暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2023年5月に見た新作映画の感想②

 2023年5月に見た映画の感想②です。『TAR/ター』、『ワイルド・スピード/ファイアー・ブースト』、『ライオン少年』、『THE WITCH/魔女-増殖-』、『aftersun/アフターサン』、『クリード 過去の逆襲』の感想です。

No.51【TAR/ター】 94点

 

 冒頭、オーダーメイドのスーツに身を包み、「完璧な」リディア・ターが登壇する。本作はこの完璧な彼女が凋落していく物語です。映画自体もこの彼女の精神状態に沿った演出が施されており、前半は長回しが多用されたり、1つのシークエンスを途切れることなく見せる。しかし、ターの精神が病んできてからは、ジャンプカットが多くなり、映像的に錯乱しているような感じになる。また、徐々に正体不明の「音」が聞こえてくる。つまり、冒頭の対談で「音」をコントロールしてみせていたターが、音をコントロールできなくなる映画であるとも言える。ちなみに、本作のケイト・ブランシェットは最強。

 本作は肝心な点がぼかされています。それはリディアの出自だったり、彼女がクリスタにした仕打ちだったりです。それ故に、観客の他者の見方を揺さぶる内容になっています。そして、そこに気づくための多くの「謎」が仕掛けられています。そこを考察するのが楽しい映画であるため、本作は2,3回見る価値があります。しかし、そここそが肝で、いくら考察しようとも、「真実」にはたどり着けない。つまりは、断片的な情報で我々は他者、もしくは社会を知っているだけなのだと分かる。この点で本作は、かなり変わった現代批評映画とも言えると思う。

 本作はラストも意外な終わり方で、考察に値する。私は肯定的なラストに捉えた。しかし問題は、かかっている曲が「モンスター・ハンター」という点である。ここも意味深で、本作は「怪物」についての映画だったのだと思った。ただ、その怪物は、リディアなのか、彼女という「虚像」を作り出した我々のような「世間」なのか・・・。正直、これは本作の表面の最初の1枚目でしかなく、いくらでも深く考えることができる面白い映画でした。

 

No.52【ワイルド・スピード/ファイアー・ブースト】 77点

 最初から最後まで「そうはならんやろ」「な・・・何ィ!?」の連続。ハリウッドが誇る超大バカアクション大作完結篇の前編。ちなみに邦題の通りファイアーでブーストします。死んだ奴らもどんどん生き返り、「そうはならんやろ」アクションが連続して起こる。挙句の果てには「車で問題を解決する時代」という超パワーワードが出てくる。いつあったんだよ!そんな時代!!ハッキリ言ってバカなんだけど、ここまで開き直られたら素直に楽しむしかない。なので抱腹絶倒、突っ込みまくって鑑賞しました。実を言うと結構面白かったです。

 バカなのは間違いないですが、実は本作は前作に比べると話が分かりやすい。ドムに恨みを持つジェイソン・モモアが復讐するという話だから。そして、ドムと彼のファミリーはそれに立ち向かう。前作はもう最後の方とか話の内容がよく分からなくなっていて、「えーっと、君たちは何が目的で宇宙に行ったんだっけ?」みたいな感じになっていた(話も磁石と宇宙しか覚えてない)が、本作では話の筋で困惑することはない。また、過去に出てきたキャラが総登場しますが、意外とそれなりに必然性はあり、前作のサイファーみたいに「コイツ何がしたいんだ?」な奴もいない。とはいえ、無意味にドツキ合いを始めたりするけど。

 また、ジェイソン・モモアとドムのファミリーの対比もしてある。モモアは手下を脅迫して操っているが、ドムは「ファミリー」として一丸となって戦うし、モモアの存在により、これまでファミリー最優先だったドムの活躍を客観的に批評している面もある・・・気がするけど、どうせ最後は皆ファミリーになるからそんなに深い意味はないと思う。ラストとミドルクレジットにはあがってしまった。悔しい。

 

No.53【ライオン少年】 80点

 昨年一部界隈で大いに話題になった中国アニメーション。『羅小黒戦記』と同じく日本語吹き替え版にて全国ロードショーされましたので、早速鑑賞しました。しかしまぁ最近の中国アニメの追い上げはすごいな。

 本作は獅子舞を扱った作品ですが、CGの動きは非常に良くて、外連味ある動きとか、アクションが結構計算されているもので、見ていてとても楽しい。また、獅子舞の質感みたいなものも伝わってきて、そこも凄い。

 本作のベースは『少林サッカー』的な「負け犬たちの物語」なわけですが(モロに『少林サッカー』を意識しているシーンもある)、本作はそれに加えて、「芸術が何のためにあるのか」までも含めて語っていて、まずそこに感動した。本作の主人公チームは最初は負け犬なわけだけど、それがどんどん成長していく。普通の映画ならばそこから一気に栄光を掴むまでを描くけど、本作は一本調子では全くなく、しつこいくらいに「障壁」がある。本作のこうした障壁は、そのまま我々の人生の壁だと思う。人生は辛いことの連続である。しかし、そんな中、我々を奮い立たせてくれるのは何か。それは映画だったり、小説だったりという、娯楽や芸術ではないか。

 チュン達は、獅子舞を通し、勝ち負けを越えたものを手に入れる。それは、自身の誇りだと思う。「自分たちはここまでやった」という誇り。たとえ優勝することは叶わなくとも、彼らは確かに、「負け犬」から「獅子」になった。この点で、本作は『ロッキー』の系譜にある作品だと思う。ロッキーはアポロとの試合に関し、「俺はこれまで、どうしようもないクズだった。でも、この試合で最終ラウンドまでたっていられたら、俺はクズじゃなくなるはずだ」と言ったけど、本作にもこの精神がある。獅子舞に熱中し、全力を出した彼らは、もはや「負け犬」ではなく、逞しい人間なのであります。

 

No.54【THE WITCH/魔女-増殖ー】 72点

 『THE WITCH 魔女』から始まる魔女ユニバース第2作。本作の主演であるシン・シアは、前作のキム・ダミから変わり、マジで何も分からないキャラとなっていて、彼女が普通の家族と触れ合い、「人の心」を得ていくドラマになっている。

 前作では断片的だった組織だけど、本作ではかなり多くの用語、設定が描かれていて、このユニバースが本格的に始動したことを感じさせる。キャラも多く登場し、特に特殊部隊の男女コンビの軽妙な掛け合いとバディ感が最高。ただ、多くの派閥と設定が描かれたことで映画そのものは冗長かつ散漫になっているなと思ったし、開示された設定などから、より漫画っぽくなったなと思った。でもこういうのは嫌いではないのでいいけど。

 本作の白眉は間違いなくラストの「無双」。これまで敵を一方的に蹂躙していた上海グループがシン・シア1人にボコボコにされる終盤はカタルシスが素晴らしい。アクションをもっと見やすくしてくれればより良かったんだけど。ラストでキム・ダミも出てくれたし、トータルとしては満足しました。

 

No.55【aftersun/アフターサン】 77点

 監督の想い出に触れる映画。撮影が素晴らしいと思った。1つ1つのショットから、この想い出の主にとって、あのひと夏がどれほど大切でかけがえのない時間だったかが分かる。そして、空港で別れるラストが本当に切なかった。多分、あれで父親とは今生の別れになったんだろうし、カメラが回って、1周したら現在の彼女の姿になってる、というのがこの切なさに拍車をかけていたと思う。このラストもそうだけど、全体的に撮影が凝っていて、平坦ながらもショットの面白さで見られる映画でした。

 

No.56【クリード 過去の逆襲】 70点

 『クリード』シリーズ3作目。前作でドラゴとの因縁が決着し、アドニスの物語、そしてロッキーの物語は終わったかに思えた。本作の敵はアドニスの忘れたい「過去」。過去からやってきたデイミアンと対峙し、過去を受け入れ、乗り越える物語でした。しかしそれは、目の前のデイミアンを倒して終わりではない。リングに上がり、デイミアンと向き合い、拳を交えて言葉を交わし、互いの過去を埋め合わせていく。書いていて「少年漫画みたいだな」と思ったが、そういえばマイケルB・ジョーダンはアニメオタクだった。

 本作にはマイケル・B・ジョーダンが影響を受けたというアニメ的演出が多々使用されています。彼自身が言及している通り、「はじめの一歩」感あるスローモーション、終盤で2人だけの空間が作られる、そしてクロスカウンターなどです。さらに、冒頭の幼いころのアドニスの部屋には「NARUTO」のグッズが(しかし、2002年なのに「疾風伝」になっていて、脇が甘いなと思ったけど)。後、クロスカウンターやるならもう少し出崎統的な間とかにしようぜとは思ったけど。

 「敵」であるジョナサン・メジャースが素晴らしかった。アドニスに対する複雑な感情を体現していた。本作のアドニスは金持ちになって、『ロッキー』1作目ではアポロが担っていた役回りをしている。デイミアンは彼の鏡像として、「持たざる者」として現れる。彼のおかげで本作はかなり救われていると思う。

 本作では、「トラウマを吐き出す」ことも重要な要素となっている。つまりは「弱さ」を見せる大切さを説いている点が現代の映画だなと思った。また、試合のシーンではIMAX画角になり、臨場感が倍増。新たな表現になっているなと思いました。

 本作の欠点は色々ありますが、いちばんはスタローンへの不義理でしょう。スタローン側の言い分だけだと判断しづらいですが、劇中で「ロッキーの現在」が全く言及されないのは納得がいかないし、アドニスはほとんどロッキーに言及しない。版権上の問題とかあるのだと思いますし、『クリード』サーガは『ロッキー』から独立したものである、と言えばそうかもしれません。しかし、それでも、ロッキーへの言及はすべきだったと思います。これに加えて、ラストのあのアニメーションなので、ちょっと私物化が酷いかなと思いました。

 なお、あのアニメ(SHINJIDAI)はネタにするくらいしかないのですが、マイケル・B・ジョーダンが日本アニメが大好きで、嬉々として作ったのかと思うと、どうにもネタにしづらいってのがある。

 

 以上です。いちばん良かったのは『TAR/ター』かな。