暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

今、日本沈没で「日本人」を問い直す【日本沈没2020】感想

f:id:inosuken:20200927123509j:plain

 
☆☆☆(3/5)
 
 
 1973年に小松左京が発表した伝説的SF小説のアニメ化作品。実写ならば映画でもドラマでも何回か作られてきましたが、アニメーション作品は初。しかも制作はNETFLIXで、監督はTVアニメ「四畳半神話大系」、「DEVILMAN cry baby」、映画『マインドゲーム』などで知られる鬼才・湯浅政明。彼がNETFLIXと組んで制作した「DEVILMAN cry baby」は凄い傑作だったので、今年かなり期待していた作品でした。そしてコロナ禍の今、ちょっと時期的にタイムリーな題材になってしまったという点でも興味がありました。
 
 本作と原作の最大の相違点は、「視点の違い」です。原作では、『シン・ゴジラ』よろしく「政府」の視点で物語が進んでいて、「日本が沈没する」という未曽有の危機に対し、どう対応したのか、という点が苦悩と共に描かれていました。原作は「プレートテクトニクス」の理論を用いて「日本沈没」をシュミレートし、「日本経済はどうなるのか」、「諸外国はどのような反応を示すのか」、そして、「国土を失った日本人は日本の地でなくとも、「日本人」として生きていけるのか」、という点を問うた作品でした。私は原作をこの機に読んだのですけど、このシュミレーションが現代でも全然通用するもので、今読んでも凄く面白い作品でした。
 
日本沈没(上) (角川文庫)

日本沈没(上) (角川文庫)

  • 作者:小松 左京
  • 発売日: 2020/04/24
  • メディア: 文庫
 

 

 本作では、この視点を大胆に転換し、「1つの家族」の視点に絞っています。それはかなり徹底されていて、原作で描かれていた「政府」が全く出てきません。小野寺は登場しますが、もう1人の重要人物である田所博士に至っては名前しか出てきません。しかも、主人公一行が出会った人がその後どうなったのか、は基本的に描かれず、2話で分かれた一行もどうなったのか明確には描かれません(一応、最終話で1人生き残っているのは確認できる)。また、実際の災害も主人公一行が目にするものしか描かれず、「神の視点」が無いです。だから日本沈没のシーンは明確には無く、いつのまにか海の中に沈んでいます。
 
 以上のように、本作の視点は徹底してミクロなのですが、そこで描かれていることは原作が描こうとしたことと同じです。つまり、「日本が沈み、国土を失った日本人はどうなるのか」ということです。小松左京先生が執筆した第1部は日本が沈み、「日本人には、これから苦悩の日々が待っているだろう・・・」と匂わせるだけで終わっていました。要は難民になるわけですからね。本作は視点を1家族に絞ったことで、原作の災害に対して、そのとき、普通の国民はどう思っていたのか、を描き出そうとします。だから本作は原作と表裏一体の関係であると言えます。そしてこの答えが示されるのが9話のラップであり、最終話のモンタージュなのです。そこでは、「これまで生きてきた賢明な人々の積み重ねが、今の私を作っている」という歩のモノローグにより、原作への回答がなされています。これは、原作のトーンから比べると、かなり前向きなものだと思います。
 
 また、主人公一行もなかなか面白い面子です。まず主人公は混血であり、父親は日本人なのですが、母親はフィリピンのセブ島の出身です。そして歩は将来を期待されている陸上選手で、剛は半分英語で喋り、日本からは早く出ていきたいと思っている。そして春生は元は陸上選手だったのですけど、今は引きこもり。そしてユーチューバーのカイトというトリックスター。彼は特異な人物で、「国家」に囚われず、自由に生きている人物です。見ていて思うのは、主人公一行は皆ユニークなんですよね。途中から加わる小野寺(原作主人公)にしても寝たきりですし。そんな彼ら彼女らが様々な日本人と出会い、「日本人とは」を彼ら彼女らなりに包括するのが本作です。そして、彼らだからこそ、日本が沈み、そこで起こる諸問題を描けるのだと思います。具体的に言えば中盤の国粋団体のくだりとかね。同時に、彼らだからこそ、「日本人って何?」という問いに対する包括的な答えを考えられるのだと思いました。この点は非常に現代的です。国粋団体(こういう奴らは絶対に出てくる)の人たちみたいに、「純粋な日本人」など、もはや幻想でしかないのですから。
 
日本沈没  [東宝DVD名作セレクション]

日本沈没 [東宝DVD名作セレクション]

  • 発売日: 2015/08/19
  • メディア: DVD
 

 

 巷で話題の突っ込みどころ満載の脚本についても、私も困惑はしましたけど、目指そうとしたところは理解できました。つまり、徹底して、ミクロな視点で、「リアルに」やろうというわけです。「リアル」だからキャラもあっさりと退場しますし(前半2人が特に凄い)、主人公一行には日本がどうなっているのかという情報が全く入ってこない。そして、災害が起こったときに起こり得る悪事についてもしっかりと描いています。この点に激怒している人も多いのですけど、人間なのだから悪人はいるし、そもそも美談ならニュースとかで散々やってるので、こういう点を強調するのは悪くないと思います。というか、本作の明確な「悪」と言える人間はごく少数で、多くの人は、私には「悪い人ではないけど、極限状況故に感じが悪い態度をとってしまった」人にしか見えませんでした。私には「あり得る」話だと思えました。最大の問題であるコミューンの下りについては、私は結構笑いながら見たんですけど、極限状況だと、ああいう霊能力にすがる人も増えそうだなと思いましたよ。
 
 「脚本のちぐはぐさ」も、「日本沈没」という特大級の災害をミクロな視点から描いた故だと思います。こういう災害を描く場合だと、一番良いのは原作みたいにマクロ、つまり政府視点で描くことです。しかし本作は一家族のミクロな視点を「リアルに」描いた。1家族は一般人であり、だから全体がどうなっているのか把握できず、色んな人に出会い、「日本人とは」を問い直していくのです。で、視聴者はそれに付き合っているので、何も分からないまま。だからイマイチ作品の全体像がつかめないのだと思います。しかもそれに加えて、3話冒頭みたいに、視聴者の予想の斜め下をいく展開をしたりします(父親が死んで悲しむでもなく、黙々と歩くシーンから始まる)。それがちぐはぐさに拍車をかけているのだと思います。
 
日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK

日本沈没2020 ORIGINAL SOUNDTRACK

  • アーティスト:V.A.
  • 発売日: 2020/08/26
  • メディア: CD
 

 

 以上のように、本作は「日本沈没」をミクロな視点で描こうとした作品だとは思います。そしてその試み自体は悪くはないでしょう。しかし、気になる点も多いのも事実。まずは脚本ですよ。一応は擁護しましたけど、やっぱり看過できない点は多い。特に終盤のカイトです。あれはラッキー過ぎだし、漂流している歩と剛を母親が迎えに来たときとかも都合が良いです。コミューンの下りも必要だったのかなぁと思いますしねー。さらに歩むの足の下りももうちょっと上手くできなかったものですかね。1話は本当に素晴らしかったんですけどね。絶望感が半端なくて。そして次は作画。途中からちょっと看過できないレベルでひどいものになってしまいました。脚本以上に気になってしまいました。
 
 私からは以上です。手放しで絶賛は出来ませんけど、否定はできない。「好きか嫌いか」で言えば「好き」を選ぶ。そんな作品です。とにかく、湯浅監督なりのアプローチで小松左京の「日本沈没」をアニメ化してみせたという一点で、私は興味深く視聴しました。