暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

全てのものは表裏一体【よこがお】感想

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95点

 

 

 『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門を受賞した深田晃司監督最新作。私が深田監督の作品と出会ったのは3年前の『淵に立つ』が最初でした。何となく観た作品だったのですが、あまりの救いの無さに、鑑賞後は深い絶望を感じたことを覚えています。「もうこの監督の作品は観ないな」と思っていたのですが、本作はやっぱり面白そう。ほぼ同じ時期に(おそらく)バカ映画である『ワイルド・スピードスーパーコンボ』も始まることだし、それを観て中和すればいいかと覚悟を決め、鑑賞しました。

 

 覚悟を決めて良かったと思いました。深田晃司監督、やはりかなりきつく、観ていて辛くなる映画を送り出してきました。ただ、不条理さで言えば『淵に立つ』と同じくらいなのですけど、本作の場合はまだ少しだけ未来に光明がある分、鑑賞後に絶望はしませんでした。しかし、1人の女性に降りかかる悲劇を描き、タイトルの「よこがお」に代表されているような、一筋縄にはいかない人間の複雑さを描いた作品で、個人的には今年ベスト級の1作でした。後、どうでもいいですが、初めて映画監督からサインもらいました。

 

淵に立つ(豪華版)[Blu-ray]

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 本作のMVPは、何といっても筒井真理子さん。『淵に立つ』でも見事すぎる演技をされていましたが、本作は深田監督の意向もあり、『淵に立つ』以上に彼女の独壇場になっています。よく分かりませんが、今年の女優賞は総なめではないでしょうか。

 

 本作は、「リサ」という名の女性が美容院で働いている和道(池上壮亮)という男に会いに来るところから始まります。この、美容院に入る手前で、リサは鮮烈な赤色の服を着て(『淵に立つ』でも「赤」は重要な色)、少し印象的な動きをします。この時点で、本作は「彼女の映画である」と宣言をしているのです。

 

 そこから、現在の「リサ」と過去の「市子」の時系列を交互に描き、何故、市子がリサになったのかを観客に見せ、最後にまとめ的な第3章を以て、映画は終わります。

 

 本作には、幾度となく登場人物の「よこがお」が映し出されます。素晴らしいショットの連続と、逆光や撮り方の関係で、彼ら彼女らの表情が本当の意味で「一面的に」しか読み取れず、それが後半の悲劇における周囲の反応の変化を印象付けている気がします。

 

 劇中、最も分かりやすい「二面性」は市子とリサで表されていると思うのですが、同じくらい二面性、というか多様な側面を持っているのが基子(市川実日子)。表面上は市子の友人なのですが、彼女を陥れる存在でもあり、その理由は意外なものです。和道という恋人がいるものの、実は別に好きな人がいるのです(観ているとそれが誰かはすぐに分かる)。

 

よこがお

よこがお

 

 

 このように、人間の内面的な多様さを描いている作品ですが、それと同時に、本作は「他人から見た自分」という多様さも描いています。映画内では何回か意図的に視点を切り返したり、入れ替えたりする箇所が出てきます。「他人から見た自分」の変化が劇中の現象として色濃く出てくるのがマスコミ。彼らの影響力というのは非常に大きく、本作でもそれが遺憾なく発揮されています。それにより、「誠実なヘルパーさん」という市子の印象が「犯罪者」と同じ印象にまで貶められてしまうのです。それが個人レベルまで引き下げられたのが市子と基子の関係。「リサ」にとっては基子は絶対に許せない存在ですが、「市子」にとっては良き友人。翻って、基子にとっては、市子は憧れの存在なのです。だからこそ、あのような裏切りをしてしまうのです。

 

 基子への復讐に燃えるリサ。しかし、それは裏を返せば、ちょっとしたことから市子を追い込んだ基子と同じ行為だと言えなくもないわけで、それを自覚したからこその、終盤のビンタだったのかなと思います。「あんたも同じじゃん」という。ニーチェの言葉の、「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。」を思い出しました。だから、ラストの「慟哭」があったのではないかなと思います。そこでも視点が切り替わっていて、「市子視点」と「基子視点」が映されます。

 

 こうした複雑な多面性を見せつけ、且つ市子にラストの慟哭でそれを受け入れさせた本作。受け入れた市子の「よこがお」が非常に印象的でした。人間の複雑さ、深淵を真正面から描いた本作は、素晴らしい作品だったと思います。感想があまり纏めきれておらず、すみません。

 

 

人間の多面性を描いた作品。

inosuken.hatenablog.com

 

 同じく、厭な映画。

inosuken.hatenablog.com