暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

国家と法に裏切られた男【リチャード・ジュエル】感想

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90点

 

 

 御年90歳のクリント・イーストウッド監督作品。前作『運び屋』から1年を待たずに公開されました。相変わらずの驚異的なスピードです。しかもそれで少なくとも映画作品としての出来はいいのだから本当にイーストウッドは映画の神に愛されてるなぁと思いますね。本当に「息をするように」映画を撮っている感があります。私もこの偉大な映画人の作品は可能な限り観たいと思っているので鑑賞しました。

 

 本作は最近のイーストウッド作品の流れを汲んだ、「アメリカ合衆国映画」です。彼はここ数年、実話をベースにし、「アメリカ合衆国」という国を様々な側面から描き出しており、2018年に日本で公開された『15時17分、パリ行き』では遂に本物の当事者を使い、「映画」を撮ってしまうという離れ業をやってしまいました。最近の『ハドソン川の奇跡』と『15時17分、パリ行き』の2作は「善良なアメリカ国民」を描いた作品で、アメリカの良心的な側面を描いていました。翻って本作は、この2作、とりわけ『15時17分、パリ行き』のifルートともいえる作品でした。

 

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 本作はリチャード・ジュエルという、アメリカ合衆国と法を信じていた男が、それに裏切られる話です。例によって1996年に起こったアトランタ爆破事件を基にしています。このリチャード・ジュエル、デブで定職に就いてなくてガンマニアという、世間一般的に「ヤバい奴」とレッテルを貼られそうなキャラで、実際、ちょっと異常なくらい「法」に憧れを持っています。しかし、彼は執行官を目指していただけあって頭は良い。彼は爆破の被害を最小限に抑えることに成功し、一時は「英雄」として祭り上げられます。しかし、FBIの捜査とマスコミの報道によって一瞬で「容疑者」として扱われてしまいます。

 

 「デブで定職に就いていない。ついでに母親と暮らしてる」これは偏見を持たれるには十分な要素です。思えば、『ハドソン川』と『15時17分』では、主人公たちはちゃんとした職に就いていましたし、ぱっと見「普通」です。「偏見」とは恐ろしいもので、外見だけで人間は他人をレッテル貼りしてしまいます。中盤、偏見にさらされ続けたリチャードが「もう諦めている」と激昂する下りが本当に痛々しいし、感情移入してしまいました。私も無職のとき色々言われたので。本作は、たとえ英雄的行動をとっても、偏見だけで国は平気で個人を裏切ることを描いた作品と言えます。

 

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 この点で、主演にポール・ウォルター・ハウザーを起用したことは完璧な配置だと思います。『アイ、トーニャ』や『ブラック・クランズマン』で強烈な印象を残し、「陰謀論者」ならお手の物な彼ならば、我々観客にも「偏見」の刷り込みができているからです。でも、あの2作品での彼の役も、「どうしようもない現実逃避」の結果としてのアレだったので、こちらもリチャードのifルートと言えなくもないです。そして彼は本物のリチャード・ジュエルにそっくり。そしてサム・ロックウェルキャシー・ベイツも素晴らしい。

 

 本作は全体的に素晴らしいのですけど、FBIを一方的に悪く描きすぎなのと、女性記者の扱いでちょっと惜しい作品になっています。100歩譲ってFBIは作劇上必要な描き方だったにせよ、パンフレットによれば女性記者の下りは100%偏見であのシーンを入れていて、私はアウトだと思いました。「偏見を告発した映画」で「偏見で個人を貶めている危険性がある」というのは、やっぱまずいと思いますよ。

 

 

 ポール・ウォルター・ハウザー出演作。

inosuken.hatenablog.com

 

 ポール・ウォルター・ハウザー出演作その2.

inosuken.hatenablog.com

 

 ifルート映画。

inosuken.hatenablog.com