暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

【あゝ、荒野 前篇】感想:彼らはそこにいる

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84点

 

 故・寺山修司の、唯一の長編小説を映画化した作品。彼の作品は全く読んだことがありません。詩人ということは知っていますが、私の中で大きいのは、「あしたのジョー」の力石徹の葬式を開いた人間だということです。そこまで熱狂的なファンだったのかと思いましたが、本作を見て理由が分かりました。もしこれが彼の人生観をそのまま反映したものだったのだとしたら、確かに力石の葬式を開きたくなります。何故なら、本作は「あしたのジョー」そのものだからです。

 本作の舞台は2021年。東京オリンピックの翌年です。しかし、そこは希望に満ちた未来などではなく、行き詰まり、全体に「死」の雰囲気が充満している未来です。自殺者は年々増加、奨学金が払えない学生を自衛隊、もしくは介護職に就かせる法案の可決、経済の停滞、震災の傷跡。様々な問題が溢れ、何の希望もありません。そのことを敏感に感じ取っているのが若者で、中盤の突発的な飛び降り自殺はそれを象徴していると思います。

 本作はそんな行き詰った世界で、新次と健二、2人の人物を描いていきます。新次は犯罪に手を染めるも、仲間に裏切られて刑務所送りになった男。彼にあるのは裏切った者への復讐心です。ボクシングを始めたきっかけもそれです。彼は世の中の雰囲気とは真逆で、とにかく暴走する男です。健二は自堕落で暴力的な父を持ち、吃音のせいで他人と上手くコミュニケーションできない男。ボクシングを始めたきっかけは父親との縁切りでした。

 本作はこの対照的な2人が、行き詰ったまさに「荒野」とも言える世の中で、自らの生を燃やす姿を描いています。監督は本作を「肉体の映画」と言いました。確かに、本作には肉体的な生が強く描かれています。ボクシングの殴り合いはもちろんですが、本作には多くの濡れ場があります。それも肉体的な生を感じさせます。「肉体が映されることで、そこに間違いなく生きている彼ら」を感じることができます。

 また、2人以外の登場人物も、何らかの過去を背負っています。芳子は震災の傷と、母の痛み。そして、新次の母や、堀口もそうです。しかし、そんな中でも、彼らは生きているのです。絶望的な社会だけど、それでも生きるしかない。終盤で健二の父が言っていた、「生きるしかねぇんだよ、こんな荒野みたいな世界でも・・・」にテーマが集約されていると思いました。

 キャスティングも素晴らしかったですね。皆さんピッタリです。菅田将暉とヤン・イクチュンはもちろんですが、でんでんの圧倒的丹下段平感とか、木村多江のどこか影がある感じとか。中でも素晴らしいのは、ユースケ・サンタマリアです。彼が持っている生来の軽さが清涼剤となり、深刻になりがちなムードを中和していました。

 ここまでは前篇の感想です。後篇では、復讐が原動力であった新次の心境がどう変わるのかとか、健二の成長はどうなるのか、作品全体としてどのような結論を出すのか、これを楽しみにしたいと思います。