暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

ギリアムの新たな決意表明【テリー・ギリアムのドン・キホーテ】感想

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80点

 

 

 1989年に企画が立ち上がるも、公開までの30年間、実現しそうになるたびに様々な理由で延期になり、「映画史上もっとも呪われた企画」とまで言われた本作。私は「ドン・キホーテ」については内容くらいは何となく知ってはいますけど、それでも私にとって「ドン・キホーテ」のイメージとは、有名な風車に立ち向かっていくものくらいです。他にも思い出深いのは大学時代にマクロ経済学の教授から講義中に「ドン・キホーテなんてものはですね、皆さん、高校生の時に読んでなきゃいけないんですよ!読んでないでしょ?」と言われたことくらいですね。しかしそんな私でも映画となれば話は別です。しかもそれが30年間全く完成しなかった「呪われた企画」とくればさらに鑑賞する気は増してくるというもの。というわけでテリー・ギリアム監督の初期3部作を鑑賞してから本作を鑑賞しに行きました。

 

 初期3部作を観ていたのが良かった。本作は、この3作に非常に強く通じる内容を持った作品だったからです。ここで言う「初期3部作」とはつまり、『バンデットQ』『未来世紀ブラジル』『バロン』の3作です。この3作に共通している点は、「管理され、統制された世界からの解放と逃避」だと思います。『バンデットQ』は管理されて、夢も自由に見れない子どもが平社員みたいな小人と共に神に反逆し、最終的に現実世界で「自由に」なる話でしたし、『未来世紀ブラジル』は「1984年」のようなディストピアで生きる小役人が最終的にそこから「逃避」する話でした。中でも一番近いのは『バロン』だと思っていて、あの作品は演劇の中の登場人物、バロンが出てきて少女と一緒に旅をして仲間を集めて現実の敵を倒すという、「空想が現実を超える」話でした。

 

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 そこで本作を観てみると、やるせない現実世界で夢破れて情熱を失っているトビーが、自らをドン・キホーテだと勘違いしているハビエルに付き合っていくうちに彼に感化され、現実を超越して情熱を取り戻し、自身も夢を追う=巨人に立ち向かうことを思い出すという話になっています。つまり「かつてドン・キホーテだった青年が再びドン・キホーテになる」話。この点で本作は非常に「テリー・ギリアム的」なのです。

 

 本作のストーリーにはもう1つの側面があると思っていて、それは本作の構造そのものが本作を制作する過程で起こったことが基になっているであろうと思わせられる、1種メタ的な構造を持っている作品だということです。トビーは情熱をもって映画監督になりたいと思っていたけどプロデューサーの横やりとかスポンサーとかで散々な目に遭い、自分の思うように作品を撮ることができない。だから情熱を失っているわけです。これは映画会社と戦って作品を作ってきたギリアムの経歴とそのまま重なります。そして、だからこそラストのトビーの再出発は非常に感動的で、あれがギリアム自身の再出発の所信表明に移ります。「俺は映画という「巨人」に立ち向かう。俺はまだまだやるぞ!」っていう。

 

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 その他では、やっぱりトビー役のアダム・ドライバーが素晴らしかった。ここ最近の彼の活躍ぶりは本当に凄いのですけど、本作に関してはコメディリリーフに徹していて、ちゃんと笑えるんです。ハビエルの妄想に対して的確かつ冷静なツッコミを入れる下りは完全に漫才です。

 

 ストーリーに関してはかなり散漫な印象。これは本作に限ったことではないのですけど、やっぱり私には慣れないなと思いながら観ていました。また、女性の描き方も近年の潮流からしてこれでいいのかなと思うところはありました。

 

 以上のように、問題点はありつつも、本作は頭のてっぺんからつま先まできちんと「テリー・ギリアム」であること、そしてギリアムの所信表明を観ることができたので、私は満足です。

 

 

アダム・ドライバーが凄い映画。

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 アダム・ドライバーが凄い映画その②

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 これも妄想映画か。

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エンタメに必要な全てが詰まった良質な作品!【初恋】感想

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91点

 

 

 私にとって三池崇史という映画監督は、熱心に追っている監督というわけではありません。直近で観たのは2017年の『ジョジョの奇妙な冒険』です。この監督は「仕事は来たもん順で受ける」というポリシーのもと、非常に多作なのですが、それが故に作品によって出来のムラが激しい監督でもあります。なので、本作に関しては、タイトルもあり、最初は観るつもりはありませんでした。しかし、先行試写で観た方から沸き起こる大絶賛と、予告から漂う往年の三池監督らしい雰囲気、そして本作が『孤狼の血』に続く東映の原点回帰シリーズの2作目(プロデューサーも同じ)ということもあり、鑑賞を決意しました。

 

 結論から言えば、本作は素晴らしい作品でした。冒頭から生首が飛ぶバイオレンス(ただし、『殺し屋1』よりはかなりマイルド)、そしてそれをギャグで撮る監督らしい悪趣味、濃すぎるキャラクター、『パルプ・フィクション』のような見事な脚本、ホラーといった、エンタメの全てがある作品で、これまで多岐にわたるジャンルの映画を撮り続けてきた監督だからこそ撮れる作品だと思いました。

 

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 本作に関して、三池監督は直筆で「さらば、バイオレンス」と書いています。そしてタイトルは『初恋』。ここから連想されることは、映画が始まってものの数秒で裏切られます。具体的に言えばいきなり生首が飛びます。ポーンと、景気よく。そこで「血にまみれたバイオレンス映画なのか」と思いきや実際はそうでもなく、ここでは監督の悪趣味がいい方向に炸裂し、その全てをギャグとして処理しているのです。そのギャグを一手に引き受けるのが染谷将太演じる策士(笑)ヤクザの加瀬。劇中でいちばん人を殺し、事態を悪化させている元凶なのですが、その全てが杜撰でギャグなので観ていて憎めないというか、ちょっとかわいい。そしてコンビとなる大伴とのどこか噛み合わないグダグダバディ感も最高でした。余談ですが、本作のバイオレンスをギャグとして描くという点は、『仁義なき戦い』に通じるところがあります。監督は『レザボア・ドッグス』のようなフィルム・ノワール作品を目指していたそうで、確かに非常に似通った作りな作品であることは間違いないです。

 

 この加瀬&大伴コンビのせいで事態はどんどん悪化し、ヤクザと、チャイニーズマフィアの抗争、そしてレオとモニカの逃走劇が並行して描かれ、Unidyに流れ込みます。この流れが非常にスムーズで見事でした。

 

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 そして出てくるキャラクターが皆濃い。中でも最も鮮烈な印象を残すのがベッキーでしょう。まず自分を誘拐した男をぶっ殺し、その後に恋人を殺されたことを知り、その怒りでバールを持って加瀬をつけ狙う彼女の姿は本当に素晴らしく、それはまさにターミネーター。その「キレ振り」はもう二次元のそれで、個人的には『ジョジョ』にいそうだなと思いました。また、彼女が車に乗っている加瀬を攻撃するくだりは完全にホラー。余談ですが、ここ以外にも本作にはホラー演出が観られます。そしてこの辺はさすが多くのホラーを撮っている三池監督。きちんとホラーで、ちゃんと怖かったです。

 

 そしてその次に濃いのが内野聖陽演じる権藤と、藤岡麻実演じるチャイニーズマフィアの構成員、チアチー。この2人は他の登場人物と比べるとかなり異質で、「仁義」を通しているのです。それはまるで『仁義なき戦い』以前の東映任侠映画のそれで、ちゃんと切った張ったの立ち回りをしてくれます。そしてこの2人には、本作が持つ東映の思いが投影されていると思います。権藤は出所仕立てで時代から取り残され、未だに仁義を大切にしている人物。仁義なんてもう1970年代に廃れ、東映は『仁義なき戦い』を作っています。権藤は「時代に乗り遅れた」人物なのです。

 

 そしてチアチーは「高倉健」の名を出し、日本の「仁」にちょっとした希望を抱いています。彼女も、「時代遅れのもの」に期待してる人間なのです。そしてこれはそのまま東映が持つ思いに繋がります。もはや自分たちはマジョリティではない。日本映画は(少なくとも大規模公開映画の多くは)当たり障りのない作品が多くなり、東映の往年の映画は過去のもの。でも、だからこそ、今蘇らせなければならない、という想いです。そしてそれを投影してか、「仁義」を通した2人は非常にきれいな死に様を見せます。仁義を失くした人間が無様な死に方をするのとは対照的にです。これは『仁義なき戦い』とは対照的です。

 

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 このように多様な見方ができる作品ではあるのですが、根幹はラブストーリーだと思います。レオとモニカの初恋の物語です。レオとモニカは共通しているところがあって、2人とも孤独だということです。そして人生に意義を見出していない。だから冒頭でレオは実にやる気なくリングに上がり、「お前何のためにリングに上がってんだ!」と言われます。そんなレオが余命宣告されモニカと出会い、「死ぬ気で」彼女を守り抜くのです。まぁ途中でそれは誤診だったの判明するのですけど(この誤診の説明の下りが最高に笑える)、それ故にレオが本当に心の底から彼女を護りたいということが伝わってくるようになってもいます。この窪田正孝さんの表情の変化というか、心境の変化の演技は素晴らしかったです。

 

 そしてこの出来事を経た2人は新たな「戦い」に乗り出すのです。それは人生。モニカは麻薬の更生施設に入り治療をし、レオはまさしく「戦うため」に「リング」に上がります。ここで本作は、人生に意味を見出していなかった2人が意味を見出し、共に人生を戦い抜く決意をする話だと分かるわけです。

 

 以上のように本作は、『孤狼の血』に続く東映の原点回帰的作品として、本当に素晴らしいものだったと思います。あの作品で受け継がれた「血」は、今も生きているのです。しかも『孤狼の血』よりは肩肘張ってみる必要がないのもいい。とにかくエンタメとして本当に面白いので、観てほしいです。

 

 

東映作品。こちらも素晴らしかった。

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 三池作品前作。不評だけど私は好きです。

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孤独を「癒す」激ヤバセラピー映画【ミッドサマー】感想 ※ネタバレあり

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93点

 

 

 2018年、長編デビュー作である『へレディタリー/継承』で世界中の映画ファンを恐怖、というよりも実に「厭な」気持ちにさせた新進気鋭の監督、アリ・アスター。おそらく、世界で最も続篇が待たれている彼が次に放った作品が本作です。私は同時代に活躍している監督は可能な限り追っていこうと思っているため、前作でおよそ新人とは思えない才能を発揮したアリ・アスター監督の最新作である本作は当然観ようと思っていました。なのでわざわざムビチケまで買い、鑑賞した次第です。ちなみに、今年最も楽しみにしていた作品の1つです。

 

 アリ・アスター監督は、自身の体験から映画を作っています。前作『へレディタリー』は彼の家族に起きた「不幸な出来事」からインスパイアされて作ったものでした。そして本作は、何と自身の失恋体験からインスパイアされて作ったそうです。映画本編を観ればドン引きすること必至な気がしますが、アリ・アスターは本作を、本当に失恋から立ち直る「セラピー映画」と捉えている節があります。鑑賞してみると、確かにそう捉えられなくもない作品でした。ただ、それ以外にも多様な見方ができる作品で、同時に前作を遥かにしのぐ「厭な」映画でもありました。

 

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 本作の発端はアリ・アスターに持ち込まれた、「スウェーデンに観光に来たアメリカの学生たちが悲惨な目に遭うホラーを作ってほしい」という企画からだったそう。本作を観てみれば、なるほど確かにそういう内容に見えます。しかし監督は、これに自身の失恋体験を入れ込みました。これによって本作は、ただのホラーではなく、1人の女性が自分をないがしろにする男に「さようなら」する映画としても観ることができるようになりました。しかしそれによって、より後味が悪くなったことも確かです。

 

 まず、『へレデイタリー』と同じく、本作は「音」が素晴らしい映画だと思います。『へレディタリー』の「コッ」に替わる「ホッ」という音の不気味さ、そして家族が死んでしまったダニーが電話してきたときのあの不気味なタイミングと泣き声の不気味さ。タイミングと音そのもので不穏さを強調していき、これが本作全体の不穏さに直結しています。

 

 本作はまず、冒頭からダニーの家族が皆死亡してしまうという衝撃的な展開が起こります。ここで家族を失ってしまった彼女ですが、恋人であるクリスチャンは自分のことを若干厄介者として見ている節があり、友人はもっと露骨です。つまり冒頭の時点で彼女は世界で1人だけなのです。その彼女の孤独を表現するように冒頭では彼女は他の男どもとは離されて映っています。例え1つの画面の中にいたとしても、クリスチャンと話しているときはクリスチャンは鏡越しに、ダニーはそのまま映ったり、他の男どもと旅行のことについて話すシーンでも、ダニーは額縁の中に映ったりしています。これによって、ダニーが彼らとは違う世界にいる、孤独な存在であることが示されています。そしてそれ故に、ダニーは「吐き気」を覚えます。

 

 本作の大半の舞台は彼女が友人と観光に行くホルガです。本作はホルガの人々の風習や暮らしを淡々と、しかしどこか不穏な雰囲気を漂わせながら進んでいきます。ここで1シーン1シーンをじっくり長回しで見せているのが上映時間が長くなっている原因。このホルガでは観光客である学生たちが「異端」であり、ホルガの人々は「普通に」生活しているだけです。しかし、その「普通」は我々の感覚からすれば到底理解しがたいものであるため、不気味さ、不穏さが煽られます。

 

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 本作は傷心で孤独を感じているダニーが、自身を顧みない恋人や「友達」と「さようなら」をし、ホルガに癒され、新たな家族を得る話であると言えます。これは近年流行りの「疑似家族」モノを彷彿とさせますし、「異端者」が共同体に受け入れられる話と捉えられなくもないです。しかしですね、本作で重要な点は、これらを裏返すと、そのまま非常に危うい内容に繋がると思います。本作が「厭な」気分にさせられるというのは、この点です。

 

 それはつまり、ダニーが共同体に「呑み込まれる」話だということ。言い方を変えれば、傷心の人間が救いを求めてカルト宗教に入れ込んでしまう話で、ダニーが新たな依存先を見つける話です。そこではダニーの感情は「共感」され、癒されるもののそれはまた新たな同化を生み出します。そこでは全ては共感の名のもとに「同質化」され、他の感情はその「共感」の嵐の中で無と化してしまう。そうして共同体は維持される。そしてそれが「当然のこと」として捉えられてしまう。言い方を変えれば同調圧力であり、「新世紀エヴァンゲリオン」における「人類補完計画」です。ホルガとは、そんな個人の感情などまるで無視な共同体、そして1つの感情への「共感」の名のもとに他の感情を無視する共同体(例えばSNS)の隠喩なのかもと思いました。つまり、客観的に見れば、ダニーはもう1つの「地獄」に辿り着いてしまったのだと思います。

 

 ダニー以外の観光客は皆この共同体の被害者です。マチズモ的な思想を持った男たちは皆ひどい目にあい、クリスチャンに至っては「モノ」としてしか見られていない節もあります。この点は前作『ヘレディタリー/継承』にも見られた、「加害責任を負わされる男性」を彷彿とさせます。そしてラストのダニーの絶望も、「共感」の名のもとに消し去られます。こういう露悪的な面が「厭な」気持ちになった原因かなと思います。この点はマチズモ的思想や男性社会に対する、監督の意地悪が炸裂していると思います。

 

 しかし本作は、不快な気分と同時に、何故か晴れやかな気分にさせられます。ラストのダニーの満面の笑みがそれです。ここで、彼女にとっては、本当にこの物語は救いだったのだと分かります。つまり、本作は男性優位の社会、女性を性的な目でしか見ないろくでもない奴らからの解放の物語なのです。なので、鑑賞後は晴れやかな気分と鬱々とした気分が同居するというアンビバレントな気持ちにさせられましたが、私はあのラストシーンで満面の笑みを浮かべていました。

 

 また、ここまで観てみると、1つ気付くことがあります。それは、本作は監督の前作『へレディタリー/継承』と全く同じ内容の作品だということ。あちらは家族が地獄の大魔王ペイモン一家に呑み込まれる話でしたけど、こちらはダニーら観光客がホルガという共同体に呑み込まれる話です。そして、最後に主人公が「家族」を得るという点でも同じです。作家性といえば良いのでしょうけど、それにしても似すぎな気もします。新海誠かよ。

 

 以上のように本作は、1人の映画作家の体験から生まれた作品としては素晴らしい映画だと思います。しかし、倫理的に観れば超ヤバい映画なので、この作品が満席の中で観られているというという事実には一抹の不安を覚えます。映画ファンは必見ですね。

 

 

監督前作。ホラー度はこっちの方が高め。コッ!

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 こちらもホラー。

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見事な着地【ヒックとドラゴン 聖地への冒険】感想

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87点

 

 

 2010年に1作目、2014年に2作目が公開され、そのどちらもが高い評価とエンタメ性を持っていた『ヒックとドラゴン』シリーズ。本作はその3作目にして完結篇となります。日本では残念ながら知名度が高くない作品なのですが、映画ファン、アニメファンの間ではその完成度の高さは話題になっており、私も過去2作は大変面白く鑑賞しました。その完結篇ともなれば劇場で観たくなるのが人情というもの。ムビチケを購入し、年始劇場1本目に鑑賞しました。

 

 結論から書くと、「見事!」と言える作品でした。というのも、1本のエンターテイメント作品として完成されているのはもちろんですが、「3部作の完結篇」として申し分ない出来だったからです。キャスリーン・ケネディはこの作品の爪の垢を煎じて飲んだ方がいいと思います。

 

 

 まず、本作は映像クオリティが素晴らしいです。これは3作共通して言えることなのですが、本シリーズは作品ごとに映像的なクオリティアップを施していて、本作ではドラゴンの聖地での、あの大量のドラゴンです。映像的な美しさもそうですが、あの量にとにかく圧倒されてしまいました。

 

 1作目はドラゴンと人間の和解、2作目はヒックが「子供」から「大人」になるまでを描いていました。この2作は素晴らしい作品であることは疑いの余地がありませんが、私は心のどこかにモヤモヤとした気持ちを抱えていました。というのは、「人間とドラゴンが仲良くする」と言っているのは良いのですけど、2作を通して観てみると、その関係性があまり「対等」と言えるものではないと思えたからです。確かに、トゥースとヒックは「友達」になりましたし、バーク島の皆もドラゴンと仲良く暮らしています。しかし、やっていることは何かというと、描かれていることを見る限りでは、結局はドラゴンを人間の都合のいいように使っているだけなのではないか、と思えるのです。

 

 本作はこのモヤモヤに1つの結論を出します。それは「ドラゴンの意志」を真の意味で尊重することです。人間のエゴにドラゴンを付き合わせるのではなく、ドラゴンにとって、何が本当の意味で最も良い事なのかを考えること。それこそが本当の意味で相手を尊重するということだと本作は説きます。だからこそ、ラストでヒック、並びにバーク島の皆とドラゴンは別れたのでしょう。

 

 

 そしてこれは、ヒック自身の成長物語とも密接にリンクします。それはヒックが真の意味で「1人立ち」するということです。ヒックは確かに大きく成長し、父からの1人立ちを果たしました。しかしそれは、トゥースというドラゴンがいたからです。彼と一緒だったからこそ、ヒックは成長できたのです。だから、ヒックがトゥースと別れ、本当の意味で1人立ちすることは、そのままこの3部作の締め括りにふさわしい内容なのです。敵がヒックの写し鏡(というか、ダークサイド)で、それに打ち克つという内容もシリーズ恒例ですね。

 

 ラストも素晴らしかったです。人間とドラゴンが別れ、ドラゴンが「伝承でしか語られていない」存在となるのですが、それによってこの世界が我々の現実世界と地続きになって、この物語が「過去に本当にあったこと」として捉えられる作りになっていると思いました。この着地は素晴らしいと思います。以上の理由から、本作は3部作の最後の作品として素晴らしい作品だったと思いました。

 

 

同じく3部作の完結篇。こっちは残念。

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「楽園」を作れるかは、私たち次第だ【楽園】感想

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80点

 

 

 「悪人」「怒り」などで知られるベストセラー作家、吉田修一先生の短編集「犯罪小説集」を、『64 ロクヨン』『菊とギロチン』で知られる瀬々敬久監督が映画化した作品。当時は『ジョーカー』が大旋風を巻き起こしていたこともあり、宣伝ではしきりに「ジョーカー」という単語が連呼されていました。他人の褌で相撲をとるなんていくら何でも節操がなさすぎではと思ったのですけど、鑑賞してみたら使いたくなるのも納得の作品でした。本作は、『ジョーカー』と同じく、社会に押しつぶされた人間が「無敵の人」になる話だったからです。

 

 本作において、主な舞台となる村で起こることは、現代の日本の写し鏡であり、世の中の縮図と言えると思います。この村では主要人物のうち、綾野剛佐藤浩市の2人が死亡します。注目すべきはこの2人が死ぬまで理由です。この2人はそれぞれが違う理由で追い詰められるのです。綾野剛は在日であるという理由から来る不信感(要は昨今の排外的、ネトウヨ的思考)で、佐藤浩市は村総出のいじめです。彼らを追い詰めたものに共通するのは村の中の人々の偏見からなる集合意識と、それを上手く操って村人を煽った「上」の人間(寄合の爺ども)です。この偏見と差別的な意識、そしてそこから来る排他的な声やバッシングは、特にSNSでよく見かける光景です。この点で、この村は日本の縮図であると思うのです。

 

つけびの村  噂が5人を殺したのか?

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 本作は2人が追い詰められていくさまをじっくり見せていくのですが、そこに観客を放り込み、観客に揺さぶりをかけます。それは主に綾野剛のパートで発揮されていて、少女失踪事件の全容が上手い具合にぼかされているため、観客側も綾野剛を犯人ではないかと疑えるように作っているのです。しかし証拠はない。ここで思い出してほしいのは、綾野剛は何故自死したのかということ。その根底にあるのは上述の通り社会に潜む「アイツが犯人だろう」という偏見と推測です。ここで綾野剛が犯人であると思ってしまえば、我々観客もあの村人と同じになってしまうという作りになっているのです。

 

 では、我々には何ができるのか。それはもう、「信じること」しかないとのだと思います。この点は同じく吉田修一先生の「怒り」と同じです。そして、互いに信じあい、佐藤浩市のように犬を拾える人間が「楽園」を作ることができるのだと本作は説きます。本作ではターニングポイントに必ず「道」が登場し、象徴的に使われます。「どちらを選ぶのか」そして、その道の先に「楽園」を作れるのは杉咲花であり、我々なのだと思います。本作で監督が訴えたかったのは、そういうことなのだと思いました。

 

 

昨年の大ヒット作。題材が似ているのは時代なんでしょうか。

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 瀬々敬久監督作。

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バカらしさパワーアップ!な続篇【ゾンビランド:ダブルタップ】感想

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77点

 

 

 2009年に公開された『ゾンビランド』の続篇。予告から漂う圧倒的B級映画感から、「よくもまぁこんな映画にこの豪華キャスト(全員アカデミー賞ノミネート&受賞経験有り)とスタッフを呼んだなぁ」と思った方がいらっしゃるかもしれません。しかし、それは順序が全く逆で、2009年に公開された前作『ゾンビランド』からの続投なのです。10年という月日が経ち、当時全くの無名だったキャスト&スタッフ達はいまやハリウッドを代表するヒットメーカー、役者となり、ハリウッドを牽引する存在になった、それだけなのです。ちなみに、本作までの間に、日本では「ゾンビランド」と言えば佐賀県を指すようになりました。もちろん、本作の舞台はアメリカなのでフランシュシュもウザったいプロデューサーも出てきません(コラボはしてましたが)。軽い映画も観たいなぁと思っていたので、予告編の軽さを期待し、前作をレンタルで鑑賞してから本作に臨んだ次第です。

 

 鑑賞してみると、前作から大量に増えた「ルール」のごとく、全てが増し増しになった快作でした。脚本家が『デットプール2』の方ということもあり、本作は「家族の物語」として見ることができました。今回は、この「増し増し」な点をもとに感想を書いていきたいと思います。

 

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増し増しになった点その1:アクション

 前作はおそらく予算の関係上、ゆるい感じのアクションが多かったと思うのですけど、本作では結構ハード目。前作のアクションの作品と合っているユルさは好きでしたけど、本作のアクションを観て、「ああ、本当に大きな予算をかけた映画になったんだなぁ」と感慨深くなりました。

 

増し増しになった点その2:ギャグ

 本作は全体的に前作からギャグを抽出した出来になっています。現在は「ウォーキング・デッド」、日本でも『カメラを止めるな!』など、ゾンビものが多々出てきていますけど、「ウォーキング・デッド」を「リアルじゃないよね」というなど、突っ込みを入れるのです。そしてわざわざ自分たちのそっくりさんを出してくだらないギャグをやるという本当にしょうも無いことをしていて、そこに爆笑しました。

 

増し増しになった点その3:キャラ

 前作からのキャラはもちろんですが、新たに出てくるキャラの濃さは本当に凄い。ネバダは強くてカッコいいし、ヒッピー野郎バークレーは型通りすぎて笑えるし、何より強烈なのがマディソン。頭がパーな女性で、物語を騒がしくしているだけなのですけど、存在が強烈で、作品の良いアクセントになっています。

 

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増し増しになった点その4:家族

 タラハシーは保守的な頑固親父まんまで、子離れができません。翻ってリトルロックは家族に愛想を尽かし、「新しい」ヒッピー野郎に付いて行きます。まるでかつてのアメリカのようです。そんな家族が、また一緒になり、そして新たな家族を得るという疑似家族の物語でもあります。これは前作からの要素をさらに推し進めたものだと言えます。

 

増し増しになった点その5:ビル・マーレイ

 前作では出オチ感溢れるキャラでしたが、本作ではその鬱憤を晴らすかのように大暴れしてくれます。ぶっちゃけビル・マーレイにあの無双は無理だろと思うのですが、おそらくスタッフの感謝の意もこもってたんだろうなぁと。

 

 以上のように、本作は前作の良さをさらに増し増しにして、「家族」の物語をくだらないギャグを連発して描いた快作だと思います。

 

 

韓国の「ノンストップ」ゾンビ映画

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 日本のゾンビ映画

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ナチス×ゾンビ映画

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古典的ミステリを現代にアップデートしてみせた娯楽傑作【ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密】感想 ※ネタバレあり

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94点

 

 

 監督前作『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』で全世界の『スター・ウォーズ』ファンを敵に回したライアン・ジョンソン。私自身も『最後のジェダイ』に関してはやろうとしていたことは別にいいのですけど、そこにディズニーの商業的な戦略を感じてしまって辟易していました(そしてその懸念は最悪の形で実現)。しかし、私自身は『スター・ウォーズ』そのものには大した思い入れが無く、ライアン・ジョンソンに対しては憎しみは抱いていないこと、そしてライアン・ジョンソン自身の腕は買っているので、オリジナル作品である本作自体は楽しみにしていました。

 

 鑑賞してみると、『最後のジェダイ』での脚本のグズグズぶりは一体何だったのかと言いたくなるほどの素晴らしい出来で、アガサ・クリスティー的な古典的ミステリとして、存分に楽しむことができました。

 

 

 豪邸で発見された大物ミステリー作家の遺体、一癖も二癖もある彼の子ども達、そして呼ばれた名探偵・・・。これらの言葉から連想されるように、本作はアガサ・クリスティー作品のような超王道なミステリ作品です。主題はもちろん、フーダニット(誰がやったのか)。ミステリ作品は「映画」という媒体にはそぐわないという問題がありますが、本作はライアン・ジョンソンの巧みな脚本と演出でその弱点を上手くカバーしています。

 

 まずは登場人物の整理。この手のミステリ映画では犯人を分からなくするために大御所、実力派の俳優を配置するのが常で、本作でもこの慣例に倣っています。しかも集められた俳優は、皆どことなく「濃い」のです。『ハロウィン』でブギーマンと死闘を繰り広げたジェイミー・リー・カーチス、『へレディタリー/継承』で圧巻の顔芸を見せたト二・コレット、いつもの「強い男性」の逆を行く珍しい配役、マイケル・シャノン、『キャプテン・アメリカ』そのものなナイス・ガイ、クリス・エヴァンス、『ブレード・ランナー2049』での印象が強いアナ・デ・アルマス、そしてその中心は『007』のダニエル・グレイグ。これだけのメンツが揃っているので、まずその顔だけで「誰がどの役なのか」を判別することができます。

 

 また、序盤で行われる、個々のキャラの尋問も非常に巧み。普通のミステリならば、ただの尋問になってしまってただ退屈なものになってしまうところを、そこで同時にキャラクターの紹介も行わせたり、キャラの返答の前に「本当の出来事」の映像を挿入することで「食い違い」を観客に把握させているのが凄く上手い。しかもそれが全てを繋ぎ合わせると事件の全容が見えてくるという作りになっている。つまり、序盤で「事件の全容」、「登場人物の紹介」を完璧にやってしまっているのです。このスマートさにはやられました。

 

 さて、ここから名探偵が謎を解き明かすのか、と思いきや、映画は急展開し、ミステリーの三大要素「フーダニット、ハウダニットホワイダニット」全てが解き明かされてしまうのです。そしてここからジャンルがミステリーではなく、「刑事コロンボ」「古畑任三郎」のようなサスペンスになってしまうのです。「相棒が犯人」という意味では、アガサ・クリスティー的には「アクロイド殺し」的と言えます。そしてここでのミソは、彼女が「嘘をつくと吐いてしまう」という奇抜な体質の持ち主である点です。なので、観客としては緊張感をずっと抱えてしまい、サスペンス性が増します。

 

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 さらにここにドラマを加えるのがお馴染みの遺産相続。家族があの手この手で遺産の相続権を奪い取ろうとするさまも描きます。しかもこの遺産相続が、真犯人の目くらましにもなっていると感じました。ランサムがマルタに近づいたのも、遺産目当てとして見ることができますしね。

 

 また、ミスリードと言えば、真犯人確定のヒントとなる箇所のミスリードも上手いなと感じています。あそこであの台詞を言うというのは、勘の良い人なら分かると思うのだけど、肝心なのがあのシーンが出てくるタイミング。あの時は上述の「真相」が判明している瞬間なのと、あのシーン自体をギャグとして処理しているため、気付きにくくなっているのです。でも、「相棒」とか見ている人なら分かると思う。右京さんなら気付いてる。更にダメ押しとばかりに中盤でマルタの血の付いた靴を見せてくるため、余計に混乱します。

 

 そして本作の素晴らしい点は、ただのミステリとして終わらない点。あの豪邸をアメリカ合衆国のメタファーとして描き、移民問題の縮図として描いているのです。こうしてみれば、遺産相続問題だって「アメリカの遺産」を自分たちのものとし、移民を邪魔者としてみる近年の排外思想のメタファーですし、そんな中で豪邸(=アメリカ)を手に入れ、「ルール」が記されたカップを飲むマルタの姿は痛快です。というか、演出の品が良い。途中に出てくる移民問題の議論とかも如何にもな感じでした。

 

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 最後に、本作を観ていて感じた、ライアン・ジョンソンの作家性について。彼はパンフレットで、「ジャンルと戯れるのが好き」と言っています。彼は『最後のジェダイ』で『スター・ウォーズ』の枠組みを解体しようとした人間ですが、このパンフの発言から読み取るに、この「既存のジャンルの解体」こそが彼の作家性なのではないかと思いました。こう考えれば、『LOOPER/ルーパー』だって既存のタイムスリップSFがどんどん違うジャンルになっていく作品でしたし、『最後のジェダイ』は言わずもがな。そして本作も、既存のフーダニットのミステリものを大きく逸脱していきます。そして配役に関しても、マイケル・シャノンクリス・エヴァンスのようにパブリックイメージとは違う役をやらせています。

 

 このように本作は、古典的なミステリでありながらも、ライアン・ジョンソンの作家性が見事に炸裂し、尚且つミステリとしてきちんと面白いという、観ていて本当に「楽しい」映画でした。

 

 

ライアン・ジョンソン監督作で、全世界のファンから批判された作品。

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 アガサ・クリスティーの原作の映画化。こちらは良くも悪くも「普通」のミステリ映画でした。

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