暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

決められた未来へ向かえ【TENET テネット(IMAX2D字幕)】感想

TENET テネット

 
93点
 
 
 新型コロナウイルスの影響で、世界中で壊滅的な打撃を受けている映画産業において、2億ドル超をかけたビッグバジェット大作であるにもかかわらず、先陣を切って公開された本作。映画ファンの間では新型コロナウイルス関係なく2020年で一番期待されていた作品の1つでしょうし、それは私も同じでした。「映画を護りたい」というノーランの心意気には正直言って感動しましたし、やっぱアイツは大馬鹿だなと思った次第です。それは映画の中身についても言えます。
 
 クリストファー・ノーラン監督というのは、もはや巨匠のような扱いを受けている存在なのですが、作っているものは夢泥棒とかSFとかアメコミとかジャンル映画的な内容のものです。しかしノーランの突出している点は、良くも悪くも、これらのジャンル映画的な内容を「シリアスに」「高級感漂う感じに」仕上げる名手である点。それが最初に上手くいったのが『ダークナイト』でした。この点は支持される所以ですが、同時に嫌われる所以でもあります。

 

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 そんな彼が今回監督した本作は、ノーランがずっと「撮りたい」と言ってたけどなかなか撮らせてもらえなかった『007』シリーズよろしくの「スパイ映画」というこれまたジャンル映画でした。作中にはあからさまな目配せがあって、例えば主人公の「名も無き男」にしても黒人でそこまで身長が高くないというジェームズ・ボンドの逆を行く存在ですし、中盤でセイターとヨット遊びするシーンとか、「男の魅力で女を落とす」発言とか、スーツに対するツッコミとかが該当します。ちなみに、ノーラン映画の常連であるマイケル・ケインもスパイ映画で人気を博した俳優です。そもそも大筋の話も、「世界を滅ぼそうとする悪党がいるから、そいつをやっつける」という単純極まりないもの。
 
 普通の監督ならば、「ただのスパイ映画」で終わりそうな内容ですが、そこはさすがはクリストファー・ノーラン。自分なりの狂気じみたアレンジを加え、唯一無二の作品に仕上げていました。それが「時間の逆行」です。作中ではエントロピーがうんたらかんたらといつも通りの理論武装をしていましたが、要は1つの画面に「順行」と「逆行」の2つの時間軸が入り乱れる前代未聞の映像を作り上げたという話です。しかもそれをCGを極力使わず、逆回しと俳優の演技という古典的な手法で描き、映画にしています。時系列も複雑で、それを台詞ではなく、映像のみで理解させようとしています(尚、理解できない奴は全力で置いていくスタンス)。これが本作が「難解」と言われる所以であり、同時に狂気と言われる所以です。と言っても、これはいつものノーランらしく、単純に物語を複雑にしただけ&実際のところ説明不足な点も含んでのことなので、リンチ的な「難解」ではありません。自分が作ったルール崩壊してるし、時間の挟撃作戦のメリットもよく分かりません。

 

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 「時間の逆行」が本格的に使われ始めるのが中盤のカーチェイスからで、これを含め、劇中では大きく3つの「逆行」が行われます。面白いのは、この中盤以降、本作の時系列が映画の時間が進むごとに遡っていき、最終的に真相が明かされ、物語的な「最初」に戻ることです。この点はニールに注目すると理解できる話です。ラストでニールは未来人であり、名も無き男と面識があり、セイターの悪事を止めるために時間を逆行してきた存在だと分かります。常に主人公の周りにいて、サポートしてきた彼ですが、最終的に「未来へつながる場所」に主人公を誘導して人生を終えます。そして名も無き男は自らを「主人公」と言ってキャットを護り、物語は幕を閉じます。これから、名も無き男は「主人公」として覚醒し、未来で「テネット」を作って、ニールと出会い、過去の自分を助けるように命じる。そしてニールはその任務を命を懸けて遂行する。そこでまたニールは、名も無き男に出会うのです。そして物語はまた始まっていく。タイトルの「TENET」は回文であり、映画そのものも回文的な円環構造なのです。そしてこれはノーラン監督の出世作メメント』に共通した構造です。
 
 そしてこのニールに注目すると、もう1つ理解できることがあって、それは本作が『インセプション』と同じく、「映画についての映画」だということ。本作は『インセプション』よりもあからさまで、予告でも使われていたニールと名も無き男の「ジャンボジェット計画」のくだりなど、ノーランの思考そのものだったと思います。しかもロバート・パティンソンはわざわざ髪を金髪にしてノーランみたいにしてるし、ニールは全てを知って名も無き男を決められた未来(=シナリオ)に誘導しているわけで、ノーランの自己投影(=監督)であることは明白だと思います。こんな内容をスパイ映画でやるなよ・・・。
 
 ノーラン映画では、「脱出」が重要な要素になっています。『メメント』は「脱出」できなかった話、『インセプション』は夢からの脱出、『インターステラー』と『ダンケルク』は言わずもがな。そして、本作にも「脱出」はあります。それは未来人の脱出。そしてそこには、ノーランの思想も本作で現れていると思います。それは『インターステラー』や『インセプション』でも表明されたのですが、ノーランのテクノロジー嫌いです。彼はテクノロジーを無理に使い続けていると人類が滅んでしまうと本気で考えているようで、『インセプション』はネット批判として内へ内へと籠る人間の深層心理には荒涼とした世界しか広がっていないことを示し、『インターステラー』では「環境破壊」で地球は滅亡寸前で、宇宙へ脱出する話でした。本作でも未来は環境破壊が進んで住めなくなってきていて、未来人が未来から攻撃をしてくるというのが本筋です。言わば本作は『インターステラー』では主人公たちが行った脱出を未来人が行い、それを現代人である名も無き男たちが未来との挟撃作戦で食い止める話なのです。

 

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 『インターステラー』との共通点で言えば、「未来」が既に確定している点です。『インターステラー』では、最終的に主人公が五次元となった未来人に救われる話でした。そして、主人公も、未来人が呼び寄せた通りにブラックホールの中に入り、数式を解読させ、地球を救います。本作も同じですね。未来人であるニールが名も無き男を導き、決められた未来へ誘導する話です。しかもご丁寧なことに、その原動力となったのは「愛である」と、『インターステラー』と全く同じことを言っています。そして未来人の啓示を受けた主人公が、その未来へ向けて進みだすという点も同じ。ただ、今回は悲観的な未来が待っているのですが。
 
 「時間」とは、ノーランが繰り返し描いてきたことです。そしてその構造は、『フォロウイング』の頃から一貫していて、時間のハッタリを使い、ある程度の結果を見せ、その「決められた結末」へ主人公が進む物語でした。これは、映画そのものです。映画は、決められた結末があって、それに向かって主人公が活躍します。そしてその時間は映画の中で作られる。だから『メメント』は最後に妻殺しの真相を忘却し最初に戻り、『インセプション』も冒頭に最後で戻り、『インターステラー』も主人公は決められた未来へ向かってロケットで飛んでいきます。そして今回、ノーランはメタ的に映画作りを映画にしたSFスパイ映画という分けの分からんものを作りました。そこでもキャットは決められた結末(=海へダイブする自分自身)に至り、ニールは死地へ赴き、名も無き男は自身が主人公と気付き、使命を帯びて未来へ向かいます。つまり本作は、いつものクリストファー・ノーラン映画だったということです。