暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

社会構造の告発と、女性の自己の確立の物語【あのこは貴族】感想

あのこは貴族
 
94点
 
 
 最初は観る気はありませんでした。予告を観ても、ありきたりな恋愛ものというか、社会の格差を表面的に描いただけの作品な気がしたからです。しかし、Youtubeで配信中の「そえまつ映画館」にて、松崎健夫さんが「今年ベスト」と大絶賛されていたことから興味が湧き、SNS上での評判も尋常ではないレベルで良いので鑑賞を決めました。
 
 結論から言ってしまうと、本作は傑作でした。私のような庶民では決して縁のないこの国の上流階級を徹底してリサーチして描いた点も勉強になりましたし、上流と下流という、この国にある身分格差を「見ている風景」の上下で示して見せた点も素晴らしかった。そしてそれ以上に、「#MeToo」以降、日本であまり生まれ得なかったフェミニズム的な視点を持つ作品だと思いました。加えて、これを「男性の問題」にまでしっかりと広げて、この社会そのものの生き辛さも描いている点も素晴らしかったです。

 

あのこは貴族 (集英社文庫)

あのこは貴族 (集英社文庫)

 

 

 本作は「貴族」である華子の成長物語です。タイトルが出るショットでも表れているのですけど、あそこでは、華子の背景には何もなく、彼女のアイデンティティがなく、「家」だけの存在であると示されます。それは序盤の婚活で表れていて、華子は「良縁を持ち、結婚して跡継ぎを産む」ことのみを考えています。それが「当然の責務」であるかのように。また、移動手段に関してもそうで、華子は基本タクシーなんですよね。タクシーという時点でどんだけ金持ちなんだよって思いますけど、華子は自分で車を運転しない、つまり、「誰かにどこかに連れて行ってもらう」ことを当然としている人物として描かれています。
 
 そんな彼女が、婚約者である幸一郎を介して出会うのが、自分とは全く「身分」が違う美紀。彼女は地方から東京へ憧れを持って東京へ出てきましたが、金銭的な理由で退学して風俗で働いて、コネで会社に入って何とか生きています。美紀と出会い、華子は自分とは違う景色を知るわけですが、面白いのは2人が出会った瞬間。私は「普通に考えて」しまって、修羅場になるんじゃないかと思っていましたが、そこは外してきます。封筒を取り出したとき、「何だ手切れ金か」と思ったものの全然違うし。2人は別にいがみ合わないし、かと言ってそんなに仲良くもしない。関係性が凄くサッパリしているのです。
 
 ここで示されるのは、対立ではなく、融和の路線。逸子の「女性たちは無暗に分断されているじゃないですか。でも連帯することだってできると思うんです「意約」」の台詞通り、身分の差で分断するのではなく、融和の路線をとろうというのが、本作で描かれているのです。それは、華子が美紀の家からの帰り道、ビニール傘をさし、橋の道路越しに名も知らぬ人と手を振ったように。居る場所は離れているけれど、確かに繋がることはできるはずだということだと思うのです。

 

グッド・ストライプス

グッド・ストライプス

  • 発売日: 2015/12/24
  • メディア: Prime Video
 

 

 2人は色々と違いますが、共通しているのが「生き辛さ」を抱えている点。それは共通していて、華子も美紀も「こうあるべき」という社会の押しつけです。それは広くは「女性なら」という点だと思うのですけど、本作では幸一郎の生き辛さも描かれており、男性にも共通している点だと示されます。この社会には、「こうあるべき」という押し付けがある。この社会で生きている人間は、須らくこの旧来のシステムに縛られていて、苦しみを抱えている「中にはこれに順応し、支配に回っている人間もいるけど)。だから中盤の自転車2ケツシーンは最高で、あの瞬間、あの2人がこの世界の全てのしがらみから解放されている気持ちになりました。
 
 華子はこのシステムのまま、生きようとしていました。それが美紀と出会うことで「他の生き方」を見出し、アイデンティティを獲得するのです。ラスト、華子は自分で車を運転しています。タクシーで連れていてもらうだけではなく、もう自分で行先に辿り着くことくらいはできるようになったのです。そしてラストシーン。「上下」を上手く使った階層表現、そして、華子がいるのは「上」でも「下」でもない「中間」です。ラストは冒頭と対になり、無味乾燥だった冒頭とは違い、自分なりの「色」に染まった華子が映ります。それは彼女が獲得した「自己」なのです。このように、本作は社会の構造の告発と自己の確立を描いた傑作でした。
 

 

上下階級の断罪の物語。

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 日本映画だとこれかなぁ。

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 アニメーション作品だけどシスターフッド

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