暇人の感想日記

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孤独を「癒す」激ヤバセラピー映画【ミッドサマー】感想 ※ネタバレあり

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93点

 

 

 2018年、長編デビュー作である『へレディタリー/継承』で世界中の映画ファンを恐怖、というよりも実に「厭な」気持ちにさせた新進気鋭の監督、アリ・アスター。おそらく、世界で最も続篇が待たれている彼が次に放った作品が本作です。私は同時代に活躍している監督は可能な限り追っていこうと思っているため、前作でおよそ新人とは思えない才能を発揮したアリ・アスター監督の最新作である本作は当然観ようと思っていました。なのでわざわざムビチケまで買い、鑑賞した次第です。ちなみに、今年最も楽しみにしていた作品の1つです。

 

 アリ・アスター監督は、自身の体験から映画を作っています。前作『へレディタリー』は彼の家族に起きた「不幸な出来事」からインスパイアされて作ったものでした。そして本作は、何と自身の失恋体験からインスパイアされて作ったそうです。映画本編を観ればドン引きすること必至な気がしますが、アリ・アスターは本作を、本当に失恋から立ち直る「セラピー映画」と捉えている節があります。鑑賞してみると、確かにそう捉えられなくもない作品でした。ただ、それ以外にも多様な見方ができる作品で、同時に前作を遥かにしのぐ「厭な」映画でもありました。

 

ヘレディタリー 継承(字幕版)

ヘレディタリー 継承(字幕版)

  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: Prime Video
 

 

 本作の発端はアリ・アスターに持ち込まれた、「スウェーデンに観光に来たアメリカの学生たちが悲惨な目に遭うホラーを作ってほしい」という企画からだったそう。本作を観てみれば、なるほど確かにそういう内容に見えます。しかし監督は、これに自身の失恋体験を入れ込みました。これによって本作は、ただのホラーではなく、1人の女性が自分をないがしろにする男に「さようなら」する映画としても観ることができるようになりました。しかしそれによって、より後味が悪くなったことも確かです。

 

 まず、『へレデイタリー』と同じく、本作は「音」が素晴らしい映画だと思います。『へレディタリー』の「コッ」に替わる「ホッ」という音の不気味さ、そして家族が死んでしまったダニーが電話してきたときのあの不気味なタイミングと泣き声の不気味さ。タイミングと音そのもので不穏さを強調していき、これが本作全体の不穏さに直結しています。

 

 本作はまず、冒頭からダニーの家族が皆死亡してしまうという衝撃的な展開が起こります。ここで家族を失ってしまった彼女ですが、恋人であるクリスチャンは自分のことを若干厄介者として見ている節があり、友人はもっと露骨です。つまり冒頭の時点で彼女は世界で1人だけなのです。その彼女の孤独を表現するように冒頭では彼女は他の男どもとは離されて映っています。例え1つの画面の中にいたとしても、クリスチャンと話しているときはクリスチャンは鏡越しに、ダニーはそのまま映ったり、他の男どもと旅行のことについて話すシーンでも、ダニーは額縁の中に映ったりしています。これによって、ダニーが彼らとは違う世界にいる、孤独な存在であることが示されています。そしてそれ故に、ダニーは「吐き気」を覚えます。

 

 本作の大半の舞台は彼女が友人と観光に行くホルガです。本作はホルガの人々の風習や暮らしを淡々と、しかしどこか不穏な雰囲気を漂わせながら進んでいきます。ここで1シーン1シーンをじっくり長回しで見せているのが上映時間が長くなっている原因。このホルガでは観光客である学生たちが「異端」であり、ホルガの人々は「普通に」生活しているだけです。しかし、その「普通」は我々の感覚からすれば到底理解しがたいものであるため、不気味さ、不穏さが煽られます。

 

キノの旅3 the Beautiful World (電撃文庫 し 8-3)

キノの旅3 the Beautiful World (電撃文庫 し 8-3)

 

 

 本作は傷心で孤独を感じているダニーが、自身を顧みない恋人や「友達」と「さようなら」をし、ホルガに癒され、新たな家族を得る話であると言えます。これは近年流行りの「疑似家族」モノを彷彿とさせますし、「異端者」が共同体に受け入れられる話と捉えられなくもないです。しかしですね、本作で重要な点は、これらを裏返すと、そのまま非常に危うい内容に繋がると思います。本作が「厭な」気分にさせられるというのは、この点です。

 

 それはつまり、ダニーが共同体に「呑み込まれる」話だということ。言い方を変えれば、傷心の人間が救いを求めてカルト宗教に入れ込んでしまう話で、ダニーが新たな依存先を見つける話です。そこではダニーの感情は「共感」され、癒されるもののそれはまた新たな同化を生み出します。そこでは全ては共感の名のもとに「同質化」され、他の感情はその「共感」の嵐の中で無と化してしまう。そうして共同体は維持される。そしてそれが「当然のこと」として捉えられてしまう。言い方を変えれば同調圧力であり、「新世紀エヴァンゲリオン」における「人類補完計画」です。ホルガとは、そんな個人の感情などまるで無視な共同体、そして1つの感情への「共感」の名のもとに他の感情を無視する共同体(例えばSNS)の隠喩なのかもと思いました。つまり、客観的に見れば、ダニーはもう1つの「地獄」に辿り着いてしまったのだと思います。

 

 ダニー以外の観光客は皆この共同体の被害者です。マチズモ的な思想を持った男たちは皆ひどい目にあい、クリスチャンに至っては「モノ」としてしか見られていない節もあります。この点は前作『ヘレディタリー/継承』にも見られた、「加害責任を負わされる男性」を彷彿とさせます。そしてラストのダニーの絶望も、「共感」の名のもとに消し去られます。こういう露悪的な面が「厭な」気持ちになった原因かなと思います。この点はマチズモ的思想や男性社会に対する、監督の意地悪が炸裂していると思います。

 

 しかし本作は、不快な気分と同時に、何故か晴れやかな気分にさせられます。ラストのダニーの満面の笑みがそれです。ここで、彼女にとっては、本当にこの物語は救いだったのだと分かります。つまり、本作は男性優位の社会、女性を性的な目でしか見ないろくでもない奴らからの解放の物語なのです。なので、鑑賞後は晴れやかな気分と鬱々とした気分が同居するというアンビバレントな気持ちにさせられましたが、私はあのラストシーンで満面の笑みを浮かべていました。

 

 また、ここまで観てみると、1つ気付くことがあります。それは、本作は監督の前作『へレディタリー/継承』と全く同じ内容の作品だということ。あちらは家族が地獄の大魔王ペイモン一家に呑み込まれる話でしたけど、こちらはダニーら観光客がホルガという共同体に呑み込まれる話です。そして、最後に主人公が「家族」を得るという点でも同じです。作家性といえば良いのでしょうけど、それにしても似すぎな気もします。新海誠かよ。

 

 以上のように本作は、1人の映画作家の体験から生まれた作品としては素晴らしい映画だと思います。しかし、倫理的に観れば超ヤバい映画なので、この作品が満席の中で観られているというという事実には一抹の不安を覚えます。映画ファンは必見ですね。

 

 

監督前作。ホラー度はこっちの方が高め。コッ!

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 こちらもホラー。

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