暇人の感想日記

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あの原作をよく見事に「映画」にした!【蜜蜂と遠雷】感想

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95点

 

 

 原作既読。それ故に映画化を知ったときは戸惑いました。「出来るわけがない」と。原作を読んだ方ならば分かると思いますが、本作は非常に映像化しにくい作品であり、ハードルは相当高いのです。普通ならばスルー案件なのですが、監督は2017年に『愚行録』を発表した石川慶。私は『愚行録』は観られなかったのですが、中々に評判がよく、彼の存在は気になっていたため、いいタイミングなので鑑賞した次第です。

 

 原作者の恩田陸先生は、本作について、「小説でしかできないことを書きたい」と思って執筆したそうです。そしてそれは見事に成功しており、原作は「文字で音楽を再現する」というとてつもないことを成し遂げているのです。しかし、だからこそ「映画」にするのは困難を極めることは容易に想像できました。映画にするということは、音楽についても具体的な「音」がついてしまうこと。小説では、確かにとてつもない技量は必要ですが、描写さえキッチリとできていれば、その音楽の素晴らしさは描けます。しかし、実際に映像にし、音楽に音がついてしまうと、原作にあるような「人の心を感動させる音楽」を作ることは至難の業です。

 

 だからこそ、私は本作を鑑賞して、心の底から感心しました。本作は、この「音楽」についての原作をしっかりと「映画」にしているのです。

 

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 

 本作を映画化するにあたり、最大の問題点は風間塵の存在です。メインの他の3人はまだ何とかなるでしょう。しかし、本作のキーパーソンである風間塵は、「劇薬」と称され、彼の音楽は聴いた人間の反応を、激賞と嫌悪に真っ二つに分けてしまいます。そしてこの音楽の神に愛された少年の演奏を聴き、栄伝亜夜は覚醒していくという作品の構造上、彼の演奏を説得力のあるものにしなければならないのです。

 

 本作はこの難題に対し、役者のリアクションと見事な編集によって原作を「映画」にしています。本作は原作から演奏シーンを抜き取り、大きな見せ場を2つ用意しています。1つは宮沢賢治の「春と修羅」のカデンツァ、もう1つは本選です。そこでの彼の演奏に対し、それを聴いた審査員等は、微動だにせず、恐怖すら感じた表情を見せています。そして、塵の演奏シーンでは、彼だけは変なアングルで捉えたショットを連発し、それをやはり少し変わった編集で映しているため、彼だけが他3人とは異質な存在であると印象付けられています。さらに、風間塵から受け取った「ギフト」により、「覚醒」する亜夜も、松岡茉優さんが彼女の演技力と衣装で完璧に表現していました。つまり、音楽の力に映画的な説得力が加えられているのです。舌を巻きました。

 

 そしてそれ以外の面でも本作は凡百の邦画とは一線を画しています。まずはキャスティング。本作は原作のイメージから連想されるキャラに沿ったピアニストがまず選ばれ、そこからキャスティングがなされていったそう。そして、「春と修羅」のカデンツァはガチな作曲家が「原作通り」に手掛けています。つまり本作は、本当に「音楽ファースト」の映画なのです。

 

『蜜蜂と遠雷』ピアノ全集+1(完全盤)(8CD)

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 また、音楽以外のキャスティングも素晴らしいです。本作で覚醒する栄伝亜夜には、役者として天賦の才を持つ松岡茉優さん、「凡人」代表の明石には松坂桃李、そしてマサルには「俺はガンダムで行く」の森崎ウィン。このマサルのような役には人気や実力はあるもののネイティブな英語は話せない役者さんが無理矢理演じ、そこに違和感を覚えてしまうことが多い中、彼のような本当に日本語も英語もペラペラの方が演じることで、凄く自然に勝るという役を体現していたと思います。そしてやはり一番難易度が高い風間塵も、新星の鈴鹿央士という垢のついてない役者が演じることで、嘘臭さが全くない。

 

 この4人以外にも良かったのは、マサルの師匠。邦画の外国人は何故か安く観えてしまうことが多い中、この方は存在感もあり、これまた嘘臭さが無い。パンフレットを読んだら、どうやらポーランドの有名な役者さんだそうです。

 

 本作は、「音楽の映画」です。4人の才能を持った演奏家たちがそれぞれの想いを持ち、影響し合い、作り上げられています。それがラストの栄伝亜夜の覚醒であり、カタルシスなのです。つまり本作は、全ての要素が絡み合い、映画という芸術を作り上げた協奏曲そのものだと言えると思います。この意味で、私は本作を「音楽の映画」として素晴らしいと感じます。

 

 

森崎ウィン出演映画。

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