暇人の感想日記

映画、アニメ、本などの感想をつらつらと書くブログです。更新は不定期です。

白昼夢のような映画【ビューティフル・デイ】感想

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85点

 

 

 映画館の予告編に惹かれ鑑賞。初のリン・ラムジーです。実際に鑑賞する前は『レオン』のような窮地にいる少女を凄腕の捜索人である男が助け、交流を深めていくというような話だと思っていました。しかし、実際に観てみると、確かにその面はあるものの、全体に異様な雰囲気を纏った映画でした。

 

 本作のストーリーは、非常に単純で、話の筋としては王道のハードボイルド調なクライム・スリラーです。しかし、それを唯一無二の作品にしているのは、本作が説明的な描写をことごとく廃しためちゃくちゃソリッドな映画だからです。劇中では必要最低限の情報を台詞ではなく、映像と音楽で我々に突き付けてきます。

 

 例えば、ジョーが持っている自殺願望と幼少期のトラウマ。これは不意に挿入されるフラッシュ映像やジョーの行動から推察できます。また、ジョーが自らの心の拠り所を母親からニーナに切り替えるシーンは、髪の毛の演出もあり鳥肌もの。そしてこの後の館の中にある絵が母性を感じさせるものになっていることがこれを裏付けます。このように、本作は展開と心理のほぼすべてを映像と音楽で語っています。これは、映像の表現である映画でしかできないものです。この点で、本作は非常に映画的だなぁと思います。

 

 本作が映画的だなと思う点はもう1つあります。それはバイオレンス・シーンの描き方です。予告でも流れていましたが、ジョーの武器はトンカチです。さぞかし痛々しいバイオレンスが起こるのだろうと思っていたのですが、実際にそれは殆ど映されません。それは序盤は鏡越しだったり、監視カメラの映像越しだったりといった「間接的」にしか映りません。終盤ではさらにこれが極まって、いよいよバイオレンス・シーンそのものが描かれず、「事後」のみが映し出されます。こういった映し方をしているのも、映画でしかできないのではないかなぁと思わせられます。

 

 そしてこれにより、原題である「You Were Never Really Here」が際立ちます。これは訳すと、「あなたはまったくもって存在していなかった」です。劇中では、これを体現するかのように、空ショットが連発されます。そして、ジョーは過去のトラウマから、自殺願望を持っています。まるで、この世から早くいなくなりたがっているように。そんな彼が、ようやくニーナを救い出し、レストランで、自殺するも、他の人間は全く気にかけない。まるで、最初から彼が存在していなかったように。まぁ、これは現実ではないのですが。と思った矢先に訪れるエンディング。彼らが座っていた席には、飲み物以外何もない。ここで、観客は混乱します。「彼らは本当にいたのか?」と。そして、我々が観てきたものは何だったのかと。彼らはこんな苦しみしかないところから旅立ったのかもしれません。ですが、ひょっとしたら、彼らは初めから存在せず、私たちが観ていたのは、幻想だったのかもしれない。観終わってそんなことを考える、白昼夢のような映画でした。