暇人の感想日記

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デイミアン・チャゼルのブレなさ。【ファースト・マン(IMAX2D字幕)】感想

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85点

 

 

 『セッション』で注目され、『ラ・ラ・ランド』で各国の賞を総なめにし、今や最も注目される監督であるデイミアン・チャゼル。彼が3作目(実際は『ラ・ラ・ランド』より前に制作に着手していたそうですが)に発表した作品は、人類で初めて月に着面したニール・アームストロングの話でした。

 

 アメリカがソ連との宇宙開発競争で勝利した出来事であり、全世界的にも有名な出来事であるため、最近流行りの「伝記モノ」として描き、「アメリカ万歳!」な作品にしてもよさそうです。しかし、出来上がった作品はそんな愛国心とは無縁で、ニール・アームストロング個人の物語であり、同時に、完全無欠な「デイミアン・チャゼルの映画」になっていました。個人的に、『ラ・ラ・ランド』より好きです。

 

ラ・ラ・ランド(字幕版)
 

 

 本作を語るうえで重要なのは、役者に異様に近いカメラ。直近で公開された『アリー スター誕生』でも同じ手法が用いられていましたが、こちらは2人だけの世界を演出するためだったと思います。翻って、本作では、主人公のニール・アームストロングの体験を一緒に体験させるために用いられています。日常では手持ちカメラを用いてドキュメンタリーな感じを出したり、宇宙に出てからはアームストロングが見ている風景を観客にも見せたり、事故が起こったときはアームストロングが感じている危機感をそのまま観客に味あわせます。そして最後の月面着陸シーンでは遂にIMAXカメラを用いて、広大な月を見せます。あのシーンは比喩ではなく本当に息を呑みました。月面着陸の後にニュース等で「世界中の人間が共に月に行っていた」と言っていましたが、本作はまさにこれをやっていたと思います。

 

 このカメラに表されているように、本作はアームストロング個人の物語になっています。表面上は「人類初の月面着陸」の偉業を果たした男の話ですが、このような作品にありがちなエモーショナルな内容ではなく、そこは非常に淡々と進みます。しかもアームストロングの動機は娘を失った心の空白を埋めるためという、超個人的なもの。娘を失ったことから逃れるように、アームストロングは研究に没頭していきます。しかし、その過程で彼は他者に対してどんどん心を閉ざしていくのです。それは家族とて例外ではなく、奥さんともほとんど触れあわず、寧ろ画面に映っているときは常に間に何か物が置いてあったり、距離があったりするなど、精神的な距離感が強調されていますし、出発の段階になっても、直前まで息子たちにそのことを伝えようとしませんでした。

 

ファースト・マン 上: 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生 (河出文庫)

ファースト・マン 上: 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生 (河出文庫)

 

 

 デイミアン・チャゼルは、インタビューで宇宙船内について「(E・A・ポーの)『早すぎた埋葬』の生きながら棺桶に入れられるイメージだ」と語っているそうです。ここから分かるように、本作は、アームストロングが、亡くなった娘の後を追うように、宇宙船という棺桶に入って月という「死の世界」へ向かうという話なのです。

 

 映画では、この超個人的な目的のために、国を挙げて、多大な犠牲を払います。それは開発の過程で流れたスコット・ヘロンの痛烈な皮肉を込めたラップから分かる通りです。しかもアームストロング個人は家族をどんどん心が離れていく。ラストに至っては、精神的に完全に断絶した奥さんとのか弱い交流だけで終わっています。まるで、もうこの2人は元には戻れないと暗示するかのように。つまり、本作は、狂気に憑りつかれた男が、何かを成し遂げる代わりに、全てを失う話になっているのです。

 

 そしてこの点こそが、本作が「デイミアン・チャゼルの映画」であることの証なのです。チャゼルは、『セッション』でも、『ラ・ラ・ランド』でも、狂気に憑りつかれ、何かを失った代わりに何かを得た「個人」を描いていました。本作では、上述のように、奥さんとの精神的な繋がりを失った代わりに偉業を成し遂げた男を描いています。

 

 世界史上に残る偉業の話を、他人の脚本であるにもかかわらず、ちゃんと「自分の映画」にしてしまうデイミアン・チャゼル。アームストロング以上に、彼の狂気を感じた1作でした。

 

 

同じくカメラが近い映画。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じく宇宙を扱った映画。「体感型」である点も同じ。

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