暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

世界は開けている【はちどり】感想

はちどり

 
97点
 
 
 緊急事態宣言が明けた後の映画界において、映画ファンの中で大きな話題となった本作。監督は何とこれが長篇初となるキム・ボラさん。私も本作については話題を聞いていましたので、7月にできたばかりのTOHOシネマズ池袋にて鑑賞してきました。ちなみに映画館はジブリ作品のリバイバル上映&『カリオストロの城』を上映していた関係で大勢のお客さんで賑わっていましたね。もう半年前のことですが。
 
 鑑賞してみて、とにかく驚かされました。これが長篇を初めて撮った人間の作品なのかと。ショットとか画面の人物配置の素晴らしさとか、映像面はとにかく完璧だったからです。ちょっと上映時間が長いという欠点がありますが、話の内容も世の中に何となく絶望しているウニが希望を見つけるまでの話で、非常に現代的で、良い話でした。

 

82年生まれ、キム・ジヨン

82年生まれ、キム・ジヨン

 

 

 本作はウニという14歳の女の子の物語です。本作では彼女視点で物語が進むのですが、とにかくこの娘が素晴らしいんですね。登場してから中盤までブスッとしててめったに笑わない。世の中とか周囲の大人に対して、何にも期待していない感じが伝わってきます。それは何故かというと、男尊女卑社会というものを何となく分かってしまっているからだと思います。高校受験に失敗した姉は終始父親からダメ人間扱いをされ、長男は社会でのし上がるために本当に苦労をしている&普通に暴力をふるう。母親は昔は優秀だったそうですが兄を大学に行かせるために自身は大学を諦め、「餅屋の嫁」という役割を押し付けられているのです。で、父親も父親で時々泣き出したりして、本当に辛そうなんですよね。しかも友達も兄から暴力を振るわれても何も言えない。このような、本当に辛そうな人間ばかり見てきているため、ウニは世の中に希望を持てないのです。
 
  キム・ボラ監督のインタビューによると、ウニの14歳という年齢は、韓国では「誰からも相手にされない年齢」だそうです。実際、本作の中で、ウニは大人からはあまり相手にされず、ただただ日常を過ごしているだけです。だから「世界は自分に興味が無いんだな」と思ってしまっていて、ブスッとしている。そんなウニの表情に笑顔が現れるのが中盤、ヨンジ先生に出会ってからです。ヨンジ先生はこれまで出てきたどの大人とも違います。タバコは吸うし(韓国ではタバコを吸う女性は結構珍しいらしい)、大人の暴力に対しても「声を上げなきゃ」と言い、ウニに献身的に寄り添ってくれます。ここでウニは、生まれて初めてただ辛そうではない大人、そして、自分に本気で向き合ってくれる大人に出会うわけです。これはつまり、ウニにとって、初めての前向きな将来像でした。そして同時に、「自分に興味がある人間もいるんだ」と思えた瞬間だったわけです。そりゃ笑顔にもなりますよ。

 

 

 本作はウニの物語ですが、それは個人的なものに収斂してはいません。この物語は、非常に普遍的なものだと思います。監督もそれは意図的に作っていると思っていて、よく分かるのが冒頭の団地を引いて撮ったショットですよね。あのシーンでは無数の「扉」が映されていて、そこには、「ウニと同じような人の物語」があるという隠喩になっていたと思います。誰もが社会に興味を失くしてしまうこともあるし、希望を持てなくなることもある。それでも本作は、ヨンジ先生というウニにとっての新しいロールモデルを出して、「そうではない。世界はきっとあなたに興味があるんだよ」と言ってくれます。それに気付けたウニは、いつもの家族や学校の女子達を、いつもとは違う見方で見ることができたと思います。ラストシーンにいた女の子たちは「別のウニ」であり、様々な人生があるのだということを示したシーンでした。本作は、全てのウニのような人間に対し、上述のような言葉をかけてくれる作品で、そういう意味では、本作は素晴らしい作品であると同時に、ちょっとした優しさも兼ねた作品だなと思いました。