暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

差別主義者への鉄槌【KAMIKAZE TAXI(インターナショナル・バージョン)】感想

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95点

 

 

 現在、『検察側の罪人』が公開されている原田眞人監督の出世作。悪徳政治家、土門のせいでヤクザに恋人を殺されたチンピラ、達男。彼は土門の家から金を盗む計画を立て、実行しますが、土門の手下である亜仁丸率いるヤクザに追い詰められ、達男以外皆殺しにされます。恋人と仲間。全てを失った達男は復讐を誓い、逃亡していたところ、日系ペルー人のタクシー運転手と出会います。こうして、悪徳政治家、チンピラ、移民が交わることで、本作の物語が始まります。

 

 原田眞人監督作は、これで3作目の鑑賞となります。これまで原田監督の作品を観てきましたけど、どれにも共通する点があることに気付かされます。それは、どの作品にも当時の社会問題や世相を反映させた要素を入れている点です。『駆け込み女と駆け出し男』は現代の時代の不寛容性やフェミニズムの要素を、『検察側の罪人』には右傾化しつつある世の中や、犯罪を揉み消そうとする組織をといった具合にです。これによって作品に独特の雰囲気が生まれていますが、同時に、『検察側の罪人』のようにそれらが乖離してしまっているケースもありました。

 

 では本作はどうかというと、要素ごとの乖離は無く、それらがキチッとハマっている作品だったと思います。本作は日本で制作された正真正銘の邦画ですが、他の邦画とは明らかに雰囲気が違い、独特の世界観を形成しています。どちらかと言えば海外のノワール作品っぽい雰囲気です。

 

 本作の要素は大きく2つあると思っていて、1つ目は「歴史の真実を語らない」悪徳政治家である土門に代表されるような、差別意識が強い自称「誇り高い日本人」。彼は元特攻隊員であり、それ利用して政治家として今の地位を手に入れています。発言も過激で、従軍慰安婦問題や、外国人労働者に対しても保守的な発言が目立ちます。今でいう「ネット右翼思想」の源流みたいな考えですね。

 

 2つ目は日系ペルー人、寒竹に代表される移民です。今でも大きな問題となっていますが、本作における彼は、元々日本人であるにも関わらず、あまり職にありつけずタクシー運転手をしています。本作では、寒竹がチンピラの達男と出会い、交流を深めていく姿が描かれます。なので、最初はロードムービー形式で進みます。

 

 本作はこの2つの要素が絡み、最終的に非常に皮肉の効いた決着がつきます。実は寒竹はペルーで武装組織と戦っていた経験があり、ラストの彼の「復讐」では、それを存分に活かしたアクションが展開されます。これは冒頭の達男たちのグダグダな強盗と比べるとかなり洗練されていて、観ていてスカッとします。

 

 このラストで明らかにされるように、土門は特攻隊に所属していましたが、その役目は特攻をさせるために隊員にシャブを配っていたという非道なものでした。つまり、土門は特攻隊員の権威を笠に着ていたとんでもない奴だったのです。本作は、そんな男を土門曰く「三流の日本人」の息子である寒竹が成敗するという構図なのです。監督の現状に対する怒りが伝わってきます。しかも彼の最期はあれだけすがっていた神風に吹かれて絶命するという皮肉。本作の登場人物は結構死に様が印象に残るのですが、土門だけは1番惨めな死に様でした。

 

 また、ただただゲスだった土門に対し、もう1人の敵である亜仁丸はどこか憎めない存在でした。ミッキー・カーチスの演技力の賜物ですね。チンピラの高橋和也も良かったです。また、原田監督特有のエッジの効いた台詞回し、画面構成(1995年の東京を窓越しに太平洋戦争の話するとか素晴らしいね)、全てが際立っていた作品でした。

 

 

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邪魔する奴らは皆殺し。最高のガン・アクション映画【ジョン・ウィック】感想

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83点

 

 

 

 遂に観ました。ずっと観たかった本作。キアヌ・リーヴス演じる凄腕の殺し屋ジョン・ウィックが愛犬を殺したマフィアの息子を狙って、送られてくる刺客を殺して殺して殺しまくります。このアクションもバリエーション豊かで、観ていて飽きませんし、「世界中に殺し屋がいて、独自の世界を築いている」という中学生が考えたような設定を大真面目に実現している世界観も興味をそそります。総じてとても面白い作品でした。

 

 まず、本作を語るうえで欠かせないのがガンアクションです。ガン・フーというように徒手空拳を交えて繰り出されるアクションはとても面白いく、その動きをキアヌ自身がきちんとやっているため、カッコよさも抜群。しかもこれが素晴らしいのが、きちんと止めを刺している点。これが凡百のガンアクションのように1発撃てば終了、というものではなく、まず1発撃って動きを止め、そしてヘッド・ショットで止め、というようにきちんと2回は撃っているのです。例え1発で仕留めたとしても、それはお得意のガン・フーで動きを止めた上での1発ですから。

 

 また、このアクションのシチュエーションもバリエーション豊かで、冒頭の家の中でのガンアクション、ディスコでのリズミカルなガンアクション、中盤の障害物を挟んでの銃撃戦、そしてラストの車に乗ったままで行われるガンアクション。キアヌの驚異的なドライビング・テクニックが披露されます。このように、観ていて全く飽きません。

 

 さらに、アクション以外の要素も非常に上手くて、冒頭のジョン・ウィック奥さんと死に別れ、愛犬を手に入れるまでを台詞をほとんど無しで描いたり、それ以降のジョン・ウィックの描写も必要最低限で彼自身の強さとスペックを手際よく描いています。

 

 ただ、ジョン・ウィック自身の行動理念はそこまで共感できず、だから中盤までは感情移入できませんでした。敵はドラ息子ですが、主に戦っているのがマフィアの戦闘員なので。戦う相手が微妙に違うだろと。しかし、ラストの展開でのれました。ようやく、「こいつは殺さなければ」と思えたのです。ただ、冒頭を観ていると、彼にとって犬がどれほど大切なのかが分かるし、彼には犬以外何もなかったのですから、まぁ、あそこまでやるだろうなと。メインはガン・アクションですから。そこは最高でしたので、全面的に楽しめましたね。

 

 

 

 同じ系統の作品で面白かったのはこれです。今やっている続篇もとても面白かったです。 

inosuken.hatenablog.com

 

2018年夏アニメ感想④【あそびあそばせ】

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 2018年の6月、夏クールに視聴するアニメを探していた時のことです。私はアキバ総研の新作アニメ一覧を参照して視聴するアニメを決めているのですが、そこで本作を知りました。貼られている画像は可愛らしい女の子が3人。そして作品紹介文には、「3人の女の子が「遊び人研究会」なる部活を作り、そこでの出来事を描くギャグ作品、とのことでした。これを読み、私はなるほど、と思いました。「要するにこれは日常系で、女の子がキャッキャウフフと戯れている様が楽しめるアニメなんだな」と。なので、とりあえず視聴して、つまらなかったら切るか。制作もラルケだしと視聴前はそこまで期待していませんでした。

 

 結論から言えば、本作は詐欺アニメだったのです。これを視聴者に分からせるという意味では、1話は最高の出来だったと思います。まずOPが始まり、出てくるのは純白のワンピースに身を包んだ3人の女の子。そして本編が始まるわけですが、ここから本性を現してきます。繰り出されるのは、ひどい変顔、萌えアニメとはまた違ったベクトルの残念な頭を持ったキャラクターと、彼女たちのエキセントリックすぎる言動でした。そしてそれらが軽快なテンポで繰り出されるので、初見時は事前の想像とのあまりの落差に困惑しっぱなしでした。そしてEDはOPとは正反対の真っ黒な画面に引っ掻いて描いたようなキャラがヘビメタするというものでした。こっちが本性だったのです。つまり、本作は「かわいい女の子がキャッキャウフフするアニメ」ではなく、「中身が残念な女の子たちがアホなことやってるアニメ」だったのです。このように、本作の1話は「見かけとあまりにも違う内面」という本作の構造を視聴者に納得させたものでした。

 

 本作のメインキャラは「遊び人研究会」の3人の女の子です。彼女たちの中には、特定の突っ込み役がいません。では全員がボケ担当かと言えばそれも違います。この3人は皆ほどほどに常識を持っていて、ほどほどにバカなのです。だから、話によって担当が違うのです。この3人がボケと突っ込みを入れ代わり立ち代わり担い、キャラのボケやエキセントリックな行動に過剰に反応することで笑いを生みます。これには声優さんの力量もかなり関わっていて、過剰にワーキャーする、辛らつなトーンの声、冷静な突っ込みなど、バリエーション豊かな演技で笑かしてきます。この点は、特にメインキャラ3人の貢献は計り知れないものがあると思います。しかも途中から下ネタまで入ってくるのです。そしてこれらをテンポよく見せる脚本と絵コンテ、演出も素晴らしいなと。笑いってテンポがとても大事だと思っているのですが、本作はこのテンポが半端じゃなく良いので、ここでも笑かしてきます。

 

 この3人に加えて、さらに変なもの(遊びとか、ゲーム)やエキセントリックすぎるキャラ(生徒会長とか副会長とか将棋部部長とか前多とか)が登場し、それに対してあそ研3人が上述の反応をするので、そこも笑いを誘う要素となっています。

 

 つまり、本作はキャラクター、テンポ、演出、全てがギャグアニメとしてハイレベルな作品なのです。個人的に夏アニメの中では特に楽しめました。ダークホースでした。

善悪の境界なき戦場【ボーダーライン】感想

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90点

 

 

 今、乗りにのっている映画監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。そして、同じく今乗りにのっている脚本家、テイラー・シェリダン。彼らが2015年に制作した作品です。前から観たいと思っていたのですが、例によってズルズルと先延ばしにしていました。しかし、11月に続篇である『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』が公開されるということで、NETFLIXで鑑賞しました。

 

 邦題の「ボーダーライン」とは、「境界線」の意味です。この境界線はどこにあるのかと言えば、主人公ケイトと、無法地帯であるエルパソで活動する人間たちの間にです。

 

 エミリー・ブラント演じる主人公ケイトは、我々観客と視点を共有している分身です。彼女はFBI捜査官として様々な犯罪者と戦ってきました。本作はそんな彼女が麻薬カルテルを壊滅させる助っ人としてエルパソに呼ばれるところから始まります。しかし、そこで彼女が体験するのは、これまでの彼女の経験からは考えられないような捜査の連続です。警察は基本的に敵だと思えだとか、犯人は見つけ次第即射殺するわ、取り調べ中に秘密裏に犯人を拷問するわ、やりたい放題です。何故、彼らがこのようなことをするのかと言えば、敵も同じような連中だからです。正攻法で戦ったとしても、警察は買収されているからまず頼りにならないし、かといって個人で戦えば恐ろしい報復が待っています。なので、「目には目を」の精神でこのような捜査に出ているのです。

 

 ここまで書けば、本作は「必要悪」の話で、ケイトは試練を乗り越えて、ベニチオ・デル・トロ演じるアレハンドロに感化される話になるのかな?と思われます。しかし、本作に関してはそんなことはありません。この2人は、決して境界線を越えず、交わらないのです。

 

 邦題の話をしましたが、本作の原題は「Sicario」。訳は「殺し屋」です。これはアレハンドロを指しています。とにかくベニチオ・デル・トロが最高でした。中盤までは得体の知れない彼ですが、正体が明らかになると、物語は一気にフィクション度が高くなり、ちょっとしたアクション映画みたいになります。しかし、彼の以前は検事だったという過去が明らかになると、彼がケイトと合わせ鏡のような存在だったことが示されます。つまり、彼は元々は法を遵守する人間だったのが、家族を殺されたことで、「ボーダーライン」を超えてしまった存在なのです。これは最後まで境界を越えられず、終始蚊帳の外にいたケイトとは対照的です。

 

 ラストは、一応の決着は着き、溜飲が下がる形になりますが、そこからのラストシーンが強烈です。遊んでいる子供たちが銃声を聞いている。その画面に浮かぶ「Sicario」の文字。皮肉が効いていて、素晴らしいラストでした。あの地獄は、今もどこかで続いている。

 

 

 

2018年春アニメ感想⑦【シュタインズ・ゲート ゼロ】 ※ネタバレあり

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 前作『STEINS;GATE(以降、無印)』は、驚異的な完成度を誇るアニメでした。前半のキャラクター紹介を兼ねた周到な伏線張り、そしてその日常が崩壊し、物語が一気にドライブしだす中盤。そしてそこから続く、容赦なく残酷な結末を突きつけてくる世界への抗いと、その残酷な結末を回避するために選んだ苦渋の決断の数々。しかし、積み上げたそれらを全て背負い、辿り着いたラストの大逆転の展開。前作には、エンタメの手本のようなどんでん返し、苦悩、鮮やかすぎる伏線回収、そしてそこから来るカタルシスが詰まっていた傑作でした。

 

 本作は、そんな完璧に終わった作品の続篇となります。最初に聞いたときにはビックリしました。出来るわけないと。確かに、素晴らしい完成度を以て終わった作品にも、続篇は作られます。そしてその場合には大体において新しい敵を用意するとか、事件を作る必要があります。しかしそれは終わった物語の中にまだ新しい要素を追加する隙がある場合です。ですが、本作の場合は話が違います。無印はこの作品の中で事件が完璧に終わっているんですよね。しかもそれでまた事件を起こせば、矛盾が起こり、前作そのものを否定することに繋がります。だから、続篇企画そのものが無理な話なのです。

 

 そんな難題に対し、スタッフが出した答えは、「まゆり救済ルートを作る」でした。思えば、まゆりは無印では言うなれば負けヒロインで、おそらく紅莉栖とオカリンへは複雑な気持ちはあったのでしょうが、そこまで掘り下げられずに終わった感がありました。本作では、無印では紅莉栖のために復活した鳳凰院凶真が、本作ではまゆりのために復活するまでを描きます。そして同時に、無印とはまた違った「想いの背負い方」をしていると思いました。私は原作ゲームをプレイしていないので、本作は、「如何にオカリンが鳳凰院凶真として復活するか」を期待して見ていました。なので、この展開が来たときは「そう来たか」と思いましたね。ただ、同時に「無理やり作った感」がする作品でもありました。

 

 本作は、無印の終盤でまゆりにビンタされなかった世界線を描きます。前半は無印と同じく、伏線張りと日常描写が積み重ねられます。しかし、オカリンは鳳凰院凶真を封印しているため、無印とは違い、彼が苦しんでいる様が描かれ、雰囲気は暗めです。また、無印はこの日常の中にも「何か」が進行しているという緊張感があったのですが、本作にはそれもやや希薄な印象です。なので、前半はやや退屈な気がしました。

 

 そして無印と同じく、中盤で物語が大きく動くのですが、これが無印と比べると結構穴がある気がしたり、後出しな展開もある気がします。レスキネン教授の下りとか、かがりの下りとか、後で矛盾が出そうな気もします。ただ、無印の補完的な話も多く、そこはなるほどと思わせられます。

 

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま視聴していましたが、最終回でやられました。無印のまゆりのビンタ、そして未来のオカリンからのメッセージ。それらに込められた皆の思いを(たとえ後付けであっても)知ることで、オカリンは皆と共にシュタインズ・ゲート世界線を勝ち取ったのです。これは皆の想いを1人で背負ったオカリンと比べると、全く逆です。これは無印とは別種のカタルシスを生みます。そしてこれにより、まゆりがオカリンにとってどれほど大きな存在なのかも示されます。そんな中迎えたラストシーン。ずっと待っていた2人の前に現れる鳳凰院凶真。彼の復活とまゆりルート完成をこう出してくるとは。この最終回だけでも、ここまで見てよかったと思えました。

 

 ただ、やっぱりどこまで行っても「前作の補完」の域を出ていない作品で、これは作品の性質上仕方がないのですが、全体的に「無理やりひねり出した感」は否めない作品でした。でも、それでもここまで作れば立派な作品だと思います。何だかんだ楽しんで見れましたし。

2018年夏アニメ感想③【ぐらんぶる】

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 世の中には、バカアニメというものがあります。それは大きく2つあると思っていて、1つはストーリーは荒唐無稽でどうしようもないのですが、映画の中でそれを大真面目にやっているもの。そして2つはストーリーも登場人物もバカというもの。本作は明らかに2つ目です。それもそのはずで、原作は漫画なのですが、原作者と画が分かれていて、その原作者が「バカとテストと召喚獣」の井上堅二さんなのです。そしてそのバカな原作をバカアニメばっかり作っている高松信司さんがアニメ化する。これは中々なバカアニメが出来上がりそうだと思って視聴しました。

 

 結論として、原作ファンの方は言いたいことがたくさんあったみたいですが、私にとっては想像通りのバカアニメで、期待通りの作品でした。

 

 まず、冒頭に毎回出てくる「登場人物は全員20歳」というテロップからして笑えてしまいます。ですが、肝心の内容も内容です。まずヤバいのが、登場人物(というか男)が全員バカだということ。伊織をダイビング部という名の飲みサークル「Peek a Boo」に引きずり込む先輩2人は基本全裸でいつも酒飲んでいるという奴らだし、伊織の悪友である耕平はイケメンなのに重度のオタクで、大学に入ったらアニメのような小学生ばかりの部活に入りたいと思っているという残念設定です。対して女性キャラはどうかというと、比較的常識人が多いですが、脱ぎ魔と重度のシスコンとやはり残念設定。普通なのはケバ子と千沙くらいです。

 

 これだけ変な奴らが集まったら主人公は常識人として突っ込み役に回りそうなものですが、そこが本作の凡百のアニメとは違うところ。主人公もバカなのです。他のキャラと遜色なく、毎回必ず全裸になりますし、顔芸だって披露します。つまり、本作には基本的にギャグのストッパーがいないのです。一応常識人が2人いて突っ込んだり虫けらを見る目で伊織たちを見たりしますが、それすらギャグになっています。だからいつもやりたい放題のギャグが繰り広げられ、そのはっちゃけ感がとても面白いです。

 

 このように、本作はバカが真剣にバカをやる作品です。ですが、一応、水嫌いの伊織が、仲間(?)と共にダイビングの面白さに目覚めるというストーリーらしきものはあります。ですが、正直それは思い出したように出るくらいで、それより伊織たちが飲み会をやったり彼女持ちの友人を破滅させたりカンニングしたりといった心底くだらない(褒めてます)学生生活が描かれます。ここから、やはり本作はダイビングは軸でしかなく、重きはバカな学生生活なのですね。この辺も「バカテス」っぽいなぁ。ラストはこれまでのシーンをエンディングで流すっていうベタな手法を使ってたけど、これがこのバカな学生生活の締めとしては中々いい味を出してましたね。まぁ、綺麗な感じで終わられてもなぁって感じでしたが。

権力と戦った人々の話【1987、ある闘いの真実】感想

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87点

 

 

 最近、韓国映画で多く見られる過去の民主化運動を扱った作品。今年にも、光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は国境を越えて』が4月に公開されました。本作はこの作品のすぐ後に起こった、警察が1人の青年を拷問死させたことに端を発する大規模な民主化運動を描きます。ちなみに、これは今から31年前のことだそうです。

 

 結論としては、かなり骨太なエンタメ作品でした。『タクシー運転手』もそうでしたが、このような、自国の負の歴史ともいえる出来事を真正面から描きつつ、それを深刻なものにせずにエンターテイメント作品へと昇華できる韓国映画界には脱帽させられます。

 

 本作は群像劇の体裁をとっています。とにかく登場人物が多いのですが、韓国の俳優さんは皆顔が濃いので、あまり混乱しませんでした。

 

 本作において終始出ずっぱりで、「敵」として立ちはだかるのは、キム・ユンソク演じるパク所長です。彼は体制側の象徴として君臨しています。対して、彼を追い詰める国民側は人物が入れ代わり立ち代わり変わっていきます。最初に対峙するのがハ・ジョンウ演じるチェ検事。そう、『チェイサー』『哀しき獣』のコンビ再びなのです。個人的にここにグッときました。そして中盤、彼から情報を手渡されて動くのがイ・ヒジュン演じるユン・サンサム記者と新聞社の記者たち。そして後半には、この新聞を手に取っているだろう「一国民」として出てくるユ・ヘジンやキム・テリといった人物たちです。このように、次々に登場人物が入れ替わることで、国民が総出で権力に打ち勝った感が出てきます。余談ですが、この構図は一国民の視点から民主化運動を捉えた『タクシー運転手』とは対照的です。この点から、本作の主人公は、1987年に生きていた人々全てだと言えるのです。だからこその韓国俳優オールスターなのですね。

 

 最終的にパク所長は逮捕されるのですが、そこで終わらないところが本作の素晴らしい点です。確かに、事件そのものはパク所長らが起こしていました。しかし、そのような国家を作り上げているのは誰なのか。最後に思い知らせてくれます。そして、その人物はパク所長らを切り捨てることで、平然と最高権力の座に座っているのです。中盤でもパク所長が部下を切り捨てるシーンがありますが、彼自身も「駒」にすぎなかったのですね。この「最終的に巨悪が平然と生きのびている」点には、黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』を連想しました。「真の悪が直接出てこない」点も共通していますね。だからこそ最後のシーンも鳥肌が立ちます。「真の悪」を引きずり下ろすのは、これから彼らがやり遂げるという未来が見えるからです。

 

 国は権力者のものではなく、国民のものだと思っています。大衆というのは確かに謝った選択をすることもあります。それは過去の歴史が証明していますね。ですが、「国を変えよう」という意思も、国民から生まれなければ意味がないと思っています。だからこそ自身の意志を明確にし、選挙などで表明する必要があるのだと思います。そして謝った選択をしないために、自身で考える必要があるのでしょう。こんな、真面目なことを考えさせてくれた映画でした。たまには真面目なこと考えるのも良いだろ。