暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

千尋の自立の物語【千と千尋の神隠し】感想

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100点
 
 
 もう半年以上も前なんですけど、リバイバル上映で観ました。私は90年代前半の生まれなので、順当にいけば本作が初の映画館ジブリだったのですけど、予告で千尋の両親がブタになるシーンを観て、めちゃくちゃ怖くて観なかったんですよね。実際に観たのは小学校高学年になってから、金曜ロードショーでした。そんなわけで、昨年のリバイバル上映は本作を映画館で観る初めての機会でしたので、鑑賞した次第です。
 
 まず、映画館で観ることができて本当に良かった。TVでは味わえない感動がありました。宮崎監督お得意のダイナミックな動きをするアクションとか、飛行シーンも素晴らしかったのですが、やはり音楽です。映画館では久石譲さんの音楽が大音量で流れるので、そこから受ける感動もTVよりも何倍も大きかった。特に凄かったのは終盤、ハクの真名が分かったときですね。

 

風の谷のナウシカ [DVD]

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 宮崎駿監督には、一貫した問題意識があって、それは、『風の谷のナウシカ』から続き、監督前作である『もののけ姫』のテーマにもなっていた、「どうしようもない世界でも、生きろ」というものだと思います。そしてこの世界を「どうしようもなく」させたのは、「先人」なのです。つまり、今の大人ですね。『風の谷のナウシカ』の世界は高度産業文明を崩壊させた最終戦争「火の七日間」によって世界は崩壊、人間にとって有害な瘴気のせいで世界はマスクなしでは生きられなくなっています。漫画版ではこのへんがさらに深く掘り下げられていて、「人間は地球にとっては有害な生き物だが、でも生きるに値するよな・・・」という禅問答が繰り広げられます。
 
 『もののけ姫』は、舞台こそだいたい室町時代くらいなのですが、自然と人間の対立を描いていました。この作品でも、主人公のアシタカは腕に痣という形で人間が犯してきた業を背負い込みます。それでも人間と自然の間を何とか取り持とうと奔走し、最後には獅子神に人間から首を返すことで、事態を収拾します。
 
 本作はこの流れを汲んだものになっています。世界観こそ現代がベースとなっており、話の規模も先にあげた2作と比べるとミクロで、「千尋の矯正」が話の焦点となっています。この千尋という主人公は、最初は全く自立できていない存在として描かれます。トンネルを抜ける冒頭でも母親にくっついていたり、湯婆婆やリンに散々注意されたように、礼儀を知らない。本作では、それは彼女のせいではなく、両親が悪いと断罪します。この両親というのは、宮崎監督もインタビューで答えていたように、ロクでもない親として描かれていて、事の発端になった飲食にしても、「金があるからいいさ」と勝手に食べ始めます。さらに、母親はジブリ作品とは思えないビジュアルです。もう何か、宮崎監督の露骨なまでの嫌悪が見えます。「こんな親のせいで今の世の中はダメになってしまった!」というのが、宮崎監督の声です。
 
 本作では、千尋をこんな親から自立させるべく、矯正を始めます。労働によってです。油屋というあの場所はこの資本主義世界のメタファーになっています。仕事をするために名前を奪われ、契約を結ばされてしまうとか、仕事によって人を縛るとか、ファンタジックな感じにしてますけど、完全に雇用契約です。しかも、仕事が無いと存在を許されず、名前でその場所に縛らせるという点は、現代における労働の搾取をも彷彿とさせます。こうした厳しい環境に身を置き、労働に精を出すことで自立した存在として成長を促しす。この点には、宮崎監督の子供への信頼が伺えます。面白いのは、この労働によって、千尋は自分の居場所も獲得していく点。中盤のオクサレ様の下りがそうなのですけど、あれでそれまで馬鹿にされていた千尋は一気に認められ、居場所を獲得します。あれは完全に仕事における成功体験です。そして後半ではしっかりと自立し、自らの意志でハクを助けに向かいます。もちろん、1人で立って。寧ろカオナシの保護者みたいになってるし。

 

もののけ姫 [DVD]

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 しかし、この千尋と対極にいる存在がいます。カオナシです。あいつは名前の通りアイデンティティがない存在です。そして、自分がないので、自分の居場所を働くことで勝ち取るのではなく、金で獲得しようとしました。この点で、カオナシ千尋の対極にいると思います。だからカオナシは金持ってるロクデナシなのかな。ただ、ずっと千尋のことを見てたりするのは宮崎監督の深層意識の表れなのかとも思ったり。
 
 この「子どもが本来持っている力を目覚めさせる」という点は、同じく高畑勲も扱ったテーマです。「アルプスの少女ハイジ」で。あの作品でも、都会は子どもの可能性を押し殺してしまう場所として描かれ、ハイジは自然で子どもとして伸び伸びと学んでいきます。そして、クララは都会では足が治らず、自然の中で足が快方へ向かいます。「都会」という社会の捉え方、そして子どもを都会ではない場所で成長させるという、共通したテーマを扱っている点は興味深く、本作は宮崎監督なりの「アルプスの少女ハイジ」なのかもしれないと思いました。
 
 現実世界ではロクでもない親と社会のせいでロクでもない人間になる寸前だった千尋を、現実ではなく、油屋という世界で労働に従事させ、自立させてから現実へ送り返す。宮崎監督の、「どうしようもない世の中だけど、生きろ」。そのためには、一刻も早く子どもを自立させなければ駄目だ、という想いが顕著に出た作品でした。
 

 

ポノック作品。

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ある意味似てるかも。

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宮崎駿監督作。

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