暇人の感想日記

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テロに遭遇した「普通の人々」の話【15時17分、パリ行き】感想

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90点

 

 近年、実話を撮り続けているクリント・イーストウッド監督。『ハドソン川の奇跡』以来2年振りとなる彼の最新作は、2015年にヨーロッパで発生した、若者3人が無差別テロを未然に防いだという実話でした。しかし、イーストウッド監督は、前作までとは違い、1人の「英雄」の話ではなく、我々のような「普通の人々」の話にしていました。本作はこれを様々な要素から成立させています。

 

 まず1つ目は、テロを阻止した「本人」をキャスティングしたこと。本作ではこれが非常に上手く機能していると思います。『ハドソン川の奇跡』ではトム・ハンクスを、『アメリカン・スナイパー』ではブラッドリー・クーパーというスターを使っていました。彼らにはオーラがありますから、1人の英雄の話なら良いと思います。ですが、「普通の人々」の話にするには、オーラがありすぎて説得力が無い気がします。そこで、役者でもない本人をキャスティングすることで、「普通」感を出そうとしたのかなぁと。

 

 次に構成です。話は3人が小さいころに知り合って、共に成長する姿を描いています。中でもフィーチャーされているのがスペンサー・ストーン。彼の半生を中心として物語は進んでいきます。しかし、この物語は、我々が考えているものとは少し違います。スペンサーの人生の1場面が映されていくのですが、その場面が物語的に繋がっていないのです。しかも、大した波も無い。リュック失くしたり、スペンサーが挫折したり、寝坊したり、ヨーロッパ旅行したりしています。映画って、普通はある1点に向かって伏線が張り巡らされて進んでいくものだと思っていますが、本作はそれらに物語的な関連性が低いのです。なので、本当に人生の1場面を切り取って映しているように見えます。

 しかし、これが実にいいです。これによって、まさに本作は普通の人々の「運命」の話になっていると思います。つまり、それまで意図せず積み上げてきたものが偶然結実する構造が出来上がっていると思います。こう考えると、本作の「列車」という舞台も自分の意志とは無関係に進んでいく「運命」を象徴しているようですね。

 

 この構成により、私は本作を観て、個人的に生きる希望をもらった気がします。スペンサーは、「人を救いたい」という想いのもと、生きていました。そして、曲道もありつつも、1つの結果を生みます。ここから、私は「今していることは、今は無駄かもしれないけれど、いつか何かの形で実を結ぶかも」と感じることができたためです。

 

 イーストウッドは過去の実話を基にした映画の中で、英雄を主に描いていました。ですが、彼は英雄と同時に、「アメリカ」という国を描いていたと思います。本作は「名も無き普通の人々」ですが、「アメリカ」という枠を超えて、世界のあるべき姿を描いていると思います。

 それは、「各国の協調」だと思います。スペンサーら3人はテロを未然に防ぎました。しかし、完全に彼らだけで防いだわけではありません。列車に乗っていた乗客全てが協力して事態にあたりました。彼らの国籍は様々です。ここから、メッセージを読み取ることができなくもないです。

 このように、本作は、テロを描きながら、世界へ向けたメッセージすら内包させている「映画」にしてしまうイーストウッドの手腕に感服させられる1本でした。