暇人の感想日記

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2021年春アニメ感想⑧【86ーエイティシックスー】

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☆☆☆☆(4.4/5)
 
 
 安里アサト先生原作で、電撃大賞を受賞した同名タイトルのライトノベルをアニメ化した作品。「キノの旅」の時雨沢先生が大賞に推したという話を聞き、興味はあったこと、スタッフの座組的にアニプレックスが本腰で作ろうとしているなと感じられたことなどから、今回視聴しました。
 
 結論から言ってしまうと、素晴らしかったです。本作のメインテーマには、間違いなく「分断」があると思うのですけど、視覚的にそれが演出されているなと思いました。この分断というのは、つまりは「86」と言われるスピアヘッド戦隊と、主人公であるイレーナ達の間にある溝のことです。本作では、少なくとも第1シリーズでは、直接会いません。「イレーナサイド」と「86サイド」が交互に語られる語り口は両者の視点の違いが浮き彫りになる作りになっていて上手いのですが、同時に「一緒の画面に収まらない」ことは両者には埋めがたい分断があるのだと示されます。それは生活ぶりから明らかで、イレーナ達は綺麗な場所に住み、衣食住に困らないのに対し、86側は不衛生な場所に住み、上官からは差別的な言葉をぶつけられ、明日には死ぬかもしれないと示されます。また、イレーナは86を「人として扱う」という非常に人道的な心情から交信を続けるのですが、それに対して86側は非常に冷淡。これまでの扱いを考えれば当然の反応ですが、この温度差が画面に嫌な緊張感をもたらしています。
 
 この緊張感が決壊するのが第4話で、「人道的に接していた」と思っていたイレーナは、内にある、無自覚の差別意識を指摘されてしまいます。あのシーンはセオトの長台詞をイレーナの反応を見せつつ映していて、これまでため込んでいた緊張感と不安が一気に決壊する名場面でした。この、「無自覚な差別意識」だったり、イレーナの行動がどこか偽善的に見えてしまうという作りには、時雨沢先生が好きになる理由が分かった気がしました。ここから盛り返して、イレーナは86を真の意味で「人」として扱うようになるわけで、彼女の精神的な成長が鮮やかに描かれています。安里先生はインタビューで、本作で描こうとしたものは「他人を自分と同じ人間として尊重すること」だと言っています。4話から続く流れは、彼女の志が見事に出ていたと思います。
 この「分断」を拡大すると、本作は時代の流れに沿った作品だったかなと思います。本作におけるサンマグノリア共和国は、レギオンに対抗するため、「人が死なない」自立型戦闘機械を開発した、という表向きの史実を作り上げ、その裏では一部の人種を「86」として迫害し、強制収容所へ送り、「自立型戦闘機械」に乗せて国の平和のために戦わせているわけです。イレーナはこれに心を痛め、何とか状況を改善したいと思っているのですが、視聴者からは上述の演出によって「偽善的」に受け取られてしまい、劇中でもジェローム卿やらアネッタやら、そして86から袋叩きにあいます。「それは理想にすぎない」とか何とか。ただ、私はこれ、全く他人事ではないなと思っていて、日本でも、共和国レベルまではいかずとも、外国人労働者を安く使ったり、他国の人件費が低い国で物を作って安い値段でそれらを買っていたり、同じ国の人間でも派遣労働者を使って経費を抑えていたりします。また、世界を見渡してみても、差別などの分断はもちろん、それ以外でも貧富の差が開いたことによる分断は世界中で広がっているのです。モノが戦争から資本主義に代わっただけで、「一部の人間達の犠牲の上に生活が成り立っている」のは同じじゃないかと思ったのです。
 
 歴史的にも、似たような事例としてはナチスのナチズムがありますし、アメリカだっていまだに黒人差別が残っているわけです。また、日本にも在日の人たちには「在日特権がある」と本気で信じ、差別的言動を繰り返している馬鹿とか、「差別する自由」とか言い出す大馬鹿がたくさんいるわけで(そしてそんな人たちが支持しているのが今の自民党とか維新というね・・・)、全く他人事じゃないっすよ。こう考えると、本作が大賞を受賞し、世に出たのは世の中の流れ的に必然だったのかなと思えるのです。
 また、本作で面白かったのは、「腐った構造」がどのようにして維持されているのか、までも少しでありますが描いていた点です。大きく取り上げたいのがジェローム卿とアネッタで、ジェローム卿は大衆をどこか軽蔑している節があり、歴史を踏まえればそれはまぁ分からないでもないのですが、それでも、権力者が「人間に自由と平等は早すぎた」とか悟った感じで言ってはいけないと思います。それを何とか改善してくのがアンタらの仕事だろと思っちゃいましたし、そもそもそういう風に誘導したのは権力者だろ。責任転嫁するなよ・・・と思っちゃった。こういう、「諦め」こそが「正論」であるという姿勢を彼はとっているのかなと思いました。そして、アネッタは、事実を知っているのですが、それでイレーナのように何とかして状況を改善しようと動くのではなく、「犠牲になった人達の分の贖罪」として、自ら第86独立機動打撃群に志願したとのこと。これは、確かに罰にはなると思うのですが、自己完結しているだけなんです。こういう、「大衆は愚かだ」という責任転嫁と、諦めにも似た自己完結による罰、という2つによって、腐った体制が容認されてしまう、という構造は現実でもよく見るなと思いました。
 
 だからこそ、いくらぶっ叩かれようと立ち直って、86達と親交を深め、人として付き合おうとしているイレーナの姿が尊いわけです。確かに彼女が言っていることは理想論だし、偽善的に見えるかもしれませんが、それでも、「正論」であるには違いないわけです。苦しい道のりですが、システムを作ってしまったイレーナ達には、元に戻す責任がありますし、そうなったら、彼女のように傷ついても、1歩ずつ進んでいくしかないのだと思います。世の中は、そうやって何とか前進していくものだと思うのです。
 
 いつになく真面目なことを書いてしまいましたが、それだけ本作は示唆に富む内容が多かったということです。他には、アニメーション的にも、ジャガーノートやレギオンがとても良かった。3DCGだと思うのですけど、兵器の固さとかが音で分かってきましたし、動きも躍動感あります。また、他のミリタリー描写も、銃関係が良かったなと。何というか、スライドさせるときの動きとかさ。2期、待ってます。
 
 余談ですが、同時期に放送されていた「幼なじみが絶対に負けないラブコメ」のファンと原作者は泣いていいと思う。同じ電撃文庫で、ここまで差が出るなんて、苛めもいいとこだと思う。
 
 

原作の時雨沢先生が本作を推したらしい。

inosuken.hatenablog.com

 

これも電撃か。

inosuken.hatenablog.com