87点
第91回アカデミー賞、作品賞を受賞した本作。監督は『メリーに首ったけ』等に代表されるコメディ映画ばかり作っていたピーター・ファレリー。しかも内容は1960年代のアメリカ南部を舞台にし、そこでの差別が主題であるという超真面目なもの。「一体どうしたんだ?」とやや困惑しつつも、どういうものが出来上がったのか気になるし、やっぱりオスカー獲ったわけだし、鑑賞しました。
鑑賞してみると、差別という思いテーマを扱っているにも関わらず、どことなく軽妙な感じで、脚本も役者も音楽も良いという、非常にウェルメイドな作品だと思いました。
本作の主人公は2人。ヴィゴ・モーテンセン演じるトニー・ヴァレロンガと、マハーシャラ・アリ演じる天才黒人ピアニスト、ドン・シャーリーです。本作はこの2人が心を通わせ、互いに理解し合うロードムービーとなっています。
中でも、本作の核とも言えるのは、ドン・シャーリーだと思います。彼はピアニストとして天才的な腕を持っているのですが、矛盾と孤独を抱えている存在です。黒人でありながら、育ちの関係で黒人の文化に馴染んでおらず、白人のためにピアノを弾き、愛想笑いを振りまきます。かといって、白人社会に溶け込めているわけではなく、彼はきちんと「黒人」として扱われ、トイレも泊まれるところも白人とは違います。シャーリーは、白人にも黒人にもなれない人間なのです。
- アーティスト: サントラ,ジーン・オースティン,ナサニエル・シルクレット,ジェラルド・ヒューイ・ラムゼイ,ジョニー・メイ・マシューズ
- 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
- 発売日: 2019/02/27
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そんな彼の心に風穴を開けるのが、シャーリーとは全く違う世界にいるトニー・ヴァレロンガ。彼はイタリア系で、家族に囲まれ、楽しく暮らしています。しかし、黒人に対してはやはり無意識下で差別意識、偏見を持っています。そんな彼ですが、シャーリーとの旅を通し、彼を理解し、受け入れていくのです。
この互いに信頼していく過程が本当に面白い。やり取り1つ取っても、良い台詞の応酬なんです。ドンとトニーは互いに偏見や差別について話しますが、それは車の中で行われていることもあり、彼らは向き合っていません。しかもシャーリーは、トニーに言いくるめられそうになると、「前を見ろ」とすぐ話をそらします。そんな中、車から降りたシャーリーが、トニーと向かい合って自分の気持ちを吐露するシーンは、彼が初めて自分自身をトニーに晒したもので、大変泣けるシーンでした。
そして更なる白眉のシーンは、白人の高級料理店を断り、黒人の安酒場でピアノを弾くシーンです。あそこで演奏されていたのは、ジャズだったと思います。ジャズは公民権運動が盛り上がるなか、黒人文化の象徴となっていきました。そんな音楽と共に自らのピアノを弾く。これは自らあの世界に入っていき、そして黒人の中に受け入れられたように思えました。また、ラストでトニーの家族にも自ら入っていって受け入れられます。ここで、シャーリーは1人の人間として、殻を破ることで偏見というものを乗り越えられたのだと思いました。そして同時に、トニーは偏見を捨て、1人の人間として向き合うことでシャーリーと友になれたのです。
劇中でシャーリーは言います。「勇気が人を変える」と。シャーリーとトニーは、旅の中でお互いの事を理解し、偏見を乗り越え、友になりました。差別や偏見は相手と真摯に向き合えば乗り越えることもできる。シャーリーとトニーは、そんな事を身を以て証明したと思います。思いテーマをこんなにも軽妙に、しかしちゃんと考えさせ、泣かせてしまうピーター・ファレリー、ちょっと舐めてたわ。