暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

2021年新作映画感想集③

【ある人質 生還までの398日間】

ある人質 生還までの398日

83点

 2013年5月から2014年6月までの398日間、ISに人質となって囚われていたデンマークの写真家、ダニエル・リューの実話を映画化した作品。相当ヘビーな内容であることは承知の上で、鑑賞しました。

 

 本作は、ダニエル・リューが拘束中に感じたであろう、絶望と屈辱、恐怖を鮮明に描き出します。それはエスベン・スメドさんの演技力も貢献しているのですが、撮影の力も相当あるのではないかと思いました。本作の撮影はエリック・クレスという方なのですが、ダニエルがコペンハーゲンで暮らしていた日常では、優しい感じの光を使った画面、そして拘束されてからは冷たい感じで、光が一切差さない冷徹な印象を与える画面を作っています。また、ダニエルが疾走したりするシーンではステディカムを使った荒々しい映像を用いています。これで観客には一発でダニエルの心情変化が分かるわけですが、それ以外にも、サスペンス演出も大変素晴らしい。まぁだからこそ凄く辛いんですけど。

 

 それ以外にもリアルだなと感じたのは、ダニエルを救うための資金を国が出し渋ること。「テロリストとは交渉しない」とは、アメリカを始め、日本や、各国が宣言していることで、「身代金を払うことは間接的なテロ支援であり、それによって、また被害が出る可能性がある」という弁は、実は理解できなくもない。しかし、身代金を支払わなければ国民が1人死ぬ可能性があるのは事実だし、家族を救いたい、という気持ちは当然。更に、ジャーナリストが現場に行かなければ実態なんて分からないし、実態が分からなければ、我々国民も判断などできない。そこを無視して、捕まったら「謝罪しろ!」だの「自決しろ!」とか言うのは全然違うと思うが。この葛藤を含め、善悪に簡単に断じたりせずに描いている点も良かったな。

 

 

【DAU ナターシャ】

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60点

 15年という歳月をかけてソ連全体主義時代を完全に再現した狂気のプロジェクト、それがDAUプロジェクトであります。「狂気」である所以は、本プロジェクトは当時の街並みを実際に作り上げ、そこに400人近い役者を実際に住まわせるという、比喩ではなく「当時を再現」してみせた点にあります。出演している役者の中には、本物の元KGB所属の人間もいたり、もはや「役」ではなく、「映画の中の人物」と役者がイコールになってしまっているのです。これはもはや、「映画」ではなく、1つの「世界」であって、我々はスクリーンを通して、この「世界」のほんの一部を覗き見ているのです。

 

 映画は、その歴史を紐解くと、撮影に巨大なセットを作成した作品は多々あります。グリフィスの『イントレランス』は最たる例だと思いますし、ハリウッドも、昔はスタジオの中で撮影をしていました。そこには、完全にコントロールされた「世界」があり、役者はそこで住人となって演技をし、我々はそれをスクリーンで観ていました。しかし、その世界の創造は、製作費などの兼ね合いで失敗を繰り返した歴史でもあります。本作はその「世界の創造」の究極形とも言える作品であり、それを今、観た私は、その途方もない「世界」に驚嘆するしかありませんでした。

 

 

【ラーヤと竜の王国】

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86点

 信頼が失われ、分断されてしまった世界を繋げる少女の物語。非常に今日的なテーマであり、シスター・フッド、人種の多様性など、圧倒的な「正しさ」を持つ映画。ストーリー的にも、5つの国へ行って石のかけらを集める、という目的を軸に、絶え間なく起こるアクション、テンポの良すぎる脚本で、観ていて飽きないし、何より楽しい。テーマ的な正しさと多様性を確保しつつ、エンタメとして圧倒的な強度を誇る作品を作ってしまえるディズニーの力量と志に感服した(ディズニーはあんま好きじゃないけど)。

 

 素晴らしかったのはシス―。声優を務めるオークワフィナ本人か?と言えるくらいのハマり役(いやほぼ当て書きといってもいいかも)で、彼女が隣にいるだけで安心感がある。さらに日本語版吹替の高乃麗さんのハマり具合も半端なく、「もうオークワフィナの専属でいいのでは?」と思えるくらい。年齢的に厳しいとは思うけど。

 

【ミナリ】

ミナリ

77点

 主要な人物は韓国の移民だけれども、描いているのは由緒正しいアメリカの開拓者魂だと思いました。往年の名作だと、それを行っているのは白人だったんだけど、本作では韓国の移民であり、そのために本作には、移民という「異国」の受容や、世代間のアイデンティティを巡る物語の側面も加わって、「現代の開拓者魂の映画」となっているのではないかと思いました。

 

 また、アカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョンさんの存在感が圧倒的。英語を話せず、良かれと思ってしていることが若干裏目に出ているあの感じと、息子のデビットとのコミュニケーションのすれ違いっぷりとか、「あるある」な感じが凄い。コミカルな面も全て背負ってくれており、彼女がいると少しイラっとするやら笑えるやらで楽しい。

 

 ただ、少し気になったのが女性で、奥さんは旦那の我儘に振り回されてばっかりだし、娘も、基本的にほったらかしにされてて、名前もほとんど呼ばれない。お金の話でも、「デビットには残しといてね」って言うだけだし。当時の時代背景を考えれば分からないでもない描写ではあるけど、今観るとやっぱり気になるな。