暇人の感想日記

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ある意味で湯浅監督の到達点【きみと、波にのれたら】感想

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87点

 

 

 昨年、アヌシー国際アニメーション映画祭において、宮崎駿高畑勲以来、日本人監督として最高賞であるクリスタル賞を獲得した鬼才、湯浅政明。興行的な成功はまだありませんが、制作本数、そして各国の評価に関していえば、アニメーション監督としては、おそらく日本で最も勢いのある方だといえます。そんな方が次に放ったのは、何と正統派ラブコメ作品でした。おいおい大丈夫なのか?と思いながら劇場に足を運んで鑑賞した次第です。

 

 鑑賞してみると、想像以上に「普通の」ラブコメであり、それ故に湯浅監督「ぽくない」作品に見えるものでした。しかし、それはあくまでも「表面上」の印象であり、中身を観てみれば何てことはない、いつもの湯浅作品の要素がぎっしり詰まっている作品でした。そして、表面上は「ぽくなく」見えるからこそ、これまで湯浅監督が目指してきたことが形になっている作品であり、その点では彼の到達点かもしれないです。

 

 湯浅政明監督と言えば、長編デビュー作『マインドゲーム』からその濃厚すぎる特色が前面に出ていた方でした。エッジの効きまくった演出、ドラッギーなアニメーション表現、独特のパースなど、観れば一発で彼の作品だと分かるものばかりです。しかし、その作品の中身とは裏腹に、彼自身は常に「大衆受け」を考えていたそうです。でも作っていたのは食人鬼とハンターの恋を「タイガーマスク」の絵でやったバイオレンス・ラブストーリー「ケモノヅメ」とか、キャラクターはポップだけど観念的な「カイバ」とかなのです。「四畳半神話大系」以降は原作付きのものを手掛け、ある程度の大衆性を獲得していき、その果てに作ったのが『夜明け告げるルーのうた』だったのです。

 

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 この変遷を辿っていけば、本作は、ティーンエイジャーの子たちが好むような超王道のラブコメ作品となっており、湯浅作品史上、最も「普通」な作品となっており、それ故に1つの「到達点」と言えると思うのです。

 

 本作を観て感心したのがキャラのチューニングぶり。『DEVILMAN cry baby』でも組んだ小島崇史さんのキャラデザはアニメよりと言えばそうなのですが、しっかりと一般層でも観られるものにしています。また、各々のキャラクターもかなり一般層寄りにしています。でも、その中でもひな子のかわいさや洋子のツンデレぶりはきちんと描かれていて、魅力あるキャラになっています。この一般層とオタク層へのバランス感覚がとても良かったです。

 

 内容も「普通」。ひな子が港と知り合って恋に落ちるも死に別れるという、徹底して王道ラブコメの道を行きます。普段ならば「くっだらねぇ」と100%の偏見を持って観ない内容なのですが、そこはさすが湯浅政明。2人の突き抜けたバカップルぶり(多分、アニメ史に残るレベル)を見せつけてくるも、「下らない」とは思わず、寧ろ2人の姿が本当に良いもので、気恥ずかしさがあまりなく見られるのです。

 

 この2人の交流のBGMに流れるのは思い出の曲である「Brand New Story」。洗脳レベルで何回もかかるので耳に残りますし、印象付けられたおかげでEDにかかってきたときには、2人の思い出が思い出され、ちょっと泣けるくらいにはなっていました。

 

 このように、表面上は「普通」すぎる本作ですが、その中身はきちんとした湯浅政明印で、人と人の「つながり」の話でした。これは、湯浅監督が一貫して描いてきたことだと思います。映画で言えば、『マインドゲーム』と『夜は短し歩けよ乙女』、アニメシリーズでは最近の『DEVILMAN cry baby』はモロに「つながり」と「継承」の話でした。

 

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 本作のタイトルである「波にのれたら」の波は人生の波です。湯浅監督はこれまでの作品で、「心の持ちようで、世界は変わる」と訴えていました。ひな子は自分に自信が持てず、それ故に何でもできる港に惚れるわけですが、その港はひな子に救われたことで今の自分になったことが分かり、自分の道を決めていく、つまり、恋人を失った悲しみを乗り越え、「波にのる」わけです。だからこそラストのひな子の姿は感動的であり、同時に前向きになれるものでした。

 

 他には、やはりアニメーションの素晴らしさですね。特に、「水」の表現が最高です。ラストの波の表現に至っては、湯浅監督恒例のアニメーションの爆発シーンが素晴らしく、ひたすら心地よい、快楽漬けみたいな気分になりました。また、オムライスやコーヒーなどに現れている飯テロシーンも素晴らしく、上映中、劇場内にいた子どもが「美味しそう」と言っていたのが印象的でした。

 

 このように、本作は一見「湯浅っぽくない」作品ですが、きちんと観ればいつもの湯浅印であるという、作家性と大衆性を獲得した作品だと感じました。

 

 

 昨年湯浅監督が送り出した傑作。

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 水と、ラブ・ストーリーってことで。

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