暇人の感想日記

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豊饒な画面で紡がれる、男女のパワー・ゲーム【ファントム・スレッド】感想

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95点

 

 初、ポール・トーマス・アンダーソン。予告やあらすじからはサイコ・スリラーな印象を受けた本作ですが、観てみるとそんなことはなく、ストレートな夫婦関係の物語であり、同時に今の世界的な潮流を含ませた作品でした。個人的には傑作認定です。

 

 本作の主人公、レイノルズ・ウッドコックはオートクチュールのデザイナー。彼は完璧主義者で、他人によって自らの心を搔き乱されるのを嫌う。そんな彼だから、女性にも全く興味はなく、あるとすればそれは「彼女自身」ではなく、「彼女の肉体」。これは性的な意味ではなく、「自身の服を完璧に着こなす理想的な体系という意味。故に彼は多くの女性と付き合っては分かれるということを繰り返してきました。しかし、それは痴情のもつれなどではなく、単純に「必要無くなったから」。そんな中、ある日レイノルズはアルマと出会う。本作はこのアルマという女性とレイノルズの夫婦間のパワー・ゲームの話です。

 

 レイノルズは一見、ハウス・オブ・ウッドコックの全てを掌握しているように見えます。アルマに対しても、全て「自分のルール」を強いようとします。しかし、本当の意味でハウス・オブ・ウッドコックを動かしているのは女性たちです。服を仕立てるのは主に女性がしていますし、レイノルズを支えているのも姉のシリル。彼女たちがいなければ、立ち行かなくなるでしょう。この構造を観て、私はこれは現実の社会と似ているなぁと感じました。現実でも一昔前は男性が幅を利かせているように見えましたが、その中身は結構な割合を女性の力が支えていました。ハウス・オブ・ウッドコックはこの隠喩なのかなと。こう考えると、レイノルズ自身は一昔前の「無自覚に社会の頂点だと思っていた男性」であり、本作における彼とアルマの立場が逆転していくという話は、男性社会が崩れつつある現代のフェニミズム的な動きと一致していると考えられます。

 

 また、このレイノルズの「完璧主義ぶり」は、ある人物を思い起こさせます。監督であるポール・トーマス・アンダーソン自身です。そもそも本作の話の発端が自分が病気のときに感じた恐怖らしいので、当たり前と言えば当たり前ですけど。

 

 これだけでも素晴らしいのですが、本作はとにかく美術が素晴らしい。画面がとても豊穣で、観ているだけで惚れ惚れするレベルの美しさです。しかも、服の仕立てのシーンも完璧に再現してくれたり、細かい所でも楽しめます。

 

 このように、本作は、スリラー的な要素もありながら、夫婦の愛の話でもあり、そして現代的な話でもあるなど、非常に多様な見方ができ、さらに美術も音楽も完璧という、文句の付け所が無い作品でした。