暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

地獄巡りで外した人の道【野火】感想

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98点

 

 

 感想を挙げるのは9月になりましたが、鑑賞したのは8月15日です。鑑賞理由はこの月日から察せられるように、終戦の日だからです。去年は岡本喜八監督の名作『日本のいちばん長い日』を鑑賞しました。あちらは、昭和天皇鈴木貫太郎内閣が御前会議でポツダム宣言受諾を決定した8月14日正午から宮城事件、そして国民にこの決定を伝える玉音放送までの24時間を描いた、東宝オールスター作品でした。

 

 対して、本作は戦地において極限まで追い詰められた1兵士・田村に焦点を当て、そのような状態下で人間性を保てるのかを描きます。原作は大岡昇平で、2度目の映画化です。ちなみに、東宝オールスターだった『日本のいちばん長い日』と比べ、本作は超低予算で制作された作品になります。

 

 壮絶な映画でした。本作を観て思い出したのは、水木しげる先生の「総員玉砕せよ!」です。この本の最後のページに描かれている死体の山の絵が、本作の死体が積み重なっているシーンと非常に似ています。

 

 また、内容的にも似ていて、「総員玉砕せよ!」は特定の主人公がいたわけではないですが、もう機能していない組織で、本部から見放された部隊が玉砕していく様を描いた作品でした。

 

 対して、本作も冒頭から主人公・田村が属している組織がもう全く機能していないことが示されます。主人公が遭う理不尽な仕打ちがまさにそれです。これは何回も同じ感じで繰り返されるので、ちょっとギャグっぽく見えます。そして組織から見放された主人公は、合流地を目指して戦地を彷徨うのです。

 

 本作は、この田村という1兵士の地獄巡りを描いた作品です。出てくる兵士は皆飢えに苦しみ、空と陸からの攻撃にはなす術もない。ここで描かれる兵士の死は、「名誉の戦死」とは程遠い「飢え死に」です。もしくは原住民からの報復としての殺害か、敵の兵士による一方的な殺戮です。

 

 こうやって死んでいった兵士の死体や気がふれた兵士を横目に、田村は歩を進めていきます。さらに一筋の希望だった合流地に関しても、途中からその存在自体が怪しくなってきて、最後には自分がどこに向かっているのかすら分からなくなります。つまり、彼らは飢えに苦しみ、いつ襲ってくるか分からない攻撃に精神を疲弊させ、降伏しようにも許されないのです。まさに八方塞がりの地獄です。ここから、彼らにとっては「敵を倒す」ことなどもはや目的ではなく、ただ「生き残る」ことが目的になってゆくのです。

 

 本作には、およそ「戦闘」と呼べるものがありません。あるのは上記の一方的な殺戮です。これも状況の八方塞がり感を高めています。攻撃のときの演出も秀逸で、例えば中盤の空襲ですが、気付いたら攻撃が近づいていて、不意に仲間が死ぬのです。劇中の登場人物たちと同様の驚きを味わえます。

 

 いつ死ぬか分からない、でも抜け出せない地獄。この中で、田村はどんどんおかしくなっていきます。そして(おそらく)人間として境界線を越えたところで舞台は戦後の日本へ戻ります。

 

 帰ってきても、悪夢は終わりません。本作の恐ろしいところは、「この先」を描いたことです。つまり、「境界を越えた」主人公は、帰ってきて(おそらく)だいぶ経った後でも、それに苦しめられているのです。境界を越えた者は、容易に戻ってこれないのです。彼は決定的に変わってしまったのです。終戦の日に観るには、うってつけの作品でした。