソな環境。それを認めて、一気にぶっ壊すしかないのかもしれないと思える。

 ラストは『ヤクザと家族』を同じで、円環の中から解き放たれた人物が村から出ていく。『ヤクザと家族』では「次の世代に託す」というプラスの意味にとれたけど、本作に関して言えば、「もうここ(村=日本)から降りるしかない」という意味にもとれる。それだけ監督がこの社会に絶望してんのか、と思った。まぁ分からんでもないけど。

 

No.43『レッド・ロケット』 90点

 本作のマイキーは信じがたいカス人間で、自己中だし、他者を利用することしか考えていない(しかも都合が悪くなるとバックレる)。いちいち過去の武勇伝を語ってきて、ウザいし、うるさい。その上、マチズモ的な悪い点がてんこ盛り。挙句の果てには女子高生に手を出し、ポルノスターとして売り出そうともする。自分が成功することしか考えておらず、他者のことなどお構いなし。ハッキリ言って関わりたくない。しかし、サイモン・レックスの驚異的演技力によって、このカスが妙に可笑しみのある存在として描かれる。でも、渥美清演じる寅さんみたいではなく、カス行為をカス行為としてちゃんと描き、我々をドン引きさせるという、絶妙なバランスになっている。余談ですが、ポスターに使われているシーンは、本編屈指のカスシーンで、見てて笑っていいのか迷って爆笑した。

 しかし、我々がマイキーをカスとして遠目で見ていられるかと言えばそうではなく、本作はテキサスに(そして世界中に形を変えて)確実にいるであろう人間の話だと思う。16mmフィルムでゲリラ的に撮影したという映像や、地元の素人を起用したキャスティングからも、「本物感」が漂っている。しかもこいつら全員ダメな奴ら。こんな奴らの日常を切り取った映画でのためか、映画そのものもダラダラしている。でもこれが何かいい。「ダメな人たちをちゃんと捉える」点も、ショーン・ベイカー感ある。

 このリアリティ溢れる本作の中で、唯一超常的なのがストロベリー。意図的だと思うけど、マイキーにめちゃくちゃ都合のいい存在として描かれている。マイキーの言い寄り方とか、キモすぎだと思うけど引かないし、マイキーの無茶な夢に付き合ってくれる。住んでる家も、マイキーの家と比べると妙にファンタジックだし。個人的には、これがマイキーの悲哀を増幅させていたと思う。彼のような男性は、ああいうイマジナリーな存在がないとやっていけないんだなぁみたいな。だから、ラストのあれば幻影だと思ってます。

 

No.44『ザ・スーパーマリオブラザーズ』 82点

こちらの記事で感想書いてます。

inosuken.hatenablog.com

 

以上です。