暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

この社会から、彼らを失わせたものは何か【家族を想うとき】感想

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95点

 

 

 イギリスの名監督、ケン・ローチが、前作の『私は、ダニエル・ブレイク』での引退宣言を撤回して作り上げた作品。私はケン・ローチ作品を観たことがないので、本作の上映はとてもいい機会だなと思って鑑賞した次第です。

 

 鑑賞後に分かったのですが、ケン・ローチ監督は『私は、ダニエル・ブレイク』のときも引退宣言を撤回していたそうです。つまり今回は2回目の引退撤回。何が彼をここまで動かすのか。それは、社会が労働者にとって悪い方向に変わっていっているからなのだと思います。本作からは、ケン・ローチのそうした想いと同時に、この搾取構造の上に成り立っている社会への、彼自身の怒りが感じられる作品でした。

 

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 本作は言ってしまえば、辛い映画です。かなりエグいと言ってもいい。というのも、本作は現代資本主義社会における搾取の構造と、そしてそれによって翻弄される「普通の人々」が営む家庭がどのようにして崩壊していくのかが克明に描かれている作品だからです。これは本作の英語タイトルからも表れています。「Sorry We Missed You」。これは主人公が働く宅配業者の不在通知書に書かれていることで、同時に「あなたを失ってしまって残念です」という「普通の家族」が失われていくことの意味も含んでいます。

 

 本作はリッキーが宅配事業者、マロニーと契約を結ぶことから始まります。ここでのマロニーの説明がまず酷くて、とにかく「良いこと」ばかりを言うわけです。曰く「頑張れば事業を拡大できる」だの「頑張ればその分だけ稼げる」だの「個人事業契約」だのです。この甘言によってリッキーは契約を結ぶのですが、これは要するに個人事業主として契約して雇用費用を浮かそうとする、いわば搾取のカラクリであって、全くもって夢物語です。そういい方向になど行くはずがない。事実、リッキーは最初こそ「1年働いて慣れてきたら事業を拡大する」とか言っていましたが、実際に働いてみれば過剰すぎる量の宅配物と厳しすぎるノルマにより、毎日長時間労働を強いられています。長時間労働をしても「個人事業契約」なので残業代などもちろんつきません。彼は徐々に精神をすり減らしていきます。

 

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 リッキーの妻、アビーは介護の現場で働いています。アビーの介護は献身的で、被介護者にも好かれているのですが、彼女も末端の人間で、現場の訴えを上の人間に聞いてもらえません。時間刻みで酷使され、同じく長時間労働を強いられています。

 

 両親ともども長時間労働なので、子どもの面倒など見られるはずもありません。セブは思春期特有の反抗期と、ロールモデルがいないことから来る未来への絶望感から反抗的で問題を起こし、娘のライザは利発な娘であるが故に色々と察して内に溜め込んでいる気配があります。本作は長時間労働を強いられているが故に彼ら彼女らのことが見えず、擦れ違いが起こり、家族が崩壊していく様を見せていくのです。

 

 ここで描かれていることは何かというと、本来、「家族を養うため」もしくは「自分のため」にするはずの労働で、家族を、そして自分自身を崩壊させてしまうというこの社会の絶望的な搾取構造です。しかし、憤っているばかりはいられません、何故なら、このような状況を作っているのは、我々も同罪だということです。誰しもAmazonのサービスを使ったことがあると思います。私も良く使います。最近は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のBDが届いたばかりです。こうした我々の需要に応える形で本作のようなサービスは作られたわけで、需要を生み出した我々も立派な加害者なのだ、という点を思い起こさせる点も、本作の素晴らしい点だと思います。

 

 さらに絶望的な点は、このような境遇の人々に対して、社会が手を差しのべないということ。それどころか、こういった人々に対し、「自己責任」や「努力不足」という最強の言葉を以て発言を封じ込めようとします。映画を観ればわかると思いますが、リッキーが何故このような状況に陥ったのかと言えば、それはリーマン・ショックが原因。全然彼のせいではないのです。日本でも竹中平蔵とかインフルエンサー共が何か言ってますけど、就職氷河期世代やリーマン・ショック期に就活をした人間、そして今同じような境遇で苦しんでいる人に対してもこの言葉を使うのは無神経というか、ぶっちゃけ、言ってる奴はクズ認定していいと思う。そして、そういう人間に対して「チャンス」と甘い言葉で搾取するのです。この構造をケン・ローチは怒りを以て告発しているのです。私も就活に失敗してこういうことを言われたこともあったので、その時の事を思い出しましたよ(この辺を書いてたら長くなるので割愛)。

 

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 しかし、ケン・ローチはこのようなことを、重々しいトーンではなく、極めて労働者に近い目線で、軽やかに、ユーモアを交えて語ります。サッカーの下りは爆笑ポイントですし、一家団欒は胸が温かくなります。まぁ、こうした普遍的な家族をユーモラスに描くことで、より普遍性が増し、「他人事」では無くなってしまうというのも、恐ろしい点ではあるのですけど。冒頭の喧嘩しかり、「明日は我が身」なのです。そうではないのは、上層部にいる、搾取構造を作り出している人間だけなのです。

 

 以上のように、本作は社会の搾取構造を暴き出し、同時にその構造が如何にして労働者の生活を崩壊させていくのかを克明に描き出しています。我々も無関係ではありません。いつ切り捨てられるか分からないサラリーマンである我々にとって、本作は必見の作品だと思います。

 

 

パンフで対談もしていた、是枝監督の作品。

inosuken.hatenablog.com

 

作品テーマは微妙に違うけど。

inosuken.hatenablog.com