暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

寓意性に富む秀作【ディリリとパリの時間旅行】感想

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80点

 

 

 『プリンス&プリンセス』「キリクと魔女』などを制作した、フランスのアニメーション界の巨匠、ミッシェル・オスロ。彼の最新作です。都内の映画館に行くと度々目にしましたし、そういえばミッシェル・オスロ監督の作品は観たことがないので、新作で観たい映画が無いことも重なり、今回鑑賞した次第です。

 

 鑑賞して驚くのはそのアニメーション。キャラクターのデザインが、日本的な手描き全開で、情報量が多いアニメーションではなく、かと言ってディズニー、ピクサーのような極めて精巧なCGと言うわけでもなく、フラットで、光と影もなく、極端なまでに簡略化されています。それは動きも同じで、本作の中のキャラクターの動きは、上記2つと比べると、非常に簡単な動きしかしません。そしてさらに驚くべきはその背景。何と、実際のパリの写真を使っているのです。つまり本作は、実際のパリの写真を背景に、簡略化されたキャラクターが活躍するというものになっているのです。

 

 日本、ディズニー、ピクサーのアニメーションに観慣れている身としては、最初は戸惑います。しかし、鑑賞するにしたがってこの違和感は薄れていき、途中からはすっかりキャラクターを実際に「生きた」存在として、感情移入して観てしまっているのです。監督はこのようなことを言っています。「リアルな3Dは夢を見ることができない」と。「リアル」を追求するのではなく、アニメーションとして、敢えて簡略化したキャラクターデザインを用いることで、観客に想像の余地を残し、それが逆説的に彼らを「生きた」存在にしているということですか。

 

 現在、NHKでは「なつぞら」が放送中ですが、確かに、あの時代の東映動画の作品は、簡略化されたデザインでした。そしてそれ故に、多彩な動きができ、生命を宿らせることができていたと思います。ならば、本作は、由緒正しい意味での、「アニメーション」なのかなと思います。

 

「なつぞら」のアニメーション資料集[オープニングタイトル編](小冊子)
 

 

 ストーリーも非常に簡単なもので、ディリリという才女が、パリにはびこる「男性支配団」に仲間と共に立ち向かうというもの。鑑賞していて、主人公が少女である点、物語が非常に寓意性に富んでいる点で、ミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出しました。

 

 本作の男性支配団とは、読んで字の如し、男性優位思想のメタファーです。それが象徴的に出ているのが、女性を小さい頃から「椅子」として教育している点。昔より、どの国でも、女性の役割は家事とか育児であり、男性を支えるものであるとされていました。今では大分風向きは変わってきましたが、根強く残っている考え方だと思います。本作の「椅子」は、こういった「女性は男性を支えるものである」ことを社会ぐるみで教育しようとしたことのメタファーなのでしょう。だから、一度掴まったディリリが、自らの意志で脱出する姿に胸をうたれるわけです。

 

 本作はそこに明確に「ノン」と言うわけです。そしてその代わりに子供たちに教えるべきは何か?まで示しています。劇中では、数多くの文化、芸術の偉人が出てきます。そしてディリリは、彼ら彼女らの名前をメモをし、記憶していきます。子どもには可能性があり、そんな彼ら彼女らに対して教えるべきは、男尊女卑思想ではなく、豊かな文化なのだ、と言っているのです。

 

キリクと魔女 [DVD]

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 以上のように、非常に知的なメッセージ性を持っている作品ですが、作品全体の知性も素晴らしいと思います。作中の敵対構造を単純に「男VS女」にせず、男性支配団の連中を「哀れな思想に憑りつかれた人」とし、ディリリに協力的な男性も多く登場させてバランスをとっています。中でも印象的なのはルブフ。最初こそ、ディリリを「豚」などと呼び、女性の下で働くことに不満を覚えていましたが、男性支配団の思想を知るや明確に反対の意思表示をし、ディリリに協力します。このようなことを、「バランスとり」としてやっているのではなく、自然な流れでやってのけている点は素晴らしいなと。

 

 また、実際のパリの写真を使うことで、この問題が「今」と地続きであることを強調していますし、観客をベル・エポックの時代のパリにタイムスリップさせることに成功しています。時間旅行をしていたのは、観客だったのね。この辺も知的だなぁと。

 

 以上のように、簡素なアニメーションとストーリーにより、現代にも通じることを見事に描き切った作品でした。さらに、最近の情報過多な作品に慣れ切った私としては、「アニメーションって、こんなに簡素で良いんだ」と思わせられる作品でした。

 

 

寓意的なアニメーション作品。

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 日本代表で。

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