暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

人生で大切なことを教えてくれる映画【若おかみは小学生!】感想

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89点

 

 

 原作未読、TVアニメも未視聴。絵柄も所謂「児童向け」アニメ。これだけ材料が揃えば普段は観ないのですが、何故観たのかというと、監督が高坂希太郎さんだからです。彼はスタジオジブリ出身のアニメーターで、『千と千尋の神隠し』や『風立ちぬ』で作画監督として参加しています。そしてご自身も『茄子 アンダルシアの夏』で監督としてデビューし、本作は彼の11年振りの新作となります。しかもアニメーション制作は本気を出せばすごいマッドハウスジブリ出身の方の新作とあれば、観ない理由はありません。ただ、予告などから、実際に観るまでは私も「まぁ多分子供向けアニメなんだろうなぁ」くらいに思っていまして、高坂監督のアニメーションを楽しむ目的で鑑賞しました。

 

 観終わって、完全にやられました。素晴らしい作品でした。今年観たアニメ映画の中では出色の出来だったと思います。予告から分かる通り、本作は両親を亡くし、春の屋旅館に引き取られた小学生、おっこの成長を描きます。この題材だけならば、いくらでも所謂「子供向け」アニメにできたはずです。実際、TVアニメは日曜の朝7時からやっていました。しかし、本作はそこに止まらず、誰にでも当てはまる、普遍的な、人間の成長物語にしていました。これは偏に監督である高坂さんと、脚本家である吉田玲子さんの実力の賜物かなぁと思います。

 

 まず、全編にわたって日常芝居のアニメーションが素晴らしかったです。キャラの歩く姿、座り方、掃除の仕方、驚いたとき、泣いたときの表情、全てに彼らの生命が宿っています。これだけでご飯三杯くらいはいけるわけで。また、同じように背景のレベルも高いです。映画美術で高い評価を受けている渡邊洋一さんを筆頭に、ジブリ映画常連の男鹿和雄さんや吉田昇さんが参加しているので当然ですね。

 

 これに加えて、上述のおっこの成長物語が展開されます。それは春の屋旅館の若女将としての成長という王道なものと、彼女の両親の死を乗り越えるというかなりハードなものです。これを非常に丁寧に描いているから素晴らしい。まず両親の死ですが、冒頭すぐに起こりますけど、ここを曖昧にせずにきちんと描いています。該当のシーンは演出もそうですが、鈴木慶一さんの不穏な音楽も相まって、トラウマ級のシーンでした。こうして描いたことで、劇中で何度か出てくるおっこの発作に説得力が生まれています。

 

 さらに感心したのがおっこのトラウマの描き方。彼女は分かりやすく泣いたりしません。では何も感じていないのかと言えばそんなことはなく、死んだはずの両親はおっこの夢の中で出てきます。ここにおっこの「死んだことに納得したくない」という悲痛な思いが感じ取れ、ただ泣くより余計に彼女の悲しみが伝わってきます。

 

 これを背負ったまま、おっこは女将として春の屋の業務をこなし、日々成長していきます。パンフレットを読んでなるほどと思ったのですが、ここでおっこが接するお客さんには意味があって、最初のあかねは「現在のおっこ」、グローリーは「未来のおっこ」、最後の木瀬一家は「過去のおっこ」という意味があるそうです。だからこそ、「過去のおっこ」と向き合ったとき、「被害者の娘」から「春の屋の若女将」としてアイデンティティを獲得する姿は大変感動します。しかもこれは彼女1人で成し遂げたわけではなく、それまでおっこが関わってきた人たち皆に支えられて成し遂げたものである点も良いですね。これはしっかりとおっこと皆の関わりを描けているからこそ感じられたのだと思います。現実だって、人と関わりを持って、互いに手を差しのべあって生きています。また、最初は幽霊が心の拠り所でしたが、それがだんだん現実の人に移っていく点も素晴らしいですね。

 

 後、本作には所謂悪者がいない点も気持ちよく観られる要因かと思います。少し該当するのはピンふりですが、彼女は彼女で背負っているものがあると感じられるので、むしろ応援したくなる存在でした。本当に良かったですね。

 

 

 高坂監督の過去作。アマプラで観られるので是非。