暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

「異常なこと」を普通に描くことの怖さ【ザ・バニシング-消失-】感想 ※ネタバレあり

f:id:inosuken:20190517215250j:plain

 

87点

 

 

 1988年に制作されながらも、30年近く劇場公開されなかったという伝説の作品。私も本作の存在を知ったのは最近で、いくらキューブリックが「史上最も恐ろしい」と言っていたとしても、正直言って最初は観る気がありませんでした。しかし、NHKラジオ「すっぴん」において、高橋ヨシキさんが絶賛されていたので、時間もある事だし鑑賞した次第です。

 

高橋ヨシキのシネマストリップ 戦慄のディストピア編

高橋ヨシキのシネマストリップ 戦慄のディストピア編

 

 

 キューブリックが「史上最も恐ろしい映画だ」とまで評した本作ですが、実は本作はそこまで「怖くは」ありません。しかし、その点こそが、本作を最も「怖い」そして、「恐ろしい」映画としている所以でもあります。それは主に犯人像に現れています。普通、この手の作品では、犯人は最後の方までわからず、この犯人探しと、失踪=誘拐した動機が作品のクライマックスになると思います。ですが、本作に関しては、そこをいきなり打ち破ります。開始30分ほどで「犯人側」の物語が描かれてしまうのです。実際の犯行シーンは最初は描かれないのですが、観ていくと、「あ、コイツが犯人だわ」と一発で分かってしまいます。

 

 「いや、犯人を描くのならば、その犯人の怖さで映画を盛り上げるのでは?」と思われるかもしれませんが、問題なのは、この犯人の描き方がいたって「普通」であることです。確かにこの犯人は犯行の計画を練り、周到に準備を重ねていきます。しかし、その様を「普通に」撮っているのです。例えば、(おそらく)監禁場所に使うであろう小屋から、大声を出しても近隣に声が聞こえないかどうかの実験や、クロロホルムで人間を眠らせる時間の実験をしているシーンを、非常に牧歌的に描き、何故だか観客ものほほんとした気分にさせてしまいます。しかも、いざ計画を実行しようとしても全く上手くいかず、知り合いに声をかけてしまって「サービスエリアとかの方がいいわよ」とアドバイスされてしまう始末。正直、こういったトライ&エラーを繰り返している様にはちょっとした親近感すら感じさせてくれます。

 

 このように、ひたすら「普通」な人間である犯人ですが、ちょっと考えれば、これが如何に異常なことかが分かります。普通、映画の中で犯人やサイコパスを描く時は、そういうふうに演出しています。本作はそれを絶対にしません。どこまで行っても犯人は「普通」に描かれているのです。

 

サイコ [Blu-ray]

サイコ [Blu-ray]

 

 

 しかし、それで犯人が「普通」な人間なのかと言えば決してそんなことはなく、とんでもないサイコパスです。どうサイコパスなのか。それは、「好奇心」で犯罪を犯しているから。誰もが一度は思ったことがあると思います。「危険なことをしたらどうなるのだろうか」と。常人はそこで倫理観が働きますから、基本的にそんなことはしません。犯人のように、愛する妻子がいる身ならなおさらです。しかし、この犯人は「やってしまう」のです。好奇心で誘拐事件を思いつき、計画を立て、実行しようとする。本作はその様を「普通に」描いているのです。これは「異常」を「異常」として描いた『サイコ』より恐ろしい点だと思います。

 

 本作をさらに不気味なものにしている点は、「運命」の存在です。先述のように、犯人の計画は全く上手くいきません。しかし、様々な偶然が重なりあって、計画が遂行されてしまいます。そして、最後に主人公を追い込むのも、失踪した彼女との想い出です。それらが1つになった時、誰もが絶望の淵に叩き込まれるあのラストへと繋がっていきます。2人はこのサイコパスに殺される「運命」にあった。そうとしか思えないエンディングでした。映画そのものが2人を殺そうとしている気がしました。

 

 ラストで、2人が埋まっているであろう場所が映され、その上で遊んでいる子供たちを見つめている犯人の姿は、「恐ろしいことをしているのに平然としている」という本作の本質を体現したシーンで、実に嫌な気持ちになりましたよ。

 

 

サイコパスが犯人の映画。ですが、本作とは全く違う作品だと思います。

inosuken.hatenablog.com

 

 こちらも猟奇的事件を扱った映画。

inosuken.hatenablog.com