暇人の感想日記

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「逃げた」先で見たもの【逃げた女】感想

逃げた女

 

87点

 

 

 ホン・サンス監督作品。主演はもちろん、キム・ミニ。『チャンシルさんには福が多いね』を観た関係で、ホン・サンス作品を少し観たので、どうせなら劇場で観るかと思い、鑑賞しました。
 
 鑑賞して、一番驚いたのは、ホン・サンス監督の意識の変化でした。よく言われている事ですけど、ホン・サンス監督は、「キム・ミニ以前/以後」で明確に映画の内容が分かれている作家です。「キム・ミニ以前」は、(おそらく)ホン・サンスの分身である、女性にだらしない男性監督を主人公とし、作品全体が男性視点でした。しかし、キム・ミニに出会ってからはキム・ミニしか撮らなくなり、視点が「女性視点」に変わっていきます。本作はその1つの到達点とも言える作品です。2人目の自称詩人をストーカーってハッキリ言ってるのを観て、「変わったなぁ」と思った。
 
 本作では、男性は女性の会話を遮り、女性の生活を乱す「異質な」、言ってしまえば「不気味な」存在として描かれています。男性が出るときは、基本的に背を向けて、表情を見せない演出が上手く効いていて、「よく分からない、高圧的な存在」として、無自覚にプレッシャーを与える存在に描き出しています。だから、男性との会話シーンの緊張感が半端ない。でも、その後に猫みたいに爆笑する下りを入れてくるあたりはさすがだなと思いました。
 
 私は、本作は「ガミが逃げるのをやめる」物語だと感じました。それを表しているのが、ラストの2つの「海」です。最初は白黒で、いかにも「行き止まり」な感じでしたが、意を決したように戻ったガミがもう一度観た「海」には色がついていました。私には、これら2つが、それぞれ、「絶望」と「希望」のように見えたのです。
 
 本作のタイトルは『逃げた女』ですが、ガミは寧ろ3人の女性たちに会いに行きます。そこではいつものホン・サンス印である、飯ばっか食ったり、とりとめもない、すっとぼけた会話が続くのですが、その会話の中に、或いはその家に訪れる人の境遇に、女性たちの苦労や人生における障壁が垣間見えます。そして、ガミはそれを聞き、「覗き見る」のです。
 私はこれを観て思ったのは、彼女たちの姿は、ガミのifの姿なのかもしれない、ということでした。ガミは、「夫と離れたことがない」と言います。建前上は幸せそうですが、キム・ミニの絶妙な演技によって、その言葉に、何というか、脆さというか、その中にある一種の諦めみたいなものも見えてくるのです。1人目の先輩みたいに離婚すれば泥沼ですし、2人目みたいに不倫しても問題、そして3人目、(おそらく)元彼だか何だかと一緒になっている知人を訪ねたら、「同じ話をするのは本心じゃないから」という不満が、そのままガミに返ってきます。そんな女性たちの境遇を見て、「逃げ場ないな」と感じた絶望が最初の白黒の「海」なのだと思います。つまり本作は、かなりすっとぼけてはいますが、何気ない会話の中に、女性の生き辛さや絶望感みたいなものを織り込んだ作品だと言えるのです。
 
 では、本作は「絶望」の映画なのか、というと、そうでもないと思います。それを示すのが前述の通り、2回目の「海」です。「逃げた」先にあった閉塞感。彼女の中にあったはずの閉じられた可能性。それでも、意を決して戻ります。そしてもう一度観た「海」には色がついていました。これは、逃げるのを止めた彼女の人生は、まだこれからだよと言っているような気がしました。
 

 

ホン・サンス監督のプロデューサーだった女性が作った映画。

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