暇人の感想日記

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(推定)12歳の少年の告発【存在のない子供たち】感想

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95点

 

 

 レバノン映画。同じ国の作品としては、昨年は『判決 二つの希望』という素晴らしい映画が公開されました。2年連続でこのような作品が日本で公開されているという点で、ひょっとしなくてもレバノン映画は今キテいるのではないか?と考えざるを得ません。

 

 『判決 二つの希望』はレバノンの複雑な歴史を背景にして、移民との相互理解を描いた社会派作品でした。本作も同じく社会派作品ですが、『判決 二つの希望』とは違い、社会構造そのものを「告発」した作品で、衝撃度で言えば今年イチの作品でした。

 

判決、ふたつの希望(字幕版)
 

 

 冒頭から衝撃的です。主人公の(推定)12歳の少年、ゼインが両親を法廷で告発しているシーンから始まります。罪状は「自分を生んだ罪」。映画はそこから、彼が何故こうなってしまったかを見せていきます。そこで描かれるのは、ゼインの劣悪な生活環境。告発された両親は、ゼインを始めとする自分の子供たちに非合法の自家製麻薬の製造と運搬に関わらせており、生後間もない赤ん坊を(おそらくどこにも行かないように)足を紐でつなぎ、まだ11歳の娘を自分たちの生活のためにロリコンの雑貨屋に嫁がせようとしている。考えうる限り最悪の状況です。そんな中でも妹のためにと頑張っていたゼインですが、彼女が強制的に結婚させられ、家を飛び出してしまいます。

 

 映画はゼインの回想パートと、現在の法廷パートを往復しつつ進んでいきます。映画はこの往復を上手く使って、我々の認識を変化させ、社会の構造的な問題を浮き彫りにします。映画が進むにつれて事情が分かってくるので、我々には両親が控えめに言ってもクズであると思えてきます。あまつさえコイツらは「何で懸命に生きている私たちを告発するの?」とか、「俺だって、上手くいってりゃこんなになってない!」とか、「裕福なあなたには分からないでしょうね」などと自己弁護を始める始末。最初こそ「どうしようもねぇなコイツら」と思うのですが、映画が進むにつれて、この点こそが本作の最大の問題点だということが分かります。

 

 ゼインは途中、とある母子と出会います。彼女も不法移民らしく、まだ赤ん坊の息子を育てるために極貧ながらも生活しています。ゼインはその家族の下で暮らすのですが、母親が連行されてしまったことから事態は一変。『火垂るの墓』よろしく12歳と赤ん坊だけで生きることになってしまうのです。街の人間は、自分たちを虫けらのように見つめる。当然合法的には生きられるはずもなく、ゼインはここで非合法な手段に手を染めます。それは、自分の両親がやっていた自家製麻薬の製造と販売なのです。しかし、お金はあっても家賃は払えずに路頭に迷っていたとき、ゼインは赤ん坊を(どこへも行かないように)足を紐で柱に繋ごうとし、赤ん坊を狙っていた男に渡してしまいます。そう、ゼインは意図せず、自分の両親と同じことをしてしまったのです。

 

火垂るの墓 [Blu-ray]

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 では何故、このようなことをしてしまったのか。それは2つあります。1つは、ゼインはそれ以外に生き方を知らないということ、そして2つ目はそこまで追い込んだ社会構造です。戸籍も無く、「存在のない」彼にはまともな職業に就くことはできない。なぜ生まれてきたのかと言えば、両親の労働力になるためか、「生まれてしまった」から。両親はどうしようもない人間ですが、ここまで観れば、ひょっとしたら彼らもゼインのように最初は純粋な人間だったのかもしれません。しかし、社会構造のせいで悪循環から抜け出せず、あんな人間になってしまったのかもしれません。だからって許されることじゃないけど。終盤でゼインが犯した罪は、このどうしようもない社会に対しての怒りの表明だったのかもしれないと思いました。

 

 本作は、ゼインがこの劣悪な社会を告発する作品でした。ただ、こういうことって、レバノンだけではなくて、形を変えてどこの国でも起こっている事だと思います。本作を観て「日本に生まれてよかった」と思った方は、是非『誰も知らない』と『万引き家族』を観てほしいですね。

 

 

結構似ている構造の作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じ構造の映画その2。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じくレバノン映画。

inosuken.hatenablog.com