暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

驚異的な技術によって成し遂げられた特別な映画【1917 命をかけた伝令】感想

f:id:inosuken:20200429132620j:plain

 

87点

 

 

 サム・メンデス×ロジャー・ディーキンスが挑んだ(疑似)ワンシーン・ワンショットの戦争映画。この撮影手法は、古くはヒッチコックの『ロープ』、最近では『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ軌跡)』でも行われていたものです。企画発表当時はこの気が狂ったような内容に興味が湧きましたし、何よりサム・メンデス×ロジャー・ディーキンスの最新作ですから。『スカイフォール』が好きな身としては見逃せないと思い鑑賞した次第です。

 

 本作は1人の名も無き兵士の地獄巡り映画です。この点は同じく地獄巡り映画である『地獄の黙示録』や『プライベート・ライアン』を彷彿とさせます。本作がこの2作と違う点はもちろんワンシーン・ワンショットである点。常にカメラが移動しているのに画面がいつもバシッと決まっている点や、後半の夜のシーンの宗教画の様なとてつもなく美しい映像は観ているだけで「これどうやって撮ってるんだ」と楽しむことができます。特に私は後半の燃え盛る街並みのシーンが映ったときは何とも言えない興奮を味わいました。

 

 

 そして、もう1つワンシーン・ワンショットが機能している点があるなと思った点は、戦場における突発的な出来事の演出。例えば、本作に出てきた戦闘機が墜ちてくるシーンとドイツ軍の塹壕でのシーン。普通の映画ならばカットを割るなりしてスリリングな演出をしていると思うのですが、本作では視点が地上にいる兵士に固定されているため、「兵士が気付いてから墜ちてくるまで」をリアルタイムで実感させることに成功しているのです。また、その後の戦友が死んでいく下りもそれを最初から最後までしっかりと映していきます。このように、本作には戦場で起こったことを時間間隔まで含めて観客に「体験」させることができているのです。そしてその「体験」は感情にも言えて、主人公がどういう感情の推移があったのかまで描きます。それが炸裂したと感じたのが終盤のラスト・ランでした。私はIMAXで観たので、その臨場感、迫力、映像美を心ゆくまで堪能できました。

 

 そして本作を観てもう1つ感じたことは、本作の中にある「映画的な」ことです。本作の最初と最後がループ構造になっている点や、時間が連続しているはずなのに(中盤、暗転したけど)、明らかに時間の流れがおかしい点などがそうです。つまり、何というか、ワンシーン・ワンショットで登場人物の行動は連続しているように見えるのだけれど、時間の流れがおかしい。この不思議な感じは映像でしかつけない嘘だなと思い、そこが非常に興味深かったです。そしてラストのループ構造を暗示させる終わり方も、映像的な面白さを感じました。とても抽象的な感覚なので上手く言語化できないのですけど、本作は映像的な「リアル感」と「嘘」をついていて、それが本作を「戦争映画」ではなく、どこか違うアクション映画にしている作品なのかなと思いました。

 

 確かにワンシーン・ワンショットの弊害で本作そのものがゲームみたいに感じる点もありますし、史実と違うという指摘も分かります。でも、そこは『彼らは生きていた』を観ていただくってことで、本作はエンタメ作品として楽しめばいいと思います。

 

 

 ロジャー・ディーキンス撮影作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じくイギリス軍の映画。

inosuken.hatenablog.com

 

私の就活を語る~失敗篇~

 現在、世の中は新型コロナウィルスの影響で大混乱なわけですけど、大学4年生にとっては現在は就職活動中です。4月なんて、本来なら一番活発に活動している時期なのではないでしょうか。経済的にはリーマン・ショッククラスの不況みたいなので、下手したら第3の就職氷河期世代が生まれる可能性すらあります。こんな時期にこんなことになって、今の就活生には同情を禁じ得ません。私も今は社会人をやっているので、もちろん就職活動をやった経験はあります。しかしその時に私はこの社会の無慈悲さを痛いほど思い知りました。

 

 今回は、私の就活をざっと書き、そこで経験した社会の無慈悲ぶりと私の恨みの念を書きたいと思います。初めに書いておくと、この記事は巷に溢れている「就職成功体験記」ではありません。1人の馬鹿な大学生が、就活に挑んだ結果、自尊心をズタズタにされた挙句に失敗する記録です。なので身になる事は何もありません。強いて言うなら反面教師にしてください。

 

 私はリーマン・ショックの影響から立ち直りつつあった時期が就活でした。私が就活を始めたのは、就活解禁の半年前でした。私は大分ボンヤリしており、まずは大学の中で開かれている就活講座に参加したのです。そこで色々なマナーなり知識なり面接テクなりを聞いて、その後は1dayインターンに参加したりしました。私は解禁してから最初の1カ月はとにかく説明会に出ようと思い、マイナビリクナビ、大学内の合説に出まくり、そこで絞った企業の説明会に参加していきました。まぁここまではよかったと思います。

 

「会社四季報」業界地図 2020年版

「会社四季報」業界地図 2020年版

  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 単行本
 

 

 最初に見ていたのは金融、商社、メーカーでした。これらの説明会に出て、選考に進んだはいいのですが、いつも面接に落とされる。いや、就活において、(面接だけカウントして)10~20社くらいに落ちるのは普通です。しかし、私は受ける企業に落ち続け、年を越したときには全選考(ES、SPIなど)を合わせますと、100社くらいに落ちました。リーマン・ショック期ならともかく、立ち直りつつあり、「売り手市場」と言われた時期にこれですからね。どうしようもない。

 

 落ち続けると、面接官が自分に興味を失くしたタイミングというのが分かってきます。面接中、急に質問が事務的になったり、面接官の顔が呆れ顔になって瞬間。「こいつは俺に興味なくしたな」と分かるのです。そりゃ10社くらいなら全然良いんですけど、それが何十社にも続いた日にはもう自尊心はズタズタですよ。この辺までくると考えが「この企業は俺には合っていない」から「俺は社会に必要ない?」になってくるから面白い。

 

 しかし社会に必要とされなければ生きていけないのが人間。私は自分の面接を治すべく、大学や企業の面接対策講座に足を運んだりしました。そこで実感したのが各就活生とのレベルの違い。もちろんそれはピンからキリまでなのですが、そこで「面接が上手い奴」の面接練習を見てしまうと、実感してしまうのです。「ああ、こういう奴が企業から必要とされるんだな」と。そしてそいつの技を盗むべくメモを取り、真似をしてみるのですが、猿真似は看破されるもの。全く状況は良くならない。ここで私は気付くのです。「ああ、俺はコイツとは人間的なレベルが違うのだ」と。企業には「欲しい人材」がおり、自分は絶対に違う。そして頑張っても、付け焼刃ではそんな差は埋まらない。就活は、部活や勉強とはまた違った形で個人の人としての優劣が決定的に出てしまうものだと知るのです。

 

 そんな私なので面接練習でも評価は散々。練習した後にボロカスに言われるか、気を遣われて対して内容のない慰めを言われるかの2択でした。前者は別にいいのですが、後者は「手の施しよう無し」と言われているみたいで本当にきつかった。何度帰り道で泣いたことか。

 

 「真似してダメなら自分なりにやってみよう」と開き直ってもやっぱり意味がない。状況が全く良くならない。そんな風にしていると周りの人間はどんどん就職を決め、ゼミでも気まずくなっていきました。今思い出しても、周りが卒論とか遊びに行く計画とか立てているのを尻目にリクルートサイトを巡るのは中々の屈辱的な行為でしたよ。

 

 

 個人で相談してみても、だいたい聞かれることは決まっていて、「何でそこに入ろうと思ったの?」とか、「頑張ろうね」とか、「努力不足だよ」とかでした。しかも話していても結局は「頑張るしかないよね」という結論に陥る。就活は個人でやるものなので当たり前なのですが、当時は八方塞がりな状況を強く実感するだけで、理不尽だと思っていました。

 

 まぁ今にして思えば、私がここまで受からなかった理由も分かります。当時の私には、仕事に対して、明確なビジョンを全く持っていなかったのです。就活っぽく言うと「何がやりたいのか分からない」状況だった。やりたいこともないし、文系だしで「じゃあメーカーや商社の営業やれば潰しも効くだろ」という短絡極まりない思考で就活をしていたわけです。

 

 当時からこのようなふんわりとした思考は良くないと分かってはいました。でも、就活を決めた先輩も周りで決まっていく知人も似たような感じだったし、「皆同じじゃねーか」と開き直って就活を継続。しかし、私には致命的に足りないものがありました。それは、今思えば「雰囲気」というか、「仕事をちゃんとやってくれそう」という感じがなかったのです。就活の面接なんて30分くらいしかないので最終的には印象だとよく言われています。私はその印象がすでに駄目だったわけです。それに気づいた後も就活をやめるわけにもいかずにダラダラ続け、上手くいかず、どんどん「何をしてもダメだ」と諦めていく。でも就活をやめたら心が折れたら人生が詰むという強迫観念にも似た心境で無理やり続けていました。

 

 面接は通らず、改善も出来ず、相談しても「頑張ろうよ」「努力不足だよ」と言われ、卒業だけが近づいていく。お先は真っ暗闇で、さらに追い打ちをかけるように面接官からは「何でここに来たの?」と言われてしまうダメっぷり。とある企業の面接で、面接してたら関連企業を紹介され、終了後に扉越しに面接官(男1人、女1人)の会話を聞いてたら、俺の話の感想を言い合ってて、「分かった?」「分からなかったです(笑)」って会話が聞こえたときはマジで殺してやろうかと思った。

 

 こうして精神的に疲弊していた時、12月の後半、決定的なことを言われます。とあるベンチャー企業だったのですが、そこで面接官(意識高め。説明会のときに中学生時代に勉強に疑問を持ってて、それを教師にぶつけたと自慢げに語っていたのが印象的)に、「就活は、君の両親が、君の育て方は間違ってなかったって証明する機会なんだよ」と言われたのです。そこで全てが終わりました。12月の後半、内定ゼロ。この状況をこの言葉に照らし合わせると、つまり、俺の22年の人生は間違っていたのだ。そう言われた気がしました。そこに気付いてからは就活をやる気が失せ、現実逃避としてひたすら卒業論文に取り組んでいました。おかげで卒論はAもらえました。

 

 そして私は無職で卒業しました。私が就活で知ったことは、自分が社会人どころか、人間失格な人生を送っていたこと、そしてそれ故に自分が人として「失敗作」なのだということでした。それから私は公務員試験を目指すことを決め、勉強を始めたのですが、それが新たな泥沼の始まりだったのです。この記事でここまで書くと(当ブログ比的に)量が多くなってしまうので、別の機会に書きます。

2020年冬アニメ感想⑦【虚構推理】感想

f:id:inosuken:20200426120237j:plain

 

☆☆☆★ (☆3.7/5※今回から星つけてみました。参考までに。

 

一応、星のルールについて加筆しましたので、気になるならば。

inosuken.hatenablog.com

 

 

 城平京先生の小説シリーズを原作とするアニメ化作品。漫画版は少年マガジンR清原紘先生の作画で連載されています。私は本作に関しては「存在は知っていたけど読んだことはなかった」作品の1つであり、ミステリは嫌いではないので、今回のアニメ化を機に視聴してみた次第です。

 

 私は本作のことを所謂普通のミステリ作品だと思って見始めました。要は事件が起こって、それを探偵である主演2人が解決する、みたいな。少しだけ違う点があるとすれば、ちょっとくらいは超常的な要素が入ってくるかな、くらいにしか考えていませんでした。しかし視聴してみて驚かされました。本作の「推理」は我々が想像するような「名探偵コナン」的な、論理学における、前提から1つの結論を導き出す「推理」ではなく、事実をもとにして、まだ知られていない事柄を推測するという、読んで字のごとくの「推しはかる」ものだったからです。

 

虚構推理 (講談社タイガ)

虚構推理 (講談社タイガ)

 

 

 本作ではこの「推理」によって怪異と人間達との間を調停する岩永琴子と桜川九郎の活躍を描きます。正直に言えば最初の2話は全く面白くなかったです。これは見始める前にあった思い込みから来るギャップが原因だと思うのですが、やってることが私が考えていた推理ではなくて推測であり、2話では説得だったからです。

 

 本格的に面白く感じてきたのは3話の鋼人七瀬篇からでした。思えば、これだけで10話くらいあったわけですが、長いとは思いませんでしたね。あそこから、「推理する琴子」と、「その推理に基づき未来を決定する九郎」という役割が明確になりました。加えて、本作全体における「敵」の存在である立花(立ち位置的にはモリアーティ教授。若しくは「金田一少年の事件簿」における高遠遙一)が出てきたりして、本作の核である「怪異と人間の間の揉め事処理屋」的な内容がハッキリしてきたからです。

 

 肝心の「推理」自体も目的が「ネット上に溢れた都市伝説から生まれた怪物を如何にして無力にするか」というもので、課題が明らかになった時には解決が絶望的でした。しかし、それに対する対処法としてしっかりと納得できるものを用意していて、それが「虚構」を新たな「虚構」で塗り替えるという本作の肝がしっかりと出ていたものだったのは素晴らしいなと感じました。

 

 本作の軸は「人間と怪異の調停」です。それを行うのが怪異側によって「神」になった少女と人間でありながらその身に怪異を宿している青年というのは、さながら「ゲゲゲの鬼太郎」を彷彿とさせます。あの作品も鬼太郎は妖怪が起こした事件を解決し、半妖のねずみ男が出てきます。特に九郎なんて、その身に怪異を宿しているから恋人に振られたという点には、ねずみ男や「犬夜叉」の犬夜叉みたいな「半妖であるが故の孤独」要素があります。そしてそれ故に、元カノとも縁切って、それを許容できる琴子と一緒に生きていくというラストには納得と共に、その孤独に少し切なくなりました。まぁ面白かったってことですね。

 

 

同じく変則的なミステリ。

inosuken.hatenablog.com

社会を破壊し、もう一度建て直せ【AKIRA(IMAX版)】感想

f:id:inosuken:20200425123835j:image

 

95点

 

 

 1988年に公開され、全世界に多大な影響を与えた大友克洋監督作品。どのくらいワールドワイドな作品なのかといえば、ハリウッドでの映画化企画が未だに動いては消えを繰り返し、また、「ジャパニメーション」の代名詞的な作品であり、単行本「死ぬまでに観ておきたい映画1001」にも載っているほど。私が本作を鑑賞したのは高校生のときでした。映像の迫力は今観ても色あせないものなので、いつか映画館で観たいなと思っていました。そこへ今回のIMAX版の公開ですよ。正直、新型コロナウイルスの影響で行くかどうか迷ったのですが、公開初日の4月3日時点では緊急事態宣言がいつ発令されてもおかしくない状況。おそらくこれを逃したら鑑賞することすらできないと思い、意を決して鑑賞しました。

 

 控えめに言って、最高でした。あの大スペクタクルをIMAXの巨大なスクリーンで観ることができて幸せだったのはもちろんなのですけど、何より素晴らしかったのは芸能山城組の音楽です。どうやらこのIMAX版に合わせて新たに音響調整したらしく、それもあって映画の迫力を何倍にも高めています。映画館という環境もあって、体全体が『AKIRA』という作品世界に包まれている気分になりました。何たって冒頭からいきなり「金田のテーマ」が流れてラッセーララッセーラですよ。この時点でテンションが上がりまくりです。

 

死ぬまでに観たい映画1001本 第四版

死ぬまでに観たい映画1001本 第四版

  • 発売日: 2020/03/30
  • メディア: 単行本
 

 

 ストーリーに関しては、世間ではやたらと「オリンピック中止」が現実とリンクしていることが話題になっていますが、私が感じ取ったことは、「この腐った社会をもう1度建て直さなければならない。若い力で」という志でした。

 

 本作の舞台は2019年(『ブレードランナー』と同じ年!)。1988年の「新型爆弾」爆発に端を発する第3次世界大戦後のネオ東京が舞台です。しかし、劇中の大佐の話では、2019年のネオ東京は、「かつての復興の精神が消えた、腐った街」だそう。確かに劇中の描写を見れば、無秩序極まりない混沌とした世界です。大友克洋先生のインタビューによれば、彼は本作で「昭和」をもう一度作り上げたかったそうで、こうして考えてみれば色々と合点がいきます。本作の舞台は2019年ではありますが、混沌ぶりは戦後の安保闘争を彷彿とさせますし、戦後約30年という時代設定は要するに80年代のバブル期なのです。私は生まれていないのですが、バブルは景気がよく、消費が激しかったそう。本作のものに溢れた混沌ぶりも、この時代を別の形で表現したものだと考えられます。

 

 人々はかつての復興の志を忘れ、モノを消費するだけの社会。政治家は有事の際に何も決めようとせず、既得権ばかり争っている(まさかこんなダメ政治家のテンプレ描写を現実で見る日が来るとは思わなかったよ)。そして本作では、そんな社会でオリンピックをやろうとしていたのです。この空虚さこそ、本作が予言めいている点だと思います。私はこの点で、「腐った社会」という表現が現代を表す言葉として非常にしっくりきました。

 

AKIRA(1) (KCデラックス)

AKIRA(1) (KCデラックス)

 

 

 そして本作には、その腐った社会をもう一度建て直そうというエネルギーがあります。それを有してるのが金田やケイといった若者であり、その象徴とされているのが「アキラ」や鉄雄が持つ力です。あのすべてを破壊してしまえるほどのエネルギーが若者が持つエネルギーのメタファーなのかなと思いました。つまり本作で描かれていることは、この腐った社会の全てをぶっ壊し、もう一度自分たちで社会を立て直そうってことなのだと思います。

 

 鉄雄はキヨコらと共に別の世界に行ってしまいましたが、金田達は残りました。これから、全てがぶっ壊れたネオ東京を彼らが建て直すのでしょう。原作ではこの辺をより具体的に描き、やってきた諸外国の軍隊を追い払っています。これはやっぱり戦後にあったとされる左右両方の「社会を変える」という強い意志とか憧れが反映されているのだろうなと思いました。つまり本作は、近未来でありながら、描かれているのは昭和という作品なのです。でも、この精神は今こそ大切だとも思います。

 

 

多分世界観の大元。

inosuken.hatenablog.com

 

 SFで世界を創造する物語。

inosuken.hatenablog.com

 

音楽から受ける感動と初期衝動のアニメ化【音楽】感想

f:id:inosuken:20200419114115j:plain

 

91点

 

 

 大橋裕之先生原作の漫画「音楽」のアニメ化作品。監督は岩井澤健治さん。プロデューサーは公開当時、そして映画秘宝休刊号発売当時、中々に(個人的には)無神経だと感じる声明文を発表した松江哲明さん。本作は岩井澤監督が7年5カ月の歳月をかけてスタッフ達と共に完成させたそうです。そういうガッツある挑戦は応援したいし、何より各方面から絶賛の声が聞こえてきて、鑑賞意欲をそそられ、上映館が職場から近いということもあり、鑑賞しました。

 

 鑑賞してみると、本当に素晴らしい作品でした。ストーリー的には「ボンヤリとした日常を送っていた不良高校生が音楽に目覚め、フェスに参加する」というものなのですが、「音楽をやる」という初期衝動を具体的に映像化した作品だったのです。

 

 主人公が「音楽」を始めたとき、仲間と共に行ったのは、楽器で「音」を出すということでした。この最初の「音」の衝撃が素晴らしかった。劇場で聞いたため、本当に「音」の衝撃を肌で感じ取ることができたのです。現在はコロナで難しいのですけど、この点だけでも、本作は映画館で観るべき作品だと思います。

 

音楽 完全版

音楽 完全版

  • 作者:大橋裕之
  • 発売日: 2019/12/09
  • メディア: コミック
 

 

 そして何より、アニメーションが素晴らしい。音楽と、そこから受けた衝撃を具体的に描いています。例えば、古美術の森田が初めて古武術の音楽を聴いたときの衝撃、そして研二が受けた衝撃、さらにはラストのフェスでの「昇天」シーン。どれも音楽をやる喜びと快感、そして衝撃に満ちています。これはアニメーションの表現の多様性が存分に発揮されていて、上述のシーンの他に、森田がフェスで「燃え尽きる」下りとかも含め、アニメーションでなければ描けないことだと思うのです。

 

 つまり本作は、「音」を聴いたとき、弾いたときに感じる感動や衝動をアニメーションと音の力で持って具体的に我々に提示させた作品だと言えます。他にも、全体的にオフビートな笑いが最高だったとか、ロトスコープの手法がバッチリ合っていたとか、素晴らしい点はいくらでもあります。それだけに松江監督のやつは惜しいなぁ。作品は素晴らしいです。

 

 

別の側面から「初期衝動」を描いた作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 音楽の映像化作品。

inosuken.hatenablog.com

 

ラブ・ストーリーは突然に【アイネクライネナハトムジーク】感想

f:id:inosuken:20200411121008j:plain

 

80点

 

 

 伊坂幸太郎先生原作、今泉力哉監督による恋愛映画。私は伊坂幸太郎先生の作品に関しては、学生時代に少しだけハマったのですけど、今はあまり読んでいません。一番最近読んだのは「死神の浮力」です。そんなわけで本作の原作に関しては未読。本作を観ようと思った理由も、監督が『愛がなんだ』の今泉力哉さんだったから。以前から他の感想で書いているように、同時代で活躍している監督の作品は可能な限り追っていきたいと思っているので、鑑賞しました。

 

 伊坂幸太郎先生の作品はストーリーはパズルのピースをはめ込むように伏線が張られ、回収されていくものです。そしてその話の内容は中々のファンタジーだと思っていて、キャラクターがどこか二次元的だったり、物事が上手くいきすぎだったりします。それが読みやすく、ちょうどいい感じなのだと思います。

 

 そして本作では、その伊坂先生が持つファンタジー的な世界、言うなれば優しい世界が、今泉監督の作品世界と妙にマッチしています。劇中でも10年以上も姿を変えずに同じ場所で歌っている人間とか、学生2人を救った「この子のご両親をご存知ですか?」とか、「そんな奴いるかい!」や「そんな上手くいくかい!」と思えることが違和感なく観られるのです。そして映画自体も伊坂先生の作品のような、伏線を細かく張って、それを回収するという形式をきちんと踏襲していて、「伊坂幸太郎原作作品」として非常に出来がいいなと思いました。

 

 話の内容自体も凄く良い、というよりも素敵な話で、群像劇の体裁をとっており、それに伊坂先生原作お得意の伏線回収が加わって、いくつもの「出会い」の話になっていました。もうこれは小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」そのままで、あの日あの時あの場所で君に会えなかったら、今の自分はないし、こんな人生も送れなかったし、こんな気持ちにもならなかった。人生における出会いはそんなもので、恋愛だけではなく、単純に人との出会いもそんな偶然によって出来ているんだよなと思わせられました。あの曲自体は甘ったるいラブ・ソングだなと思っていたのですが、それをこんなに真剣にやられてしまうと、素敵な話として思えません。後は三浦春馬を見直しました。実はボンクラの役の方が似合うのではないか、彼は。

 

 

今泉監督作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 こっちは出会いから。

inosuken.hatenablog.com

2020年冬アニメ感想⑥【ドロヘドロ】

f:id:inosuken:20200415115127j:plain

 

☆☆☆☆(星4.4

 

 林田球先生原作、掲載紙を4回変更し、18年に亘る長期連載の果てに完結した作品のアニメ化作品。制作は「BANANA FISH」「どろろ」を見事にアニメ化してみせたMAPPA。私は原作未読。しかし、名前は知ってたという所謂「存在は知っていたけど読んだことがない」漫画でした。なので、このアニメ化を機に触れてみるかと思い、視聴した次第です。

 

 本作を一言で表すと、「カオス」です。著者は本作は「歌詞がメチャクチャダークで凶暴なのにメロディーは踊りたくなるくらい楽しい曲」からインスピレーションを受けて生まれたと語っているそうです。そして本作はその通りの内容になっていて、グロ、ハードコアな作風にもかかわらず、キャラクターが剽軽な奴らが多く、どこかほのぼのとしています。これがとても魅力的で、見ていて心地いい。

 

 そして世界観が素晴らしいです。それは設定はさることながら、木村真二(近年だと『海獣の子供』『ムタフカズ』!)さんの美術の力によるところが非常に大きいと思います。ちょっとだけ読んだのですが、原作である林田先生の絵は非常に濃く、独特なものであるにもかかわらず、本作ではその質感がよく再現されているなぁと感じました。

 

 

 設定的にも面白くて、「ホール」と「魔法使いの世界」があり、それぞれがいがみ合っている。そしてそれらには独自の風習や暮らしがあり、本作ではそれがよく出てきます。話の軸としてはカイマンの正体を探るという縦軸があります。こちらの謎が謎を呼ぶ展開は惹きつけられて面白いです。しかし本作は、それ以上に上述のような「混沌」そのものな世界観が本当に良いのです。

 

 物語は「カイマンとニカイドウの関係性」の点でまとまりが良いところで終わっていました。これは昨今、「完結した名作のアニメ化」の悪い点である「少ない尺の中で無理に話を詰め込んでまで完結させようとする」点を回避していて、少し好感が持てました。他にも、3DCGと手描きを上手く使っていて、アクションがとてもいいとか、OPが中毒性があるとか良い点はたくさんあります。全ての謎はまだ混沌の中なので、続篇を待っております。2年以内にやらないなら原作買うのもありかなぁ。

 

 

同じくMAPPA制作の「名作のアニメ化」

inosuken.hatenablog.com

 

 木村真二さんの美術監督作。

inosuken.hatenablog.com