暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

分断から調和へ【この茫漠たる荒野で】感想

この茫漠たる荒野で

 
92点
 
 
 トム・ハンクス×ポール・グリーングラス監督という、『キャプテン・フィリップス』コンビによる西部劇。アメリカ本国では劇場公開されたようですが、日本ではNETFLIX配信。シネスコの画面を目一杯に使った「茫漠たる荒野」もあったため、ぜひ劇場で観たかったのですが、このご時世ですからね。とりあえず、この座組と西部劇というジャンルから、私は大変惹かれまして、鑑賞しました。
 
 本作の舞台は南北戦争直後の1870年。主人公キッドは、ニュースの読み聞かせをやっている退役軍人。彼が旅の途中、偶然に出会った少女ジョハンナを本当の親族のもとまで送り届けるロード・ムービーですジョハンナは戦争中にネイティブ・アメリカンにさらわれて育てられた過去があり、彼女とキッドの交流が描かれます。。この点から『子連れ狼』を連想させられます。中盤に挟まれる銃撃戦や、チェイスシーンなどの緊張感も素晴らしいです。そして、この点にも表れているのですが、本作のテーマは「分断と融和」。現在も世界各国で取り上げられているテーマであり、ことアメリカではトランプ大統領就任以後、最も重要なテーマと言えます。本作は南北戦争という時代を描くことで、大雑把に2つに分断された今の時代を描こうとしているのです。
 そもそも、南北戦争というのは、簡単に言ってしまうと「綿花栽培のため奴隷労働を維持しようとした南部」VS「産業が発達し、近代的な資本主義経済により、奴隷労働が必要ない北部」の内戦でした。南部の人間からしたら、綿花がとれなくなれば自分たちの死活問題になるので、奴隷制に反対したわけです。この内戦は結局は北部の勝利で終わり、奴隷制の廃止がなされます。この点はどの点から見ても正しい事であるのは明白です。しかし、内戦の傷跡として、アメリカという国は2つに分断されてしまいました。そう、まるで今のアメリカのように。
 
 この混沌とした世界で、1人ニュース読みを行っているのがキッドです。これは多分識字率の問題から成り立つ職業だと思うのですが、混沌とした時代に、正確なニュースを知らせるというのも、凄く現代的だなと。中盤の集落が象徴的なのですが、自分たちのコミュニティを作ってそこに閉じこもり、自分たちにとって都合のいい情報しか流さないというのは、トランプ陣営や、彼らが使うフェイクニュース批判でしょう。そこでキッドが真のニュースを伝え、それが住民の蜂起につながるのも凄くアメリカっぽいなと。

 

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 本作の素晴らしい点は、こうした分断と混沌を分断として描くだけで終わらせるのではなく、融和の可能性まで描いている事です。ジェファーソンはテキサスの人間と多く出会いますが、彼ら彼女らを悪として断罪してはいません(中にはクズもいるけど)。そして、ジェファーソンは彼ら彼女らのためにニュースを読んでいます。もちろん、奴隷制を肯定したりはしていません。そこにあるのは、「過去を忘れない」という姿勢です。ジェファーソンがニュースを読んでいるのも、今のニュースを伝えるとともに、過去の傷跡を忘れてはいけないから。過去は忘れるものではなく、それを踏まえたうえで、同じアメリカ国民として進んでいこうという、素晴らしいメッセージを含んでいると思えました。さらに、これだけお堅いテーマを扱っているにもかかわらず、最後はジョークで〆るという後味の良さも凄く品が良くて、評価が上がりました。