暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

ハサミに隠れた優しさ【シザーハンズ】感想

f:id:inosuken:20180806233339j:plain

 

95点

 

 ティム・バートンの名作映画。人里離れた古城で孤独に暮らしていたエドワード・シザーハンズの物語。観たのは今年の3月と随分前なのですが、何だかんだとあって書くのを先送りにしていました。本作を観ようと思ったのは、思えばティム・バートンを私は観たことがなかったと思い、1本くらい見ておこうと考えたためです。とにかく泣きましたね。素晴らしかった。

 

 本作の主人公エドワード・シザーハンズ。DVDのジャケットが全てを説明しています。ハサミの上に蝶が乗っているのです。つまり、彼は手がハサミなだけで、本当は優しい心を持っているのです。

 

 彼の手はハサミ。だから他者と触れ合おうとしても傷つけてしまう。なので、彼はそれが怖くて人とコミュニケーションを取れないのです。所謂コミュ障です。また、外見も不気味。ゴシック調の服で、街のカラフルさとは対照的です。当然のように言葉も上手くない。だから、純粋な心を持っているのにもかかわらず、誤解されやすいのです。彼は「人間として」不完全なのです。

 

 これは小さい頃のティム・バートンそのままだそうです。彼はいつも暗い部屋の中で籠って、他人とは上手くコミュニケーションを取れずに過ごしてきまし、街の人間は全て敵だと思っていたそう。劇中でエドワードはハサミを使って自己表現をしますが、バートン自身も映像を作って自己表現をしていたそうです。人間としての不完全さもバートン自身の当時の意識なのでしょうね。

 

 これ、分かる人には凄くよく分かりますよ。自分は人間として不十分だとか、コミュニケーションが下手とか。そんな人間からすると、エドワードには感情移入しまくりなんです。私はキムの写真を見てた時から泣いてました。だからこそ、ラストは感動的なんですよね。キムが自分からエドワードを受け入れたことに。そして、他人を傷つけてしまうエドワードが、初めて他人を抱擁できたことに。あれから、街には雪が降るようになりました。エドワードとキムにとって、あの一瞬の雪の中は、今も永遠に続いているんだなぁと思うと、やっぱ泣けるわ。

 

 

 

2018年春アニメ感想⑥【ひそねとまそたん】

f:id:inosuken:20180811123941j:plain

 

 

 

 庵野秀明監督の盟友、樋口真嗣と、『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』の脚本家、岡田麿里が、ボンズと組んで送り出したオリジナル・アニメ。キャラクター原案には青木俊直、モンスターコンセプトデザインにコヤマシゲトメカニックデザイン河森正治。制作発表時、この座組を見ただけで俄然興味が湧き、視聴しました。

 

 見始めてまず驚いたのが作中の絵のタッチ。昨今流行りのデティールに凝りまくり、細かい描き込みによってアニメ的なリアルで表現されたものではなく、どちらかと言えば一昔前のアニメの感じで、線も多くなく、色塗りも全体的にベタッとしていています。でも、手抜きというわけではなく、戦闘機を始めとした細かいところはきちんと描き込まれていて、尚且つキャラクターの動きも非常に現代的で、感情豊かな印象を受けます。シンプルなのにデティールが凝っているという、相反することを同時にやっているんじゃないかと思いました。

 

 ストーリーはシンプルで、自衛隊が秘密にしていたドラゴン(OTF)に乗ることとなった主人公、甘粕ひそねが、他のドラゴンやパイロットと触れ合い、成長していくというもの。中盤まではひそねと周囲のキャラクターに焦点が当てられ、ストーリーは進んでいきます。ここらへんのキャラの掘り下げ方はさすが岡田磨里さん、といった具合で、見ていてとても面白いです。しかし、終盤はやはり岡田磨里さんらしく、若干、無理くりな展開や消化不良もあります。

 

 ここまでで、まさか本作はドラゴンがいる自衛隊の、日常を描いていくのではないか?などどあらぬ疑問を持ってしまいましたが、もちろんそんなことはなく、「マツリゴト」という展開が待っています。これが明らかになった時、本作の方向性みたいなものが見えたかも、と思いました。

 

 作中のヒロインたちは、皆何かが欠けているとして、OTFに依存することを求められています。それは何故かというと、国の命運を左右するマツリゴトを成功させるためです。彼女たちはこれのために恋愛も禁止されます。ここらへんはコミカルに演出してあるのですが、要するに「国のためにその身を捧げよ」ってことなのではないでしょうか。こんな考えが出てくると、作中の設定も神道の要素が入っている気がしてきたり、あれは特攻の隠喩なんじゃないかとか考えたりしました。まぁ、よくここまで際どい設定を入れたなぁと思いましたよ。

 

 また、余談ですが、この「上層部の意志で、自由意思を奪われる」という設定は同時期に放送されていた『ダーリン・イン・ザ・フランキス』を彷彿とさせます。そして、この作品は『新世紀エヴァンゲリオン』に酷似しています。さらに、本作の監督は樋口真嗣です。つまり、本作はひょっとして、樋口版『エヴァ』なのか?だとするとスーツとコクピットが似ているのとかが分かるような・・・。

 

 話が逸れました。このように、「上からの意志で行動していた」ひそねですが、最終的に自らの意志で戻ってきます。そして、しきたりなんて!みたいな感じで自己犠牲を否定したりします。ただ、自分も自己犠牲してるんですけどね。最終的に戻ってきたとはいえ、ここらへんはどうなんだろうなぁ。

 

 ただ、この展開は個人的に、これまで主体性がない、つまり社会的に自由意思があまりなかった女性が自らの意志で行動、つまり、束縛もされず、自らの意思で自由に行動できるようになる、という、女性が個人として自立する話なのではないかと思いました。深読みしすぎかな。結論としては、モヤモヤするところもあるけど、楽しんで見れました。

映画はアクションやってなんぼだろ!ストーリー!?知るか!そんなもの!!【ミッション・インポッシブル/フォールアウト】感想

f:id:inosuken:20180811111741j:plain

 

80点

 

 

 トム・クルーズが撮影中に足を複雑骨折したことで話題になった『ミッション・インポッシブル』シリーズ最新作。私はこれまでこのシリーズは観たことがなかったのですが、いい機会なので前作を観てから鑑賞しました。

 

 映画というのは不思議なものです。映画は、普通は「完璧」を求めて作られます。役者の演技、脚本、そして十分に設計されたアクション。これらの完成度が高ければ高いほど「良い映画」と言われ、評価されます。実際、『ダイハード』など、これらが満たされて名作と言われている作品もあります。

 

 しかし、中にはそれらのいずれかがあまりにも突出しすぎているがために人気を博し、評価されているものもあります。これには、ジャッキー・チェンの映画や、『燃えよドラゴン』や、『コマンドー』等が挙げられます。本作『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』は、これらの映画と非常に似ている気がします。それは、本作がトム・クルーズの体、というより、命を張ったアクションありきの映画で、その他の要素がガタガタであるためです。

 

 本作の最大の売り。それは、トム・クルーズがスタントマン無しで繰り出す、常識では考えられないアクションの数々です。前作でも「飛行機に掴まる」「バイク逆走」など、かなり危険なアクションをやっていましたが、本作でやっていることに比べれば、あんなものはまだマシな方です。本作で行われるアクションは、話題になったビル間のジャンプなどは生温い方で、やる意味がよく分からない高度7620メートルからのヘイロー・ジャンプ、ノーヘルバイクチェイス中に車に激突する、身一つでヘリに乗り込み、操縦するなど、一歩間違えば死に至るものの連続。さらに、トム・クルーズはこれをスタントマンに任せず、自らがやっているのです。また、撮影ですから、これは1回で終わるわけはなく、何回も撮り直しているそうで、ヘイロー・ジャンプに至っては105回もやったとか。これだけでも仰天モノですが、例の骨折の下りも、完治までに9カ月かかるところを公開に間に合わせるために6週間でとりあえず走れるようにして、骨折したままでラークを全力疾走で追うシーンを撮ったそうです。何つーか、トム怖い。何が彼をそこまでさせるのでしょうか。

 

 CGが発達し、何でも表現できるようになった現代。普通なら危険極まりないシーンも作れるため、役者の命を危険に晒すことなく映画を撮れるようになりました。しかし、それは所詮はまやかし。手に汗握る展開があっても、それは本物ではありません。本作はそれに対抗してか、「本物のスリル」を我々に感じさせてくれます。上述のような危険極まりないシーンをトム・クルーズが本当にやっているため、「イーサン死ぬんじゃないか?」というスリルが、「トム死ぬんじゃないか?」という本物のスリルとなるのです。だからこそ、イーサンの負傷もリアルに感じられます。というか、本当に負傷してるだろ、あれ。

 

 このように、トムの狂気(と言っていいと思う)によって、他に例を見ないアクション・シーンが作れました。ですが、本作はその代わりにストーリーがガタガタです。これは「アクションを先に撮って、後からストーリーを考えていった」という制作体制から考えれば、当然の結果だと思います。故に、前作以上にIMFが何をやりたいのかが分かりません。展開も、二転、三転するにはするのですが、それらはどれも後出しジャンケンで、伏線とかは特にありません。ホワイト・ウィドウが何がしたかったのか、CIA長官は何がしたかったのか、さっぱり分かりません。だから途中から何が何だか分からなくなり、最終的にどうでもよくなって「今起こってることをただ楽しめばいいや」と無我の境地に達することができ、アクションに集中できます。

 

 ただ、本作でやろうとしたことは何となく分かって、パンフレットでトム・クルーズが答えていたように、「シリーズの総決算」なのかなと。こう考えると、前作のイーサン・ハントを批評的に見つめ直した前作の続き、と言う本作の立ち位置もよく分かります。本作は前作から進んで、作品の総決算として、「イーサン・ハントとは?」を描いた作品なのかなぁと思いました。やっぱ全て観ないと何とも言えないなぁ。

 

 このように、本作はアクションは物凄いです。しかし、ストーリーがガタガタで、あってなきようなものです。シリーズの総決算なのも分かりますけど、やっぱり、ストーリーは大事だなと思いました。個人的には、ストーリーあってのアクションだと思っているので。

 

こちらは前作の感想です。

inosuken.hatenablog.com

 

前作と比べ、監督の個性がいい意味で薄れた娯楽作【インクレディブル・ファミリー】感想

f:id:inosuken:20180807004547j:plain

 

82点

 

 アクの強い人格でありながら、その天才的な手腕で名作、良作を生み出しているブラッド・バード監督。彼の最新作は、何と14年前の監督作『Mr.インクレディブル』の続篇でした。前作はヒーロー映画を中年の危機を交えつつ完璧に作り、尚且つ自身の作家性も盛り込んだおよそ欠点がない作品でした。対して本作は、その監督の個性を薄め、さらに前作の多くの要素を現代的に調整した、現代の娯楽作として申し分のない出来の作品でした。

 

 前作はヒーローの能力は広い意味での「才能の隠喩」として扱われ、それを正しく発揮することこそが大切で、才能ない奴は引っ込んでな、といった内容でした。そしてそれは私たち自身にとっても「ミドルエイジ・クライシス」や、社会の歯車として生きることへの反発に繋がっていて、何重にも楽しめる作品でした。

 

 

前作の感想です。

inosuken.hatenablog.com

 

 

 本作では、この「才能」の要素はそこまでメインにはなっていません。強いてそれっぽい箇所を挙げるとするならば、序盤の家族会議かなぁ。あそこで「法律なんて関係ない!能力のある奴が能力を使って何が悪い」というボブに対して、ヘレンが「法律は議会によって決まったもの。それを理由なく自由に壊していいわけはない」と反論します。ここは、前作の「社会の歯車」と多少通じる箇所でもあるかなと思います。

 

 このように、本作では「才能云々」の話は脇に置かれているため、ヒーローの能力はマイノリティの象徴となっている気がします。能力を告白したヒーローが「私、能力を告白したら生きていけないと思ってた」と言うシーンは印象的です。これによって、アメコミヒーロー的世界観も、アラン・ムーア原作の『ウォッチメン』の他に、『X-MEN』的な要素がより濃く出ている気がします。

 

 前作では、ヒーローはインクレディブル一家を除けばフロゾンしか出てきませんでした。ですが、本作では差別化を図るためか、ヒーローが多数登場します。それによって、前作ではあまりなかった「能力バトル」が存分に楽しめます。ブラッド・バードのアクションシーンの設計力の賜物で、どのアクションも観ていてとても楽しいし、観やすい。そこら辺の能力バトルものとは比べ物にならないくらい自らの能力を存分に生かし活躍しています。個人的に白眉だと思っているのは、中盤のバイクチェイス。イラスティガールの能力を存分に活かせるバイクの存在もあり、展開も創意工夫に富んでいて、素晴らしかったです。

 

 また、前作との比較では、構造が全く逆になっているのも面白かったです。前作はボブが最初に活躍し、ピンチの時に家族が駆け付けましたが、本作で最初に活躍するのはヘレン(イラスティガール)。そしてボブは何をしているかというと、家事に勤しんでいます。前作では「あるべき自分になろう」としたボブですが、本作では「よき父親になろう」としています。これには時代の変化を感じると共に、監督の実生活の反映も感じます。

 

 最後には前作と同じようにヒーロー活動を開始するところで終わっていました。ここまで観て、この映画、シリーズ化がいけるのでは、と思いましたね。家族の話は普遍的なので、色々なバリエーションで作れるし、「ヒーローもの」も形を変えて続けられます。定番も決まったし。多分、続篇が作られたら私は観ます。それくらい本作は楽しめました。

浮き上がるイーサン・ハントの信念【ミッション・インポッシブル/ローグネイション】感想

f:id:inosuken:20180810194239j:plain

 

80点

 

 実は私はこのシリーズをちゃんと観たことがなく、本作がシリーズ初鑑賞です(オリジナルの『スパイ大作戦』はCSでやっていたのを数話見た程度)。現在公開中の『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』の準備として鑑賞しました。何故この5作目を初鑑賞に選んだかというと、「映画秘宝」の監督インタビューを読み、次作が本作の続篇的な作品になると知ったためです。シリーズ全体の評判を見ていると、あまり連続性は無さそうだった為、それなら5作目からでもいいだろうと思いました。

 

 感想として、非常に楽しんで観ることができました。冒頭の「飛行機に掴まる」に代表されるような、CGに頼らないアクション・シーンの数々は観ていて色々な意味でハラハラしますし、何より純粋にエンターテイメント作品としてとても面白い作品でした。

 

 私がエンタメ作品に何を求めるかといえば色々ありますが、その中の1つは、「逆転劇」です。絶体絶命の窮地から敵を出し抜き、最後には圧倒的に優位に立って勝つ。これにはカタルシスも生まれ、観ていて爽快感を覚えます。本作はこれをやっているんですよね。

 

 冒頭、罠に嵌められたイーサン・ハント。彼は敵であるシンジゲートだけではなく、仲間であるはずのCIAにも追われる羽目に。普通に考えれば絶体絶命ですが、イーサンはそのような状況下でも信頼できる仲間と力を合わせ、この窮地を乗り越えるのです。これだけで気分が上がる設定です。しかもラストの展開が冒頭の意趣返しになっており、それがこれまでの苦難の積み重ねから、中々の爽快感を生み出します。

 

 また、劇中の対立構造も、MI6のはぐれ者とIMFのはぐれ者という、言わば「ローグネイション」どうしの対決なのも面白かったです。

 

 そして、この対立によって、イーサン・ハントというキャラクターが少し浮き上がってきた気がします。本作の敵であるレーンは、イギリス政府から見捨てられたはぐれ者です。これは劇中のイーサン・ハントと被ります。しかし、これ以降、彼らは別々の道を歩みます。レーンはテロを、イーサンはあくまでの世界を救おうとするのです。つまり、本作において、レーンはイーサンのダークサイドであり、この構造によって、イーサンが持つ信念が浮き彫りになったと思うのです。

 

 これに更なる掘り下げを与えるのが本作のヒロイン、イルザ。彼女は組織にいいように使われている人間で、このキャラによっても、イーサンの信念を浮き彫りにさせていると思います。こう考えていくと、本作はイーサンのキャラ批評映画としても面白いのかもしれませんね。まぁ、私はこれしか観てないので、何とも言えないのですが。

 

 以上から、本作は純粋にエンターテイメント映画として面白く、同時にイーサン・ハントのキャラ批評映画なのかなぁとも思いました。まぁこれはシリーズを観ていかないと分からないでしょうし、暇なときにでも観ていこうかなぁ。

 

 

 

彼女が戦っていたのは、男性優位社会そのもの【バトル・オブ・ザ・セクシーズ】感想

f:id:inosuken:20180806230415j:plain

 

77点

 

 鑑賞する前は、あらすじと予告から「差別的な発言を繰り返すテニス選手を、女性が倒す」という単純な構図の作品だと思っていました。しかし、実際に観てみるとそんな単純な映画ではなく、主人公が戦っていたのは、1人の男性選手ではなく、「男性社会」そのものでした。

 

 本作は女性テニス選手ビリー・ジーン・キングが「男性優位社会」を唱えるボビー・リッグスと戦う姿を描いた作品です。予告ではこのボビーが個人的な思想として差別的発言を行っていると思いましたが、実際に観てみると、彼は真の意味での「道化」でした。彼の真の姿は、「男性優位」とは程遠いものです。ギャンブルを止められず、奥さんに養ってもらっているのです。そんな彼は、再起をかけ、こんなことをしているのです。つまり、「男性優位社会の代弁者」として発言し、試合をしているのです。この「ボビーの姿」を出したことで、男性側の描写が型通りの「悪」に見えにくくなったのは上手いと思いました。

 

 では、本作の「敵」は誰なのか。それは、ボビーの背後にある男性優位社会であり、無自覚な差別意識を持ってしまっている男性です。その象徴が、ジャックです。彼は何の悪意も無く、女性に対して、男性とは明らかに違う見方、待遇をしています。こう考えると、テニス協会は男性社会の隠喩な気がしてなりませんね。

 

 しかしこれは、テニス協会だけではありません。他でも端々に偏見が見受けられます。例えば、試合時のキャスターの「もう少し綺麗にすれば女優になれると思います」発言とか、科学的な根拠も無いのに、「女性の方が緊張に弱い」とかですね。さりげなくこういうことが出てくるのも良いですね。

 

 このような男性優位社会に対するのは、ビリー・ジーン・キング。彼女は「女性代表」を背負って戦いに行きます。このように、本作における終盤の試合は、「個人の戦い」ではなく、「男性優位論者」VS「権利を求める女性」の戦いになっていくのです。これが撮り方がさながら実況中継のような撮り方をしていて、本当に試合を観ている気分になり、手に汗握ってしまいます。

 

 以上のように、色々と計算されて作られている本作ですが、素晴らしかったのはラストシーン。全てが終わり、「皆が一緒になれる日が来る」と言ったテッドに背中を押され、ビリーが向かった先。そこでは、男性も女性もなく、皆が一緒になってビリーの勝利を祝っていました。これが、彼女が、そして、我々が思い描いている理想の未来のような気がして、何だか泣けてきました。結論として、とてもいい映画でした。

ブログを開設して1年が経ったという話

 皆様、こんにちは。いーちゃんです。いつもこのブログを読んでくださってありがとうございます。毎回読んでスターやブックマークがつくと本当に励みになります。皆様に読んでいただいたおかげで、このブログも1周年を迎えることができました。昨年の8月に開設した時は「飽きるまでやってみるか」という気持ちでやっていたのですが、1年続くとは。飽きっぽい私としては、よく続いていると思います。繰り返しますが、これもブログを読んでくださっている皆様のおかげです。今回の記事では、このブログの軌跡を個人的、ブログ的に印象深い記事を挙げつつ振り返ってみようと思っています。

 

inosuken.hatenablog.com

  8月にブログを開設して、最初にアクセスが集中した記事。2008年の作品なのに、何故こんな実績のないブログにアクセスが集中したのかというと、この年の9月にタイトルが同じ作品が公開されたためです。

 

チェイサー(字幕版)

チェイサー(字幕版)

 

 

 皆さん、勘違いして私のブログに来てくださったのです。皆さん、ガッカリしたでしょうね。まさかナ・ホンジンの方とは。私も何だか申し訳ない気持ちになりましたよ。そして同時に、何とも言えない虚しい気持ちになりました。初めてのアクセス集中が勘違いによるものだったのですから。でも、だからこそある意味で印象に残りました。

 


inosuken.hatenablog.com  次はこちら。おそらく、これが初めてちゃんとバズッた記事。Twitter春日太一さんにリツイートされたことがきっかけでアクセスが集中しました。そして、長らく「注目記事」のトップにいました。今でもちょこちょこ検索エンジンからアクセスがあります。

 

 

inosuken.hatenablog.com

  こちらも「バズった」記事。公開規模が小さく、尚且つカルト的な人気を誇っているため、多くの方に反応していただきました。

 

 

inosuken.hatenablog.com

  おそらく、このブログ的に最も重要な記事。記事公開時Twitterでバズりました。ここまでは以前の2つの記事と同じですが、これ以降が違います。何と、Google、yahooで検索すると、未だに上位にヒットするため、CSで放送があるたびにアクセス数が伸びるのです。なので、未だに注目記事トップに君臨しています。この記事に足向けて眠れません。感謝。

 

 

inosuken.hatenablog.com

  これは以前とは全く違う経路からアクセスが集中したことで印象に残った記事。smart newsに掲載されたのです。あれすごいですね。面白いくらいアクセスが伸びました。ただ、この記事は結構ヤケになって書いたので、これが多くの人に読まれたのかと思うと少し恥ずかしい・・・。

 

 

inosuken.hatenablog.com

  これはアクセス数的には地味なのですが、私の考察を目一杯書けたので、思い入れが深い記事です。Twitter中村隆太郎監督のファンの方から評価されたことが地味に嬉しかった。

 

 

inosuken.hatenablog.com

  生まれて初めてベストを書いたので。本当に大変ですよ。今年はもう少し考えないとなぁ。

 

 

inosuken.hatenablog.com  この記事から、ブログのアクセス元が変わってきます。これまではTwitterが主な流入源でしたけど、この記事は検索エンジンから地道にアクセスを稼いでいたのです。なので、今でもコンスタントにアクセスがあります。今思えばこれがこのブログの第2期の始まりだったのかも。

 

 

inosuken.hatenablog.com

 こちらも検索エンジンからアクセスが多い記事。この記事にもお世話になりました。

 

 

inosuken.hatenablog.com

 

 初めて書いた「おすすめ記事」。作品を選んでいて楽しかったし、「どう書けば観てもらえるか」の試行錯誤も楽しかったです。

 

 そして今に至るというわけです。思えば遠くまで来たものだ。まだ調子がいい時で月のアクセス数が1000という弱小ブログですが、これからも記事は更新してくつもりです。これからも、何卒、よろしくお願いいたします。