暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2018年秋アニメ感想⑦【やがて君になる】

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 原作未読。それでも視聴しようと思ったのは、本作が人気作であり、度々目にする機会があったから。軽い気持ちで視聴したのですが、見てみるとスタッフの本気度がビンビンに伝わってくる作品で、非常に丁寧な心理描写とその演出に惚れ惚れしながら見ていました。

 

 本作は誰もが認める完璧な生徒会長、燈子が新入生の侑に好意を抱くところから始まります。燈子は見た目は完璧超人ですが、それは自分が死んだ姉の代わりになろうと努めた結果であり、「本当の自分ではない」と思っています。なので、そんな自分を好きになる人を好きになれません。この「理想の自分」を演じ、突っ張っている姿は思春期にはままあるかと思います。翻って、侑は本当に「人を(恋愛対象として)好きになれない」キャラ。そんな彼女だからこそ、燈子は惹かれたのです。彼女なら、「偽りの自分」を好きになる事などないから。

 

 自分を偽っているから他人を好きになれない燈子と本当に人を好きになれない侑。本作はこの2人の心の機微を描いていきます。その演出が非常に丁寧で、毎回毎回素晴らしい出来になっています。前半戦である6話までは、2人の心の距離を物理的な距離と間に障害物を置いて表現したり、心境をちょっとした体の動き、間の取り方でキャラの心理を語ります。この演出の密度の濃さは、昨年公開された『リズと青い鳥』を少し連想させます。さすがにあれほどではありませんが。また、各回の話も会話などによる伏線の張り方や、1つ1つのやり取りが非常に良く、文学的な感じすら漂わせていました。

 

 

 人を好きになれなかった侑ですが、燈子とのかかわりによって、徐々に変化が訪れます。「好き」が分からなかった彼女が、燈子のことを気にかけ始めるのです。彼女は中学時代の話からも分かる通り、所謂「受け身」な性格で、自分がというものを強く持っていませんでした。そんな彼女が燈子のために主体的に行動する終盤の展開は胸が熱くなります。それまでの心境の変化が丁寧に描写されているため、ここの説得力は半端ではないです。

 

 翻って、燈子というキャラは終盤まで精神的な変化はほとんどなく、自分の思うがまま、侑を振り回していきます。ただ、序盤と違うのは、彼女の過去と葛藤が明らかにされている点。彼女は完璧超人だった亡き姉になろうとしており、そのために苦しんでいることが分かってきます。シリーズの後半は燈子のこの面が前面に出始めます。

 

 

 ここで、本作の終着点が、「燈子の解放」と「侑の気持ちの変化」になるであろうことが想像できました。そして終盤の文化祭での演劇が入れ子構造になって、あの劇で「本当の自分」を選ぶことで燈子の解放を描くのか?と思いましたが、原作が未完のため、TVアニメは途中で終わっています。ただ、途中なりにケジメはつけていて、最終話のサブタイトルが「灯台」で、侑が燈子の灯台となって燈子を導いていくことを示唆していました。そして最後の最後の「乗り換え」も多分、「それまでの自分からの解放」の隠喩なのか?どうなのか?と思ったりしました。

 

 ここまで進むと、タイトルの意味も分かってきます。「やがて君になる」つまり、本作は、やがて偽りではない、本当の「君」になるまでの物語だったのですね。

 

 2人だけに焦点を絞って書きましたが、脇を固めるキャラも非常に良く、全体にある丁寧な演出も相まって、楽しんで見れました。2期待ってます。

 

 

同じく、キャラの心情描写を極限まで研ぎ澄ました演出で描いた作品。

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