暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

麦わら帽子に受け継がれる意志【ONE PIECE FILM RED】感想

77点
 
 1997年より週刊少年ジャンプにて連載が開始され、今や国民的な漫画となった「ONEPIECE」。原作は今年で連載25周年を迎え、ジャンプ本誌の34号より「最終章」が始まり、売り上げは5億部を突破と、何度目かの盛り上がりを見せています。映画も好調であり、尾田っちが製作総指揮としてかかわるようになった『STRONG WORLD』以降、単独公開作としてはコンスタントに興収50億円を突破するメガヒットシリーズになりました。このように、ただでさえ大ヒットの兆しがある本作ですが、2020年の『鬼滅の刃』以降顕著となったアニメ映画の興収ブーストの機運、そしてちょっと引くくらいの大規模プロモーションも行った結果、公開2日で興行収入22億5423万7030円とかいうバカみたいな記録を叩き出しました。この勢いはお盆期間ということもあったのかウィークデイに入っても衰えず、公開10日で歴代最高成績を誇っていた『FILM Z』を抜く可能性が濃厚となっています。私も「ONEPIECE」に付き合ってもう20数年の男なので、当然鑑賞してきました。
 

あらすじ

 音楽の島「エレジア」。この島で、一人の歌手のライブが開催されようとしていた。その歌手の名前はウタ。彼女はこれまで素性を隠したまま歌を発信していたが、その類まれなる歌声は「別次元」と称され、世界中の人々を魅了していた。そのウタが初めて公の場に姿を見せてライブを行うということで、エレジアのライブ会場にはウタのファンの大観衆が集結し、ルフィ達麦わらの一味も来ていた。そして、遂にウタがステージに姿を現し、ライブが開幕する。

 1曲目の終了後、突如クラゲ海賊団がステージに降り立ち、ウタを誘拐しようとする。だが、その直後にルフィがステージに降り立ち、ウタに駆け寄り親しげに声をかけた。ウタはルフィに気付き、二人は再会を喜ぶ。ルフィとウタは、幼少期にフーシャ村で共に過ごした幼馴染みだったのだ。さらに、ウタがシャンクスの娘であることをルフィが話したことで、会場中が騒然となる。クラゲ海賊団はウタを誘拐しようとするが、ウタは2曲目を歌いながら不思議な能力を操り、瞬く間に海賊を拘束してしまう。その後、ウタはルフィと仲間達を歓迎し、その不思議な能力でもてなす。

 この時、世界中の人を幸せにするためのウタの大きな「計画」が既に始まっていた。そして同じ頃、世界政府や海軍がウタの能力を危険視し、彼女の討伐に動き始めていた・・・。

 
 
 本作は、ハッキリ言って、「ダメな映画」だと思います。エレジアで行われているウタのライブが舞台で、ウタのライブと同時進行で物語が進みます。にもかかわらず、事ある毎に回想や、テーマを盛り込もうとするための乱入があり、その度に説明台詞をまくしたてたりしてストーリーの進行を妨げています。つまりテンポが死ぬほど悪い。アクションはやたら派手だけどそれだけで、全く整理されておらずぐっちゃぐちゃで、他の静的なシーンはキャラが突っ立って状況説明をしているだけという力抜けた作画の連続。キャラも大量に登場する割には整理されずグチャグチャで、麦わら一味が若干埋もれてしまっている。だから純粋なクオリティとしては、『鬼滅の刃 無限列車編』、『呪術廻戦0』に遠く及ばず(まぁこの辺はufotableMAPPA東映アニメーションを比べるのが酷、という点があるかと思いますが・・・)、先日公開された『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』の方が、トータルとしてはまだ出来が良いです。
 
 そんな本作ですが、特筆すべき点が3つあります。1つは「ライブ映画」である点です。前述のように、本作はウタのライブと並走して物語が進みますが、観客である我々にも「ライブに参加している感覚」を与える作品になっています。歌を担当しているAdoさんの歌唱力は流石ですが、映画そのものがライブの映像をそのまま流したり、ウタのパフォーマンスをじっくり映すシーンも多いのです。序盤は話が全く動かずに歌ばっかり歌っているので(一応、ノルマ的に麦わら一味の活躍を見せるためのシーンがある。テンポが断絶される点その1)、これにのれるかどうかが本作の評価ポイントの1つだと思います。更に、この作りは、「ライブに参加している感覚」以上にウタワールドに誘い込む、という「ウタウタの実」の能力とも深く連動しており、「観客」である我々もウタワールドに入り込んでいる、という構造を作り出そうとしています。つまり、本作は映画的では全くありませんが、「映画館」という特性をそれなりに活かした作りをしている作品だと言えます。
 
 また、このウタワールドという能力の考察もできます。冒頭のナレーションで言及されるとおり、「ONEPIECE」の世界は弱者には生きにくい世界です。基本的に描かれているのが「海賊」、「海軍」、「世界政府」であるためにこぼれがちですが、「一般庶民」は略奪や暴力に晒される存在だと言えます(一応、ちょいちょい描かれてはいるが)。ウタはこのような世界からの脱却を目指し、世界中の人を「ウタワールド」に引き入れ、暴力も差別も、醜いことがない世界へ行こうとしました。これは中々カルト的な思想です。しかし、最終的には観客自らが現実世界へ戻ることを決意し、ウタワールドから脱出します。我々はエンタメを楽しみますが、それはしばしば現実からの逃避として行うことがあります。しかし、現実に向き合わなければならないのが人生です。そこにどっぷり浸かるわけにはいかない。「夢」はいつか終わるのです。このメタファーと言えなくもないのかもしれない。まぁ、その割には最終的にウタ個人の話になるわけですが。正直、予告を観た段階では「私の歌が皆を幸せにする」という台詞から、カルト感を抱いており、某『二十世紀少年』みたいになったら嫌だな、と思っていたのですが、本作は寧ろそこを批評的に描いていたと思います。
 2つ目は、本作が麦わら帽子と「海賊王に、俺はなる!!」の台詞に新たな意味合いを付与した映画だという点です。劇中、麦わら帽子は一度、ウタによって破壊されます。それをもう一度ウタから託されたとき、麦わら帽子はシャンクスとの約束と意志の継承の証であると同時に、上述のような世界を目指す、ウタの意志継承と約束の証となりました。だからこそ、最後の「海賊王に、俺はなる!!」に新たな重みが付与されています。ちなみに私はこの辺少し泣きました。この点で、本作は原作においても重要な位置づけの作品と言えると思います。
 
 この点は、監督をした谷口吾朗さんの影響もあるかと思います。谷口監督は、個人的には「邪道で王道をやる」みたいな人だと思っていて、王道のプロットを持つ作品でも、一捻り加えてくるのです。そんな彼に監督を依頼したのは尾田っち本人とのこと。「ONEPIECE」の初アニメ化の監督だからという意味もあるとのことですが、彼が監督し、「既存の作品に一捻り加えた」ことで、作品を象徴する物と台詞に新たな意味を付与し、本作を「最終章」へ向けたスタート的な意味合いのある作品に仕上げてみせました。ルフィは10年周期でオリジンが追加されていく主人公ですが、本作でも追加がなされました。
 
 3つ目は、ルフィとシャンクスですね。25年連載している割に全く戦闘シーンが無かった彼ですが、本作では25年分以上のアクションを見せてくれます。赤髪海賊団もここにきてフルで大活躍します。しかも上手いのが、ウタワールドを上手く使い、「シャンクスとルフィは直接会わない」をちゃんとやっている点。トットムジカの下りはわけわかんなかったけど、物量でぶん殴ってきて、最後には割かし訳分からんのがどうでも良くなってました。ルフィもむやみに泣かなかったのは良かった。
 以上のように、本作は「ダメな映画」ではありますが、「麦わら帽子とあの台詞に新たな意味合いを付与してみせた」最終章へのスタート的な内容の作品にはなっています。また、「映画館」という空間を利用した構造にはなっており、「映画館で観る意味」はある作品です。私は楽しみましたよ。でも、初めて「ONEPIECE」を観る人には薦めません。『STRONG WORLD』観ればいいと思います。
 

 

前作。

inosuken.hatenablog.com

 

記録的大ヒットを成し遂げたジャンプアニメ映画。

inosuken.hatenablog.com