暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

他者を幸せにする歌【アイの歌声を聴かせて】感想

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67点
 
 
 現在、映画ファン界隈では話題沸騰中の本作。監督は『イヴの時間』、『サカサマのパテマ』の吉浦康裕さん。私は『イヴの時間 劇場版』は観ていたのですが、本作に関しては予告を観た時点では全く観る気が起きなくて、スルー案件でした。しかし、本作を観た人からは大絶賛の声が多数聞こえてきて、そうとなれば観てみるかと、公開から3週間ほど経ったくらいで時間ができたので鑑賞しました。
 
 本作は、日本のアニメ映画では珍しい、ミュージカルです。ディズニー映画では定番であり、「歌い出す」ことに何の違和感もありませんが、日本のアニメにはミュージカルというジャンルがほぼありません。とすれば、どれだけ違和感がないようにできるかが重要だと思うのですが、本作はそれを見事にクリアしています。本作では、シオンをAIにし、周囲の機器にハッキングを仕掛けることで音楽を鳴らし、「急に音楽が鳴る」という違和感を解消させています。しかもシオンは「ポンコツAI」という設定のため、「歌い出す」ことにも違和感を抱かせないようにしている。つまり、「ミュージカル」にそれなりの説明を入れているという点では、『ダンス・ウィズ・ミー』と似ています。これにまず舌を巻きました。更に、後半で明らかになる事実から、「歌う」ことにも非常に重要な意味が込められており、作劇的にも上手く組み込めています。そこに土屋太鳳という、現代日本において、類稀なるポテンシャルを秘めている女優をキャスティング。彼女の見事すぎる歌唱力で、完全に歌に入り込めます。
 
 本作を考えるうえで比較として提示したいのが、『イヴの時間 劇場版』です。吉浦監督がTwitterでも言っていたのですが、本作は『イヴの時間』とどこか地続きになっている作品といえます。「AI」と「アンドロイド」という存在自体がまずそうですし、数人のキャラにそれぞれスポットが当てられ、話が展開していくという構成、そして、サトミとシオンの関係性は、『イヴの時間』におけるテックスとマサキの関係性の現代的アップデート版といえます。しかも、シオンの正体から考えて、非人間が持つ自由意思のようなものが題材になっている点も共通です。違う点といえば、『イヴの時間』は物静かな、非常に抑制のきいた作品だったのに対し、本作はとにかく明るく楽しく、エンタメ性を突き詰めた内容だという点。脚本がよく出来ていて、前半に張られていた違和感が、後半に一気に意味を持つようになってくる構成はとても素晴らしいです。
 また、本作において、シオンはサトミに「今、幸せ?」と問い、「サトミを幸せにする」ことを使命として行動します。『イヴの時間』において、ナギさんが運営する「イヴの時間」は人間もアンドロイドも平等に扱う、「皆にとって居心地のいい場所」であり、ナギさんは「皆が幸せになる方法はあるのかな?」と問い続けていました。本作において、シオンはサトミを始めとして、トウマ、ゴッちゃん、サンダー、アヤといった周囲の人間の悩みを(かなりの力技で)解決することに尽力します。これは周囲の人間を幸せにしているわけで、つまり本作は舞台が学校になり、よりエンタメ性を突き詰めた、『イヴの時間』の変奏的作品だったと言えます。「監督の初期作品のテイストをエンタメ性たっぷりにセルフリメイクしてみせた」。これ、吉浦監督のキャリア的には、本作は新海誠における『君の名は。』と同じ立ち位置ということなんですよね。興収的には跳ねなかったけど。吉浦監督のキャリア的には、本作は1つのターニングポイントになりそうです。
 
 以上のように、基本はよく出来てるんです。でも、私には、とにかく前半のアオハルがキツかった。あんなに自分の気持ちとかとはっきり出して、それがとても眩しくて、気恥ずかしかった。映画館で観てた時は、他の観客はどう思ってるんだろ、といらんことを考えてしまった。あそこだけ本当に無理だった。