暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2021年夏アニメ感想②【Sonny Boy】

Sonny Boy

 
☆☆☆☆★(4.5/5)
 
 
 「ワンパンマン」、「ACCA13区監察課」などで知られる、夏目慎吾監督の最新作。今回は原作無しの完全オリジナル作品。制作は過去の作品たちと同じくマッドハウス。夏目監督というだけでも期待値は上がりますが、今回は完全オリジナルということで、鬼が出るか蛇が出るか、期待と不安を半々にして視聴しました。
 
 まず、見始めて驚いたのが、画面のルックでした。江口寿史さんがデザインしたシンプルながらどこか冷めたキャラデザに、画面全体のビビッドな色彩というもの。実写をトレースした背景や、恐ろしく描き込んだルックが主流となっている今の日本アニメ界の中では異彩を放っている「シンプルな」ものだったのです。このシンプルな画面が示しているのは、画面の中の登場人物や世界を、「アニメーションとして」、突き放して見てほしいという、監督の狙いがあったように思います。
 
 放送中、散々「難解」と言われていた本作ですが、描こうとしたことは明快だと思います。つまり、長良という少年の成長物語なのだろうということです。本作は大きく2部に分かれていて、「漂流教室」さながらに異世界に置き去りにされた中学生たちが集団で脱出を図る6話まで。そして、自分たちの正体を知り、長良が自身の居場所を探すまでを描いた最終話までの2部です。
 第1部では「漂流教室」や「無限のリヴァイアス」を始めとした「限定的な、極限状態に置かれた少年少女たちの物語」が描かれ、独裁的に権力を行使しようとする生徒や、能力の上下で人間の価値が決まってしまうというシステム、そしてこの状況になってしまった「犯人」を吊し上げようとする集団心理の恐怖などが描かれていきます。ここで描かれているのは現実世界の隠喩です。集団心理はもちろんですけど、「能力によって自然と人間の価値が決まる」点もそう。ここで、「元の世界ではイケていた」人間に能力が発現しなかったことで、その立場が揺らいでしまうという描き方も面白い。人間社会では、人間はとかく社会的な地位や能力を笠に着てしまうもので、それが剥がされ、自分の身一つになったとき、アイデンティティを喪失してしまうというのは、寓話としてよくある話です。1部はまだ「皆でこの世界から脱出する」という大きな目標がありましたが、それは6話で潰えます。何と、長良達の「本物」はもう中学校を卒業しており、自分たちはコピーでしかなかったのだと知るのです。ここから、アイデンティティを喪失した彼らの、真の意味での「漂流」が始まります。
 
 2部は群像劇としての側面は消え、長良という少年によりフォーカスが当たります。主題も、長良が居場所を見つける物語になります。この主題は長良の能力から既に示唆はされていて、彼の能力はテレポートなんですよね。これで様々な世界を行き来できるのですが、これはつまり、居場所が確定しない、ということです。反対に、明確に自分の意志を持っているのが希で、彼女は繰り返し、「自分の居場所は自分で決める」と言います。そして能力名は「コンパス」であり、ここから、彼女が長良にとって「指針」であったことが分かります。そんな長良が世界を瑞穂や希らと共に渡り歩き、最後には「自分の居場所」としての現実を選び取り、帰還を果たします。ここで重要なのが、長良達はあの中学校から出ていないということ。つまり本作は、「中学校」という空間で、自己のアイデンティティを無くした人間がもう1度それを獲得し、居場所を見つけるまでを描いた、モラトリアム作品だったと言えるわけです。

 

TV ANIMATION「Sonny Boy」soundtrack

TV ANIMATION「Sonny Boy」soundtrack

  • アーティスト:VARIOUS
  • フライングドッグ
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 この主題をより明確にするのが、「雛」です。第1話から象徴的な意味合いで使われていた雛ですが、6話と最終話でも出て来ます。注目したいのが最終話の扱いです。長良は希に声をかけようとしていたとき、駅のホームで雛を見つけるわけですが、結局その雛は希が世話をすることになり、長良は希をは会わずに去ります。ここで本作は終わるわけです。これは、もう長良は雛ではないという意味であり、希を必要としないということです。1話開始時点では、長良は飛び立つことができない雛であり、だから希という「指針」が必要でした。しかし、自分の居場所を見つけた彼は、もう自分の足で道を切り開ける人間で、「雛」ではありません。希美は最終話でこう言います。「この雛、私が面倒見ようかな」と。長良はもう雛ではなく、それ故に希は別の雛の面倒を見るのです。だからあの台詞は、希と長良の決定的な別れの言葉であり、そこには一抹の寂しさと、1人の少年が一人前になった少しの感動がありました。
 

 

夏目監督作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 一定数の人間が異世界へ飛ばされる、という点が共通。こっちのほうが意地が悪いな。

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